ふさわしくない。 (M
レイシャダルがいない日々は平穏だった。
求めていた平和な暮らし、使用人三人とのびのびと過ごす日々。
エイラと私が姉妹で、エドモンドとマルタの子供になった気分で楽しく暮らしていた。
実家の暮らしの様に家族集まって使用人に見られながらの食事はもってのほか、街に出れば四人で屋台の串焼きにかぶりついたり、ご飯ひいつでも四人揃って食べて、笑顔の絶えない日々だった。
だってほら、旦那がいなきゃ義実家行けないし、時々両親や兄が会いにくれば旦那は仕事と言い張ればいいし。亭主、留守が一番いいなと感じ始めていた。
時々やってくる美少女を除けば。
「お兄様に相応しくないというのがわかりませんの!?」
パステルブルーの巻き髪を編み込んだ美少女が今日も元気に玄関で吠えていた。
エドモンドが「マーテル様」と困った様に言えば、バツの悪そうに涙目になって日傘や扇を床に立ちきつける。
可愛いリボンやレースフリフリのドレスを身にまとい(必ず配色がレイシャダルの色)ハンカチを唇に添えたりね。
必ず決まって、相応しくない、と言い張る。
「私の方がお兄様に大切にされてますわ!このジャガイモ娘!」
多分私より年下なんだよな、この子。
「その瞳の色なんか薄汚れたジャガイモそのものじゃない!お兄様はジャガイモよりお肉が好きなのですわっ!!」
お兄様、肉食系だからこそ、いろんな女とっかえひっかえしてるのですね。最近はヒロイン様に夢中なのですよ。
「マーテル様、奥様に失礼ですよ!謝りなさいっ!」
みなのおっかさん、マルタが言えばどもりだし、マーテル様は私を睨みつける。
三日に一回来ては、お兄様大好きを説いていく。あの男、どんだけ女を口説いてるんだよと帰ってこない顔も朧げになりつつある攻略対象に思いを馳せていた。
最後は結局、マーテル様を使用人三人で説得して追い返すんだけど、マーテル様って誰?と聞けば、三人ともが苦笑いをする。
「レイシャダル様の、その…大切な方ですね」
「私どもから言えることはございません…」
「時期がくれば自ずとわかると思うのですが…。レイシャダル様から伝えられるまで言えることは…」
三者三様。
大切な方で、使用人からマーテル様呼びで、本人もお兄様と呼ぶ間柄。
…兄弟しかいないって話だったからアレだよね。
あの男、親族の娘にまで毒牙向けてるじゃねーかと。
ちなみに私があまりにもレイシャダルに興味がなかったため、エドモンドが教えてくれた雑学。
レイシャダルは一応騎士団長の父とは違う隊の副隊長を担ってるんだと。
だから、忙しいとフォロー入れられたのは随分過去の話。
ヒロインが会ったはずの侯爵夫人は五子出産のため実家に三男連れて里帰りしてると、何故か家令から説明される私。
最早エドモンドがいればレイシャダルはいらねぇと思った。
やっぱり、亭主元気で留守が良い。※ただし、女口説きすぎて家まで家まで押しかけてくる。
気が付けば結婚式から一ヶ月半経過。
最初の頃も押しかけてたマーテル様は、今や応接間にて茶を飲み合いながら優雅にケーキを食べ。
「このジャガイモ娘っ!お兄様にふさわしくないんだからさっさと離婚しなさいよ!!」
「本人が帰ってこないんだから知りませんわ。結婚式から一ヶ月半、姿が見えませんもの」
と、軽口を叩き合えるほどになったのである。
今日も今日とて、マーテル様と中庭が見えるウッドデッキで茶を嗜んでる時に、実母が参上。ちゃっかり実母には甘えるマーテル様を微笑ましく見ながら一日が終わった。
と、思ったら、夜、とうとう奴が現れた。
「会いたかったよ!ベル!!俺だけの子猫ちゃん!」
えらくテンションの高い、見忘れてたイケメン。
寝るぞ、って時に寝室でベッドにダイブした途端に開かれたドア。
現れたイケメンの背後にさっきまで雑談していた三人が行儀よく立っている。
「ご機嫌よう、伯爵様。お勤めご苦労様ですわ」
久々見る美形に惑わされることなく姿勢を正し、ベッドの上で正座をした。
何故か使用人カルテット、仕事を終えたみたいな顔して寝巻きの主人を連れてくるとすぐにドア閉めたんだ。
「会いたかったよ、子猫ちゃん!」
冷静な私と対象的に声を荒げるレイシャダル。ヒロインを抱きしめたその腕を伸ばし、私に抱きつこうとするのを制する。
他の女も、ヒロインも、マーテル様にも抱きついて、甘い言葉で口説いたんだろう。そう思うと、鳥肌が立ち思わず小さな悲鳴を上げた。
思えばキスも上手だった、そつなくこなしてた。今まで百戦錬磨だったんだろう。
こんな貞操感覚がゆるい男に。お飾りの女を用意して、他の女に愛を囁いて、愛してるやら、大切やら伝えてる人に。気まぐれで抱かれたくない、と、嫌悪感が湧いてきた。
「この女好きっ!女だったら誰でも子猫なんでしょ!?近づかないでよ!」
拒否して機嫌損ねたら、私の一生終わりかなぁ。視界が滲んで、自分自身を支える様に抱きしめる。
「ベル…?何を言ってるの?」
頭上に聞こえる美声は何故か震えていて。
その声すら嫌悪感が湧いてきた。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしてよ!いきなり結婚したかと思うと、勝手にサクラ様のことで誤解されて!!エイラやエドモンドやマルタと会えたことは嬉しかったけど!!それでも、他の女の子達のこと大切や愛してるとか言って!私のことお飾りの妻だと思うんなら手を出してこないでよ!他の女の子と関わったその手で触られると気持ち悪いの」
見てよ、と腕を捲り、ものの見事に浮き出てきた鳥肌を見せる。
ふと目を合わせると、困惑した様な表情をしたレイシャダルが私を見ていた。一旦体勢を整え、手を差し伸べようとしていたのか、その手が私達の間で固まっていた。
睨みを効かせると、肩を震わし、手を下げていった。
触れないで。
その言葉を忠実に守ってくれたレイシャダルは二、三歩下がると「話を聞いてくれないか?」と言う。
聞くべきなのだけど、身体が拒否反応を示し思わず耳を手で覆う。
その態度を見て、悲しそうに息を吐いて。
テーブルに近づきメモを書き、退室していった。
そのメモを読んだのは、深夜のことだった。