68. 願いの代償
とりあえず分かるところから。
《在り処を示せ》して表示された四つの反応のうち、一番近くにある黒い表示はグリームのものだ。グリームの魔力は計測不能で、いつもこうなるから間違いない。
で、位置的に、その隣の薄い黄色の表示がリッチさんなんだけど……。
本当に?
薄い黄色は、かなり弱い魔法使いってことだ。
結果が信じられなくて、私は自分の目と魔法を疑った。
リッチさん、この前《麻痺せよ》で木の枝を木っ端みじんにしていたよね?
あれで弱いわけないと思うんだけど。私が何かミスしたのかな? あるいは、この間の魔法はまぐれだったのかな? まぐれが一番怖いんだけど……うーん。
「あの、リッチさんって弱いんですか?」
考えても分からなくて、やがて思い切ってそう尋ねてみると、
「どうだろうねぇ」
答えをにごし、リッチさんは遠くへ目を向けた。
そして何か懐かしむような顔をしたと思ったら、不意に目を閉じて、肩をすくめて、
「その魔法は、対象が保有する魔力量を測定しているの?」
「多分そうです」
「それなら、俺が弱いっていうのは妥当な結果だと思うよ」
さらりと《在り処を示せ》結果を肯定してきた。
え、そうなの?
「俺は扱える魔力量は多いけど、保有できる魔力量は少ない特異体質なんだ」
「特異体質?」
よく分からないし、そんなの聞いたことない。
何それ。あんまり持っていないけど、たくさん使えるってどういうこと?
ていうか、それってつまり、
「サレハさんも特異体質なんですか?」
「ん?」
恐々としながら問いかけると、リッチさんは理解できないように首をかしげた。
あれ、サレハさんはちがうの?
ここから少し離れたところに、真っ赤な反応と薄い黄色の反応が表示されていて、真っ赤なのが多分ヨッドだから、薄い黄色はサレハさんだと思ったんだけど。
神官が弱いっておかしいから、こっちも信じられなくて困っていたんだけど。
そうじゃないの?
私の知らない魔法使いが、今この村にいる?
予想がちがっていたことに驚きながら、可能性を広げて考えていると、
「あれ。サレハも引っかかるんだ」
不思議そうな声を出して、リッチさんが《在り処を示せ》結果をのぞき込んできた。
「なんでだろう。サレハは魔法使いじゃなくて、神父なんだけど」
「? どういう意味ですか?」
「神父は白魔法しか使えないんだよ」
「えっ?」
さらりと衝撃の事実が伝えられ、私は唖然とした。
そうだったの? サレハさん、白魔法しか使えない人だったの?
確かに、他の魔法を使っているところは見たことがないけど……それなら怖がる必要なかったじゃん! 神官ってぜんぜん危険じゃないんじゃん!
「魔法使いの魔法は、悪魔の力ってことになっているからね」
普通のことを語るように、リッチさんは平坦な声で話し続けた。
「神父とか神官とか、神様に仕えている者には魔法が禁じられているんだ」
「そうなんですね。初めて知りました!」
「ふぅん。ところでこれ、変な結果だけど、この赤いのがヨッド?」
「そうだと思います」
「赤いのは強いってこと?」
「そうです。ものすごく強い反応です」
「めんどくさいなぁ」
本気で嫌そうな顔をして、リッチさんはがりがりと頭をかいた。
明るい黄緑色のくせっ毛が、あっちへこっちへとわさわさ揺れ動く。でも元からわしゃわしゃしている髪型だから、かいたくらいじゃ見た目は大きく変わらない。
いいな。くるくるだと髪型が乱れにくいんだ。
と、ちがうことに意識を取られていると、
「あいつが暴れたら、この村は壊滅か」
教会があるほうを向いて、リッチさんが恐ろしい想像をぼそりとつぶやいた。
いきなりでちょっとびっくりしたけど……。
うん、そうだね。そのとおり。
リッチさんがヨッドを警戒していることに、私はすごく安堵した。
ヨッドは強い。だから、すっごく気を付けなくちゃいけない。油断したら、一瞬でみんな消されちゃうかもしれない。悪い人ではなさそうだけど、信用しすぎるのはダメ。
まぁ警戒したところで、私だってヨッドに勝てる気はしないから、白の領域の人たちじゃどうしようもないだろうけどね。それはそれ、これはこれだ。
ところで、
「サレハさんって、白魔法しか使えないんですか?」
とても重要なことだから、私はもう一度確認したくてそう聞いた。
これが事実なら、サレハさんを避ける理由がなくなる。私に白魔法はちっとも聞かないから、サレハさんは無害だってことになる。怖がることはない。それなら……。
ごくり。
固唾をのんで、私はリッチさんの答えをじっと待った。
どうなの? 本当なの?
しばらく見つめていると、リッチさんはちょっと驚いたような顔をして、
「そうだよ」
「それなら私、オルガンを教えてもらいます!」
やった! 避けなくても平気なんだ!
ぴょんぴょん嬉しくなって、私は即座にそう宣言した。
白魔法しか使えないなら、サレハさんに近付いたって大丈夫!
暇だったし、ちょうどいいね! 今日の私はすごく運がいい!
……ふふふっ。考えただけで、わくわくが止まらない。
知らない間に私がピアノを弾けるようになっていたら、リリアンはどんな反応をするんだろう? すごいねってびっくりするかな? 偉いねって褒めてもらえるかな?
すっごく楽しみだ! その日が今から待ち遠しい。
ところが、頭の中でそんなうきうきの妄想を繰り広げていると、
「え?」
顔をしかめたリッチさんが、不意に怪訝そうな声を出してきた。
私の思考回路が理解できないのか、なんでそうなるのって目で問いかけてくる。
「え?」
でも何が疑問なのか、ぜんぜん理解できなくて私は困惑した。
なんでって……普通に考えたらそうなるじゃん。
サレハさんにオルガン教えてもらえばって言ったの、リッチさんなのに。
どうして幽霊を見たかのような、変な顔をしているの? さっきのは冗談で言っただけだったの? 本気にしちゃダメだったの? ……え?
まさかちがうよねって、ちょっと不安になりながら見つめ返していると、
「まぁいいや。それじゃ、サレハのところに行こうか」
面倒くさそうに宙を仰いだあと、リッチさんは教会に向かって歩き出した。
え……。
大丈夫なのかな?
不安がぬぐえない。でもリッチさんが不思議なのって最初からだし、特異体質だろうと、弱い魔法使いならちっとも怖くないんだよね。まぁどうにかなるはず!
遠ざかるリッチさんを追いかけて、私も教会に向かった。
オルガン、オルガン!
私はこれから、オルガンを習うんだ!
いっそう青くなった景色の中を、リッチさんと子猫サイズのグリームと一緒に歩いていく。途中の分かれ道で右に曲がって、青いイチョウ並木をすっと通り抜けていく。
するとやがて、大きな教会とよく目立つ金髪のツンツン頭が見えてきて、
「また来ていたのか!」
私を見つけるなり、ヨッドが驚いたように声をかけてきた。
げっ。
嬉しくない遭遇だ。顔をゆがめて、私はちょっと後ろに下がった。
私の前に現れないで……。
ヨッドのことが嫌いなわけじゃないけど、できれば構わないでほしいんだよね。うるさい人も、ぐいぐい近付いてくる人も私はちょっと苦手だから。特に体が大きい男の人は、いるだけで威圧感があってあんまり好きじゃない。今すぐ目の前からいなくなってほしい。
だけど、私のそんな思いは少しも通じなかったようで、
「何の用だ、嬢さん!」
大股で歩み寄りながら、ヨッドがそう尋ねてくる。
なんで……。やめてよ、こっちに来ないで……。
「ヨッドに用があるわけじゃないよ」
こそっとリッチさんの後ろに移動しながら、私はちょっと強気にそう答えた。
この前は正体を知らなかったから、ひたすら怖いばかりで、こんなこと絶対に言えなかったけど。
今はかつて城に来ていた、フラーニの孫だって分かっているから、思ったことをはっきり口にできる。嫌なことをされたり、悪いことをしているのを見つけたりしたら、フラーニに言いつければいいからね。
そしたら全部きれいに解決だ!
いくら強くたって、私はもうヨッドのことなんて怖くないんだからね!
ところが、
「ハッハッハッ! そうかそうか!」
私が不機嫌な返事をすると、何がおかしいのかヨッドは急に笑い出した。
え、どうしたの? 意味わかんないんだけど。こわっ。
理解不能で、うすら寒いものが背中を駆け上がる。
この人、いったい何を考えているんだろう……。
「神父に用か?」
「そうだよ」
不気味だけど、無視するのはかわいそうだからうなずいて返答する。そして、
「ヨッドはここで何しているの?」
「オレ様か? オレ様は『何もしていない』ことをやっているぞ!」
「え?」
ついでに聞いてみたら、変なことを言われた。
意味不明だ。どういうこと? 『何もしていない』ことをやるって、それ、何もやっていないのと同じじゃないの? え? ていうか、『何もしていない』って……。
「神父に『何もするな』と言われたのだ!」
困惑していると、ヨッドはにやりと意味ありげに笑みを深くして、
「このオレ様に『何もするな』とは、ひどい男だと思わないか?」
「知らない。ヨッドが悪いことしたんじゃないの?」
「ハッハッハッ! 辛らつだな!」
「そう? じゃ、私、サレハさんに用があるから」
なんだか私と話したいような雰囲気だったけど、私はヨッドと無駄に話していたいと思わない。適当に話を切り上げると、私はさっさと教会の中に入った。
冷たい態度だなって自分でも思うけど、こうしなきゃ永遠につきまとって来そうだったから仕方ないんだよ。私と話したいなら、もう少し静かになってから出直すことだね。
心の中でそう言い訳しながら、開きっぱなしの扉を抜けると、
「おや、ルーナさん。お久しぶりですね」
その途端、サレハさんに声をかけられて少しびっくりした。
顔を向けると、うす暗くてひんやりとした広い空間――色つきのガラスを通って差し込んだ、淡い光によってぼんやりきらめく静かな空間の中に、奇妙な白い神父服を着たいつものサレハさんと、灰色のワンピースを着た二人の女性が立っている。
きっとみんな神官だけど、優しそうな顔をしているから怖くはない。
サレハさんはクマみたいに大きいけど、静かでゆったりしているから怖くない。でも、
「お久しぶりです……」
話し出すと、ちょっとだけ緊張した。
これから私は、オルガンを教えてくださいってサレハさんにお願いする。
だけど、いきなりその話をして通じるかなとか、本当に頼んでも大丈夫かなとか、いざサレハさんを目の前にすると、不安な気持ちがどんどんあふれてきて、心が揺れてくる。
白魔法しか使えない人だって分かっているけど、それでも……。
「今日はどうされましたか?」
「……えーっと」
ためらっていると、教会に来た用件を聞かれた。
渡りに船の質問ではあるけど……。
サレハさんは、仕事で忙しかったりしないのかな? オルガンを教えてくださいって頼んだら、迷惑になったりしないのかな? 引き気味のいろんな思考が頭をよぎる。
どうしよう。
しり込みして、もじもじしながら再考していると、
「オルガンを教えてほしいんだってさ」
リッチさんがサレハさんに近付いて、私の代わりにそう言った。
「オルガンを弾いてみたくて、じっと見ていたらしいよ。教えてあげたら?」




