表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
76/176

76. 友愛の結末

「あいつはお嬢様の顔を知らないようです」


私の困惑をよそに、ヨッドはかしこまった態度でしゃべり続けた。


「巻き込まれる前に逃げましょう。必要ならばお手伝いいたしますが」


「あ、うん。……えーっと」


違和感しかない。


強いのに戦わないの? とか、リッチさんたちを置いて逃げるのはよくないんじゃない? とか、尋ねたいことが次から次へとあふれてくるんだけど、


「ヨッドって本当に、フラーニの孫だったんだね……」


一番びっくりしたのは、それ。


分かっていたけど確信は持てなくて、ケセドとか竜の話を聞いたあともちょっと疑いが残っていたんだけど、この態度なら間違いなさそうだ。


ひとりで納得していると、ヨッドはちょっと戸惑った目をして、


「はい? 私の身元は、そちらのオオカミが保証できるのでは?」


「うん。まぁそうだね」


聞いていたし、知っていたよ?


でもヨッドが『そうだ』って教えてくれないし、強い人だってひと目で分かったし、出会い頭に『腸をかき出す』とか『目玉をくり抜く』とか怖いこと言っていたから、フラーニの孫だなんて信じられなかったんだよね。言わないけど。それより、


「普通にしゃべってくれない?」


ヨッドが丁寧に話しているなんて、人が変わったみたいで不気味だ。


「違和感がすごくて、話の内容に集中できないんだけど」


「いえ、こちらが通常です。これまでは白の連中の目があったゆえ、やむを得ず失礼な態度で接しておりましたが、不敬罪として斬首刑を言い渡されてもおかしくない所業。これ以上続けることはできません。大変失礼いたしました」


「……うーん」


すごく堅苦しくて、息が詰まるようだ。


まぁ本当にこれが普通の対応なんだろうけど。


今までどおりで構わないって私が言っているのに、なんで戻してくれないのって不満に思う。お母様とか三柱が近くにいるときは、さすがにそういうしゃべり方じゃないとまずいんだろうけど、今は私とグリームだけだからぜんぜん問題ないのに。


「そのまま雑に話し続けてよ」


折れてくれることを期待して、私はもう一度お願いしてみた。


「今さら気にしないし、うるさい人は誰もいないよ?」


「いえ。そばにいなくとも、三柱の方々の目は常にあるでしょう?」


「まぁね」


だけど、すぐに論破されてしまった。


それはそれのとおり。よく分かっているね。さすがヨッド。


……面倒くさいなぁ。

こんな話をしている場合じゃないのに。


「じゃあ命令する」


ちょっと悩んだあと、これはいくら言っても首を縦に振らないパターンだと察して、私は早々に最終手段を使うことにした。その手段とは、ずばり、命令。


リリアンも最初は、普通に話してってお願いしても、渋るばかりでなかなか言うことを聞いてくれなかったんだよね。だから命令して、敬語で話すほうがダメってことにした。


みんな気にしすぎなんだよ! 私がいいって言っているんだから、私の言うとおりにすればいいのに! 三柱が怒ったときは、私がちゃんと言い訳してあげるから!


「普通にしゃべって!」


「いえ、しかしお嬢様、それは……」


「命令! 聞けないの?」


「……かしこまりました」


強気に迫ると、ヨッドは観念したように両目を閉じた。そして、


「嬢さん、なぜ逃げないんだ?」


これまでどおりの口調で、そう聞いてきた。


うんうん、それでいいよ。

それでこそいつものヨッドって感じだ。


「あの小鳥は弱いが、相当の軍勢を連れている。この村はもうじき落ちるぞ」


でも言っていることは、これまでのヨッドっぽくない。


弱気? 戦いたくなさそう? なんか消極的だ。でもそれなら、


「なんでそんなに落ち着いているの?」


変な態度。『オレ様に歯向かったことを後悔しろ!』とか言って、フォグ子爵を瞬殺しそうなイメージだったんだけど、なんで見ているだけなんだろう? それに、


「逃げるって、そんなことできるわけないじゃん。目の前でリッチさんとサレハさんが戦っているんだよ? エルクとかムースとか、村には知り合いもいっぱいいるし」


「ふむ。嬢さんはそこを気にするか」


「もちろん気にするよ! ヨッドは気にならないの?」


「ああ」


「えっ?」


気にならないわけがないと思っていたのに、予想外に即答されて私は面食らった。


え? 気にならないの? ……なんで?


「あの悪魔は、この村のみんなをご飯にするつもりなんでしょ? 止めないと、ヨッドが昼間に遊んでいた子供たちもご飯にされちゃうんだよ? それでいいの?」


「ああ。それはオレ様が関与することではない」


血の通っていない人間のように淡々と、無感情にヨッドは答えた。


「本来、オレ様は白の領域にいてはならない人間だ。これまでは金髪との契約があったゆえ、あいつを追い払う程度のことはしてやっていたが、それ以上のことはできん」


「どうして?」


「定められたルールを大きく外れている。壁を越え、白の領域でウパーダーナの小鳥を殺めたとなれば、さすがに言い逃れできんのだ。あいつが嬢さんを狙ってきた場合には、話が変わってくるがな。オレ様の条件はおおむね、そこのオオカミと同じだぞ」


「ルール? 条件?」


意味わかんないんだけど……。


「ケセドを食ったのは、あいつが嬢さんに魔法を仕掛けたせいだろう?」


ふと横を向いて、ヨッドがグリームに話しかけた。


「まったく間抜けな奴だ。嬢さんの顔を知らなかったとは」


「そうね」


謎に話が通じているっぽい。


……私を仲間外れにしないでよ!


って怒りたい気持ちもちょっとあったけど、今はフォグ子爵をどうするかが最優先だから、我慢して黙っておく。とりあえず分かったのは、ヨッドもグリームと同じで、黒の領域の人間に自分から手を出すことはできないってこと。


つまり、サンガ村の人たちを守るためには私が――私とリッチさんとサレハさんで、フォグ子爵を倒さなきゃいけないってことだ。


とっても難しい状況。

どうやって二人を助けよう?


「また祝福するつもり?」


考えていたら、グリームが呆れたようにそう聞いてきた。


祝福……。

そうだね。その手があるのは分かっている。


でも祝福は、最終手段だ。


すごく嫌なわけじゃないけど、リッチさんやサレハさんにキスするって、考えただけでなんかちょっと微妙な気持ちになるから。助けるために、どうしても必要だってときは祝福するけど、できれば別の手段で力になりたい。


この状況で、私にできること……。


「ルーナちゃん!」


と、不意に煙の中から、うす汚れたリッチさんが飛び出してきた。


「悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれない?」


「あ、はい」


びっくりしたけど、私はすぐにうなずいた。


ちょうどいいタイミング。

力になりたいって思っていたから、私にできることなら何でもやるよ!


「何をすればいいですか?」


「光! できるだけ明るくしてほしいんだけど、できる?」


「できます!」


やった! ちゃんと私にもできること!


これで二人の役に立てるって嬉しく思いながら、私は《光よ(ライト)》の数を増やして、すごく強くして、できる限り広い範囲をピカピカ照らした。


それでも周囲の半分くらいは煙に包まれていて、ちゃんと助けになっているのかどうかは怪しい気もしたけど……。何もしないよりはずっとマシなはず。


ところでリッチさん、私の後ろにヨッドがいるって気付かないわけないのに、すっかり無視していたね。私よりずっと役に立つはずなのに、ヨッドには何も頼まないんだ。


悪魔だから? 頼んでもどうせ断られるって諦めているのかな?


「召喚魔法を封じないことには、手の打ちようがありませんね」


他に何か手伝えることはないかなって、薄黒い煙に包まれた景色をきょろきょろ見回していたら、ふと近くからサレハさんの声が聞こえてきた。


姿は見えないけど、意外と近くにいるみたい。無事そうでよかった。


「召喚魔法?」


「呼び出しの魔法だよ」


尋ねると、煙に紛れてぼんやりしたリッチさんが教えてくれた。


「別の場所にいる生物を、魔法で呼び出しているようだね。鳥の悪魔を先に片付けないとキリがないんだけど、さっきから逃げられてばかりだ。ルーナちゃん、召喚魔法を封じる方法か、すばっしこい悪魔を捕まえる方法、どっちか知っていたりしない?」


「思いつかないです」


協力したいけど、私は難しい魔法のことはさっぱり分からない。


力になれなくてごめんね。

でも、別のところにいる生き物を呼び出せる魔法っていうのは、


「収納魔法みたいですね」


「え?」


思わずつぶやいたら、リッチさんが怪訝な声を出した。


「ルーナちゃん。収納魔法で生き物は収納できないよ」


「え?」


そうなの?


否定されるとは思っていなくて、私はきょとんした。


でもシャックスはできるって言っていたよ? やっちゃいけませんって。

……んんん? これってどっちが正しいの?


「できないんですか?」


不思議に思いながら、私は一応、私が知っていることを二人に共有した。


「私、冬の間に収納魔法の練習をしていたんですけど、収納空間の条件を変更すれば、生き物を収納することもできるって先生に教わりました。私はできませんけど、すごい魔法使いなら、生き物を収納することもできるんじゃないですか?」


「ええ? そんな話、聞いたことないけど……」


顔をしかめて、リッチさんは納得できないように小さくうなった。


私も納得できない。なんで食い違っているんだろう?

『収納魔法』は一つしかないはずなのに。


疑問だ。でもシャックスとダリオンがグルになって、私に嘘を教えるってことはないだろうから、収納魔法で生き物も収納できるっていうのが正しいと思うんだけど……。


「ちょっとは頭が回るんだな! 正解だぞ!」


「ハッハッハッ! 嬢さん、よく分かったな!」


え?


と、認識がちがっている理由を知りたくて、首をひねって考え事をしていたら、急に私の話を肯定するフォグ子爵とヨッドの声が聞こえてきて、すごく驚いた。


え? ハチ人間を出しているのって、本当に収納魔法だったの?


びっくりして、びっくりして、びっくりした。


でも本当にそうだとして、なんで正解だって教えてくれるんだろう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ