99. 千金の計画
それから、次の次の休みの日。
エルクとジャジと一緒に、私は王都へ行った。
ねずみ色の頭巾をかぶって、おもちゃの眼鏡をかけて、変装は完璧。
がんばって作ったドングリのコマを持って、みんなで森の小さな草地に移動して、近くに誰もいないことを確認すると、そこでグリームに大きな姿になってもらう。そしたら、
「うわぁ……すげぇ」
抱っこできるサイズだったグリームが、急に私たちを食べちゃいそうなくらい大きな動物の姿に変わり、話してあったはずだけど、エルクもジャジもとても驚いていた。
「これ、なんていう動物? 見たことも聞いたこともねぇや!」
「魔獣っていうらしいよ。珍しいから見つかったら連れていかれちゃうの」
「へぇー! だから内緒なんだ!」
「うん、絶対に秘密。話したらグリームに食べられちゃうよ」
「分かっているって!」
任せとけって感じで、ジャジは大きくうなずいた。
そして好奇心で目を輝かせながら、
「姉ちゃん、こんなすごい動物をどうやって手懐けたの?」
「え……」
手懐けた?
考えたこともないことを聞かれて、私はちょっと戸惑った。
グリームは私が生まれたときからそばにいるし、最初からずっとこんな感じ――私のやることにああだこうだ文句を言ってくるけど、それでも結局は付き合ってくれる感じだったと思う。
手懐けたっていうより、勝手に懐かれた?
お母様が私の遊び相手として呼んだのかなとも思うけど、それにしてはお母様と仲が悪いし、少し不思議ではある。まぁ別になんだっていいけど。
「生まれたときから一緒にいるの。だから仲良しなんだよ」
「へぇー! いいな、俺とも仲良くして!」
「グルルルル……」
「あっ」
と、ジャジが突然、グリームの翼に触った。
その途端、牙を剥き出してジャジに威嚇するグリーム。
馴れ馴れしい態度が気に食わなかったようだ。
まぁそうだよね。私がお願いしたからしぶしぶ了承してくれただけで、そもそも本当はエルクやジャジを乗せて王都に行きたくないんだし。仲良くするのは無理だと思う。
ていうかもともと、グリームは私以外の人とあんまり仲良くする気がないみたいなんだよね。ダリオンとは少しだけいい感じだけど、他の人にはほぼ無関心を貫いている。
……って、あれ?
そう思考して不意に、私の心にはまた戸惑いが広がった。
本当になんで、グリームって私には最初から優しいんだろう? 覚えていないくらい小さなころに、仲良くなるきっかけがあったのかな? どうだっけ……、うーん?
疑問を解消するために、過去の記憶を呼び起こそうとしていると、
「触ったくらいで怒るなよ。短気な奴だな」
「おい、ジャジ、うかつに刺激するって。危ないだろ」
「ふんっ。うるせぇ、弱虫エルク。動物に人間様の言葉なんて分かるわけないだろ」
「言葉は分からなくても、態度で伝わることは確実にあるだろ。これから乗せてもらうんだから、嫌われたらまずいって。振り落とされたらどうするんだよ」
「姉ちゃんがいれば平気だろ」
エルクとジャジが、そんな会話をしていた。
顔を上げると、むかついていますって雰囲気のグリーム。目が合うと、『私にこの子たちを運べって言うの?』とでも言いたげな、不満げな視線が送られてくる。
……うん。ごめんね。
これはジャジが悪いから、謝ってもらおう。
「グリームはすごく頭がいいんだ。ジャジの言っていること全部、理解しているよ」
「は?」
そう伝えると、ジャジは『そんなわけねーじゃん』って感じの顔を私に向けた。
信じていないんだ?
態度を改めないっていうなら、王都行きはキャンセルだよ?
そうなってくれたらむしろ嬉しいなって思いながら、私は話を続けた。
「グリーム、今すごく怒っている。敬意をもって接してこない人とは仲良くしないし、背中に乗せて王都まで飛びたくないって。商売は諦めようか」
「えっ」
するとジャジは、驚いたように目を丸くしたあと、慌てた様子ですぐさま、
「ごめんな! 俺のこと王都に連れていってくれよ! よろしくな!」
「グルルルル……」
謝ってくれたんだけど、しゃべりながらグリームの体を不用意にバンバン叩いていて、グリームはまた不機嫌モード。うなり声をあげて、ジャジをにらみつけている。
……ほんとに反省しているの?
怪しいけど、触っちゃダメとは伝えていなかったから、
「触られるの嫌だって」
「え! ごめん、ごめん」
教えてあげると、ジャジはすぐ手を離して謝った。
……うーん。
言葉も行動も素直で、悪い子ではないと思うんだけど、なんか全部うすっぺらくて信用できないんだよね。真摯さがまったく感じられない。
でもまぁ謝ってくれたし、これ以上注文を付けると感じ悪くなっちゃうから、
「じゃあ行くよ。落ちないように毛をつかんでいいけど、強く引っ張ると痛がるから優しくしてあげてね。背中で動くと危険だから、飛んでいる間はおとなしくしているんだよ」
「了解!」
「分かりました。よろしくお願いします」
不安はあるけど、王都に向けて出発進行!
* * *
そんなこんなで、およそ一時間後。
私たちは王都に到着した。
近くの木立でグリームから下り、子猫サイズになってもらって、王都ににぎやかな通りを歩いて神殿に向かう。エルクとジャジは、王都に来るのが初めてらしくて、
「なにこれ! 人だらけじゃん!」
「これが王都……。サンガ村とはぜんぜんちがうな」
「あの馬車かっけぇ! 金持ちやばい!」
「うわぁ……」
道中ずっと、きょろきょろうきうきしていた。
私にとっては珍しくもなんともない光景だから、早く商売して早く帰りたいって気持ちが強かったけど、興奮している二人に急ぐ気はゼロみたい。まぁ仕方ないか。
はぐれないでよって、私はエルクとジャジがちゃんと付いて来ていることを何度も確認しながら、人通りの多い騒がしい道をゆっくり歩いた。
そして神殿に到着すると、ジャジに1000WCを渡して、
「これで営業許可証を買ってくるの。自分のお金で買わないと、自分で商売したってことにはならないけど、今回は特別にお金を出してあげる」
「ありがとう!」
エルクとジャジを送り出し、近くの広場で待ち合わせることにした。
見つからないように、私は建物の影で待機だ。
王都には神官がたくさんいて、見かけるたびにちょっとびくびくしちゃうけど、誰かを探している様子も、私のことをじっと見てくることもない。
半年前のことだから、コマのこともナイフのことも、みんなもう忘れているのかな?
そうだとしても、油断は禁物だけどね!
見つかりませんように、無事に帰れますように……。
「遅くない?」
それから、神官を警戒しつつひっそり続けることおよそ十分。
営業許可証をもらうだけなのに、エルクとジャジはなかなか広場に現れず、私は少し心配になってきた。
何かトラブルかな?
子供は営業許可証を買えないとか?
私のときみたいに、スキンヘッドのおじさんに『そんなもの売れるわけない』って止められて、うまく言い返せなくて困っているとか?
でもそうだとしても、私が営業許可証をもらいに行くのはさすがに危険すぎるから、二人を助けることはできない。自分の道は自分で切り開くしかないんだよ……。
どきどきはらはらしながら、さらに五分ほど待っていると、
「姉ちゃん! もらえたぜ!」
エルクとジャジはちゃんと戻ってきた。
満面の笑みを浮かべながら、握りしめた営業許可証を私に示してくる。
よかった。これで商売ができるね。
ほっとひと息つくと、私もにこりと笑い返して、
「よくやったね。それじゃ、商売する場所を探そう」
「おう! 北十二番地のF7だって! こっちらしいぜ!」
「え? ……あ、うん、行こう!」
戸惑いながら、やる気満々のジャジについていく。
なんで? 北十二番地のF7って、私が商売していたのと同じ場所なんだけど……、偶然かな? 一番安い営業許可証だと、そこを指定することにしているのかな?
ほんのすこーし、嫌な予感。
だけど商売するのはジャジだし、私は隠れて見ているだけだから大丈夫だよねって自分に言い聞かせて、指定された場所に向かい、商売の準備を手伝う。
四角く囲まれた線の中に、用意してきたドングリのコマを並べたら、商売開始だ!
……ところが、お客さんはぜんぜん来ない。
「売れないじゃん」
「そうだね。買いませんかって、声をかけてみたら?」
「えっ。商売って、そんなこともしなくちゃいけないの?」
「そうだよ。商品が目立たないから、誰も立ち止まってくれないんだと思う。私はこういうものを売っていますよって、積極的にアピールしていかなくちゃ」
「なるほど!」
アドバイスすると、ジャジはさっそく通りがかりの人に声をかけ始めた。
え、すごい……。
本当に実行するとは思っていなくて、私はちょっとびっくりした。
知らない人に声をかけるのって、すごく勇気がいることなのに。私だったら躊躇して、売れないのは嫌だけど、声をかけるのも嫌だなあってうじうじしているのに。
ジャジって行動力があるんだね。商売に向いているのかも。
と、そう思った瞬間もあったけど、
「コマ買っていかない? 一つたったの50WCだぜ」
「ドングリのコマで遊ぼうぜ! 今なら超特価、一つ30WC!」
「おい、コマ買っていけよ。本当は70WCだけど、お前には特別、50WCで売ってやるからさ。は? いらない? ふざけんじゃねぇ!」
「やめろよ。喧嘩するなって」
成果はからきし。
がんばって話しかけていたけど、コマを買っていく人は誰もいなかった。
「ぜんぜんダメじゃん」
「がんばれ。商売には努力と根気が必要なんだよ」
「えぇ……」
「それと、大人より子供に声をかけるといいよ。遊ぶのは子供だから」
「あ、そっか!」
励ましてまたアドバイスすると、ジャジは失敗したなって感じの顔をしながら、再び通行人に『コマいりませんか?』のセールスを始めた。
すごいなって感心して、売れますようにって祈りながら、私は物陰からじっとその様子を見守っていた。成功してほしい。他にアドバイスできることあったかな……。
考えているとそのうち、怪しげな男の人がジャジの前で立ち止まって、
「なんだ? おっちゃん、コマがほしいのか?」
「あぁ。いくらだ?」
「一つ100WC。だけど初めてのお客さんだから、特別に……」
「すべていただこう。いくらだ?」
「へ? マジで? まいどあり! 数えるからちょっと待っていてくれ!」
売っているドングリのコマを、なぜか全部買っていった。
……なんだか、すごーく嫌な予感。
一瞬でコマがすべて売れて、ジャジは大喜びしているけど、私は素直に喜べない。
なんで?
前にもあったよね、こんなこと。
そのとき売っていたのはドングリの笛だけど、ちっとも売れなくて困っていたら、子供の遊びにまったく興味なさそうな男の人が全部買っていってくれた。
変だなとは思ったけど、その人のおかげでナユタのナイフを取り戻すためのお金が準備できたから、深く考えることはなかった。でもやっぱりおかしいよ。
なんで大人が、ドングリのコマをそんなにたくさん買っていくの?
子供たちに与えて人気者になるため?
そういう理由だったらいいけど、これ絶対、遊ぶ以外に目的があるよね?
去っていく怪しげな男の人の後ろ姿を見送り、嬉しそうに仲良くしゃべりながら片付けをするエルクとジャジを見守る。
早く帰ろう。
このまま王都にいるのは、多分すごく危険だ。
と、そう思ってエルクとジャジを急かそうとしたら、
「何やってんだよ」
不意に細長い影がさしかかり、怒ったような声が降ってきた。
え! 誰⁉
思わずぎくりとして、影の根元のほうにぱっと視線を向ける。
するとそこには、怖い顔で子供たちをにらむジャッカルがいた。
うそ、なんで? サンガ村にいるはずじゃ……?




