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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
92/176

92. 大人の遊び

それから三日経った。


結局、ライオネルは一度も教会の仕事を手伝いには来なかった。


だけど私がオルガンを練習していると、途中で必ず様子を見に来て、


「今日は何していたの?」


帰り道にそう聞くと、村の見回りをしていたとか、ダクトベアたちと作戦会議をしていたとか、そういう答えが返ってきた。休みの日に働くのが嫌なんじゃなくて、休みの日でも急に仕事が飛び込んでくるから、私の誘いにうなずけなかったってことらしい。


それならそうと、その時に教えてよって思うけど……。


仕事がまったくないことも稀にあるから、何とも言えなかったんだって。




その日もライオネルは、私がオルガンを弾いていると教会に入ってきた。


ほんと心配性な人だよね。


サレハさんは優しいし、私は強いから心配いらないよって言ったんだけど、気になってつい足が向いてしまうらしい。でも心配だって話していた割には、椅子に座ってぼんやりしていたり、目をつむっていたり、警戒している感じはちっともしないからよく分かんない。


来たくて来ているだけなのかな?


私の下手くそなオルガンなんて、聞いてもつまらないと思うけど。


ライオネルってたまに不思議なことするよね……。


「ありがとうございました」


練習の時間が終わると、いつもどおりサレハさんに感謝を伝える。


そうして意識がはっきりしたライオネルと一緒に、拠点へ帰ろうとしたら、


「お疲れ様です。では、次は明後日ですね」


「え?」



いつもとちがうことを言われて、ちょっと驚いた。


明後日? 明日は教えてくれないってこと?


「明日じゃないんですか?」


「はい。明日はお休みですから」


「え……。サレハさんにもお休みの日があるんですね」


「はい、ありますよ。私の、というより、教会が休みということですが」


「教会が休み?」


何それ。意外な情報だ。


普通のお店屋さんみたいに、教会もお休みすることがあるの?


「つまり、明日は教会の仕事もないってことですか?」


「そうですよ。この機会にゆっくり体を休めてください」


「あ、はい……」


急に判明した事実に、とてもびっくりでびっくりだ。


戸惑いながら教会を出ると、私は思考しながらひたすら足を動かした。


明日は休みの日……。


嬉しいことのはずだけど、あんまり喜ぶことはできない。


仕事がないってことは、やることがなくて暇になるってことだから。


いったん城に戻る?

それとも、ライオネルと遊んでみる?


しばらく決まった仕事はないって言っていたから、ライオネルは明日も休みかもしれない。そうだとしたら、出会ったときのように、もう一度楽しく遊べるかもしれない。


……どうしよう。


考えて、白の領域にいる理由が最初の頃と随分変わっているなって改めて思う。


最初は大人たちの秘密にむかついて、ダメって言われていることをわざとやって、困らせちゃおうって気持ちで白の領域に行ってみたんだよね。もちろん、白の領域がどんなところなのか、ずっと興味があったからっていう理由もあるけど。


そしたらライオネルたちと友達になって、すごく楽しい時間を過ごして、でも十年後にまた会いに行ったら、私とは時間の感覚がちがうらしいって分かって……。


ショックだった。


でも初めての友達ともう遊べないのも、変な子って思われちゃうのも嫌。


だからまた一緒に遊ぶために、私も大人の姿になることにした。

魔法で見た目を成長させて、ライオネルと会うことにした。


だけど黒だろうと白だろうと、大人は仕事で忙しいものらしくて、同じ『大人』の姿になれば前みたいに遊べるわけじゃないって、しばらくしたら分かっちゃったんだよね。


見た目だけ変えても、『同じ』にはなれない。


たった十年でライオネルは大人になったけど、私は子供のまんまで、いつの間にか開いてしまっていたその大きな差は、どうがんばっても埋めることができない。


それで残念だけど、ライオネルたちと遊ぶのは諦めることにした。


もう会うことはないだろうなって、そう思っていた。


ところがナユタのナイフを取り戻すために王都へ行ったら、簡単には取り戻せないような事態になっていて、ライオネルの力を貸してもらうことになった。


そしてナイフを受け取るためにサンガ村を訪れたら、奇妙な悪魔ヨッドに出会って、このままだとライオネルが死ぬとか言うから、放っておけなくなって……。


とりあえず『ナイフを取り戻してくれてありがとう』って伝えるために、ライオネルがサンガ村に来るのを待っていたら、サレハさんがオルガンを教えてくれることになった。


そしてそれを、今も続けている感じ。


……うん。


これまで、本当にいろいろなことがあったね。


まとめると、私がいま白の領域にいるのは、ライオネルが死なないように見守るためってことだ。オルガンは暇つぶしのついで。やることがなくても、そばにいるのが一番いい。


……どうしよう?


だけど問題は、城に戻らないなら明日は何をするのかってことだ。


明日も休みなら、一緒に遊ぼうって誘いたい気持ちはある。


ライオネルとはもう遊べないって思っていたけど、実は大人も遊ぶらしいから。私は遊びたくて白の領域に来ていたんだし、このチャンスを逃すのはもったいない。


でもなぁ……。


隣を歩くライオネルをちらっと見上げて、私は少し憂うつな気持ちになった。


大人の遊びってどういうの?

分かんないし、休みでも仕事が入るらしいから、私と遊ぶ暇なんてないかもね。


そう考えると悲しくなって、うじうじ虫になってしまう。


結局、私は何も言えないまま拠点に到着して、借りている部屋に逃げ込んだ。


……はぁ。

私、どうしたらいいんだろう?



   * * *



そして次の日。


早く起きてもすることが何もないから、私は昼近くまで部屋でごろごろ過ごして、それから食堂に向かった。


もしライオネルたちが今日も休みなら、出会うかもしれないけど……。


拠点はとても静かで、私以外に人の気配を感じない。


今日は休みじゃないのかな? それとも出かけているだけ?


考えながら食堂の一番手前の椅子に座って、置いてある果物をかじる。そして、


「今日は何しよう」


起きているのか寝ているのか、微妙な感じのグリームに相談を持ちかけてみる。


するとグリームは、途端にぱちっと目を開けて、


「好きにすればいいじゃない」


自分には関係ないっていうふうな、ドライな答えを返してきた。


……確かにグリームには関係のないことだけどっ。


もっと親身になってくれてもいいじゃんって、私はむすっとした。


グリームには昨夜、ライオネルと遊ぶかどうか迷っていることを相談した。そしたらそのときも、今みたいな投げやりな冷たい返事をされたんだよね。


きっとライオネルがかかわっているせいだと思う。『彼のことを私に相談しないで』『私に聞くことじゃないでしょっ』て、言葉と態度で突き放してくる。


困っているから相談しているっていうのに。……はぁ。


つんけんしたグリームに思わず呆れちゃう。


でもグリームの不機嫌なんて、私には関係のないことだから、


「今から城に戻って、夕方にまたこっちに来るのはさすがに変だよね? どこにどうやって帰っているのって、不思議に思われそう」


構わず話し続けた。


そしたらグリームは面倒くさそうに、


「今さらな心配ね。門を開いたと説明すれば平気よ」


会話のキャッチボールに参加してくれた。


なんだかんだ優しいグリームだから。

折れてくれるまで粘ろうかとも思ったけど、そんなことをする必要はないみたい。


やった! って達成感を抱きながら、


「でも門を開けられるって知られたらまずいでしょ? マーコールはできていたけど、門を開ける人ってそんなにいないはずだよね? そこの常識は同じだよね?」


「ええ、そうだと思うわ」


尋ねると、グリームは肯定のうなずきを返し、それから怪訝そうに首をかしげた。


「だけどそれなら、どうやってここに来ていると説明するつもり?」


「グリームに乗ってきたとか?」


「悪くない考えね。彼らの目の目で、城まで飛んでいってあげましょうか?」


「え……」


それは困る。


城に戻るかどうかの話を持ちかけたのは私だけど、城に戻ったところでやることがないのは一緒。いつもどうやってサンガ村に来ているのか、いつかライオネルたちに示しておきたい気持ちはあるけど、


「今日はいいよ」


「そう言うと思ったわ」


私が断ると、グリームはちょっと冷たい口調でそう言って、不機嫌に鼻を鳴らした。


「自分の中ですでに決まっていることを、わざわざ聞いてこないでちょうだい」


「……」


ぐうの音も出なくて、私はきゅっと口を結んだ。


そうなんだよね。


城に戻るつもりなら、昨日のうちに出発していた。今もまだ白の領域にいるのは、戻らないって昨日そう決めたからだ。やっぱり遊べるなら、ライオネルたちと遊びたい。


休みじゃないかもしれないとか、大人の遊びはつまらないかもしれないとか、いろいろ考えて、踏ん切りがつかなくなっていたけど……。こうなったらもう、当たって砕けろだ。


仕事だったら諦めて、キノコ探しでもしていればいいんだ。


……よし!


気持ちを固めると、私は果物の最後のひと口をのみ込んで、


「ライオネルたち、どこにいるのかな?」


「知らないわ」


素っ気ないグリームを引き連れ、ライオネルたちを探しに出かけた。


すると拠点の外に出た瞬間、ビュンッと何かが空気を切るような音が聞こえてきて、またマーコールがナイフを投げつけてきたのかと思って身構えたけど……。


何も飛んでこなかった。


まぁそうだよね。


マーコールはいま王都にいるらしいから、冷静に考えてみたら当たり前だ。


でもそれなら、この音は何?


拠点の入り口で立ち止まって、私はじっと耳を澄ませた。するとまたビュンッと何かが飛んでいくような音と、笑うような人の声がかすかに、拠点の裏のほうから聞こえてくる。


誰が何をやっているんだろう?


すごく気になって、私はそっと拠点の裏をのぞき込んだ。


そしたらそこには、楽しそうにキャッチボールをしているライオネルとダクトベアとジャッカルがいて……遊んでいる! 本当に大人でも遊ぶんだ!


そう確信した途端、ためらいもうじうじもパッと吹き飛んでいって、


「私も混ぜて!」

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