74. 侍従と侍女の独り言
サラとエクトルが馬に乗るのを見届けた侍従は、サラの侍女と共に馬車を止めた場所まで下がると休憩のための場を整えようとした。
しかしサラの侍女は、準備の荷物を一緒に確認すると自分が整えるからと侍従を制した。
乗馬の様子を見ていて欲しいと侍女に請われたのは、何かあった時に自分では助けるには力が及ばないという判断からなのだろう。
侍従は頷きを返しつつも、準備の手も動かす。
侍女は率先して動いてはいるけれど、それでも主人に時折目を遣る。
うーん、エクトル様の信頼度がイマイチなのか?
侍女の警戒心に内心で苦笑しながら、荷物を広げ、あとは侍女に任せようと侍従は立ち上がった。
「これは独り言なのですが…」
サラとエクトルが乗馬する様子に目を向けながら侍従は口を開いた。
「はい…どうぞ」
独り言に侍女は返事を返した。
「私は似合いの二人だと思っています」
そう侍従が言えば、侍女は「…良いのではありませんか?」と独り言を返す。
「なるほど…」
侍従は少しだけ侍女を振り返った。
侍女は侍従に目を向けてはいない。
ふむ。
侍従は少し考えたけれど、言葉を続けることにした。
「では…これはまだ秘密なのですが」
「秘密?」
侍女が訝しげに侍従に目を向けた。
侍従はサラとエクトルを見たままで、続けた。
「ソニエール伯爵からアルノー子爵へ縁談の申し入れをさせて頂くと思います」
「ほ!…むぐぅ……」
侍従の言葉に驚いた侍女が歓声を上げかけたのを侍従が慌てて口を手で塞いで止めた。
「秘密だって言ったでしょう!静かに聞いてください!」
小声で注意され、侍女は慌ててこくこくと頷きを返す。
それをじっと見つめてから侍従がそっと口から手を離す。
「その様子では…歓迎してくださると思って良いようですね」
侍従は安心したように息を吐くと、再び主人たちへ視線を戻した。
「もちろんです!一応私からもソニエール伯爵のご子息と交流があることは旦那様にお伝えはしておりましたし…」
「あー…それはありがたいです」
じゃあ大丈夫かな。
侍従はそれでまた安心の材料を増やした。
「いつ頃お話が…」
声を抑えてはいるけれど弾んだ声色で侍女が聞いた。
「それは…旦那様次第ですが…私の予想では急がれると思います」
「そうですか!」
エクトルがサラと婚姻を望んだとしても、アルノー子爵が既に別の縁談を考えている可能性を侍従は心配していた。
けれど侍女の様子から考えるとその可能性は低そうだ。
とはいえ、主人たちから離れて彼女と話せる機会はそれほど多くはない。
だから、もう少しだけ情報が欲しい。
「主人が戻るまでもう少し独り言にお付き合い頂けますか?」
「ええ、もちろん」
これは全て独り言だから。主の意向と思わないで欲しい。
自分孤りの言葉であると釘を刺し、侍従は侍女と言葉を交わした。
侍従「そうなんですか…なるほど…それはそれは…へえ…(この侍女…喋り始めたらサラ様語りが止まらないな)」