私は、モブ! (M
左目尻に泣き黒子、シャンデリアの光の反射で紫がかって見えるネイビーの瞳。
周りから聞こえる令嬢達の悲鳴に臆すこともせず。
固まっている私に壁ドン始めた放蕩子息。
「可愛い子猫ちゃんだね、その髪色、茶トラみたいだね」
一般的な茶髪って言いたいんですね、わかります。
「そのタレ目なチャーミングなキャラメル色の瞳もかわいいよ」
茶色ですよね、モブだって言いたいんですね、わかります。
「こんな可愛い子猫ちゃんが俺のお嫁さんになるなんて幸せ者だよ」
いつの間に嫁に格上げしたのか?
なんで、壁ドンからの顎クイするのか?
その後、私はどうやって帰ったのか覚えてないのだ。
翌日、母親から卒業パーティーで気絶して放蕩子息に姫抱っこされながら馬車降りて来て、第三王子ライル殿下の署名入りの婚約届と第二王子のマイル殿下の署名入りの婚姻届を同時に見せられたらしい。
婚約届は私の名前指定してあったけど、婚姻届は放蕩子息のサインのみで居合わせた実父に私の名前書いてもらったってさ、ハハっ。
「そういう事なので、マリーちゃんはもうダルメロ家の人間なのねぇ」
とかのほほんと話す実母に同調するメイド達。
実父、仕事しに王城に行ったってさ。貧乏貴族は基本、城で仕事だもんねー。状況追いついてない娘放置してこの親どもめっ!と思ったけど。
「なぜ、私が選ばれたのかは置いといて…。なぜ、お父様もお母様も私を売ったのですか?!」
両親がいきなり現れたイケメンにホイホイ娘を売り渡したのか、実親に聞くべきはそこだろう。あの、モブ王子め、出し抜きやがったなとか、疑問は多々あるが、一番最初に聞くべきは、サインをなぜしたのかだ。
「ダルメロ家といえば妖精を扱う貴族ですわ、こんな田舎くさい子爵家は割にあいませんわ、娘のことが大事だと思うのなら何が何でも断ってくれたらよかったのに!」
「マリーちゃん、無理よ〜。だってダルメロ家のご長男様は王太子殿下の側近、ご長男様の奥様は王太子妃の親族なのよ〜。侯爵様自体も騎士団長様でしょ?子爵家が侯爵家に逆らえるはずもないし、ダルメロ家よ?」
しらんがな!?
そんな放蕩子息の兄弟関係知らないし、兄嫁の情報も新事実だし!
仮にモブ王子と私がクラスメイトだとしても!!
私は放蕩子息と接点すらない!!
「ちなみに結婚式はね、三日後に行われるそうよ〜。良かったわねぇ、マリーちゃん。ほら、レイシャダル様は伯爵位持ってるし、お家お城から近いものねぇ〜」
知らんがな!?
なぜ母親が知ってて同じ学園に通う娘が知らなかったのか。
それは簡単。
私はモブだったからさ!!
無知ということを後悔した。
夕方、何食わぬ顔して実父と影の薄いモブ実兄と我が家に帰って来たのはモブファミリーにふさわしくないイケメンだった。
おかしきかな、兄に対してイケメンすでに兄呼び定着している。おい、兄よ、弟じゃねーよ、他人だよ。
当たり前の様にランティア子爵家に紛れ込んでご飯を食べてるイケメン。使用人達も受け入れ体制早すぎる。
「俺、五人兄弟だから兄さんの事も本当の兄みたいで」とはにかめば私の兄だったはずの人物も顔を赤くして笑うんだよ。私の向い、父と兄に挟まれたイケメンが。
そうか、五人兄弟だったのか。二番目だよね、一番目のお兄さんが王太子殿下の側近で、父親が騎士団長で。
…この目の前の攻略対象はなんなんだ?
ふと目が合えば、ゲームに出て来た色気たっぷりの甘い笑みで笑うのよ。モブに。
食後のデザートが出された時に意を決して目の前のイケメンに聞くの。
家族全員、なんなら居合わせている使用人達に聞こえる声音で、不思議そうにね。
「ダルメロ侯爵子息様、なぜ私だったのですか?子息様には私なんかより教養の行き届いた相応しいご令嬢が多数いらっしゃいますわ。今からでも遅くありませんわ、婚姻を解消して、白紙に戻しませんか?私は子息様に相応しくありません!!」
普通に高位貴族の行動を妨げるのは重罪だと思う。でも、こっちだって関わりたくなかった未攻略対象(しかも女好き)を目の前に切迫してるのだ。
そんな私を家族含み使用人達が憐れむ様な目で見てる事も気づいてる。
普通の思考なら玉の輿やら、お偉い立場の人に好かれたぞ!ってなるものね。
…この人と他一部じゃなけりゃ、私も立場云々言わずにシンデレラストーリーを噛み締めることができたのだ。
誰が好き好んでヒロインと王子の取り巻き化してたハーレム要員と結婚しなきゃならんのだ。
目の前のイケメンが一瞬目を見開くと、悲しそうに目を伏せてね。大袈裟に顔を両手で覆う。なぜか父と兄が慰め態勢に入り、兄よ、妹はお前の妹だぞ?なんで「レイが可哀想だろ?!」とか私に言い出すの?!愛称で呼ぶくらいなんでお前ら友情築いてるの?!
なんで父も「レイシャダル殿に謝りなさい!」とか言うの?私が悪いの?!
数分後、周りを味方につけた放蕩子息が顔を上げると鼻が赤くなって涙目になってた。
何がそんなに悲しかったのか、返答を聞きたいのに奴が言い放った言葉は一言だけだった。
「ウェディングドレスはもう出来てるからね。指輪も、屋敷も」
苦虫を噛み潰す私、祝福する家族、歓声を浴びせ拍手する使用人達。
「結婚式が始まるまできちんとマリーベルを捕まえておきます!」
実父の言葉じゃねーよ。
実母も「マリーちゃん、良かったわねぇ」とか言うんだよ。
有無を言わせない圧力を感じて押し黙ると、目の前の放蕩子息の口元が緩んでた。
あっ、コイツさっき芝居してたのかな?