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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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72. 仮面の正体

夜更かしはいけないことだ。


消灯時間になってもなかなか寝ないでいると、それじゃ大きくなれませんよ、怖いお化けが出てきてさらわれますよって、シャックスが怖い顔でおどかしてくる。


お化けなんて怖くないけど……。


大きくなれないのは嫌だから、私はいつも、部屋の明かりが消えたらすぐ寝るようにしている。たまに布団の中でグリームと話し込んだり、真っ黒な城内をこっそり探検したりして怒られることもあるけど、私は基本的に夜更かしをしない。


夜は眠る時間。眠って大きくなる時間。

遅くまで起きているのはよくないことだ。だけど、


「このあと用事があるのだ! 夜ならば話に付き合うぞ!」


ルサばあさんの家からの帰り道、ヨッドにそう言われて、それなら今日は夜更かしするしかないなって私は思った。


たった一回で成長が止まるわけじゃないし、ヨッドがなんで白の領域にいるのか知りたいし、今なら三柱に怒られることもないし。このチャンスを逃すのはもったいない!


今日は夜更かしだ! わくわくするね!




そういうわけで、その日の夜。


約束の時間になると、私はオオカミ姿のグリームと一緒に拠点を出た。


ひんやりとした夜の空気を肌で感じながら、木の葉も雲も見分けがつかないほど真っ暗な世界に足を踏み入れる。怖いなって少し思うけど、グリームがそばにいるし、拠点の脇で焚き火が燃えていて、本当の真っ暗闇ってわけではないから大丈夫だ。


グリームをつかみながら、慎重に歩いて焚き火のそばへ向かっていく。


するとやがて、焚き火の近くに二人分のシルエットが見えてきて、


「まったく。頭が痛いよ。もう勘弁してくれって」


「ハッハッハッ! オレ様は事実を述べただけだぞ?」


「……はぁ。なおたちが悪い」


「何の話ですか?」


それは、おかしそうに大笑いしているヨッドと、参ったように天を仰いでいるリッチさんだった。なんでリッチさん? サレハさんがいるなら分かるんだけど……。


それに、リッチさんが最初から地面にいるなんて珍しいね?


驚きながら声をかけると、


「来たか、嬢さん!」


真っ先に振り向いたヨッドが、私を見てにやりと笑った。


「もう寝てしまったかと思ったぞ!」


「そんなわけないじゃん」


失礼な人!


呆れると同時に、私はちょっとムカッとしてイラッとした。


見くびらないでよね! 本当は子供だけど、私だって夜更かしくらいはできるんだから! ていうかさっきの、ヨッドじゃなくてリッチさんに聞いたのに! なんで勝手に答えているの? 横入り禁止! 私たちの会話を邪魔しないで!


ちょっとの間に、言いたいことがたくさん出てくる。


でもむきになって言い返したら、ヨッドの思うつぼっていうか、さらにむかつくことを言われそうな気がするから、こういうときは無視が一番だ。落ち着いて、落ち着いて。


すーっ、はーっ。


「こんばんは、リッチさん。何をしているんですか?」


ゆっくり深呼吸して、改めてそう尋ねると、


「監視だよ。サレハが来るまで代わりにね」


眠たそうなあくびをしながら、リッチさんは気だるげにそう答えた。


ちょっとびっくりだ。


いっつも木の上で昼寝しているから、夜に活動するタイプの人だと思っていたのに。どうやら夜も普通に寝ている人らしい。……もしかして、超ロングスリーパー?


なんてことを考えながら、私も焚き火のそばの丸太に腰かけて、


「何の話をしていたんですか?」


今度はさっきの話について聞いてみる。


参ったような反応をしていたけど、何を聞いてそうなったんだろう? ヨッドがすんごく強いって話ではないよね、もう知っているはずだから……あ、ルサばあさんの望みを叶えたって話を、いま聞いて知ったとか? それなら参っちゃうかも!


想像しながら答えを待っていると、リッチさんは面倒くさそうな目をして、


「こいつ、壁を越えて白の領域に来たらしよ」


「えっ?」


「ハッハッハッ!」


飛び出してきたのは、思っていた以上の爆弾発言だった。


普通に信じられなくて、すごく困惑する。


何言っているの? うそでしょ。壁を越えて白の領域に来た?

……ええっ?


「壁ってあの、領域を区切る壁のことですよね?」


「ああ! それ以外にあるまい!」


「……うそだぁ」


あり得ない。そんなわけないじゃん。


得意げに話すヨッドに、私は疑いのまなざしを向けた。


それぞれ領域を区切る壁は、高くて堅くて、どうがんばっても乗り越えたり、破壊したりすることはできない。だから門を使うか、領域の隅のトンネルをくぐることでしか、別の領域に移動することはできない。お母様も三柱も、昔からそう言っていた。


私が直接、確かめたことはないけど……。


さすがにこれは、嘘ではないと思う。

三柱ならともかく、お母様がこんな大きな嘘をつくわけがない。


それなのにヨッドは、越えられないはずの壁を越えて、ジャーティからトルシュナーにやって来たって主張するの? ……冗談にしたって無理があるよ。


「最初は門を利用するつもりだったんだがな」


何も信じられなくて戸惑っていると、ヨッドは楽しそうに話し始めた。


「あれは時間がかかりすぎる。一か月近く待った挙句、開くはずの門が途中で壊されたからもう一度待てと言われて、久しぶりにキレそうになったぞ。だが白の領域へ行くときは門を使うのがルールだ。仕方なくもう一度試したが、同じ結果だったゆえ諦めたのだ!」


「……諦めて、壁を越えて来たの?」


「そのとおり! オレ様の先祖は、この星の人間ではなくてな」


大きくうなずくと、ヨッドは星のない黒い空をふと見上げ、


「あの壁を越えられないのは、この星のルールに縛られた人間だけだ。オレ様はこの星で生まれた人間だが、バ……この星由来ではない血も混じっているせいか、破れるルールがいくつか存在する。壁越えもそのひとつというわけだ」


と、感傷にひたるような雰囲気でそう言い、


「だがこれはルールの抜け穴をつく行為。不興を買えば、消される可能性もあるな!」


絶対笑うようなことじゃないのに、何がおかしいのか大声で笑い出した。


「えっと……?」


ヨッドの情緒(じょうちょ)が理解できない。


それに、壁を越えてきたっていうのは多分嘘だと思うんだけど、なんでそんな嘘をつくのか不思議でならない。あの壁を越えられないのはルールに縛られた人間だけとか、そんなのまったく聞いたことがないし。適当なことを言って、私をからかって遊ぶのが目的?


あり得ない話じゃない。でも……。


静かに考えながら、私はちらりと横目でグリームを見た。


……でもそういえば、グリームも自称この星の外から来た高級な生命体だし、『私はこの世界のルールに詳しくないのよ』って、口癖みたいに言っているんだよね。


偶然の一致かもしれないけど、ヨッドの話は、もしかしたら全部が嘘ってわけではないのかもしれない。実はグリームの仲間なのかな? それで知り合いだったのかな? ていうか、いつも適当に聞き流していたけど、この世界のルールって何のことだろう?


「じゃあグリームも、壁を越えられるの?」


「え?」


気になって聞いてみたら、リッチさんが怪訝そうな声を出した。


「そのオオカミ、魔獣じゃないの?」


「魔獣ですよ。でもこの星の外から来たらしいです。本当かどうか知りませんけど」


「ふぅん。よく分からない生き物と一緒に行動しているんだ。怖くないの?」


「怖くないです。それ、ダクトベアにも聞かれたんですけど、よく分からない生き物でもグリームはグリームなので、怖いわけないです。私の大事な相棒です」


「そうなんだ」


あんまり興味ないように相槌を打つと、リッチさんはまた眠たそうにあくびをして、


「黒の領域には、お前みたいなのがうじゃうじゃいるってこと?」


「いいや、オレ様は特殊な例だ。壁を越えられない親族のほうが多いぞ!」


「それを聞いて安心したよ。門なしにお前みたいのが現れるなんて、冗談じゃない」


すごく面倒くさそうな雰囲気で、ヨッドと話し始めた。


確かにそれ、心配だよね。


ヨッドみたいな強い人が、なんの前触れもなく白の領域に現れたら、パニックになりそうだ。その気になったら、あちこちがすぐ滅ぼされそうだし。


門があるって、実はすごく大切なんだね。


ところでグリーム、さっきから聞こえないふりをしているみたいだけど、


「どうなの?」


私の目が黒いうちは、沈黙の回答なんて許さないよ!


ぐいっと顔を近付けて、さぁ答えてって私はグリームに迫った。


壁を越えられるの? 越えられないの? どっちなの?


無言の圧力をかけていると、やがてグリームは仕方ないようにため息をつき、


「越えられるわよ。やらないけれど」


と、しぶしぶ言った。越えられるんだ……。


「なんで? できるなら今度、壁のてっぺんまで連れていってよ!」


「拒否するわ。理由は聞かないでちょうだい」


「やだ、教えてよ! なんで?」


「危険だからよ。いろいろな意味でね」


「いろいろな意味って?」


「……」


しつこく問い詰めると、グリームは無言でそっぽを向いてしまった。


本気で話したくないことらしい。


こうなったら、貝よりかたいグリームの口を開かせるのは非常に困難だ。でも今はさいわい、壁を越えたことのあるヨッドがすぐそばにいるから、黙秘されても問題ない。


グリームが話さないなら、代わりにヨッドに聞けばいいだけだ。


「壁の上って危険なの?」


「そうだな。何も対策しなければ、間違いなく死ぬところだ」


聞くと、ヨッドはあっさり教えてくれた。


「オレ様の場合は、オゾン層のさらに上まで飛んでようやく壁を越えられたぞ。何かひとつでも間違えれば死ぬ、あそこはそういうところだ。極力行かんほうがいいだろう」


「オゾン層って?」


「ハッハッハッ! その説明は難しいな!」


しゃべりながら、ヨッドはぜんぜん難しくなさそうに笑っていた。だけど、


「空にはオゾンという、特殊な物質の密度が高い層がある。それをオゾン層と呼ぶのだ。オゾン層は人体に有害な紫外線を吸収し、地表へ届かないようにしているゆえ、オゾン層の上へ生身で行くのは自殺行為。そもそも空気の組成(そせい)が地表とは異なり、呼吸もままならん場所だ。オレ様とて、もう一度行きたいとは思わんぞ」


それはとっても難しい話だったし、微塵も笑えるような内容ではなかった。


ほんと理解できない。

ヨッドの情緒って、どうなっているんだろう?


「呼吸ができないの?」


「そうだ。オレ様は普通の人間ではないゆえ、問題なかったがな!」


「え、ヨッドって普通の人間じゃないの?」


「そうだぞ! オレ様の祖先は、宇宙をかける竜だ!」


「竜……」


ってことは、ヨッドは本当にフラーニの孫なんだね。


ようやく一つ、理解できる話が出てきた。


フラーニは竜らしいから、ヨッドが竜なのはおかしくない。

怪しい話が多くて、すべてを信じていいのかどうかは相変わらず微妙だけど。


「でも、竜でも壁を越えるのは危険なんでしょ?」


「うん?」


確認すると、ヨッドは不思議そうに私を見た。


私が何を言いたいのか、何を聞こうとしているのか予測できなくて、困ったような顔をしている。それになんだかちょっと、身構えているような……。


え? なんで?

別に変なことを聞いたつもりも、これから聞くつもりもないんだけど?


私はちょっと戸惑った。壁越えの話はよく分からないから、いったん無視して、私が知りたいことに話を変えようと思っただけなのに。なんでそわそわしているんだろう?


「何がしたくて、ヨッドは白の領域に来ているの?」


「人探しだ」


尋ねると、ヨッドは警戒を解いて即答した。

そして何か裏がありそうな、怪しげな笑みを浮かべると、


「オレ様は、マイ・ブラザーを探しにきたのだ!」

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