96. 千金の計画
仕事が入ったと言って、王都に行ってしまったライオネルとダクトベア。
だけどジャッカルは仕事がないみたいで、今もサンガ村に残っている。
前にもこんなことあったよね。
そのときのジャッカルは笑顔が怖くて、私のことをすごく怪しんでいるようで、好きじゃなかったけど……。最近のジャッカルは、不思議と嫌な感じがぜんぜんしない。
いっつも笑顔で、フレンドリーで、すごく話しやすいなって思う。
そしてそれは村の子供たちも同じようで、
「兄ちゃん! 聞いてくれよ!」
ジャッカルを見つけたジャジが、すがるような声を出した。
「サンバーの奴、うす汚い商人になって金をがっぽがっぽ儲けてやるって言うんだ! そういう人は神様の国に行けないって言ったら、そんなことないって否定してくるんだ!」
「商人はうす汚くないし、神様の国へだって行ける!」
強く言い返して、サンバーは助けを求めるようにジャッカルを見た。
「そうだよね? ジャジの奴、俺の夢をバカにしてくるんだ!」
「事実を言っているだけだろ! バカな奴をバカにして何が悪い!」
「なんだと……っ」
「まぁまぁ、落ち着けって」
戸惑った顔をしながら、ジャッカルはにらみ合う二人の頭をぽんぽん叩いた。
「ジャジ、職業差別はいけないぜ。金持ち商人にむかつくのは分かるけど、だからって攻撃していいわけじゃない。人の夢をバカにするのはよくないって知っているだろ?」
「……でも商人のやっていることはおかしいよ」
しゅんとして、口を尖らせながらジャジは反論した。
「あいつらは安く買ったものを高く売りつけて、それで大金持ちになっているんだから。インチキだよ。インチキに決まっている」
「インチキ……。いやいや、人をだましているわけじゃないだろ」
困ったように笑って、ジャッカルはうーんと首をひねった。
「品物を売りたいって人から買い取って、買いたいって人に売るのが商人だ。売り手と買い手をつなぐ仕事だろ、インチキではなくないか?」
「運ぶだけで金持ちになれるのはおかしい」
「いやいや。運ぶだけって、それがすげぇ大変なんだぜ」
実感がこもっているような声色で、ジャッカルはゆっくり説明した。
「悪路で売り物がダメになるかもしれないし、悪魔に遭遇する可能性だってある。行商人はいつも危険と隣り合わせだ。都市に店を構えている商人だって、売れないものを買っちまったら大赤字で首が回んなくなる。品物を流通させているだけじゃないんだよ」
「……」
「それに商人だからって、みんながみんな金持ちになれるわけじゃないんだぜ。ダクトベアの姉ちゃんが行商人と結婚しているんだけど、その人はあんまり稼げていないらしい。会うたび姉貴の子供たちが金をせびってきて、うっとうしいってダクトベアが嘆いていたぜ。商売は、楽に金持ちになれる仕事ってわけじゃないんだよ」
「……でも金持ちは、神様の国に行けない」
不服そうに、絞り出したような声でジャジはつぶやいた。
「金持ちは地獄に落ちるんだ。それは間違いないでしょ?」
「いや、行けないわけではないんじゃないっけ?」
思い出そうとするように、ジャッカルは顔をしかめながら言った。
「神様の国にはグレードがあるんだよ。神様に仕えて、清貧を貫いた人は一番いい国に行ける。俺たちみたいな普通の奴が行くのは二番目にいい国で、金持ちは神様の国に入れないけど、教会に寄付したり、慈善活動にお金を使ったりしていると、地獄行きを免れて三番目にいい国に行ける。そういう話じゃなかったっけ? ま、詳しいことはサレハ神父に聞いてくれよ。俺の記憶はあやふやだから。そろそろ戻ってくるだろ?」
「……」
さっきまでの威勢が嘘のように、ジャジはすっかり静かになってしまった。
素直に認めることはできないけど、ジャッカルの話に納得して、言い返す言葉を失っているらしい。顔はすごく不満そうで、怒りがまだ引いていないような感じだけど、喧嘩する気はもうすっかりなくなっているようで安心だ。
……すごいね。まるで魔法みたい。
さすが本物の大人はちがうんだなって、私は話を聞きながら感心した。
勝手なイメージだけど、ライオネルの仲間たちの中で、ジャッカルはマーコールの次に子供っぽい人だと思っていた。それなのに大人の対応ができているし、私とちがって言うことに説得力があるし、子供たちに慕われているし……、すごくびっくりだ。
ちゃんと本当の大人だったんだね。
と、そんなことを考えていると、
「兄ちゃん、ありがとう」
勝ちほこった様子のサンバーが、嬉しそうにお礼を言った。
「おう?」
お礼を言われたジャッカルは、驚いたのかきょとんと目を丸くした。
それから不意に呆れた顔をして、
「威張るのも大概にしろよ。お前がジャジをあおって喧嘩になったんだろ」
「ちがうぞ! そいつがオレ様をバカにしてきたのだ!」
「そのしゃべり方やめろって。悪魔崇拝者だって勘違いされるぞ」
「心配無用! オレ様は悪魔の真似をしているわけではない!」
「……どうなっても知らないからな」
ため息をつくと、ジャッカルは『もう喧嘩すんなよ』と言いながらジャジとサンバーの頭をぐりぐりした。そして手をひらひら振りながら、拠点のほうへ去っていく。
……なんだかちょっと、カッコいいかも?
その後、えらそうにふんぞり返りながら、サンバーも畑から去っていった。
ジャジはしばらく、不機嫌にふくれたままだったけど、
「何かありましたか?」
「何もないです」
サレハさんが戻ってくると、すっと無表情になってそっぽを向いた。
事件が発生していたけど、話すとジャジが怒られちゃうから、私たちも『何もありません』って口裏を合わせて隠蔽した。
これは子供の秘密だから。
大人には内緒! 教えてあげないよ!
* * *
そして事件が起きた、次の日。
今日も今日とて畑仕事に精を出し、みんなで楽しく作業をしていると、
「金持ちになりてぇなぁ」
ジャジがぽつりとそうつぶやいたのが聞こえて、私は自分の耳を疑った。
……え? お金持ちになりたいの?
昨日の話の流れから、ジャジはお金持ちを憎んでいるんだと思っていた。
なのに、そうじゃないの?
すごく批判していたのに、ジャジも本当はお金持ちになりたいの?
でも、
「お金持ちは地獄に落ちるんじゃないの?」
そう言っていたよね? お金持ちってよくないんじゃないの?
疑問に思って、そう尋ねてみると、
「地獄なんてないよ。本気で信じているのは七歳までだって」
「え? どういうこと?」
よく分からないことを言われた。
地獄って存在しないの? 昨日は存在しているような口ぶりだったのに……。
「死んだあとの世界なんてあるわけないじゃん」
引っこ抜いた雑草を結びながら、つまらなそうにジャジはしゃべった。
「いい行いも悪い行いも、全部しっかり神様が見ているとか、悪いことをしたら地獄に落ちるとかっていうのは、子供をおどかして言うことを聞かせるための嘘だよ。地獄も神様の国も、本当にあるわけじゃない。死んだら骨になって、土にかえるだけだ」
「そうなんだ」
ふーん。
おとぎ話みたいなものかなって、納得しかけていたら、
「おい。それは言ったらダメだろ」
そばで話を聞いていたエルクが、厳しい声でジャジを注意した。
「神様の教えに背くことを考えるな。異端者は追放されるぞ」
「分かっているって。でも別にいいじゃん」
うるさいなって顔をして、ジャジは肩をすくめた。
「サレハ神父に聞かれなければ平気だって。それにエルクだって、本気で信じているわけじゃないだろ。地獄なんて、誰も見たことも行ったこともないのに存在するわけない」
「俺は信じている」
むっとなって、エルクはジャジをきつくにらんだ。
「それと『エルクさん』だろ。年上には『さん』付けしろ」
「へいへーい」
「返事は『はい』だ。しばくぞ」
「はいはい、ごめんってエルク様。許してちょー」
「おい。ふざけるな」
……なんだかよくない雰囲気。
喧嘩ではないけど、エルクはすごく苛立っているようだった。
精いっぱいすごんでいるけど、体があんまり大きくないせいか、エルクはぜんぜん怖くない。なんやかんやお説教してくるエルクを、ジャジはにやにやしながら見返していた。
完全になめられている。
かわいそうだなって思うけど、こういうときってどうすればいいんだろう?
分からないから、心の中で応援する以外、私にできることは何もなかった。
がんばれ、エルク……。
「金持ちになりてぇなぁ」
エルクがお説教を諦めてしばらくすると、ジャジがまたつぶやいた。
「大金持ちになって、一生遊んで暮らしたい。大きな家に住んで、きれいな服を着て、好きなものをいっぱい食べて……。そんな生活ができたらなぁ」
「すればいいじゃん」
「できないよ」
口を挟むと、すぐ否定の言葉が返ってきた。
「俺には金がねぇもん」
「商売して稼いだら?」
「無理だよ。姉ちゃん、知らないの? 商売するにも金が必要なんだ。売り物を買うためにも、店を開くためにも、馬車を買うためにも、たくさんの金がかかってくる」
「ふぅん」
それは知っているけど……。
ちょっと困惑して、私はまじまじとジャジを見つめた。
知らないの? 子供でも商売はできるんだよ。
すごく諦めが早いんだね。やればできることなのに。
「でも私、少しの間だけど、王都で商売したことあるよ」
「え?」
そう教えると、ジャジはびくっと体を揺らして、信じられないようにまばたきした。
「マジで?」
「うん。ドングリのコマをたくさん作って、営業許可証を買って、王都でお店屋さんしていたよ。そんなに難しくなかったけど、ジャジには無理なんだ?」
「……商売って俺にもできるの?」
「できると思うよ」
「……そうなんだ」
戸惑うような、少し疑うような感じでジャジはうつむいた。
そしてしばらく黙っていたけど、やがて顔を上げると、
「姉ちゃん! 俺に商売の仕方を教えて!」
目をきらきら輝かせながら、そう頼んできた。
へぇ! 素直でかわいいところもあるんだね。
「いいよ」
先生になった気分で、私は大きくうなずいた。
ドングリのコマ作りは簡単だ。私ができることは、きっとジャジにもできるはず。人に教えるのは初めてだからちょっと不安だけど、多分どうにかなると思う。
「次の休みの日に、教えてあげる」
「やった! ありがとう!」
* * *
ということで、次の休みの日。
私はジャジと一緒に、商売の準備をすることにしたんだけど……。
拠点に戻ったあと、大事なことを忘れていたって気付いたんだよね。
グリームに報告したら指摘されて、あ、まずいって思い出したことがある。
私、王都にはもう行かないってライオネルと約束している。
ドングリのコマを買った子供が魔法使いになったとか、ナユタのナイフに魔法が宿っていたとか、私のやったことが原因で王都が騒がしくなっているらしくて、危ないからもう来ないでってお願いされているのだ。そして私は、神官に見つかるのは嫌だから、そうするって約束して、ライオネルにナユタのナイフを取り戻してもらった。
だから王都で商売することはもうできない。
……なのに、なんで忘れていたんだろう?
思いがけず頼られたのが嬉しくて、簡単に『いいよ』って引き受けてしまった過去の自分が恨めしい。
どうしよう、ジャジと不可能な約束をしちゃったかも……。
とりあえずドングリのコマ作りは教えるけど、そのあとはどうしよう……。




