1. 婚約破棄?
「フォスティーヌ=アセルマン侯爵令嬢、あなたとの婚約を破棄します!」
王太子アルフォンス=パジェスは高らかに宣言した。
その言葉の広がりとともに、楽しげな会話で彩られていた卒業パーティーの賑わいは静けさに変わった。王太子の声の残響が会話を止めた卒業生たちの頭に沁みていく中、いくつか残ったダンスのステップの音も消え、そして楽師たちも演奏を止めた。
ホールの端までは王太子の声は聞こえなかったかもしれない。けれど誰もが静寂を守り、給仕すらも動けずに王太子を見つめた。
静けさを作り出した王太子は、彼の前に立つフォスティーヌを真っ直ぐに見つめていた。
彼の傍らには子爵家令嬢のサラが身を寄せている。
「フォスティーヌ、あなたはサラを市井育ちと蔑み、虐めているね」
その言葉の終わりを待たずに、傍らのサラは弾かれたように王太子の顔を見上げると、慌てたように口を開いた。
「いえ、それは…!」
王太子はサラに優しく微笑むと「大丈夫」と彼女の頭を撫で、そして再びフォスティーヌに顔を向ける。
「優しいサラはあなたをこのように庇う。けれど私は王太子として放置することは出来ない」
フォスティーヌは王太子の言葉を静かに聞いていた。
目を逸らすことなく王太子を見つめるフォスティーヌの横顔は美しく、それ故に周りは息を止めた。
王太子は続ける。
「このような行いをするあなたと結婚することは出来ない」
王太子はそこで周りを見渡した。何かを求めるようにゆっくりと視線を巡らせる。王太子の視線を受け、しかしそれでも動くことを恐れるように、周りは身じろぎも出来ずに王太子たちを見ていた。
王太子は微かに眉を顰めるとサラに目を遣り、そしてフォスティーヌに視線を戻した。
「私はサラと婚約するつもりだ」
サラが驚いたように王太子を見た。そして一度フォスティーヌに目を向けると王太子に視線を戻した。
彼女は王太子に向けて口を開きーーー
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「ーーラ!サラ!朝よ!起きなさい!」
私を呼ぶ声が聞こえる。王太子殿下?違う。女性の声だ。
私の体を包んでいた温もりが剥ぎ取られる。
「ん…待って…」
私は体を両腕で抱き込むようにして丸まる。
遠い昔に見た記憶をなぞっていたような気がした。だけど同時にこの先の未来を見ているような心地でもあった。
過去と未来、夢と現の狭間をゆらゆらと漂いながら、自分の名前を呼ぶ声の方に引き寄せられる。
「サラ!」
体を揺すられる感触に抗うように手を伸ばして…
「…!」朝!
ーー夜の夢は瞬間霧散した。
私は飛び起きると傍らを見上げた。
「おはよう!」
私の布団を片手に持った母さんの、呆れたような笑顔が目に映った。
更紗「王太子ルートは断罪からの婚約破棄かあ。ベタすぎだけど、まあ王道だよね」