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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
90/176

90. 大人の遊び

ジージー、ピチュピチュ、キョキョキョキョキョ……。


活発な鳥たちのさえずりが、青空の手前からたくさん聞こえてくる。


次の日、私は目が覚めるとすぐ教会に向かった。


日中は留守にしていることもあるけど、朝は掃除のために必ず教会にいるって、前にサレハさんが話していたからだ。


昨日は仕事もオルガンの練習も無断でサボることになっちゃったから、できればみんなが集まらないうちにサレハさんに会って、昨日は約束を破ってごめんなさいって謝っておかないといけない。


悪いのはマーコールだけど……。

約束して、それを守らなかったのは私だからね。


謝って、今日からまたよろしくお願いしますって、改めて頼んだほうがいいと思うのだ。


寒いねって子猫サイズのグリームに話しかけながら、朝のちょっと湿った空気の中を歩いていく。


青いイチョウ並木を抜けると、開け放たれた教会の扉から中をのぞき、


「おはようございます」


「おはようございます」


挨拶(あいさつ)すると、雑巾(ぞうきん)で机を拭いていたサレハさんが、顔を上げてにこっとほほ笑んだ。


「早いですね。どうされましたか?」


「……えーっと」


いつもと変わらない態度に、私は少しびっくりした。


最初からサレハさんは怒らないって思っていたけど、本当にぜんぜん怒っていないし、それどころかいつもと変わらず優しいなんて。すごく懐が深いんだね。


どきどきの緊張が、少しずつ落ち着いていく。


ちょっと安心しながら、私は深く頭を下げて、


「昨日、何も言わないで仕事とオルガンをサボっちゃったので、ごめんなさいって言いに来ました。ごめんなさい。今日からまたよろしくお願いします。オルガン教えてください」


まじめにそう頼んだ。


するとサレハさんは優しい声で、


「謝らなくて大丈夫ですよ。ボスから話は聞いています。悪魔に遭遇したエリアスさんを助けてくださったそうですね」


と言ってきた。


え、もう話が伝わっているんだ……。


驚きながらゆっくり頭を上げると、やわらかくほほ笑んだサレハさんが、


「約束を守るのは大切なことですが、困っている人を助けるのも、同じくらい大切なことです。それに、悪魔に立ち向かっていく勇気を持つというのは、誰にでもできることではありませんよ。ルーナさんの行いは、謝るようなことではありません」


そう言葉を続ける。


まさか褒められるとは思っていなくて、私はなんとなく恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになってまごついた。


やっぱりサレハさんは優しいね。

神父なのがもったいないくらい優しい。


いい人だなって思って、ほわほわしていると、


「それにしても、悪魔を追いかけて随分と遠くまで行ったようですね」


何気なく嘘の話に触れられて、私はびくっとした。


……バレている? 怪しまれている?


思わず警戒したけど、サレハさんはただ疑問を口にしただけのようで、


「ボスがあまりに心配するもので、白魔法でエリアスさんを探してみたのですが、近くに反応がなくて焦りましたよ。ボスの懸念が現実になってしまったのかと」


「懸念?」


「はい。失礼な話ですが、エリアスさんに襲われ、ルーナさんがお亡くなりになっているのではないかとボスは心配していました。エリアスさんならやりかねないと」


「えっ」


何それ。


私を見つけたときのライオネル、焦ってすごく消耗しているようだったけど……。

そんな心配をしていたからだったの?


なるほどって納得できなくはないけど、思いもしなかった可能性を懸念されていて、私はとてもびっくりした。まぁ確かにマーコールといて、何度か危ないシーンがあったから、そういう心配をしちゃうのは普通のことなのかもしれないけど。


でもライオネルは、私のこと見くびりすぎだよ!


過剰な心配をされていたと知って、私は面白くない気分になった。


私が白の領域の人なんかに負けるわけないのに。

心配するなら、仲間のマーコールが私にのされないかどうかを心配するべきなんだよ。


私、そんなに弱くないもん!

あとで私のほうが強いって証明しなきゃ!


むっとして、心の中でひっそりとそう決意する。


ところで、


「サレハさんも《在り処を示せ(サーチ)》できるんですか?」


白魔法でマーコールを探したって、そういうことだよね?


フォグ子爵と戦ったときも、『確かめます』って言って白魔法を放っていたし。


ライオネルたちは《在り処を示せ(サーチ)》を知らないし使えないみたいだったけど、サレハさんは知っているし使えるらしい。どうして? みんなに秘密にしていたの?


「私は魔法使いではありませんよ」


じっと見つめていると、サレハさんは表情を硬くして答えた。


それから困ったように眉を下げると、


「ルーナさんが《在り処を示せ(サーチ)》と呼んでいる魔法は、私たちの間では《憐れみたまえ(ミゼレーレ)》と呼ばれています。結界内に薄く白魔法を伸ばし、悪魔の反応を探知する白魔法です。エリアスさんは悪魔の血を引いていますから、私の《憐れみたまえ(ミゼレーレ)》に反応するのです」


そう教えてくれた。


それを聞いて、私はまた疑問ができた。


ライオネルたちは白魔法の《憐れみたまえ(ミゼレーレ)》を知らなかったってこと?

それで私の《在り処を示せ(サーチ)》を珍しがっていたの?


それに、マーコールが混血だってことは、みんな知っている感じ?


「マーコールって混血だったんですね。血の気が多いのはそのせいですか?」


「いえ。喧嘩っ早いのは、エリアスさんの性格だと思いますよ」


聞くと、サレハさんは苦笑して困った顔をした。


「気付いていなかったのですね」


「はい、ぜんぜん分からなかったです」


気付けるわけないじゃんって不思議に思いながら、私も苦笑いを浮かべた。


「悪魔と結婚する人がいるなんてびっくりです」


「ちがいますよ。エリアスさんのご先祖は、悪魔と結婚したわけではありません」


「え?」


ちがうの?


そうだと思っていたのに、不意に否定されて、私はこの話が理解できなくなった。


どういうこと? 混血って、黒と白の血が混じっているってことだよね?

サレハさんたちは、黒の領域の人を『悪魔』って呼んでいるんでしょ?


なのに、悪魔と結婚したわけじゃないって?


「本人がいないところで、個人情報を話すのは気が引けるのですが」


わけ分かんなくて困惑していると、サレハさんは迷いながら教えてくれた。


「勘違いされているほうが嫌でしょう。恋仲であったエリアスさんのご先祖は、この世界に突如として現れた壁によって、別々の領域に引き裂かれてしまったそうです」


「……え? すっごく昔の話ですか?」


「そうですよ。愛する二人は壁に引き裂かれてなお互いを求め、領域を移動する方法を探した。そしてついには再会を果たし結ばれたという、小説のような話ですが、実際にそのような出来事があり、エリアスさんのような混血児が存在しているのです」


「……」


そうなんだ?


なんか感動的な話っぽいけど、ぜんぜん頭に入ってこない。


つまりマーコールのご先祖様は、『悪魔』じゃない頃の黒の領域の人と結婚したってことなんだろうけど……。マーコールのご先祖様もきっと、マーコールみたいな人だよね? 何も悪いことをしていない人を、悪魔だからって理由で殺して回るような人。


それなのに、『恋仲』とか『互いを求める』って……。


「ちっともイメージできないです。マーコールも恋をするんですか?」


「気持ちは分かりますが、エリアスさんも人間ですから」


尋ねると、サレハさんは困ったようにちょっと笑った。


「他人を愛する心を、特定の誰かを大切に思う気持ちを、エリアスさんも人並みに持ち合わせているはずですよ。今は未成熟な感情かもしれませんが、いずれはきっと」


「えぇ……」


そうなの?


信じられない。サレハさんが言うなら本当かもしれないけど……。


恋するマーコールなんて、どうがんばっても想像できないよ。


リリアンみたいに、『お兄かっこいい! キャー!』って騒いでときめいているマーコールなんて、それはもうマーコールじゃない。どこかのそっくりさんだ。


でも……。


よく考えてみたら、マーコールだけじゃなくて、恋しているサレハさんとかライオネルとかもあんまり想像できないかもしれない。ダクトベアもジャッカルも、恋している姿なんて想像できない。恋したら、みんなどんな感じになるんだろう?


「サレハさんは恋していますか?」


気になってそう聞いてみたら、


「私は神父です」


困った顔で、謎の返答をされた。


「私は神様に仕えている身の上ですから、生涯の伴侶(はんりょ)は持たないのです」


「? 結婚しないってことですか?」


「はい。そうですよ」


「なんで神様に仕えている人は結婚しないんですか?」


「……ええと」


ものすごく困った顔をして、サレハさんは視線を揺らしながら答えた。


「神様に仕えるというのは、神様を自分の『一番』にするということです。生涯の伴侶という自分の『一番』を作ってしまうと、『一番』が二つになるでしょう。人は二君に使えることはできません。一方を重んじて、他方を軽んじることになってしまいますから」


「そうなんですね」


うーん? 難しくてよく分からない。


「でも結婚することと、恋することは別じゃないですか?」


「人は弱い生き物であり、それは私たち神父も例外ではありません。ですから私たちは誘惑を遠ざけることで、己を律しているのです。恋することはありませんよ」


「? 恋って自然に落ちるものじゃないんですか?」


「未婚の男女が共にいなければ、恋愛に発展することはないでしょう」


「それはそうですけど……。教会にも村にも、女の人はいますよね?」


「教会にいるのは同志です。村の人々は信徒です。しかし間違いが起こる可能性もないとは言い切れませんから、教会に入るときは女性的な特徴を隠していただいています」


「女性的な特徴?」


「素肌や髪などのことですよ」


「……髪?」


髪が女性的な特徴? ……なんで?


すっごく疑問だ。


だからオルガンのお願いをしたとき、『髪を隠してください』って言ってきたんだなって納得する気持ちはあるけど、男性にだって髪の毛は生えているのに。


そもそも女性的ってどういうこと?


さらに質問したかったけど、


「そろそろ時間ですね。孤児院へ行きましょうか」


そう言ってサレハさんが雑巾を片付けに行ってしまい、この話はもうおしまいって雰囲気になっていたから、蒸し返すのはなんとなく気が引けた。迷って、私は沈黙を選んだ。


どうせサレハさんとは毎日会うのだ。

今日じゃなくても聞く機会はたくさんある。


この忙しい朝の時間に、急いで尋ねることじゃない。


「今日は何をするんですか?」


「午前中はいつもと同じ畑仕事です。午後は倉庫の整理をするので、掃除と荷物運びをお願いします」


「分かりました!」

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