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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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98. 千金の計画

それから大体、一か月が過ぎた。


ふわふわさわさわしていた春の陽気は、じりじりひりひりした夏の灼熱に移行中。


ライオネルとダクトベアはまだ戻ってきていなくて、休みの日が来るたび、私たちはドングリ探しとコマ作りに励んでいた。


最初は怪我するんじゃないかと心配していたジャッカルも、今となっては無関心。


ぜんぜん危なくないって分かっているから、集中して工作している私たちを見かけても素通りしていく。邪魔したら悪いからって、無言で近くを通過していく。


コマ作りは順調に進んでいた。


初日はドングリがあまり見つからなかったけど、その後ジャジがたくさん落ちている場所を見つけて、かなりの数を確保できたし、エルクもジャジもかなり器用で、一回教えたらすぐコマを作れるようになっていた。


今ではもう、私より早くきれいに作っている。

その才能をちょっとうらやましく思ったり、思わなかったり。


ところで、コマ作りが順調に進んでいるということは、王都で商売をする日が近付いてきているということだ。


ライオネルとの約束を破ることになるかもしれない日が、刻一刻と迫っている。


……とても憂うつだ。


そのことを意識すると、胸が締め付けられて苦しくなる。


だけど私はこの一か月の間に、あることに気付いた。


それは、私は『商売の仕方を教える』と言っただけで、『ジャジの商売を手伝う』と言ったわけじゃないってこと。そう、『教える』だけでいいのだ。


しばらく謎に勘違いしていたけど、商売の仕方を口頭(こうとう)で教えるだけでいい。

つまり、私が王都に行って商売する必要はまったくないってこと。


王都の神殿の右の隅っこで営業許可証を買って、指定された場所に商品を並べて販売する。その説明だけすれば、『商売の仕方を教える』約束は果たしたことになる!


……と、楽観的に考えて、それを本気で信じていた瞬間もあった。


だけど予想どおりというか、なんというか。

このことに関する問題は、それ以外のところにも(ひそ)んでいて、


「商品ができたら、王都で営業許可証を買ってお店屋さんを開けばいいよ」


そう説明して、商売の授業を終わりにしようとしたら、


「どうやって王都に行くの?」


「……えーっと」


純粋なまなざしを向けられて、私の心には『やばい』が大量発生した。


まずいよ。当たり前のことだけど、すっかり忘れていた。

普通の人は、グリームに乗って王都へ行けないのだ。


どうしよう⁉


歩いていくには時間がかかりすぎるし、馬車で行くにはお金がかかるし、魔法で飛んでいくには魔法使いじゃなきゃいけないし……。


事実を話す以外、説明しようがなくて私は困り果てた。


しばらく黙っていると、


「ねぇ、どうやって王都に行くの?」


急かすように、ジャジがまたそう聞いてくる。


……優しくないね。これがライオネルだったら、言えないことだって察して引いてくれるのに。ごまかせないし、沈黙も許してくれないなんてもう終わっているよ。……はぁ。


でもだんまりを決め込んで、会話から逃げるのは嫌だし、やりたくない。


「グリームに乗っていくんだよ」


仕方なく、正直にそう教えてあげると、


「ぐっ……? その猫のこと?」


「うん。大きくなって飛べるんだ」


「すげぇ! 俺のことも王都まで運んでくれるの⁉」


「それは無理」


「えっ? なんで?」


「なんでって……。グリームのことは秘密なんだよ。サレハさんとか魔法使いの人にバレたら、よくないことになっちゃうの。だからダメ、乗せてあげられない。ごめんね」


「えぇっ、うそだろ⁉ だったら俺、王都で商売できないってことじゃん!」


「そうだね。でも商売のやり方は教えたよ」


「そんなの屁理屈だ!」


怒りで顔をほてらせながら、ジャジは強い口調で叫んだ。


「連れていって! 俺も商売したい!」


「ごめん、無理」


「いじわる!」


うぅ……。

心が痛む。結局、こうなっちゃったか……。


商売できないことに納得がいかないのか、それからしばらく、ジャジは私を非難したり、そうかと思えば懇願してきたり、いろんな言葉を並べ立ててぎゃーぎゃー騒いでいた。


私の胸は罪悪感でいっぱいだった。


ごめん、本当にごめん……。

あとのことを考えないで、簡単に了承した私が悪いよね……。


でも『連れていって』というジャジの言葉に、うなずくことはできない。

謝りながら、静かにひたすら『それは無理』と言い続けていると、


「せっかく作ったのに」


やがてジャジはしょぼんと落ち込み、悲しそうにドングリのコマの山を見つめた。


……本当にごめんって、心がじくりと痛くなる。


ほんと私ってバカだよね。


王都に行って商売できないって気付いたときに、ドングリのコマ作りもやめておけばよかったのに。商売のやり方だけ説明して、終わりにしておけばよかったのに。


今の今まで、『ほんとの商売はしない』ってことを黙ったまま、商売したくてわくわくしているジャジと一緒にコマ作りをしているなんて。


ひどいことやっているなって、自分でも思う。


もっと早くに教えてあげれば、こんなに悲しませなくて済んだかもしれないのに。


……はぁ。

私、何やっているんだろう……。


ずぅんと沈み込んで、自己嫌悪に陥っていると、


「売れないなら、こんなのゴミじゃん」


できたてのコマを、ジャジが苛立たしそうに蹴っ飛ばした。


……ゴミじゃないよ!


私は否定したかった。でも声は出なかった。


売りに行くことはできないけど、孤児院のみんなで遊ぶことはできるし、コマ作りは楽しかったじゃん。みんなにコマをあげたら、きっと人気者になれるんじゃない?


それとも……、楽しかったのは私だけ?


ジャジは『商売する』って目的のためにコマ作りをしていたから、商売できないなら、これまでのコマ作りの時間も、できあがったコマも、みんなゴミ同然なのかもしれない。


だけど、だからってそんな悲しいこと言わないでよ。

悪いのは私なんだけどさぁ……。


むしゃくしゃして、コマを踏んだり蹴ったりしているジャジを見ていると、なんだか私が傷つけられているような気分になってきて、


「一回だけならいいよ」


私は思わず、そう言ってしまった。


その瞬間、グリームが私の腕に爪を立ててきたけど……。


放っておくのは無理!


このまま何もしないでいたら、そのうち罪悪感が爆発して、一生暗い気分で過ごすことになりそうだ。自分がやったことのけじめは、自分でつけなくちゃいけない。


「他のみんなには内緒だよ。それを守れるなら、一回だけ連れていってあげる」


「本当⁉」


商売ができると分かるなり、ジャジは怒りを解いて、期待で目を輝かせた。


「絶対だからね! 姉ちゃん、ありがとう!」



   * * *



「何を考えているのよ」


拠点に戻ると、お説教タイムスタートだ。


いらいらした不機嫌なグリームが、ベッドに座った私の足をぺしぺし叩きながら、


「断れた話でしょう」


ぶつくさ文句を言ってくる。


「ジャッカルに連れていってもらったとか、ルーナ以外は私に乗れないとか、いろいろと言いようはあったはず。どうしてまた王都へ行くことになっているのよ」


「言い訳が何も思いつかなかったんだもん」


口を曲げて、仕方ないじゃんって私は弁明した。


「言われたらそうだなって思うけど、あのときは頭が回らなかったの!」


「どうして先に考えておかなかったのよ。疑問に思われると普通は分かるでしょう」


「気付かなかったの! そもそも行く気がなかったから、王都までの移動方法なんて考えていなかったんだよ。普通の人はグリームに乗れないなんて、すっかり忘れていた!」


「あらそう」


信じていないような感じで、グリームは冷たく相槌を打った。


「忘れていたという理由で、彼との約束を破るつもり? それでいいの?」


「よくはないけど……」


いいわけないじゃん。分かっているくせに。


意地悪なこと聞かないでよって思いながら、私はいったん口を閉じた。


約束を破りたいわけじゃない。悪いことだって分かっている。でも私は、ジャジの期待を裏切れなかったのだ。悲しませて放置できるほど、私の心は強くないんだよ。


心の中でそんな言い訳をしたあと、私は肩をすくめて、


「まぁバレなければ問題ないかなって」


「その考え方はよくないわね」


「分かっているよ! でもこうなったら、もうそれしかないじゃん!」


やむを得ないんだよ!


ジャジを王都に連れていっても、連れていかなくても、どっちにしても片方の約束は破ることになっちゃうんだから!


もっともジャジとの本来の約束に、『王都へ連れていく』ことは含まれていないんだけどね。状況的に含まれちゃっているから、これはもうどうしようもないんだよ。


「商売するのはジャジだし。私はジャジを王都に連れていって、商売する様子を見守っているだけ。変装して隠れていれば、きっとライオネルにも神官にも見つからないでしょ」


「どうかしらね」


つぶやいて、グリームは呆れたように鼻を鳴らした。


「私にはトラブルの予感しかしないのだけれど」


「え? どうして?」


「少しは自分で考えてみなさい」


「えー……」


そう言われても、問題なんて何もないような気がする。


いったい何がいけないの?


コマを作らないで、王都に来ないでってライオネルが言ってきたのは、私が神官に見つかるとまずいからだ。今回、私は作り方を教えただけでコマを一個も作っていないし、変装して王都に行くつもりでいる。見つからなければ問題はないはずだけど……。


考えてみても、何がトラブルの種になるのかなんて見当もつかない。


「教えてよ。どうしてトラブルの予感がするの?」


「……」


「無言の回答はよくないよ! 答えて!」


「疲れたわ。おやすみなさい」


「え、ちょっと?」


しゃべればいいってわけじゃないんだけど?


諦めた様子で、グリームは部屋の隅に移動した。

そしてぺたりとうつ伏せになると、体を丸くして眠る体制になってしまう。


なんで? 勝手に諦めないでほしいんだけど?


わけ分かんない。


ごろんとベッドで横になると、私はもう一度、王都に行く以外で何かまずい点はあるのかなって考えてみた。コマと神官以外に、危険ってあったかな……。


でもやっぱり分からない。


うーん? 大丈夫だと思うんだけどなぁ。


グリームが心配しすぎなのかもね。

だから何も言わないで、寝たふりを始めているのかも?


その可能性を信じることにして、やがて私は考えることをやめ、目を閉じた。


やるからには成功させてみせるよ。

大人には秘密の、お金持ちになるための計画。

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