89. 秘密の仲間
何の罪もない人たちを殺して回っていたことを、できれば反省してほしい。
だけどそれはきっと無理な話だ。私が何を言おうと、何度責め立てようと、マーコールは自分にはまったく関係ないことだって顔をして、あっさり聞き流してしまうと思う。
悔い改めてほしいけど、私にはマーコールをそうさせるための力がないのだ。
いま私にできるのは、次は確実に死ぬよって忠告して、牽制することだけ。
「あの強い悪魔、マーコールのことを『見つけた』って言っていた。目をつけられて、探されているってことだよね? 今回はたまたま助かったけど、次はもう逃げられないよ」
「余計なお世話だ」
真剣にそう伝えると、マーコールは立ち止まって振り向き、うっとうしそうな顔を私に向けた。なんでしつこく干渉してくるんだって、苛ついているみたい。
「君の指図に従う筋合いはない」
「あっそ。じゃあ好きに死ねばいいよ」
勝手にしたら? もうしーらないっ。
むくっとふくれて、私は乱暴に言葉を返した。
死にたいならそうすればいいよ。どうなったって私にはもう関係ない。私の話を聞かないマーコールが悪いんだから。マーコールが死んだって、私が悪いわけじゃない。でも、
「死ぬ前にこれだけは教えて」
別に知らなくたって問題はないけど、すごく気になっていることが残っている。
腹立たしい気持ちで私がそう切り出すと、マーコールは眉をひそめて、
「は? 僕は死ぬつもりなんてないよ」
「でもまたウパーダーナに行くつもりなんでしょ? そしたら死ぬじゃん」
「……」
「で、エリス? エリアス? エドワード?」
すごくむかついていそうだけど、私はあえて無視して最後の質問をした。
「結局、マーコールの名前ってどれなの?」
「は?」
「だから、マーコールの名前。なんて言うの?」
それともこの三つじゃなくて、先に言ったどれかの中に正解があるの?
エマ? エルク? エリザード?
……あれ。私、他になんて呼んだんだっけ。
ぱっと思い出せなくて、何だったかなって考えていると、
「君に教える必要性を感じない」
「それくらい教えてよ!」
取り合う価値がないって雰囲気で、ばっさり回答を拒否された。
むかつく! ほんとむかつく!
イラっとして、私はふてくされた。
子供のくせに、なんで癪にさわる秘密主義なの⁉
……ああぁぁぁ!
話し続けている間、ずっとたまり続けていたフラストレーションがもう限界だ。胸にくすぶっている不満をきれいさっぱり、ぶちまけてしまおうかと私はまた本気で考えた。
今後マーコールと仲よくするつもりはないから、どう思われたってノープロブレム。
怒って発散しても、私がすっきりするだけで悪いようにはならない。
そうしようかな……。
耳元で、悪魔がひっそりささやいた。
やっちゃおうかな……。
『怒りを表に出すな』ってダリオンに怒られそうだし、『みっともないことをしないでください』ってアースにとがめられそうだし、『何やっているんですか』ってシャックスに呆れられそうだけど、我慢しすぎるのもよくないって言うし……。やっちゃおうかな?
だけど、私が大きく息を吸い込んで、怒りをあらわにする前に、
「まぁでも感謝はしておくよ」
え?
急にマーコールが、『感謝する』なんてらしくない言葉を口にして、ものすごくびっくりした。……なんで? どういう心境の変化? 理解不可能だ。
それに、マーコールに感謝されても、助けてよかったって気持ちより困惑のほうが大きくて、別の誰かがしゃべったんじゃないのっていう疑いの心が芽生えていく。
でも近くには、私たち以外に誰もいない。
謝罪はできないけど、感謝はできる人だったんだ……。
社会性が皆無ってわけじゃないんだね。
驚いて、信じられない気持ちでぱちぱちまばたきをしていると、
「僕はエリアス・マーコール。黒の血を引く、成り上がりの没落貴族だ」
今更だけど、簡単にそう自己紹介された。
『エリアス』が正解の名前だったらしい。
それにしても、『成り上がりの没落貴族』ってすごくインパクトのある言葉だけど、どういう意味? 平民から貴族になったのに、すぐ没落したってこと? なんで?
「ねぇ、成り上がりの没落貴族って……」
聞こうとしたけど、マーコールはふんと鼻を鳴らすなり無情に歩き始めた。
この質問には答えるつもりがないらしい。まぁ私が答えてもらったあとだから、続けての質問に答えてくれないっていうのは、理解できなくはない行動だけど……。
もう私と話す気ないよね?
それは困るんだけど⁉
大変だ! 気付くなり焦って、私はどぎまぎした。
疑問の答えはいくつかもらえたけど、肝心の『何もなかった大作戦』はまだ完了していない。というか、絶望的な進み具合だ。このままじゃまずいよ!
「待って!」
私はマーコールを追いかけ、すぐ後ろを歩きながら、
「黒の領域に行ったことがバレたら、マーコールもまずいんじゃないの?」
「悪魔でも人殺しは悪いことだよ! みんなに嫌われちゃうよ!」
「門のことは内緒にしてね! 絶対だよ! たくさん心配かけちゃうから!」
秘密のお願いをいっぱいした。
でもがんばっていくら話しかけても、マーコールは『分かった』とも『うん』とも返事をくれなくて、拠点が近付くにつれて、私はどんどん不安になっていった。
悪魔だってバレたらどうしよう。
敵だって勘違いされたらどうしよう。
嫌われちゃうかな。もう会ってくれなくなるかな? 私、ウパーダーナの人たちみたいな悪いことはするつもりないのに。憎まれて、ライオネルに怒られるのかな。なんにも話を聞いてもらえなくなるのかな。もう友達じゃないって、絶縁されちゃうのかな……。
歩きながら、悲しい想像がむくむくとふくらんでいく。
嫌だ、そんなことにはなってほしくない!
さらに一生懸命、私はマーコールを説得しようとした。でもマーコールは聞いているのかどうか怪しい感じで、やっぱり何を言っても返事はなくて……。
心臓が、壊れそうなくらい高速で動いている。
このままじゃドキドキしすぎて死んじゃうかも!
胸が苦しくなるのを感じながら、私は足と口をひたすら動かした。
早くライオネルに会いたいけど、会いたくない。
相反する思いを抱きながら、マーコールについて速足で拠点に向かっていると、
「ルーナ!」
途中で、不意に名前を呼ばれた。
ちょっと低めの、驚きと畔理が混ざっているような慌てた声。
うわぁ……さいあくだ……。
ほとんど確信しながら、おそるおそる顔を上げる。
すると込み入った木々の向こうに、ライオネルの姿が見えて、
「大丈夫? どこに行っていたの?」
「……」
「急に『ルーナがいなくなった』って魔獣が騒ぎ出すから、俺たちも一緒に探していたんだよ。無事でよかったけど、どこにいたの? エリアスと何かあったの?」
「……えっと」
まずい! まずい! まずいよ!
さっそく質問されて、どうしようって私はうろたえた。
心配して、探してくれていたっていうのはありがたいことだ。でも今は、それを喜んでいる場合じゃない。言い訳しなきゃ、門をくぐったことは絶対に隠さなきゃ。
まだマーコールの協力は得られていないけど……。
こうなったら一か八かだ!
申し訳ない表情を浮かべると、私は覚悟を決めて、
「心配かけてごめん。散歩していたら崖から落ちちゃって……」
「崖? ……このあたりにはないよね?」
「あ、うん。ずっと東のほうの崖。落ちた衝撃で気を失っちゃって、気付いたらこんな時間になっていたんだ。でも怪我はしていないし、元気だから平気だよ」
嘘の説明をした。
バレたらどうしよう、マーコールが余計なことを言ったらどうしよう……。
どくどくしている心臓の音が、ライオネルにも聞こえてしまいそうで怖い。
私、変な顔していないよね? いつもどおりの態度だよね?
不安でたまらない。冷や冷やしながら平静を装っていると、
「そうなんだ?」
ライオネルが不思議そうに首をかしげた。
私の説明を怪しんでいるわけじゃないけど、納得もしていないような反応。
「なんで崖から落ちたの?」
「……上を見て歩いていたから」
作り話の光景をイメージして、私は慎重に答えた。
「珍しい鳥を見つけて、追いかけていたら落ちちゃったの。ほんと間抜けだよね」
「……。エリアスも一緒に落ちたの?」
「うん。そうだけど、マーコールは鳥を追いかけていたわけじゃなくて……」
あれ? 私、なんて答えるつもりでいたんだっけ?
緊張のあまり、用意していた回答をど忘れしてしまって、私は言葉に詰まった。
やらかしたかも⁉
なんて答えれば納得してもらえるかな⁉
声を伸ばして思い出すふりをしながら、脳みそをフル回転させる。
マーコールが崖から落ちちゃう自然な理由……。
鳥を追いかけるイメージはないんだよね。雲の形で空想したり、木漏れ日がきらきら光るのを眺めたりもしなさそう。上を見て歩いていた理由……、ぜんぜん分からないよ!
「えーっと」
どう答えてもさらに不思議に思われてしまいそうな気がする。
理由は知らないけど、なぜか落ちてきたってことにすればいいのかな?
でもそうすると、マーコールがどう答えるかによって、私の命運が決まってしまう。それは嫌だ。ゆだねるくらいなら、怪しまれても自分で決めて答えたい。
そう思って、適当な理由を話そうとしたら、
「悪魔を追いかけていたんだよ」
無言でじっと立っていたマーコールが、急に口を挟んできた。
……それだ!
思い出してすっきりすると同時に、私はわけ分かんない気持ちでいっぱいになった。
なんで? なんで助けてくれるの?
ずっと『誰が協力するか』って感じの態度だったのに。
びっくりして、信じられない気持ちでマーコールを凝視していると、
「始末はできている。僕はもう先に行くよ」
「え……」
マーコールは『これでいいんでしょ』って感じの顔をして、さっさと拠点のほうへ去っていってしまった。期待していたことではあるけど、本当に協力してくれるなんて……。
嘘をつき通すことができたのはよかったけど、不思議でたまらない。
ずっと無視していると思ったのに、私の話を聞いていないわけではなかったの?
私の嘘に協力してもいいってくらいには、恩義を感じていたの?
……よく分かんないけど、ちょっとはいいところもあるんだね。
大嫌いだけど、私はマーコールのことを少しだけ見直した。
「悪魔に遭遇したの?」
「うん。心配かけたくないから、言わなかったんだけど……」
しかもライオネルは、マーコールの説明に納得したらしい。
ミッション、コンプリートだ。
大丈夫なんともないよって話しながら、私はライオネルと一緒に拠点へ向かった。
そして話の流れで、遭遇した悪魔について聞かれたから、マーコールが追いかけていたのはカナブンの悪魔ってことにしておいた。
どうやって退治したのかは知らない。いきなり突っ込んできて、気付いたら崖の下にいたからよく分からない。そう答えると、ライオネルは悪魔の話をやめてくれた。
私が知らないことだらけなのは、いつものことだからね。
不審に思われることはなかった。
やがて拠点に到着すると、どこかでこっそり様子を見ていたはずのグリームが、さっと私のそばに寄ってくる。ふさふさの尻尾が、苛立ちを表すように激しく揺れている。
あれ、どうしたんだろう?
もう機嫌は治ったと思ったのに、いつの間にかまた、面白くない気分になってしまったらしい。ちょっと気にしながら、私はライオネルと別れて、拠点の借りている部屋に入った。
するとその途端、
「ナイフを突きつけられるのは危険な状態よ」
じっと私を見て、グリームが呆れたようにそう言ってくる。
ああ、うん。そういうこと。それで不機嫌だったんだ。
瞬時に納得して、私はごめんって気持ちになった。
そうだね、それは私も危険だって思ったけど、
「マーコールだから平気かなって」
「その油断が命取りなのよ。相手が誰であろうと、次からは私を呼びなさい」
「はーい」
素直な返事をする。
それから私は、グリームの顔まわりをいっぱい撫でて、不機嫌を早くなくしてもらうことに努めた。危険なのに呼ばなくてごめんね。すごく反省しているよ。
でも……。
次にまた同じようなことがあったとき、迷わずグリームを呼べるかっていうと、それは難しい気がしている。間違って助けを呼んじゃったら、迷惑がかかるし、相手に嫌な思いをさせちゃうかもしれないから。手遅れになる可能性もあるけど、助けを呼ぶかどうかは慎重に判断したほうがいいと思うんだ。グリームが登場して、いきなり暴れ出したら怖いし。
……というのは、口にしたら否定されるから言わないけど。
助けを呼ぶって、結構難しいことだよね。
呼ばないでも助けにきてくれたら、それが一番安心でいいのに。
助けてほしいと思ったら、私が呼ばなくちゃいけないのか……うん。
まぁ危険だって思ったらすぐ、グリームかダリオンを呼べるようにがんばろう。




