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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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81. 不測の危機

「ルーナ」


顔を上げたライオネルが、驚いたように私を見る。


やわらかな緑の優しいまなざし、揺らめく視線、少しやつれた顔、机の上でぎゅっと握られたこぶし……。前に会ったときより、明らかに体調が悪そうだ。


どうしたんだろう?


気になって、ようやく会えて嬉しいって気持ちよりも、大丈夫なのかなって心配な気持ちのほうが大きくなっていく。


ものすごく強い悪魔と死に物狂いで戦っていたとか?


それなら祝福で元気にしてあげようか?


ちょっと戸惑って、なんて話しかけようか迷っていると、


「久しぶり。何度も来てもらうことになって、ごめんね」


眉を下げたライオネルが、申し訳なさそうに謝ってきた。


……さすがだね。


真っ先に待たせたことを謝ってくれるなんて、不愛想などこかの誰かさんとはぜんぜんちがう。他人にナイフを投げつけて、謝りもせずに立ち去ろうとした、どこかのマーコールとは雲泥の差だ。これが大人と子供のちがいってこと?


意地悪にそう考えながら、私は心の中でライオネルに拍手喝采を送った。


ライオネルの爪の垢を煎じて飲ませたら、マーコールもこうなってくれるのかな?

……なんてね。


「別にいいよ。気にしていないから」


食堂の机に近付きながら、私は軽い調子でそう答えた。


予定が一週間伸びるって聞いたときは、正直、残念だなって思ったけど。


仕事で来られないのは仕方ないし、今こうしてちゃんと会えたんだから、待たされたことなんてもう気にしていないよ。


それに、ライオネルは私が絶対できないことをやってくれたんだから。

感謝することはあっても、怒ったり責めたりすることは絶対にない。


「私のナイフ、取り戻してくれてありがとう」


笑顔でそう伝えると、ライオネルもやっと笑顔になって、


「うん。無事に取り戻せてよかったよ」


謙虚にそう言った。


わぁ……。


自慢するような雰囲気がぜんぜんなくて、私はちょっとびっくりした。


あのナイフを取り戻すのは簡単じゃなかったはず。


私だったら『すごいでしょ!』って一回くらいは言いたくなるし、褒めて褒めてすごく感謝してって気持ちになるのに。


すごい。さすが本物の大人。余裕があるね。

大人の姿をしているからには、私もこうならなくちゃ。


「どうやったの?」


感心しながら、どうやって取り戻したのか聞いてみると、


「秘密」


なぜかライオネルはふっと笑顔を引っ込めて、困ったような顔をした。


え、秘密なの? なんで?


意外な返答だ。私は戸惑って、少し不安になった。


聞けば教えてくれると思っていたのに、どうして秘密なの? 私は仲間に入れてくれないの? ライオネルがそんな意地悪するなんて……ううん。


ライオネルは優しいから、きっとそんなことしないよね。

何かちゃんとした理由があるはずだ。


どうして秘密なんだろう? まさか、私に言えないような方法でナユタのナイフを取り戻したとか? ……もっとあり得ないよ。うん、ないない。


ふっと浮かんだ邪推を、私は即座に振り払った。

そんなわけないよ。でもなんで話したくないんだろう?


考えてもさっぱり分からなくて、


「いいじゃん。教えてよ」


「ダメ」


「なんで? ダメって言われるともっと気になるんだけど……」


「教えない」


その後も何度かお願いしてみたけど、ライオネルは困った顔をするばかりで、かたくなに首を縦に振らなかった。怪しい……。これ、絶対何かあるやつだよ。


すごく問い詰めたい。


でもライオネルは見るからに疲れているし、話したくないことを無理に聞き出そうとするのはよくないから、私は途中で追及を諦めた。


恩を仇で返すみたいになっちゃうのはダメだよ。

私はライオネルを困らせたいわけじゃない。別のタイミングを探そう。


「ありがとう」


もう一度感謝を伝えると、私は別の話をしようとした。


ライオネルに聞きたいことは、他にもたくさんある。


ヨッドのこととか、強い悪魔に狙われていないかとか、どうしてそんなに疲れた顔をしているのかとか……。でも、聞こうと思って口を開いたら、


「ごめん。ちょっと休ませて」


「うん……」


言葉を発する前に、切実な態度でそう言われて、おとなしく引き下がるしかなかった。


なんでも昨日の夜遅くにサンガ村へやって来たライオネルたちは、到着してすぐ悪魔と遭遇して、退治するために朝まで追いかけっこ状態を続けていたらしい。


それですごく疲れていて、顔色が悪くて、今すぐ寝たいんだって。

そういうことなら、私の聞きたいことはあとにしなくちゃね。


「おやすみ」


挨拶してライオネルたちと別れると、私は拠点を出て教会に向かった。


サレハさんいるかな?


見つけたら、戻ってきましたって報告をして、またオルガンを教えてほしいから、仕事を手伝わせてくださいってお願いするつもりだ。


最初はライオネルに会うまでって思っていたけど、まだぜんぜん弾けるようになっていないし、また急に仕事が入って、退屈になったら嫌だから。


一日中ライオネルと一緒にいたいなって思わなくもないけど、そうしたらすぐ話題が尽きちゃいそうだし、時間がありすぎるのも問題なんだよね。


そういえば、孤児院の子供たちはどうしているんだろう?


みんな寂しがっているんじゃないかなって、ヨッドに引っ付いてはしゃいでいた子供たちの姿を思い浮かべながら、私は青いイチョウ並木をぐんぐん抜けていった。


ところが教会は閉まっていて、そこには誰もいないようだった。


今日も外回りの仕事をしているらしい。


孤児院の子供たちと一緒に、きっと畑か森にいるんだろうけど、このあたりには畑も森もいっぱいあるから、全部を探し回るのはすごく大変だ。


知っていそうな人に聞いてみよう。


サレハさんの居場所を聞くために、私は孤児院に向かった。


孤児院にはいつも、病気の子を看病したり、ご飯を作ったりするための子供が何人か残っている。その日も女の子が数人、孤児院の前で掃除をしているのが見えて、


「サレハさんがどこにいるか知っている?」


見覚えのある顔だったから、単刀直入に聞いてみると、


「今日は西の畑だよ。みんなで草むしりするんだって」


すぐにそう教えてくれた。話が早くて助かるね。


「ありがとう!」


西のほうに雑草がぼうぼう生えている畑があったから、多分そこにいるんだと思う。


子猫サイズのグリームと一緒に、私は駆け足で西の畑へ向かった。すると、


「サレハさん!」


情報どおり、サレハさんはそこにいた。

子供たちと一緒にしゃがみ込んで、地道に雑草を引っこ抜いている。


これまでとあまり変わらない光景だ。


でも大声で笑うヨッドがいなくなったせいか、みんな静かに作業しているなって印象。友達としゃべっている子もいるけれど、聞き取れないくらいのボリュームだからうるさくはない。しかも、黙々と作業している子が多いせいか、この前は雑草だらけだった畑が、もう半分以上は土ばかりになっている。


……あれ? もしかしてヨッドって、みんなの仕事を邪魔していた?


と、思わず疑いたくなっちゃうくらい、草むしりは順調に進んでいるようだった。


手伝いがいるかどうかは正直微妙。でも、


「私も手伝います!」


挨拶してそう宣言すると、軍手と帽子を借りて、私も草むしりを始めた。


順調そうだからって、それは手伝いをしない理由にはならないのだ。


エルクとムースの近くに寄って、むしむしむしむし無心に草をむしる。


雑草の根っこは、太くて地中深くまで伸びていたり、細長かったり、短くてもじゃもじゃだったり、いろんなパターンがあって面白い。黙々と手を動かしていると、


「根っこは全部取らないと意味がないよ。残すとまたすぐ生えてくるんだ」


「そうそう。でもがんばりすぎは逆によくないよ。きれいに取ったって、どうせまたすぐに生えてくるのが雑草なんだから。できるだけ全部取るようにするって感じ」


「そうなんだ」


二日ぶりだったけど、二人は変わらない態度でアドバイスをくれた。そして、


「サンバーの奴、元気になったら威張り散らすようになってむかつくんだ。『オレ様は悪魔に助けられた男とだぞ!』って、ぜんぜんヨッドに似ていないし、弱っちいくせにさっ」


「ね、ほんとむかつくよね。全部ルサばあさんのおかげで、サンバーは死にかけていただけなのに。『ヨッドはオレ様を助けるためにサンガ村へ来たのだ!』とか、『役目を終えて天の国へ帰っていったのだ!』とか、適当なことばっかり言っているし。ほんと嫌な人」


そんな愚痴もこぼしていた。


「でもヨッド、なんで急にいなくなったんだろう。サレハ神父に倒されたとか?」


「そんなわけないじゃん。人を探しに来ているって言っていたでしょ」


「そうだっけ?」


「そうだよ。探している人が見つかって、それで帰っただけじゃない?」


「そうかなぁ……。急に消えるなんておかしいと思うんだけど」


「急用が入ったのかもしれない。……ずっといてほしかったなぁ。チビたち、ヨッドの言うことは素直に聞いていたのに、私の話は無視するんだよね。あぁ面倒くさい」


「人望のちがいだよ。俺にもないけど」


ふーん。


意外なことに、エルクとムースは、ヨッドがいなくなったことをあまり悲しんではいないようだった。なんでいなくなったのか気にしているし、残念がっているようだけど、それだけ。もう吹っ切れたってだけかもしれないけど、思っていたよりドライな反応だ。


別れってそういうものなの?


それとも、ヨッドが悪魔だから悲しくないだけ?


よく分からない。


私だったら、『なんでサヨナラも言わないでいなくなったの』って、二、三日は不機嫌になっちゃいそうなのに。みんなはそうならないんだね。なんでだろう?


手を動かしつつ、二人の会話に耳を傾けて、私はこっそり首をかしげた。


……これって私がおかしいのかな?




仕事をして、オルガンの練習をして、ぐっすり眠って次の日。


今日もがんばるぞって、早起きして外に出ると、拠点の周りをたったか走っているジャッカルと、庭でぼんやり突っ立っているライオネルを見つけた。


よく眠って疲れが取れたのか、二人とも昨日よりは顔色がいい。まだ疲れているようだったら、祝福してあげようと思っていたけどその必要はなさそうだね。


元気になってよかった。ほっとしながら、


「おはよう」


「はよ!」


挨拶すると、通りすがりのジャッカルがにこっと挨拶を返してくれた。


ぼんやり宙を見つめていたライオネルは、ゆっくり振り向くと、


「おはよう。今日は早いんだね」


と、少し驚いたようにそう言った。


そりゃ早いよ?


内心で、私は小さく苦笑した。


オルガンを教えてもらうために、日中は働かないといけないから。

朝か夕方しかライオネルと話す時間がないんだもん。


「ライオネルと話したくて早起きしたんだ」


ちゃんと起きている?


ぼーっとしているライオネルの顔の前で、手を振りながら私はしゃべった。


「ねえ。ヨッドとはどうやって知り合ったの?」


するとライオネルは、わずかに身じろぎして、


「ルーナも会ったんだね。怖くなかった?」


ちょっとかたい声でそう聞いてきた。


ようやく完全に目覚めたみたいで、緑の目がきらっと輝いている。

いつもの目だ。いつものライオネル。


「最初は怖かったけど、何回か会ったら慣れてきたよ。でもライオネルが連れてきたって聞いて、すごくびっくりした。あんな強い人と契約を結ぶなんて、よくできたね」


「あいつが負けてくれたんだよ。敵対されたら勝てなかった」


 思い出すように遠くを見つめて、ライオネルはしみじみとつぶやいた。


「他の悪魔と戦っているとき、あいつが急に出てきて手を貸してくれたんだ。どうも俺の気配が気になって、確認したいことがあったらしい。質問されても、俺は何も分からなかったけどね。あいつは俺の反応だけで何か察して、そのまま立ち去ろうとした。だけど俺たちは、敵わない相手だと分かっていても、悪魔を見逃すわけにはいかなくて」


「それで、弟探しを手伝うからサンガ村の番犬になってくれって頼んだの?」


「番犬……まぁそうだね。敵意のない変わった悪魔だったし、白の領域で弟を探しているっていうから、提案してみたんだ。でもまさか、乗り気で承諾されるとは思っていなくて驚いたよ。決まったあとで、ダクトベアにすごく怒られた」


「怒られたんだ」


大人のライオネルが怒られているって、想像できないけど……。


ふふっ。


確かにダクトベアなら、『何やってんだ!』って怒りそうだ。『村の人たちを危険にさらすつもりか⁉』とか、『悪魔を信用してんじゃねぇ!』とか、私が不安に思ったことを全部口に出して、『何考えてんだよ』ってにらみながら詰め寄ってきそう。


怖いね。ぶるぶるぶるっ。


「でも結局、サンガ村に連れてきたんだ」


「うん。他にどうしようもなかったから」


苦笑いを浮かべて、ライオネルは残念そうにため息をこぼした。


「変わった奴だったね。もっと話をしてみたかったよ」


「そうなんだ」


ふーん。


意外だなって思いながら、私は相槌を打った。


不思議だね。村で一緒に遊んでいた孤児院の子供たちよりも、ライオネルのほうが、ヨッドがいなくなったことを残念がっているみたいだ。


でもそういえばヨッドも、『世話になったと、あの金髪に伝えておいてくれ!』って去り際に言っていたよね。ライオネルにだけは、そう言付けてほしいようだった。


つまり……。


ライオネルとヨッドは、実は仲良しだったってこと?


二人の間には、信頼関係みたいなものができていたのかな?


分からないけど、なんだかそんな感じがする。ていうことは、


「これから悪魔が増えるって話、聞いている?」


「え?」


知っているんだろうなと思って、確認してみたらきょとんされた。


……あれ? ちがうの? 私の勘違い?


二人って仲良しじゃないの?

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