88. 秘密の仲間
「何の話?」
考えても分かるわけなくて、すぐに聞き返すと、
「なんでトルシュナーに戻ってきているの」
マーコールはすかさず、言葉を変えて質問してきた。
急かすような、苛ついているようなしゃべり方。
他人にものを頼む態度じゃないけど、そのときの私はこれからのプランを頭の中で繰り返すのに忙しくて、マーコールの嫌な態度を気にしている余裕なんてなかった。
大丈夫、きっとうまくやれるはず。私ならできる!
「青髪の悪魔に遭遇して、そのあとの記憶がないんだけど」
「え? 何の話?」
少し緊張しながら、私はすっとぼけてマーコールを見返した。
「私たち、ずっとトルシュナーにいたじゃん」
「は?」
するとたちまち、どすの利いた低い声が返ってくる。
こわっ。めちゃくちゃ機嫌が悪くなったようだ。
ふざけるなって、鋭いまなざしが怒っている。
でもこれは想定どおりの反応だ。
まぁそうなるよね。私だってシャックスにこういうことをされたら、からかって楽しまないでよって怒りたくなる。趣味悪いよ、意地悪しないでよって、ぷんぷんになる。
だけど今の私は、マーコールに意地悪したくてとぼけているわけじゃない。
そうする必要があるから、わざと知らないふりをしているのだ。
殺意のちらつく怖い顔でにらまれたって、簡単に白旗を上げるわけにはいかない。
「私たち、すごく強そうな悪魔に追いかけられて、間違って崖から落ちちゃったんだよ。それで気を失っていたんだけど、覚えていない?」
「は?」
「やっと目を覚ましてくれてよかった。すごく心配していたんだよ。もうあんな無茶なことしたらダメだからね。早く帰ろう。みんなを安心させてあげなくちゃ」
「……あぁ。そういうこと」
不意に、今にもキレそうだった雰囲気を引っ込めて、マーコールはあざけるように小さく笑った。……え? 急にどうしたの? キレられるより怖いんだけど?
ポーカーフェイスを維持しながら、どういうことだろうって恐々としながらマーコールの様子をうかがう。もしや私の完璧な作戦に気付かれた? まさかそんなわけ……。
「君、悪魔だって知られたくないんだ」
「悪魔じゃないよ!」
反射的に否定する。
それから、マーコールって意外と察知能力が高いんだなって感心した。私がとぼけていると見破った上で、その理由を当ててくるなんて。油断のできない人だ。
「悪魔じゃないけど、黒の領域に行ったって知られたら、みんなに余計な心配かけちゃいそうだから内緒にしておきたいだけ! 変なこと言わないでよ!」
「必死だね。もうほとんどバレているのに」
「だから、私は悪魔じゃないってば! なんで人の話をちゃんと聞かないわけ?」
「聞く価値がないからだよ。で、どうやって戻ってきたの」
私の反論をまるっと無視して、マーコールは強引に話を戻してきた。
……あぁもうっ! むーかーつーくー!
私、この人のことすっごく嫌い!
ついカッとなって、頭の中が意地悪な思考でいっぱいなっていく。
そんな態度だと何も教えてあげないよ? ウパーダーナに行ったわけないじゃんって永遠にとぼけ続けて、マーコールを頭おかしい人に仕立て上げちゃうよ? 私よりマーコールの話を信じられたら、まずいことになるからやらないけど……すーっ、はーっ。
これじゃダメ、ダメ。
こういうときは、まず深呼吸、深呼吸。
長く息を吐いて、私は怒りっぽい自分を叱った。
思うまま怒りをぶつけたって、きっと軽くあしらわれて終わりだ。
それに、今の私は大人。マーコールは子供。
これは冷静にふるまって、大人の余裕を見せつけるチャンスでもある。
むかむかする心をどうにか落ち着けると、私は強気にマーコールを見返して、
「教えてあげてもいいけど、代わりにマーコールも答えてよ」
当然の交換条件を出した。
私だけが話すっていうのは不公平だからね。
知りたいなら、私の疑問にもちゃんと答えてもらうのが筋だ。
「結局、あの門ってなんだったの?」
手始めに、一番の謎について問いかけてみると、
「ウパーダーナにつながる門の写し」
渋られると思っていたのに、マーコールはあっさり返答してきた。
「門の跡地に発生している魔法の写しだよ。移動の条件も同じ。白の人間はくぐる前に待機時間が発生する。僕のあとをすぐ追いかけてきたのなら、君は黒の人間ってこと」
「ちがうよ! そんなわけないじゃん!」
よく分からないけど、私はノータイムで否定した。
「何か勘違いしているんじゃない? マーコールだってすぐ門をくぐっていたんだし」
「僕は混ざり者だからね」
「混ざり者?」
疑問その二が発生。
シャックスもなぜか、マーコールをそう呼んでいたよね。ダリオンに聞いたら、『本人に聞いてください』って言われた。普通に考えたら、混血だってことだと思うけど、
「お母さんかお父さんが悪魔ってこと?」
悪魔と結婚する人がいるなんて、信じられない。
まぁ私も悪魔だし、黒の領域にはキメラ人間じゃない普通の人もいっぱい居るはずだから、すごく変ではないけど。なんでそんなことになったんだろう?
とても不思議で、気になって、知りたいと思う。だけど、
「最初の質問にはもう答えたよ」
マーコールは答えてくれなかった。
どうやら次は、私が答える番ってことらしい。早く答えてほしいけど、私が言い出したことだし順番は守らないとね。ウパーダーナからどうやって戻ってきたのか……。
「あの悪魔からどうやって逃げてきたの」
あれ?
と、答える準備をしていたら、急に質問を変えられた。
なんで? どうやってユリウスから逃げたのか?
別にそっちを先に答えてもいいけど、
「君、あの悪魔より強いわけじゃないでしょ」
私が口を開く前に、マーコールがさらに言葉を付け足してくる。
「なのに、なんで庇うような真似したのさ」
「えっ」
ちょっと?
答える前にさらに質問されて、私は困惑した。
ねぇ、どういうこと? 質問、二つになっているんだけど?
ついさっき、私の二つ目の質問を拒否してきたよね? 私は二つ聞いちゃダメだけど、自分はいいってことにしているの? え? それひどくない? 自分勝手すぎない?
なんなの、この人。
意味わかんないし、やっぱりすごくむかつく。
子供だから許されると思ったら、大間違いだよ!
「死んじゃったら嫌だからだよ」
とりあえず、私は答えやすいほうの質問に答えを返した。
「それ以外にないでしょ。それとも無視すればよかった?」
「あの攻撃をどうやって防いだの。代わりに死ぬつもりだったの?」
「え……」
代わりに死ぬ?
思いもよらなかったことを聞かれて、私はすごく戸惑った。
そんなわけないじゃん。でも……、うーん。
どうしよう?
そもそもマーコールを庇ったっていうか、ユリウスに私がいるって気付いてほしくて飛び出したんだけど、今それを言うわけにはいかない。
気付いてやめてくれるはずだったから、死ぬわけないんだよとも話せない。
とても難しい質問だ。なんて答えよう……。
なかなかうまい説明が思いつかなくて悩んだけど、数秒後、
「もう一つ答えたよ。次、私の番」
すぐ答える必要はないって気付いて、私は話を変えた。
「悪魔を殺すために門を開いたの?」
「そうだよ。君はあの悪魔を倒すつもりだったの?」
「まさか!」
ぶんぶん首を横に振って、即座にマーコールの推測を否定する。
「そんなわけないじゃん。無理むり、私じゃどうがんばっても勝てないよ。危ない感じがしたから、とっさに飛び出しただけ。そしたらマーコールを庇っていたってだけ」
「へぇ。君って見た目どおりバカなんだね」
「私はバカじゃない!」
いきなり悪口を言われて、私はまたむかっとした。
この人ほんとに嫌い! 嫌い! しゃべりたくない!
ライオネルの仲間じゃなかったら、もう完全に無視しているのに!
……ふーぅ。
反射的に怒りが湧いてくる。『バカって言った人がバカなんだよ』とか、『黒の領域で死にかけたマーコールのほうがバカじゃん』とか、すごく言い返したい。
でもすぐカッカするのは大人のやることじゃないから、マーコールをバカにし返すのは心の中だけにとどめておいて、
「なんで悪魔を殺したいの?」
興奮を抑えながら、私は静かにそう聞いた。
そしたらマーコールは、私を小馬鹿にするように笑って、
「悪魔を生かしておく必要はないだろう。で、どうやって戻ってきたの」
さっさと話せって感じで、最初の質問を繰り返した。
むかつく、むかつく、むかつく……。
心のままに振る舞えなくて、大人って不便だなって思いながら、
「知らない。気付いたらここにいた」
やり返すように、私は素っ気なくお望みの答えを返してあげた。
すると予想できていたことだけど、途端にマーコールはしかめ面になって、
「は?」
噓をつくなと言わんばかりに、じろっと私をにらんでくる。
ふんっ。いい気味。
「そんなわけないだろう。まじめに答えな」
「まじめに答えているよ!」
不真面目なのはマ―コールのほうでしょ。
じろっとにらみ返しながら、私は説明を加えた。
「正確には、気付いたらここじゃない知らない場所にいたから、門を開いてサンガ村の近くに戻ってきたってこと。私だって、とっさに飛び出したあとの記憶はないんだよ」
これは正真正銘の本当。
ユリウスを説得してくれたのはきっとダリオンだ。そのあたりの事情については、まだ何も聞いていないから私はぜんぜん知らない。私はいつだって全力の本気の回答だ。
ところで、
「マーコールはどこまで覚えているの?」
もしマーコールがダリオンを見ていたら、それはちょっとまずい事態だ。
でも今のところ、緑髪の悪魔については何も聞いてこないから、ダリオンが来たときには気絶していたってことだよね? そうじゃなきゃ困るんだけど……。
今度は私の番だと思って、次の質問を投げかけると、
「……君に期待した僕がバカだった」
「はぁ⁉ 何それ、ひどい!」
あからさまに落胆されて、その瞬間、私はもう我慢できないくらいにむかついた。
嫌い、嫌い、嫌い! ほんと嫌な人!
これがライオネルだったら、知らなくてごめんって申し訳ない気持ちになっていたかもしれないけど、マーコールに対しては微塵もそんな気持ちは湧いてこない。
謝るとしたら、それは絶対マーコールのほうだよ!
……もう! もう! もう!
むかつきがマックスだ。
もう子供っぽいって思われてもいいや!
むかむかを制御するのが難しくなって、ついに私は怒りの感情が赴くまま、マーコールに非難の言葉を言い立てようとした。けれどそのとき、マーコールが不意に期待外れだって感じのため息をこぼして、くるりと背を向け私の前からいなくなろうとして、
「まだ話は終わっていないよ!」
「僕は終わった。君の話に付き合う義理はない」
「え、それは勝手すぎるよ! 助けてあげたのに!」
「頼んだ覚えはない。君が勝手にやったことだろう」
「ひどい! まぁ実際そうだけど……」
助けてもらったら『ありがとう』が普通でしょ!
嫌な人! 次はもう絶対に助けてあげないんだから!
ぷんぷんしながら、固くそう決意する。
そして、私はふと次のことに思いを馳せて、
「もうウパーダーナに行っちゃダメだよ」
冷静になった。
私はマーコールが大嫌いで、もう二度と助けてあげないって決めている。だからマーコールがこの先どうなろうと、ちっとも興味はないんだけど……。
それでもライオネルの仲間だし。
ウパーダーナの人たちのためにも、これだけはちゃんと伝えておかないと。
「次はないから。間違いなく殺されるよ」




