11. 父さんにそっくり
翌日からも見習い仕事は始まらず、文字の練習と礼儀作法の指導が続いた。
仕事が出来ない焦りがなかったわけではないけれど、今すぐ任せてもらえる仕事がないのであれば仕方がない。役に立たないと放り出されるどころか、先生まで用意して教えてくれるだなんて、きっとオベール様でなければしてはくれないことだろう。この恩をお返しするために、しっかりと学んで、早く仕事が出来るようにならなくては。
私は教えられたことを一つも忘れないように、必死になった。
その甲斐あって、最初は道の遠さを感じてばかりだった作法にも自信が持てるようになってきた。マイヤーさんにも澱みなく言葉を返すことが出来るし、立ち居振る舞いを注意されることもなくなった。
ペンの扱いにも慣れて、ヤンさんの文字には及ばないけれど、不格好ではない文字が書けるようになったと思う。
だけどまだ私の見習い仕事は始まらない。つまりはまだ私は足りないのだろう。
私に足りないものは何だろか。
私がそんなことを考え始めた頃、ハンスさんがやってきた。
私は知らなかった。
父さんは貴族だったのだ。
◇
「はじめまして。サラと申します」
私がどきどきしながらお辞儀をして顔を上げると、そこには父さんそっくりの笑顔があった。
マイヤーさんは貴族の挨拶の仕方を教えてくれたけれど、自分がそれをすることになるなんて想像もしていなかった。
私の前にいる人は貴族だけれど、父さんそっくりで。知らなかったけれど父さんは本当は貴族で。だから挨拶は貴族の挨拶をすればいいはずで。
父さんそっくりなのに、貴族にしか見えない佇まいに私は混乱しそうだった。
「よく来たねサラ。私はセザールの弟のクレールだ。つまり君の叔父ということになるね」
そう言った声は父さんと同じ声。父さんと同じ声だけど父さんとは違う喋り方。
「サラ?」
叔父さんの笑顔が曇った。心配するような表情も父さんにそっくり。
ハンカチを取り出した叔父さんは、私に歩み寄る。私の前にしゃがんだ叔父さんは、私の頬にそっとハンカチを押し当てた。
間近で見ても父さんにそっくりな顔を私は見つめた。
父さんにそっくりな顔から父さんと同じ声がして、その声が私の名前を呼ぶ。
だけど私の名前を呼ぶ声は父さんと同じ声なのに、父さんとは違う。父さんが私を呼ぶ声はこうじゃない。
私は叔父さんを見て、一瞬だけ父さんにまた会えたような気持ちになったのだと思う。けれど叔父さんの声は父さんと同じなのに、その言葉は父さんのものではない。
父さんによく似ている。けれど父さんではない。
私は滲んだ視界で叔父さんの顔を見た。
私の父さんはもういないんだ。
私は、今、ようやく、初めて、
ーーーー父さんが死んだのだということを実感出来た。
オベール「良かった!やっと迎えが来た!これ以上は何を教えたらいいか困るところだった!」
ヤン「本当にサラさんは優秀でした。お別れはとても残念です…」




