夫だった。 (M
屋敷で食事を摂ると、疲れた身体を浴槽で温め日常に戻ったようにいつも通り寝巻きを着て、寝室へ向かう。
身の回りを手伝ってくれたマルタに別れを告げ部屋に入れば、奥のベッドにバスローブ姿の色気の化身がいた。夫だ。
…忘れていた!!
いない日常が当たり前すぎてベッドを私物化していた。元々はこれ夫婦の部屋じゃねーかと。食事は一緒にしたのに存在を忘れていた。部屋は一緒なんだと。
意を決してベッドの元まで行くと腰掛けていたレイシャダルがぬいぐるみのように抱きしめているカメレオン。クリーム色の水色の、エイラの元の姿。
口を開けば長い舌を出し、ギェギェと笑うエイラ。エイラの鼻を突きつつ、「動物妖精の姿になったら俺しか言葉わからないんだ」と説明しつつ空いていた片手で人の右手首を掴み、隣に腰掛けさせる。
「どこから話そうかな?」
レイシャダルは息を吐き、自身の出生を話しはじめた。
レイシャダルの実母、騎士団長の奥様が妖精界の王族、王妹だという事。
義兄様とマーテル様は完璧騎士団長の血が濃ゆく人間だが、レイシャダルとすぐ下の弟の三男が母親遺伝が強く人間と妖精のハーフだという事。
レイシャダルと弟は過去に会ったことのある動物妖精の擬態を出来ること。
王太子殿下に義兄越しに紹介されて、貴族が公表していない妖精の姿が見えるので特殊部隊の設立に関わったこと。
「おばの影響で女嫌いになってさ、同世代の令嬢達も近づいてきてたけど更に悪化して。元々母親が特別綺麗で、マールも俺も三男の弟も母寄りの顔だったから令嬢達より綺麗だと思ってたし、慕われるならマールの方が良いなって思って休みの日にマールと過ごしている噂を放置してたんだ。父さんも別に独身で良いって言ってくれてたから」
若干ナルシストとブラコン加速させてねーか?とエイラのゴツゴツした皮膚を撫でながら話を黙って聞いた。
まさかの出会いのきっかけがサクラだった。
「アイツ、黒猫になって仕事出る前に気分転換しようとしてた俺見てハリネズミの針刺してきたんだよ。壁の抜け穴に無理やり押し込んで気持ち悪い色だって言ってさ。その時に、好感度とか話してたんだ」
それからは私もご存知の通り、助けて連れて帰って記憶ないフリしてゲームの内容上手いこと聞き出した、と。
「ベルはね、俺の事救ってくれたんだ。怪我を治療してくれたこともそうだけど、ベルのおかげで最初の頃はサクラに会わずにすんだ。毎日色々な話をして楽しかったんだ」
「私も楽しかったよ、スカイとの毎日。…ごめんなさい、たくさんレイシャダル様の事傷つけたよね…。勝手に決めつけて知らないから噂を鵜呑みにして…」
「俺はベルのそんな真っ直ぐな所がとても愛おしいんだ」
「ギェ!ギョギェ!!」
「あのね、ベル。正直、俺の話をしてた時に、それは俺じゃないレイシャダルなのにって何度も腹が立ったよ?でも、俺たちと関わりたくないって言ってたよね?現実のサクラが行っている行動はこの世界では通用しないのにって。…ベルは現実をきちんと生きてるんだって思った。だから、やり方は悪かったけれど俺はきちんとベルに話したかったし、向き合いたかった」
「ギョエピーー!!」
「ローズ令嬢の末路を聞いた時にマイル殿下の話に便乗してね、ベルの言う格差婚をさせたことは申し訳ないと思っているけれど…。それでも、俺はベルを他の奴に取られたくなかったんだ」
「ギョギョギョィピ!!」
「レイシャダル様…」
「レイって呼んでほしいな、ベル…」
「あの、レイ様…。エイラが鳴いてちょっと集中出来ません…」
「…俺、ベルのそんな正直な所も大好きだよ!!」
エイラを手放せばすぐに人型に変わる。メイド姿になり、いつもの声で「そーゆー話は二人っきりでしろよ!オイラを巻き込むなよ!!」と言いながら部屋から出て行った。
出て行った先のドアに視線を送り、二人で同じ方向を見ながらまた話し始めるレイシャダル。
「妖精の件でもベルは知りすぎていてね、我が家ならベルのことを守れると思ったんだ。マールのことも、ベルの前の人生の友達の話を聞いた時、理解してくれると思ったから。…そう思うと打算もあったかな?それに、ベルは言ってただろ?隠し対象はすぐ下の弟だとすぐわかって、帰って来ようとしていた弟をサクラに会わせない事に成功したんだ」
「あっ…人間と妖精の…」
「俺は母さんの血筋でも弟よりやや父さんの血が濃いから。弟は王位継承二位なんだ。王様には二人王子がいるけど一人身体が弱くてね。王位継承一位の第二王子はマールより年下で。弟は第二王子の補佐をしているよ」
サラッと自分は王位継承四位だとか言ってますけどね?妖精界に私を連れて行けないから、妖精界に行くつもりはないと言うけど。
「正直言うとさ、今日かなり危なかった。サクラの言うこと聞いてると、確かにって思う部分も心のどこかに存在したんだ。
父さんは昔からマイル王子の話をしてたし、城にいることが多かった。母さんは妖精界の仕事があって、兄さんは王太子殿下の側近で。今回の隊の設立の時もなんで俺ばっかりって気持ちはあったと思う。
すぐ下の弟も可愛いけどクセが強くてさ、マールのことも可愛いし、俺がついていなきゃって気持ちがある反面、俺だって誰かに頼りたいのにって気持ちと兄だから弟を守らなきゃって気持ちもあって。
王太子殿下にだって後ろめたさはあるさ。なんで厄介なことばかり押し付けてくるんだって。
マイル殿下も自分だけローズ様との時間を持てて羨ましいと思うし、サクラから逃げれたセルジオも恨めしい気持ちはある。
…そんな時にベルの声が聞こえたんだ。
それでね、帰り際に兄さんを見ると、すごく疲れた顔してた。王太子殿下も。きっと、父さんも仕事が忙しいだろうなって思うと、俺だけが大変なわけじゃないんだって思えてさ。
父さんはなんだかんだで休みの日は俺たちに稽古をしてくれて、話もきちんと聞いてくれた。兄さんも、俺の事心配してくれて、何度も出来ないことは伝えてくれって話してくれた。母さんもアイツも妖精界で忙しいし、マールだってマールの苦悩はあるんだ。
ベルの言葉で思い出したんだよ」
サクラは度々レイシャダルのことをかわいそうだと話していたらしい。家族の事や、厄介ごとをふっかけられて。
いや、レイシャダルの厄介ごとに関しての全て元凶はサクラ本人じゃね?と突っ込みたくなるけど。
「それに、スカイの時にベルがいてくれたから救われたんだ。しんどい時も、ベルと話してたらさ、心が楽になった。エイラといる時も楽しいけど、家族や周りの事関係なしにただのスカイとしてベルと話している時が楽しかったな。ベルがもし猫妖精になってたら、きっと番になって家族を持って、沢山笑いが飛び交う生き方ができたんだろうなって…あの時ずっと思ってた」
「私も同じ事考えてた。スカイとだったら、素のままのんびり暮らせそうだなって…」
思わず溢れた私の呟きを嬉しそうに聞いて。
「過去形なのは、俺がスカイだけどレイシャダルだから。人の姿で、マリーベルと一緒になりたかったから。本当は卒業パーティーの後、スカイだと告白してプロポーズする予定だった。ベルのご家族に口止めたのんで、俺の口からきちんとベルに全て話したかった。マールの事や、仕事の事。全部、俺の口から伝えたかったんだけどなぁ」
いつもタイミング逃して、結局女好きの噂はマーテル様や騎士団長から聞いて、夜遊びの噂は王太子殿下から聞いたのだ。
その件をひっくるめてレイシャダルは早い段階で伝えたかったと話した。
「レイ様、その口調が素なんですね」
いつも口説き文句をスラスラ話してたのに。レイシャダルははにかみながら「ベルは俺の前では元の話し方に戻してほしいな」とお願いされる。
「様も要らないよ。だって、ベルと俺は秘密の仲だもんね」
いたずら口調で言うならば、私もつられて笑い出す。
「もうっ!レイ様ったら!」
「レイだって。ねぇ、ベル?レイって言って」
甘い声で指を絡ませてくれば、指輪の水色がキラキラと輝いていて。
この人の本当の姿は、スカイの時と変わらないのだと、胸がドキドキしてきた。
レイと呼べば、私も名前も呼ばれて。
お互いのおでこを合わせて、笑い合った。
レイシャダルの中のスカイに私は話しかける。
「また会えたね」
ずっと、会いたかったよ、と。
「もしかしたらベルが気づいてくれるかなって期待もしてたんだ」
「どうして?」
「だって、何度も子猫ちゃんって伝えてたし、指輪の色でね。動物妖精ってみんな瞳の色が水色なんだよ。王族は紫色だから俺も多少毛先が紫。伸びても数センチだけ紫になるんだ。…ベルが言ってたろ?スカイの瞳の色が綺麗だって。だから俺にとってもこの色は思い出の色だったんだよ」
コツンと、自分の結婚指輪を突けば、私も水色はスカイの色だと思ったと返事をする。
「だってあの時はスカイがサクラの妖精とばかり思ってたもん!結婚式の日にサクラがレイの本命は自分で裸を見たことがある、義母様と会った事があるって言ってたから馬鹿正直に信じてたの!」
ほぼ逆ギレだけどしょうがない。ゲームの世界だと囚われていたのは私も一緒なんだから。
「知らねーよ。俺の事理解してるってぬけぬけと言ってさ、あの女の前で服を脱いだ事ねーし。ベルの前では脱ぐ機会は沢山あるけど。母さんにも会わせたことねーし、前世の記憶で勝手に言いがかりつけてきて、俺からしてみればそれこそ気持ち悪い」
すっかり猫を置いてきたんだな、レイシャダル。サクラの前で何重にも我慢して紳士気取ってたんだな、レイシャダル。
「それにあの場にエイラいたから!ベルをアイツと二人にさせるわけないじゃん?バカ王子がいる手前ベルの味方出来なくて悔しかったけど…。ごめんな、傷付いてたよな。いきなり式挙げて慣れないドレス着て苦しかったのに立たされて…」
いたのかよ、エイラ!サラッとエイラの存在は私の父母には教えているとか言われるのよ。ついでにレイシャダルがスカイになれることと妖精界の存在も父母に教えてる上で黙ってもらってたって。
…私、ドッキリさせられた気分なんだけど!!
「あの時は悲しかったし、ムカついたけど。しょうがないじゃない、サクラがあんな調子じゃ、下手に私を庇ったら妖精の能力で私の家族にも危険が及んでたんだし」
「そうなんだよ!あの女、俺やバカ王子達しか相手にしないからさ、余計にタチが悪いんだよ。俺たちに関わる問題しか起こしてないし、貴重な妖精使いだからって国王陛下が黙示を貫いている。俺たちがサクラの都合のいいように動けば問題なく、サクラの恩恵はありがたいんだよ。目的がわからないから気味が悪い。だけど、実際処罰されるような犯罪は犯してないし、迷惑被ってるのは俺らの隊と王太子殿下の周りだけで、城で働く人数で対比すればごく少数なんだよ」
「サクラの目的…。攻略対象全員を囲いたいって…願望はあると思うわ。二人きりの時にレイ達はみんな自分のこと愛してるって話してたし。ごめん、私レイシャダルの話と隠れ対象と、その、全員囲う話は知らないの」
「俺以外のレイシャダルのことなんかベルは知らなくていいさ。俺がヤダ。でも可能性が二つあるんだよ、あの女の目的の」
「可能性?」
「妖精王族は配偶者共々、重婚が可能なんだ。もし王位継承一位の第二王子に何かあれば弟が今の所王位に就く可能性が高い。現段階でも、弟の妻におさまれば囲う事は可能。でも、妖精界にサクラやバカ王子達は行けない。
もう一つは王太子殿下と妃殿下の暗殺。バカ王子を王妃の後押しで王位に就かせ妻となり、定めを変更し、愛人として囲う。
この二つを王太子殿下も考えている。実際バカ王子派閥はあるらしくて、詳しくは兄さんの方が知ってるけど何度か王太子殿下も妃殿下も命を狙われている」
凄くきな臭い話をぶっ込まれた気がする。
あれ?乙女ゲームだったよね?いや、現実か。
ヒロインの欲望のためのハーレムルートの裏にこんなドロドロした現実があるなんて誰が思うか?というかサクラが王妃になりたいだけなのか?
「ベルには伝えてなかったけど、ベルの御実家と義兄様の婚約者の関係には妖精達やダルメロ家の訓練された使用人達が住み込んで保護下においてるから。エドモンドとマルタも母の側近でね、屋敷にも妖精がいるからベルの安全はサクラからは確保されてるよ」
「サクラからは??」
「…うん、サクラからは。ほら、王妃っていう権力者が権力を振り払えば…ね。ベルの存在は秘匿されていて、ただの俺の可愛い奥さんって事になってるから。王妃にベルのこと教えてないのはコロっと漏らして変な貴族達に狙われるのが怖いから。俺頑張ってるんだよ?ベルのこと本当にサクラや王妃の前では話さないようにしてるんだよ」
だから妻に冷たい夫だと思われるようにそぶりを見せていると。
王妃陛下がライル殿下に甘い理由は聞いた。義父様もそれとなく忠告してくれていた。
「なるべく早く解決してベルとの時間を増やしたいのに!」
「本当ごめんね!役に立たなくて。なんかね、ヒロインの特徴は甘い香りがいつもしていて、体のどこかにアザがあるって事しか知らないの。ライル殿下の話で似ているアザがあって、たまたまライル殿下に見られるんだけど。多分際どい箇所にはなかったと思う」
「…アザ?」
「そそっ、こんなの」
記憶を辿らせレイシャダルの手のひらに指を添えて描いてみる。
ペンで描いたわけじゃないから跡には残らなかったけど、なぞり書きでアザの形がわかったのかレイシャダルは目を見開いて、私に抱きついてきた。
「ベル!!やっぱり君は俺の女神だ!!」
そのままベッドに押し倒されて深くキスをされる。
あれ?これってそーゆー展開なの?だよね?夜だもんね、初めての夫婦の夜だもんね!?
唇を離せば目を開け、目の前には艶めかしいバスローブ姿の夫となった人がいて。
もう一度顔を近づけ耳元で囁いた。
「それは令縛の紋様だよ。あの女は妖精の愛し子なんかじゃない。…立派な犯罪者だ」
身体を離し、レイシャダルは立ち上がる。
「ベル、教えてくれてありがとう。すぐに殿下に知らせてくるね。ベルはゆっくり休んで!」
ハキハキと告げるとバスローブを脱ぎ出して露わになる肉体美。
クローゼットの中から簡易的なシャツとズボンを取り出しテキパキ着替えていくレイシャダル。
引き締まった筋肉に、武人らしい腰回り。見た目華奢に見えるけど脱いだらすごい系だったのね、びっくりだわぁ。顔は色っぽいのに身体付き整ってるって罪だよね。
着替えを済ませればあっという間に鴉に変化して「この姿はセルジオのとこのやつ」窓際に立つ。
「ベル、ありがと!!」
というならば嘴で窓を開けあっという間に夜の闇に消えていった。
残された私は体の火照りを落ち着かせ、ベッドから立ち上がりレイシャダルが開けた窓を閉めるのであった。