表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
8/176

8. 時間の感覚

次の朝。


目が覚めて、グリームの翼の下からもぞもぞはい出ると、朝日を浴びた湖がきらきらと輝いていた。


ひんやりとしたそよ風がさざ波を生み、水面をかすかに揺らすのに合わせて、小さな白い光の粒たちがあちこちで踊りまわっている。

静かな森の雰囲気と相まって、とてもきれいで神秘的な光景。


「おはよう」


思わず見とれていると、のっそり立ち上がったグリームがぶるぶるっと体を震わせ、オオカミの姿になって私の隣へやって来た。


「うん、おはよう」


挨拶を返して、私はぎゅっとグリームを抱きしめた。


するといつもとちがって、しっとり湿っている。朝露に濡れたせいか、グリームの毛はふさふさ感を失い、ちょっと重たくて、ほんのり雨のにおいがした。


新発見。

外で寝ると、グリームの毛ってこうなるんだ。


面白いね。でも私は、ふさふさしているいつものグリームが好き。

だってそのほうが、触った時に気持ちいいもん。


湖で顔を洗い、《在り処を示せ》で人間の反応が固まっている場所を確認すると、私たちは再び、ライオネルの情報を得るために歩き出した。


今日は天気がよくて、日差しが眩しい。

見上げると、抜けるような秋晴れの青空が限りなく広がっている。

いいね。最高のお散歩日和だ!




昨日と同じように、深い森を抜け、小高い丘を越え、歩いて通れないところはグリームに運んでもらって、ひたすらまっすぐ目的地に向かっていく。


そしたら、その日も特に危険そうな生き物には出会わず、二時間くらい経った頃、少し先に小さな家の集まりが見えてきた。


思っていたよりも近い。

《在り処を示せ》の結果どおり、ちゃんと人間の集落があってよかったと思いながら、私は気を引き締めて足を動かした。


あと少し、あともう少しで白の領域の人間に会える!


やがて、たどり着いたその集落は、ライオネルがいた村となんとなく似ていた。


森を切り開いたようなところにあって、広い畑の途中にぽつぽつと小さな家が建っている。殺風景で、人があまりいなくて、貧しそうな感じがする村。


だけどこの十年の間に、白の領域の平民にとっては、それが普通の生活環境だと学んでいるから、もうそんなに驚きはしない。白の領域は、こういうところなんだ。


「あれは何?」


ところで、その村にはひときわ目立つ大きな建物があった。


高い屋根の上に、十字の飾りがついた見たことのない建物。

最初に見た時は、二階建ての家かなと思ったけど、よく見たら窓が上のほうにしかないから、誰かが住んでいる家ではないと思う。


コンサートホールみたいなところ? 何をする場所なんだろう?

すごく気になって、私たちはまず、そこへ向かってみることにした。


オオカミの姿のままだと、村の人に怖がられてしまうかもしれないから、グリームには子猫サイズの動物――翼が生えた、白い猫みたいな動物に変身してもらう。


小さなかわいいグリームを抱っこすると、私は村の人間に見つからないように、こっそりひっそりと、その風変わりな建物に近付いた。


五メートルはゆうにある、クリーム色の頑丈そうな外壁。

少し奥まったところに、オリーブの葉っぱみたいな飾りがついた、木製の大きな扉があって、その扉の前まで行ってみると、中から歌が聞こえてくる。


聞いたことのない歌だ。もしかしてここ、歌を練習するところ?

気になるけど、扉を開けて中をのぞいてみる勇気はない。

でも気になる。


扉の隙間から中をのぞいたり、耳を当てたり、その建物の近くでしばらくうろうろしていると、不意に歌声が聞こえなくなった。


どうしたんだろう?

不思議に思っていると、そのうち人が移動するような音が聞こえて焦った。


このままじゃ見つかっちゃう!?

ライオネルならいいけど、知らない怖い大人だったら嫌だ。


見つかる前に、私は慌てて近くの木陰に隠れた。

そうして、息をひそめて様子をうかがっていると、やがて大きな扉がゆっくり開き、建物の中からぞろぞろとたくさんの人が出てきた。


私がいま着ているような、質素な服を着た白の領域の人たち。

子供も老人も、男の人も女の人もいる。


みんなで集まって、歌の練習をしていたのかな?

白の領域の人たちって、やっぱり不思議だ。


変わったことをするなぁと思いながら、私は次々に出てくる人間の行列を眺めて、そこにライオネルやダクトベアの姿がないかと探した。けれど、見つからない。


残念。少し期待していたんだけど、そう簡単には見つからないか。村を回って探すか、誰かに声をかけて聞いてみるしかないのかな。


「見ない顔の子供だねぇ」


と、そのとき不意に、誰かに声をかけられた。


近くに人がいるとは思っていなくて、私はぎょっとした。

ライオネルやダクトベアとは、しゃべり方がちがう。ってことは、それ以外の知らない人に見つかった⁉ どうしよう、まずいかも……。


どきどきしながら、私は慌てて声の聞こえたほうに顔を向けた。


けれど、そこには誰もいなかった。


あれ? さっき、確かに声が聞こえたのに。まさか空耳?

きょろきょろしていると、グリームがぴょんと私の肩に乗って耳元でささやいた。


「ルーナ、上よ」


上?


言われて、少し疑いながら視線を上に向けると、木の上に眠たそうな男の人が寝そべっていた。若草色の、くるくるしたやわらかそうな髪の人。……何をしているんだろう?


そんなところに人がいるなんて、考えたこともなかった。

驚いてじっと見上げていると、そのうち目が合って、


「こんにちはぁ」


その人はゆるい笑顔を浮かべながら、のんびりと口を開いた。


「こ、こんにちは……」


すごく変わった人のようだった。


大人だけど、あんまり怖い感じはないし、雰囲気もしゃべり方ものんびりしている。木の上で横になっているって普通じゃないし……、普通じゃないよね? 


知らない大人は好きじゃないけど、つい気になって私は聞いた。


「あの、なんで木の上にいるんですか?」


「んんー? 見つかりにくいからだよ」


見つかりにくい? 確かにそうかもしれないけど……。


聞いたせいで、ますます分からなくなった。

何、どういうこと? かくれんぼでもしているの? 大人なのに?


理解できなくて黙っていると、やがて、


「昼寝をしたい時にはぴったり、誰にも邪魔されないで休める場所なんだ」


男の人は付け足すようにそう言った。


へぇ、そうなんだ。

私だったら落ちるのが怖くて、木の上じゃぜんぜん休めないと思うけど。


「落ちたりしないんですか?」


「しないよ。慣れっこだからね。……ハハッ」


私の質問に答えて、その男の人は急に笑い声を立てた。


何? 私、何かおかしなこと言った?


「君、面白いね。名前はなんて言うの?」


「ルーナです」


「ルーナちゃんかぁ。俺はリッチ・ラーテルって言うんだけど……。んんー、やっぱり。その反応、君はこのあたりの子供じゃぁないね」


「そうですけど……」


まったく聞き覚えがない。有名人なの?


目をぱちくりさせていると、リッチさんは木の上で大きく伸びをした。よいしょ、とおじさんくさい掛け声を発して木から飛び下り、私の前にすとんと着地する。


ひょろりとした高身長の、病弱そうな人。

体が弱いから、普通の大人みたいに忙しく働かないで、のんびりしているのかな? だから大人っぽくないのかな? と、当てずっぽうに考えていると、


「ルーナちゃん、こんなところで何しているの?」


「友達を探しているんです」


「友達?」


普通の感じで聞かれたから、私は普通の感じで答えた。


「はい。あの、ここじゃなくて、ちょっと離れた村に住んでいた子供なんですけど。行ってみたら誰もいなくて。もしかしたらと思って、一番近いこの村に来てみたんです」


「ふぅん」


リッチさんは興味なさそうに相槌を打った。

そして、気怠そうに大きなあくびをすると、


「手伝ってあげようか? 俺、この村の子供の名前ならみんな知っているよ」


突然そんなことを言ってきた。


「本当ですか⁉」


運が良すぎてびっくりした。


知らない大人に見つかって、ちょっと焦っていたけど、その人が物知りで、ライオネルを探すのを手伝ってくれるなんて奇跡だ。


でも、会ったばかりの人の話を信じていいの?


とんとん拍子に話が進んで、ちょっと怖い感じもする。


「うん、本当」


少し疑いながら見ていると、リッチさんはやる気なさそうにうなずいて、


「友達の名前、なんて言うの?」


「ライオネルです」


「ライオネル?」


しゃべっている言葉と態度が一致していなくて、少し不安になる。

だけど、手がかりを得るためには、聞いてみるしかない。


そう思って答えたら、聞き返したリッチさんの表情が、急にまじめになった。


「ルーナちゃん、もしかしてクシャラ村から来たの?」


「え? あの、えっと、村の名前は知らなくて……」


「北東の村でしょ? ここより小さくて、今は誰も住んでいないところ」


「……多分、そうです」


方角は合っている。

村の大きさは分からないけど、誰も住んでいないっていうのはそのとおり。


「だよねぇ。この村に、ライオネルって名前の子供はいないんだけどさぁ」


どうしたんだろう?

頭をぼりぼりかきながら、リッチさんは何か迷うように低くうなった。


「はぁ。めんどくさい」


「めんどくさい?」


「あぁ、ごめん。気にしないで。単なる口癖だから」

 

聞き返すと、リッチさんはまくし立てるように早口で、


「ルーナちゃん、ちょっとここで待っていてくれる? その友達を知っていそうな人に心当たりがあるんだ。すぐ戻るから」


「え……」


そう言うなり、大きな建物に向かって歩いていってしまった。


心当たりがあるというのは、嬉しいことだけど……。

不安が消えない。初めて会う大人に、しゃべりすぎてしまったかもしれない。


リッチさんが建物の中に入って、その姿が見えなくなると、


「大丈夫かな?」


私は腕の中のグリームにこっそり話しかけた。


グリームは私と目を合わせると、すばやく何度かまばたきして、


「警戒は必要ね。あの人、何かに気付いたような素振りがあったから」


「逃げたほうがいい?」


「どちらでも。好きにしていいわよ。何があっても守ってあげるから」


「ありがとう」


すごく頼もしい。グリームを連れてきて本当によかった。


感謝の気持ちを込めて軽くのどを撫でると、グリームはあごを上げ、気持ちよさそうに目を細めた。ゴロゴロのどを鳴らして、本物の猫みたいでかわいい。


「ルーナちゃん、お待たせ」


グリームをかわいがっていると、間もなく、リッチさんは知らない男の人と一緒に戻ってきた。

奇妙な白い服を着た、すごく背が高くて、クマみたいに大きな人。


「その人は?」


「この教会の神父。俺はクシャラ村の知り合いに連絡してくるから、その間、こいつに教会の案内でもしてもらっているといいよ」


「はじめまして。サレハ・プロングホーンです」


大きな男の人が、そう言ってほほ笑んだ。


胸元で十字のペンダントが光っている。大きくて強そうでちょっと怖いけど、雰囲気は優しそう。声も口調も態度も穏やかで、ダクトベアとは正反対な感じがする。


「ルーナです」


名乗ると、にこっと笑顔が返ってきた。


うん。こういう大人は嫌いじゃない。


「どうぞ」


リッチさんがいなくなると、サレハさんは教会の前まで歩いていって、扉を開けた。


予想外の展開だ。


大人と親しくするつもりはないんだけど、その教会という建物には興味があって、グリームを抱きしめると、私はおそるおそる教会に近付いた。


その扉の向こうは、普通の家とはぜんぜんちがっていた。

一つの大きな空間しかなくて、左右に細長い椅子と机がずらりと整列している。陽光を浴びて、奥の壁の色つきガラスがきらきら輝いている。とても不思議で、自然と背筋がピンと伸びるような場所。


「きれいなガラス……」


「ステンドグラスと言うんですよ」


奥の壁をしばらく見つめていると、サレハさんがそう教えてくれた。


「大昔の人々が、神様と天使たちの姿を描いたと言われています」


「神様?」


「はい。私たちのことを教え導いてくださる、この世界の創造主のことです」


「神様には羽が生えているんですか?」


「いいえ。神様は人間と同じ姿をしています。羽が生えているのは、天使と呼ばれる神様のみ使いです。受難の時、信じる者のもとには天使が遣わされ、救いの道を示すのだと言い伝えられています。救いを求めて、人々は祈るのです」


「ふーん」


「教会を見るのは初めてですか?」


私を見て、サレハさんがそう尋ねてきた。私は迷わずうなずいた。


「初めてです。ここは何をするところなんですか?」


「神様に祈りを捧げる場所です」


「少し前に、中から歌が聞こえてきたんですけど……」


「それは神様をたたえる歌でしょう」


すらすらと、サレハさんはにこやかに答えて、


「ルーナさんも歌ってみますか?」


と、いきなり私にそう聞いてきた。えっ。


「私も歌えるんですか?」


「はい。練習すれば、どなたでも歌えますよ」


「じゃあ、歌ってみます。教えてください」


 好奇心に従ってお願いすると、サレハさんはほほ笑んで、私を教会の奥へと誘った。


「どうぞこちらへ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ