95. 千金の計画
事件は昼下がりに起きた。
それは、ライオネルとダクトベアが王都に行ってしまった翌日のこと。
その日、私はエルクとムースと一緒に、いつもどおり教会の仕事を手伝っていた。暑いねって話しながら午前中の仕事を終えて、お昼ご飯を食べてちょっと休憩していると、
「オレ様は金持ちになる! 稼いで稼いで稼ぎまくって、王都の貴族になってやる!」
「ばーか! お前にそんなことできるわけねぇじゃん!」
不意にそんな、騒がしい声が聞こえてきたのだ。
見ると、孤児院の中くらいの子供とサンバーが言い合いをしている。
ちょっと前に、死にかけていたところをヨッドの魔法で救われたサンバー。
前はがりがりにやせ細っていたけど、今は肉付きがよくなって元気そうだ。生意気な普通の子供って感じで、ヨッドに助けてもらって以来、ヨッドみたいなしゃべり方をするようになったっていう話は聞いていたけど、本当にヨッドの真似をしているんだね。
ところで、どうしてサンバーが畑に来ているの?
あんまりないことで、普通に疑問だ。
サンバーは孤児院の子供じゃないから、同じ村で生活していてもめったに見かけない。
散歩の途中? お使いの帰り道? それとも……。
って、これってもしかして喧嘩?
そうなら止めなくちゃって思いながら、聞き耳を立てていると、
「オレ様に不可能はない! 商人になって、がっぽがっぽ儲けてやるのだ!」
「頭わいてんのかよ。俺より算数できないくせに、商人なんて無理だっつーの!」
「ハッハッハッ! そうやって何かとできない理由を見つけては、『行動しない』ことを選んでいるから、貴様らはいつまで経っても貧乏なままなのだ! オレ様は将来、必ずビッグになる! コバエの羽音など聞くに値せんぞ!」
「はぁ~⁉ 俺よりバカなくせに、バカにすんなよ! サル真似野郎!」
うわぁ……。
空気がすんごく、ぎすぎすしている。
今にもつかみ合いの喧嘩になりそうな雰囲気で、ダメだよって声をかけようとしたら、
「おい、こら。喧嘩するな」
その前に、険しい顔のエルクがずんと二人の間に割って入った。
そして孤児院の子供のほうを向き、
「ジャジ、怒るようなことじゃないだろ。放っておけ」
「でも……」
「でもじゃない。ここでサンバーと喧嘩したら、自分の評価に傷がつくぞ」
脅すような口調で、よく分からないことを言った。
評価? 喧嘩はダメって話じゃないの?
疑問だったけど、口を挟める空気じゃないから黙っていると、
「評価が低いと、孤児院を出るとき、いい働き口を紹介してもらえなくなる。まともなところで働けないとどうなるか、知らないわけじゃないだろ。お前はそれでいいのか?」
「……よくない」
目を逸らして、ジャジは仕方ないようにぼそっと答えた。
そして言い訳するように、
「商人のやっていることはインチキだ。俺は金の亡者にはならない」
サンバーを批判する言葉を小さくつぶやいた。
するとその途端、
「なんだと⁉」
目をカッと見開いて、今度はサンバーが怒りだす。
「インチキなものか! 商売はまっとうな仕事だ!」
「ふん! 商人なんて詐欺師も同然じゃないか! よそで安く買ったものを、俺らに高く売りつけてくるんだから! この世の中で一番汚い金の稼ぎ方だろう!」
「ちがっ……」
動揺したのか、サンバーは目をきょろきょろ動かした。
「商売は詐欺じゃない! 確かに、安く買って高く売るのが商売だけど、それで儲けを出して何が悪いんだよ! 商人はみんなやっていることじゃないか!」
「だから商人はみんな悪い奴なんだろ? 安いものを高く売りつけて、それで金持ちになって嬉しいだなんて反吐が出る! 商売なんて、性根の腐った奴がやることなんだよ!」
「ちがう! ちがう! ちがう!」
苛立たしそうに叫んで、サンバーはぎゅっと唇を噛んだ。
「商売はいいことだ! 村で作れないものをよそから運んできて、村の生活を豊かにする素晴らしい仕事だ! 畑仕事するしか能のないお前には、理解できないだろうけどさ!」
「理解できていないのはお前のほうだろ! 物を運んで高く売りつけるだけの仕事に、何の価値があるって言うんだよ! ばーか、ばーか!」
「お前のほうがバカだろ、親なし乞食!」
「は⁉ 俺は乞食じゃねーし!」
「おい! 二人とも落ち着けって!」
少し怖い声で、ヒートアップする二人をエルクが制した。
「確かに商売は卑しい仕事だけど……」
「卑しくなんかない!」
すると即座に、サンバーが激しい怒りをあらわにする。
「商売が卑しいっていうのは、金持ちをねたんだ奴らの発想だろ! 貧乏でも心が清ければいいなんて屁理屈だ! 誰だって金は多いほうが幸せに決まっている!」
「は? ねたんでなんかいねーし!」
落ち着いたように見えたジャジが、鬼のような形相になって言い返す。
「実際、商人は金のことしか考えていない守銭奴ばっかりだろ! カネカネカネの拝金主義者め! さっさと地獄の底でくたばりやがれ!」
「ふん! そんなのただの強がりだろ! この世でたくさん儲けて贅沢して、喜捨してあの世でも贅沢に暮らす。それが一番いい方法なんだよ! 貧乏をありがたがる気狂いめ!」
「は? 別に貧乏をありがたいなんて思っていねーし! つーか、知らないの? 教会にいくら寄付したって、金持ちは神様の国へは行けないんだぜ!」
「そんなわけない! そもそも、金を稼ぐのは悪いことじゃない!」
……うわぁ。
なんだかよく分からないけど、二人ともすごく怒っている。
激しい言葉のぶつかり合いを、私は目を白黒させながら聞いていた。
年上のエルクが声をかけてなだめようとしているけど、あんまり効果はないみたい。
ていうか、最初は商売が悪いことかどうかで争っていたのに、なんで神様の国がどうこうの話になっているの? 神様の国って何? お金持ちは行けないところって、どういうこと? それに商売って、私は別に悪いことじゃないと思うよ……。
安く買ったものを高く売られているって考えたら、確かに嫌な感じはするけどね。
それとサンバー、最初はヨッドみたいな堂々としたしゃべり方と態度だったけど、怒ったせいで忘れちゃったのか、癇癪を起している子供みたいな感じになっている。
ヨッドの魔法で助けられると、みんなヨッドみたいになっちゃうのかもって少し不安に思っていたから、真似しているだけだって分かったのはよかった。ヨッドみたいなのが増殖したら、退屈は吹き飛ぶだろうけど、世の中がすごくうるさくなりそうで嫌だからね。
「お前だって大人になったら、仕事をして金を稼ぐだろ!」
いらいらした雰囲気で、サンバーが責めるように言葉を発する。
「金を稼ぐのはみんなやることだ! 悪いことなわけがない!」
「やり方が汚いって話だろ!」
ジャジはすぐさま反論した。
「野菜も服も何も作らないで、他人が作ったものを運ぶだけで儲けているなんておかしいだろ! それがインチキくさいって言っているんだよ!」
「インチキじゃない! 必要なものを必要な人に届けているだけだ! 高いものを買いたくないなら、買わなければいいだけの話だろ! 欲しい人だけ買えばいい!」
「詭弁だ! 必要なものを高く売りつけているくせに!」
「知らねーよ! 俺がやっていることじゃない!」
……まだ続けるんだ。
最初はすごく興味を引かれたけど、五分も聞いていれば嫌気がさしてくる。早くサレハさんが戻ってこないかなって思いながら、私はうんざりして二人の会話を聞いていた。
お昼休みの間は、教会にいるらしいサレハさん。
サレハさんが注意すれば、こんな喧嘩すぐに終わると思う。大人に怒られたら、子供は小さくなって言うことを聞くしかないからね。エルクの――同じ子供の言葉では、右から左に抜けていくばかり。二人とも聞いてはいるけど、おとなしくする様子はない。
お兄ちゃんってすごく大変だ……。
と、他人事ように考えていたら、
「ルーナさんもそう思うでしょ?」
「え?」
急に話を振られて、私はものすごく驚いた。
ぽけーっと気を抜いていたから、何の話か聞いていない……。
「ごめん。何が?」
「こんなことで喧嘩する奴はアホだと思うでしょ?」
「え……。まぁ、うん」
正直に答えちゃダメな気もしたけど、疲れていたせいか私は反射的にうなずいてしまった。それから、あ、まずいと思って、
「でも二人とも難しい言葉をたくさん知っていてすごいと思うし、どっちの言っていることも分かるよ。どっちの話にも納得できる」
火に油を注ぎたいわけじゃないよって、急いで考えて言い訳した。
「王都に行けば安く買えるものを、サンガ村で高く買わされるのは嫌だってことだよね。でも自分が王都に行って買い物して帰ってくることを考えたら、ちょっと高いくらいの値段ならむしろ安いんじゃない? 商人が仕入れ値より高い金額で物を売るのは、おかしなことではないと思うよ」
「そうだ、そうだ」
「なんでそいつの味方するんだよ」
私が口を閉じるや否や、サンバーが自信を取り戻したように強い声を出し、ジャジが不満そうな顔をした。え、私は自分の意見を言っただけなんだけど……。
「別にサンバーの味方をしているわけじゃないよ。自分が買った値段で物を売ったら商売にならないじゃん。1WCも稼げないじゃん。それは悲しいじゃん」
「そうだ、そうだ」
「商人なんてクソ野郎は、みんな無一文になればいいんだよ!」
ジャジが苛立たしそうに憤り、そうかと思えばふと怒りの熱を引っ込めて、
「買う場所によって、値段が変わるのはおかしい」
「あー……、そうだね」
やっぱりそこが納得できないらしい。
場所によって値段がちがうって分かったら、私もつい怒りたくなっちゃうかもだけど、
「同じ値段で売り買いしなくちゃいけないなら、商売してもぜんぜん稼げないってことだから、誰も王都から物を運んできてくれなくなるんじゃない? そしたら困らない?」
「困らないよ。作ったものを売るために、運んでくる人はいるはずだから」
「うーん……」
そうかもしれないけど、それってすごく面倒なんじゃ?
「自分で運ぶのが面倒な人が、商人に売り物を預けているんじゃないの?」
「預けられたものを高く売りつけるなんて、もっとおかしいだろ!」
……確かにそうかも?
あぁもう! 難しい!
商売は悪いことじゃないはずなのに、うまく説明できなくてもどかしい。
どう言えばいいの? どうすれば納得してもらえるんだろう?
終わらない喧騒を聞きながら、頭を悩ませていると、
「何やってんだ?」
救世主、登場!
そのとき、通りがかりのジャッカルが現れた。




