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【完結】誰が為にシナリオはあるのか〜乙女ゲームと謀りごとの関係〜  作者:
第二章 「王立学院 ーthe game has startedー」
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88. 蘇る記憶

 王太子から、時間があれば少しだけ話がしたいと誘われて、私は彼と一緒に階段を上った。


 王太子に手を振られたレアンドルは一緒には来なかった。


 階段を上がると、向かうのは奥にある部屋のようだ。


 「入ってくれ」

 「ここは…」

 「生徒執行部の部屋だ。扉は開けておくから、安心して」

 「あ、いえ、…でも、はい」


 生徒執行部の部屋など私が入ってもいいのだろうかと考えたけれど、王太子に促されているのだから入らないとも言えない。


 もしかすると執行部の関連で何か聞きたいことがあるのかもしれないのだからと、私は促されるままに中に入った。


 入った部屋には、見晴らしの良い大きな窓があった。

 私はその景色に見覚えがあるように思う。


 だけどもちろんそんなはずがない。

 私はこの部屋に入るのは初めてなのだから。


 だけど、どうしてか知っているとしか思えなくて、私は記憶を辿ろうとした。

 けれども、王太子の声にそれを止める。


 「サラ嬢、いきなり申し訳なかったね」


 王太子の眼差しはとても優しくて、だけど少しだけ寂しそうにも見える。


 「いえ、大丈夫です。まだ授業まで時間がありますし」


 私は安心してもらえるようにと王太子に向き直った。


 「うん。…手短にしなくてはな…その…」


 王太子は言い淀んで少し目を伏せた。


 そうして、すっと視線を上げると私を見つめて口を開く。


 「サラ…と呼んでも?」

 「は、はい…もちろんです!」

 「うん、ありがとうサラ」


 王太子ははにかむように微笑んだ。


 「サラと…ベンチで焼き菓子を食べたことがあっただろう?」

 「は、はい。一年生の時ですね。…あの時は…」


 あの時は突然目の前に王太子がいたことで慌ててしまって、後で自分の振る舞いを反省しようとはしたけれど、思い返すことに躊躇があった。

 寝ぼけていた時の記憶は曖昧だし、恥ずかしさもある。


 今、その話をするということは、卒業する前に指摘する必要がある失態がやはりあったのだろうか。

 けれども、今まで王太子には気分を害している様子はなかったし、私にとても親切にしてくれていた。

 話を向けられたからといって、訳もわからずに謝罪するのもおかしなことに思えて、私はなんと言葉を続けるべきかを悩んだ。


 「あの時は、楽しかったな…」

 「え?あの、楽し、かった…?」


 王太子は目を細めて眩しそうに私を見た。


 「ああ、あんなところでうたた寝するなんて初めてだった」

 「あ…」


 懐かしむような王太子が寂しそうに見えて、私はどう言葉を返したら良いのか困ってしまった。


 「サラの横はとても心地よかった」

 「え…と…」

 

 噛み締めるようなその言葉に何と返したら良いのだろうか。

 私は口にする言葉を選べずに、ただ王太子を見つめ返した。


 胸がざわついた。


 不安とも違う。何かがもどかしいのだ。窓を後ろに私を見つめる王太子の姿に既視感がある。


 この会話がどこへ向かうのか私は知っている。


 そんなはずがないのに、そんなこと知らないはずなのに、私の記憶の中にそれがあると強い確信を感じる。


 「卒業までの間だけでいいんだ。サラの近くにいることを私に許してくれないか」

 「!…」


 王太子がそう言って、焦がれるような視線を私に向けた時、私の頭の中に突然、何枚もの絵が駆け抜けていった。


 目の前にある、まるで額縁のような窓枠を背景にした王太子の姿を映し取ったような絵を、駆け抜けていく私の記憶の中にみつけた。


 瞳に映っているものが、記憶している絵の一枚と同じであることを意識した途端に、頭の中のスチルはより鮮明になって意識の中に溢れる。

 何枚もの絵が記憶にある。今までそれが私の中にあることを気づかずにいたのはなぜだったのだろう。

 この記憶はずっと私の中に眠っていたのだ。

 それにようやく気がつくことが出来た私は、目の前に王太子がいるというのに、意識が頭の中の絵に埋もれてしまいそうだった。


 急な記憶()の奔流に飲み込まれないようにするのが精一杯で、王太子になんと返したのか私には分からない。


 いや、分からないけれど、私は知っている。


 王太子の申し出に笑顔で了承を返すのだ。


 当然だ。無理を言われていることでもなし、了承するに決まっている。


 でも、そうじゃない。これは今の私ではなくて、昔見た記憶で、だけどおそらくは今の私も同じように返したのではないだろうか。



 絶え間なく頭の中を流れていく絵をただやり過ごして。


 とても考え込むような余裕はなくて。


 知っている通りに私はただ無意識に動いていて。


 そうして我に返った時、私は教室にいて、椅子に座っていて、王太子はもう私の前にはいなかった。


 扉が開いて、教師が教室に入ってくる。


 私は呆然としていた。


 本当に、どうして今までそれに気づかずにいたのだろうか。


 記憶にあるたくさんのスチルが私にそれを教えてくれた。


 「私…『愛の導き(乙女ゲーム)』のヒロイン…なの?」


 小さく呟いた言葉は認めたくない私の気持ちが溢したものだったけれど、私がヒロインであることを、私は知っていた。

王太子「残り短いけれど…学院にいる間だけはサラの傍にいることが出来る…うん。それで…満足しなくてはな…」

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