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【完結】誰が為にシナリオはあるのか〜乙女ゲームと謀りごとの関係〜  作者:
第一章「長いプロローグ ーbefore the game beginsー」
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10. 礼儀作法の先生

 昼食の前に、私は一人の女性を紹介された。

 「こちらはアガタ=マイヤーさん、あなたの礼儀作法の先生です」

 「…!」

 私は目を丸くしてから、慌てて挨拶した。

 「サラです。よろしくお願いしますマイヤーさん」

 マイヤーさんは「頑張ってお勉強しましょうね」と私に微笑んでくれた。




 商家からはもともと見習い仕事を勧められてはいたけれど、それでも身寄りのなくなった私を見習いにしてくださったのは、ご主人のオベール様のご慈悲であろう。

 だから一生懸命働こうと決めて商家に越して来たけれど、初日は読み書き計算の確認だけ。お仕事をすることは出来なかった。

 少し戸惑いはしたけれど、ヤンさんに褒めてもらえたのだから、役には立てそうだと自分を励まし、しっかり休んで迎えた今日。私に言いつけられたのは文字の練習であった。

 

 練習をしていれば、自分が文字を書くには全然足りていないのはよく分かる。美しい文字が書けなくては仕事が出来ないのであれば、頑張るしかない。

 

 半日の練習では文字が美しくなったとは言えないけれど、文字の練習はお昼まで。

 ということは、きっと午後から見習い仕事が始まる。文字を書かない仕事だってあるはずだ。

 私は読むことは出来るのだし、家事だってちゃんと出来る。文字が上手く書けずに役に立てることが少ないのであれば、その分まで出来る仕事を精一杯しよう。


 そう考えていたのに、紹介されたのは見習い仕事の内容ではなく、礼儀作法の先生であった。


 

 人前に出るのであれば礼儀作法が必要なのは当然だ。

 見習い仕事なのだし、裏方の雑用を行うのではないかと漠然と思っていたけれど、もしかしたら違うのかもしれない。それともどんな仕事であろうとも、商家の名に恥じない振る舞いが出来るようにならなくてはいけないということかもしれない。 

 私は美しい文字が書けないだけではなくて、足りないものばかりなのだ。



 私の気持ちは少しだけ上擦ったままで。マイヤーさんの指導は昼食の食べ方から始まった。


 昼食はパンとスープに焼き野菜。

 綺麗に盛り付けられたお料理はとても美味しそうに見えた。

 

 仕事をするのに必要な礼儀作法を学ぶとはいえ、なかなか見習い仕事を始められないことに、私は少しだけ焦りを感じた。

 けれど昼食の匂いが漂い出してから空腹を感じていた私は、綺麗なお料理に目が釘付けになった。

 昨晩は気づかなかったけれど、私が家で食べていたものよりも豪華な…そう思いかけたところで、私は気づいた。

 確かにとても美しく盛り付けられてはいるけれど、料理そのものは私が家で食べていたものとそんなに変わらない。豪華に見えるのは綺麗に盛り付けられているからだ。


 私はマイヤーさんに教えられる通りにフォークとナイフを使った。

 家で食事の時にナイフを使ったことはなかったから、使うのは初めてだ。けれど切ることは包丁で慣れている。

 私は、マイヤーさんに教えられる通りに食事を進めた。


 食事が終わると気持ちも落ち着いたように感じた。

 まだ落ち込む気持ちがなくなったわけではないけれど、言われたことをきちんとしよう。

 私はマイヤーさんの指導に向き合った。


 食事の後は、挨拶の仕方。それから歩き方、座り方、立ち方など部屋の中での動きのひとつひとつを教えてもらった。


 食事が穏やかに済み。最初の挨拶も所作も問題なかった。

 丁寧に言葉を返し、姿勢良く歩いた。座るのと立ち上がるのは少し手間取りはしたものの、足台を用意してもらって何とか出来た。


 けれど何とか言われた通りに出来たと安心したすぐ次。私は自分の足りなさにまた直面した。

 一通りの挨拶と所作を確認した次は、相手の立場と自分の立場の設定を変えて挨拶をした。それはただ丁寧に話せば良いものではなかった。

 私は貴族に会ったことがない。だから当然、貴族とどうやって話せば良いのかも分からない。見習いのうちに貴族と会うとは思えなかったけれど、商家にいる以上、取次を求められたり、突然話さなくてはならないこともあるのかもしれない。


 私は礼儀作法が、見習いにとっても必要なものなのだとよく分かった。



 お茶の時間さえも指導は続いた。

 小さいけれどお茶菓子も用意され、私は昼食の時の注意事項を思い出しながら、それを食べた。


 最初のお茶を飲み終えると、マイヤーさんは「ここからは本当に休憩にしましょう」と微笑んだ。


 私はほっと息を吐いて、マイヤーさんが淹れてくれた二杯目のお茶を飲む。

 マイヤーさんの淹れてくれたお茶はとても美味しくて、心が安らいだ。


 もしかしたらお茶菓子の甘さが心をほぐしてくれたのかもしれない。

 

 私は足りないものの多さに、溜め息を吐きたくなった。だけどこんなに美味しいお茶を飲みながら溜め息なんか吐くわけにはいかない。

 私も家でお茶を淹れていたけれど、私が淹れていたお茶とマイヤーさんの淹れたお茶では全く違う飲み物のように感じる。

 茶葉が違うだろうから味が違うのは当然とは言っても、これだけの味の違いが茶葉の違いだけだとは思えなかった。私が同じ茶葉を使ったとしても、こんなに美味しいお茶が淹れられるととても思えない。

 


 私は溜め息の代わりに、口の中に残ったお茶の香りを楽しんだ。


 私はマイヤーさんに聞いた。

 「私もこんなお茶が淹れられるようになるでしょうか」

 商家の仕事にお茶汲みがあるのかどうかは聞いていないけれど、美味しく淹れられないより淹れられる方がいいに決まっている。

 マイヤーさんは戸惑ったように答えた。

 「あなたがお茶を?」

 首を傾げてからマイヤーさんは続けた。

 「…そうね…まず挨拶がうまく出来るようになりましょう…」

 

 お茶を美味しく淹れる日は遠そうだ。

マイヤー「お茶の淹れ方は講義内容にないのだけれど、本人が希望しているなら教えた方がいいかしら。オベールさんからは可能なら子爵令嬢相当のマナーを身につけられるようにということだけれど、子爵令嬢がお茶を淹れるとしたら相手は更に上位の身分という設定になるわよね。けれど商家の仕事としてならお茶を淹れる機会はありそうだし、オベールさんにどうすべきか確認してみましょう」

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