11. 進むべきルート
翌週の朝も私は早めの時間に教室へと向かった。
けれど、いつまでもこの方法で王太子を避け続けることは難しいだろう。
そう考えた私は、リズと一緒の授業の日の朝、彼女を一緒に教室へ向かおうと寮で誘うことにした。
リズと一緒の私には王太子も声を掛けづらいだろうと考えたからではあったけれど、残り短い学院の時間を友人と過ごしたい気持ちだってあったからだ。
この作戦は功を奏したと言っていい。
「サラ!」
私を見て、ほっとしたような笑顔で近づいてきた王太子は、隣にリズがいることに気がつくと、すぐに表情を引き締めた。
「おはよう」と和かに言った王太子に、リズは緊張した顔で頭を下げる。
「おはようございます殿下」「おはようございます」
私もリズの隣で同じように頭を下げると、王太子は少しだけ寂しそうな顔を見せたものの、軽く頷いて、そのまま私たちから歩き去ってくれた。
友人を利用してしまったことには多少心が痛くなったけれど、リズにとっては王太子といえども“リュミエール様“以上ではないらしく、「リュミエール様とお話しするほどの緊張ではないから大丈夫」と言うので、しばらく付き合ってもらいたいと思う。
そんな風に朝の時間をやり過ごしながら、私は次の休みのことを考える。
次の休みは、久しぶりにエクトルと会うのだ。
先日手紙を貰ったけれど、フォスティーヌとの約束があった私は、エクトルの誘いを断るしかなかった。
代わりに翌週に会う提案をして、了承する返事が来たのだけれど、私はまだエクトルとどのように接したら良いのか決めかねている。
どうやら私は王太子ルートを進んでいて、エクトルルートは頓挫してしまっているようである。
このまま王太子ルートに進む気がないとはいえ、頓挫しているのならば、エクトルルートに戻れるとも思えない。
もっと早く記憶が戻っていれば、エクトルに騎士の誓いをしてもらえるように出来たかもしれないけれど、騎士の誓いによく似たシチュエーションでのあれが、失敗した騎士の誓いイベントなのであれば、もう取り返せるとはとても思えない。
だとしたら、エクトルは私へ愛を告げることもなく、きっとこのまま卒業してしまうのだろう。
そう考えるととても悲しい気持ちになる。
けれども、もしももっと早くに記憶を取り戻していたとして、間に合ったのであれば条件を揃えて私は、エクトルに騎士の誓いを立てさせていただろうか。
私はその時、その誓いを嬉しく受け止められていただろうか。
有り得なかったことなど考える必要はない。
考えるべきはこれからどうするかということだ。
ゲームと同じところはたくさんあって。だけど違うところだってある。
フォスティーヌと私が仲良くなるなんて、ゲームでは有り得なかったことのはずだ。
それを思えば、行き止まりに見えるルートだって開かないとは言えないはず。
…とは思うのだけど。
将来について私に話してくれたあの日のエクトルを思い浮かべる。
私、エクトル様のことが好きだったんだ…。
それを自覚してみれば、ただ、エクトルに会いたくて仕方がなくなる。
だけれど、私は同じくらいにエクトルに会うのが怖いとも思った。
エクトルは私に手紙をくれたのだから、会いたいと思ってくれてはいるはずだ。
けれど、エクトルルートが失敗しているのなら、彼は他の誰かへと目を向けてしまうのかもしれない。
そしてそれは既に起こっているかもしれないと思えば、エクトルの現状を知ることが怖く思えてしまう。
ルート失敗だったのなら、エクトルのヒロインへの恋心は育ちきらなかったということだ。
ならば誘いの手紙も友情からのものだろうか。
会えばきっと、少しは彼が今、私へ向ける気持ちがどのようなものか分かるかもしれない。
それを確かめるのは少し怖くて。
だけどそれでもやっぱり会いたくて仕方がなくて。
未来を夢見ることが出来なかった私にとって、未来を夢見るエクトルは希望の光のようなものだった。
今、私はいくつかの未来を知っているけれど…。
それに飲み込まれたくなくて足掻く私にとって、エクトルが希望の光であって欲しいと感じるのは、切実な願いであった。