87. 秘密の仲間
「おおむね理解したわ。随分と向こう見ずなことをしたものね」
聞かれることに、ひたすら答え続けること二十分。
私の答えにようやく満足したのか、グリームは落ち着きを取り戻し、いつもの感じに戻ってくれた。容赦ない質問攻めがやっと終わり、『早く答えない』『包み隠さず教えなさい』という圧がなくなって、私は心底ほっとした。
つーかーれたー。
とってもげんなりだ。
私がいなくなって、グリームがすごく心配していたっていうのはよく分かる。
でも、だからって質問しすぎだよ。
どうしてマーコールが門を開くことができたのかとか、ユリウスとどういう話をして、ダリオンが私とマーコールを城に連れ帰ってくれたのかとか、私だってまだ分かっていないことがあるのに。何度聞かれたって、分からないものは分からないのに。
この二十分の間に、おんなじ受け答えが何度かループして、すごくじれったかった。
指摘すると、もっと話が長引きそうだったから黙っていたけど……。
グリームは諦めることを早く覚えたほうがいいよ。自分のためにも、私のためにも。私には分からないことばっかりがたくさんあるって、知らないわけじゃないでしょ?
やれやれだなって、呆れながらこっそりため息をついていると、
「もう勝手な冒険はしないでちょうだい」
ちょっと厳しめな口調で、グリームが釘を刺してきた。
「そういうときは迷わず私を呼んで。何があっても怒らないから」
「……はーい」
ダリオンと似たようなこと言うなって思いながら、私は聞き分けのいい返事をした。
反論したい気持ちもあったけど、また機嫌が悪くなると面倒だからお口チャック。
グリームがライオネルに突っかかって、しょうもない喧嘩を始めていなければ、絶対こんなことにはなっていなかったと思うけど。知らないふり、気付いていないふり。
波風を立てるのはやめておこう。
今はグリームを言い負かすより、ずっと大事なことがある。
「ところで、彼はどうしてまだ寝ているの?」
すーすー眠り続けるマーコールにうろんな視線を向けると、かすかに上下する肩をちょいちょいつついて、グリームが不思議そうに聞いてきた。
「いつも殺気立っている割に、警戒心が薄いのね。いつ起きるのかしら」
「ダリオンの魔法で寝ているんだよ。名前を呼べば起きるんだって」
「あら、魔法なのね」
納得したような声を出して、グリームはすっと前足をどかした。
「説明するのが大変そうね」
「うん。でもどうやってごまかすか、もう考えてあるから大丈夫だよ」
「どうやってごまかすの?」
「秘密」
聞かれて、私はすぐそう答えた。
「マーコールを起こすから、グリームはどっかに行ってちょうだい」
「あら。私はここに居てはいけないの?」
じとーっ。
不満そうな視線が私を見つめてくる。
無言で『どっか行って』発言の撤回を求めているようだ。二十分かけて普通になりかけていたグリームの機嫌は、この一瞬で急降下し、また悪い状態に戻ってしまったらしい。
でも引き下がるわけにはいかない。
だって私はマーコールを起こして、ウパーダーナでしていた話の続きもするつもりなんだから。あのときその場にいなかったグリームが、急に話に混ざってくるのはダメだよ。
ただでさえ理解できないことが多いのに、口を挟まれたらもっとわけ分かんないことになっちゃいそうだし。二人で続きを話すのが、一番分かりやすくていいと思うんだ。
「一緒にいるのはダメだよ。内緒の話の続きをするのから、グリームは邪魔」
「……」
「でも心配なら、こっそり見ているのはいいよ」
言われなくてもそうすると思うけどね。
いつまでもご機嫌斜めでいられるのは嫌だから、仲間外れにしたいわけじゃないよって気持ちを込めて、私はのぞき見を許可した。
内緒の話だけど、グリームだったら聞かれても構わない。
あとでどうせ相談するだろうし。
解決していない謎について、一緒に考えてもらいたいし。
「見つからないようにね」
「……分かったわ」
念を押すと、グリームは不服そうにうなった。
え? 返事と態度が一致していないよ?
どっちが本心なんだろうって、ちょっと不安になったけど……。どうやら、『不服だけど分かった』ってことらしい。グリームは仕方ないようにゆっくり立ち上がると、
「危なくなったらすぐ呼ぶのよ」
「はーい」
それだけ言って、おとなしく去っていった。
ふさふさの白いお尻を私に向けて、森の中へ静かに消えていく。
……よし。
すんなり受け入れてもらえたことを喜びながら、私はグリームの後ろ姿を見送った。
そしてその姿がまったく見えなくなると、深呼吸して、マーコールに協力してもらうためのプランを頭に思い浮かべた。名付けて、『何もなかった大作戦』。
私たちがウパーダーナへ行ったことは、ライオネルたちには秘密にしておきたい。
あの黒い門をくぐれるのは普通のことじゃないらしいし、どうやって白の領域に帰ってきたのかとか、どうやって悪魔から逃げたのかとか、そういうことを聞かれたら困っちゃうから。マーコールを起こしたら、ウパーダーナのことは内緒にしてねってお願いして、口裏を合わせてもらうつもりだ。……うん、きっとできるよ、大丈夫。
考えただけで、不安と緊張がせり上がってくる。
でも協力してくれるはずだ。怪しまれるだろうし、素直に聞き入れてくれるとは思えないけど、私はマーコールを危機から救ってあげたんだから。……うん、大丈夫だよ。
自分にそう言い聞かせて、心の準備ができると、
「マーコール」
ドキドキしながら、私はマーコールの名前を呼んだ。
……あれ?
ところが、寝ているマーコールに何も変化は起きていない。
待っていても、目を覚ましそうな気配はまったくない。
どうして?
「マーコール?」
声が小さくて聞こえなかったのかなとか、緊張していたせいで呼び間違えちゃったのかなとか思って、もう一度ゆっくり呼んでみる。けれど、やっぱり起きそうな感じはない。
まずいかもって、私はちょっと焦った。
ダリオンの魔法だから、失敗して永遠の眠りについちゃったとか、間違って名前を呼ぶより難しい条件にしてしまったとか、そういうことはないと思うんだけど……。
何か聞き間違えちゃったのかな?
それとも、『マーコール』は苗字だからダメなの?
名前を呼ばないと起きない?
うーん……。
ふとその可能性に気付いて、私はとても困った。
マーコールの名前って、なんだっけ。
王都のマーコール邸で、ライオネルがマーコールの名前を呼んでいて、あ、そういう名前なんだって思ったのは覚えている。だから、聞いたことはあるはずなんだけど……。
がんばって、私は半年前の記憶を呼び起こそうとした。
アリ……アス……エア?
確か、『エ』から始まっていたような……。
「エル? エマ? エリック?」
適当に思いついた名前を言ってみたけど、反応はない。
まぁそうだよね。もっと長い名前だったような気がするし、エルとかエマは女の人の名前だ。ライオネルが呼んでいた名前は、しゅっとした雰囲気の男の人の名前だったはず。
てことは……。
「エルク? エリザード? エーデルワイス?」
いい線いっていると思ったんだけど、どうやらこれもちがうらしい。
そもそも私、人の名前ってあんまりたくさんは知らないんだよね。
城の使用人と、よその黒の領域の人と、サンガ村の人の名前を少し知っているだけで、私が知っている『エ』から始まる名前は、実はもうこれ以外にない。どうしよう……。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言うけど、弾がなければまず撃てないのだ。
あとは私の記憶だけが頼り。
どうにか思い出さなくちゃ。あのとき、ライオネルはなんて呼んでいたっけ。
エ……エリ……エス……。
「エリス? エリアス? エドワード?」
これだ! ってひらめいて期待したけど、また反応はなかった。
残念、これも外れらしい。このままじゃ埒が明かないね。
時間をかければ思い出せそうだけど、それじゃいつになるのか分からないから、自分で思い出そうとするのはもう諦めたほうがいいかもしれないって私は思った。
拠点に戻ってライオネルに聞いてくる?
それとも、城に戻ってダリオンに確認してみる?
目覚める条件を『名前を呼ぶ』にしたってことは、きっと私がマーコール邸に行ったときの様子も見ていて、マーコールの名前を憶えているってことなんだと思う。
私がマーコールの名前を憶えていないっていうのは、ダリオンにとっても予想外だったかもね。ライオネルに聞くよりは、ダリオンに聞いたほうが早く解決しそう。
あるいは、グリームを呼び戻して聞いてみるのもあり?
どうしようかなって悩んでいると、
「……」
そのとき不意に、マーコールの寝息がぴたりと止まった。
あれ? 起きた?
反応が遅いだけで、さっきのどれかが当たっていたってこと?
びっくりして、私は地面に横たわるマーコールをじっと見つめた。すると、
「!」
「わっ!」
突然、マーコールがぱちりと目を開けた。そしてその瞬間、ぱっと体を起こしながらナイフを握り、明確な殺意を持って、ナイフの切っ先をずいっと私の喉元に突きつけてきた。
え、ちょ、何⁉
びっくりって言葉じゃ言い表せないくらい、すごくびっくりした。
驚きと戸惑いと恐怖がいっぺんにやって来て、思わず息が止まる。
起こした瞬間、殺されそうになるってどういうこと……?
降参ポーズをしながら、まさか本気じゃないよねってドキドキしていると、
「……なんだ、君か」
軽く舌打ちして、マーコールはすぐナイフを離してくれた。
間違いだったみたいだ。そうだよね、そうじゃなきゃ怖いよ。
悪魔が近くにいるって勘違いして、身構えちゃったのかな?
ナイフと一緒に、殺伐とした空気も遠ざかっていって私は安心した。
そして同時に、その態度はひどいんじゃないのって苛立った。
目が覚めたらすぐ近くに人がいて、警戒する気持ちはよく分かる。とっさにナイフを突きつけたくなるのも、私は絶対やらないことだけど、その気持ちは理解できる。
でも、だからって今回も謝罪はなし? 罪悪感は皆無?
相変わらずむかつく人だ。
ちっとも好きになれそうな気がしない。
私、あなたのことユリウスから守ってあげたんだけど? ダリオンにかけられた魔法もちゃんと解いてあげたんだけど? 凶器のナイフより、感謝の言葉がほしいんだけど?
なんで何も言わないわけ?
むかつく。すごくむかつくんだけど⁉
ぶつぶつと、心の中でマーコールに文句を言っていると、
「君、何したの?」
あたりをきょろきょろ見回していたマーコールが、突然そう聞いてきた。
意味の分からない質問。
逃げないで、私と話をする気でいてくれるのはありがたいけど、
「え? 何って?」
聞き方が大雑把すぎて、答えようにも答えられない。
何が聞きたいの? 何を知りたいの? マーコールがぐーすか寝ている間に、私がやったことも、私以外がやったこともたくさんあるんだけど。
いったい何が疑問なの?




