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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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66. 休日のダリオン

小屋を出ると、ナユタはぐんぐん歩いて森を抜け、崖みたいなところを下り、石ばっかりの景色が広がるところへ私を連れていった。


木や草もちょっとはあるけれど、いくつもの大きな岩が視界を(ふさ)いでいて、死角から急に何かに襲われたら、なすすべもなく食べられてしまいそうな知らない場所。


多分、城の北側のあたりだ。

BBタイガーがいるかもしれないところ。


そう気付くと、私は途端に怖くなって、


「ここって安全?」


「ひとりでは来るな」


こっそりダリオンに聞いてみると、安全じゃなさそうな返事をされた。


やっぱりそうだよね。

この島に私の知らない人がいるなんて、おかしいと思ったら。


鍛冶師のスパークって、立ち入り禁止の区域で生活している人なんだ。だから私は知らなかったんだ。今日はダリオンもグリームもいるから、危なくはないと思うけど……。


気を付けよう。


いきなり課外授業って名目で、BBタイガーみたいなおっかない生き物の相手をすることになるかもしれないし。ダリオンがいるからって、完全に安心することはできないのだ。いざというときは助けてくれるだろうけど、基本的に、自分の身は自分で守らないと。


神経をとがらせながら、注意して先へ先へと進んでいくと、


「ここがスパークの鍛冶場です」


ふとナユタが立ち止まり、大きな岩に紛れるように建てられた、白っぽい石造りの建物を指さしてそう言った。


高い煙突がまっすぐ伸びている、L字型の斜めの屋根の建物。

見るからに頑丈そうで、ここは危険な場所なんだなって再確認させられる。


用が済んだら早く帰ろう。


反射的にそう思ったけど、その建物には誰もいないようだった。


奥にかまどみたいな構造物があるけど、火はついていないし、煙も出ていなくて、人のいる気配はぜんぜん感じられない。


タイミングが悪かったのかな?

無駄足になったかもしれない。


ダリオンに悪いなって気持ちになったけど、どうもこれはいつものことらしくて、


「ここでちょいとお待ちを。スパークの奴を呼んできます」


勝手知ったる家のように、ナユタは躊躇(ちゅうちょ)なく鍛冶場に入っていった。

鍵のかかっていないドアを開けて、吸い込まれるように建物の中へと消えていく。


よかった。無人ではないんだ。


「うん、よろしく」


ナユタの後ろ姿を見送りながら、スパークってどんな人だろうと私は想像した。


きっと気難しいおじいちゃんだと思う。人間があんまり好きじゃないから、こんな危ないところで暮らしているんだよね。でも私のナイフを作ってくれるってことは、ダリオンより優しいのかもしれない。そうだといいな。


どきどきしながら待っていると、数分後、鍛冶屋のドアがゆっくりと開いて、


「……」


ドアの向こうから、ナユタと灰色のもじゃもじゃが現れた。


くるくるした髪やひげが大量に生えている、お化けみたいな小さな人。


……え、これがスパーク?


想像とは大分(だいぶ)ちがうけど、これはこれで、なるほどって感じがした。


身長はナユタより少し大きいくらい。くるくるした毛におおわれて、顔はほとんど見えないけど、ギラギラ光る怪しげな目だけは毛の隙間からよく見える。


異常で、異様で、異質。

不気味で不潔そうだなって印象が強い。


でもナユタやダリオンの知り合いなら、怖い人ではないはずだよね?


「あなたがスパーク?」


勇気を出して、おそるおそる尋ねてみると、


「……」


ドアのそばで立ち止まった灰色のもじゃもじゃが、かすかに揺れた。


多分、うなずいたんだと思う。


やっぱりこの人が、鍛冶師のスパークなんだ……。


人付き合いを避けて生活していると、人間ってこうなるんだね。


じろじろ見るのは失礼だって分かっていても、すごく珍しいタイプの人で、私はついついスパークを観察してしまっていた。


自分の見た目にぜんぜん興味なさそう。

しゃべるのがすごく苦手そうだし、私もしゃべりにくいなって思う相手だ。


でもここまで来て、スパークに用件を伝えないなんてあり得ないよね。


「初めまして。私はルーナ。ナイフを作ってくれるって聞いたんだけど、本当?」


「……」


「本当なら、作ってほしいんだけど……」


「……」


ところが、普通に話しかけたのに、なぜかスパークは何も答えてくれなかった。


どうして? まさか、話がちがうとか?


戸惑いながら、私はスパークがしゃべらない理由についていろいろ考えてみた。


ナイフを作ってくれるっていうのはナユタが勝手に言ったことで、スパークにそのつもりはなかったから、突然の頼みに戸惑っているとか? あるいは、生まれつきしゃべれない人だとか? おじいちゃんだから耳が遠いとか? うーん。たとえどんな理由があったとしても、しゃべって教えてくれないと何も分からないんだけど……。


どうすればいいんだろう。


頭を悩ませていると、


「お嬢様、ちょいとお待ちを。こいつはシャイな奴なんです」


不意にナユタがそう言い出して、至近距離でスパークとごにょごにょ話し始めた。


どうやらスパークは、初対面の私と話すのが恥ずかしくて、うまくしゃべれなかっただけらしい。聞き取れないけど、ナユタとはちゃんと話せている雰囲気だ。


……なーんだ。


納得して、拍子抜けして、それから私はつまらない気持ちになった。


それならそうと早く教えてよ。心配することなかったじゃん。


疎外感(そがいかん)を抱きながら、小声で話す二人を黙って見つめる。


しばらくすると、頻繁(ひんぱん)にうなずいていたナユタが私のほうに顔を戻して、


「すぐ作るそうです。この前みたいなナイフがほしいんですよね?」


「うん。同じようなのがいい」


「分かりました。二週間ほど待ってほしいそうです」


「そうなんだ」


ナユタが間に入った途端、スムーズに話が進んでいく。


なんか変な気分だけど、作ってもらえるならまぁいっか。


「よろしくね」


にこっと笑って、そうお願いすると、


「……」


スパークはかすかにうなずいて、何も言わずぱっと鍛冶場に引っ込んでしまった。


え……。


うそでしょ。結局、まともな会話は一回もなし?


こんなことは初めてだ。


びっくりだし、なんか嫌だし、これでよかったのかなって私は少し不安になった。


でもこれってナユタに言われたことだし、ナユタに任せておけば、きっとうまくいくんだよね。私とはしゃべってくれなかったってことに、すごくもやもやするけど……。


引っ込んでしまった人のことを、今さら考えたってどうにもならない。


とりあえずこれで、今日の目的は全部達成だ!


怖い生き物と遭遇する前に、私たちはさっさと来た道を引き返した。

岩場を抜けて、崖みたいなところを慎重に上って、森の中をひたすら歩く。


そして森小屋まで戻り、ナユタと別れて三人になると、


「呪文なしでも魔法が使えるって、ナユタって実はすごいの?」


気になっていたことを、私はダリオンにそっと尋ねてみた。すると、


「基準による」


淡々と不明瞭(ふめいりょう)な答えが返ってきて、疑問が増した。


基準による? それってどういう意味?


すぐには理解できなくて、首をかしげてダリオンを見上げていたら、


「評価の尺度(しゃくど)による。呪文が必要か不要か、どの程度の速さで発動できるのか、どの程度のバリエーションがあるのか、魔法の優劣を決める基準は複数あるだろう。あいつは『なんとなく』で魔法を使う奴だから、利点も不利点も明確だ」


「難しい話はやめて」


まったく嫌になっちゃう。


イエスかノーの単純明快な答えをくれるだけでいいのに、難しい言葉をたくさん使って、ダリオンはすらすらとそう答えてきた。


なに、もしかして怒っている? せっかくの休みが、私の付き添いで潰れちゃったから不満なの? それでわざと難しいことを言って、私を困らせようとしている?


疑って、やめてよねって軽くにらむと、ダリオンは肩をすくめて、


「聞いたのはお嬢だろう」


「そうだけど、もっと分かりやすく教えてよ」


「今日は休みだ。そういうのはシャックスに頼め」


「……」


いじわる。


どうやらダリオンの優しいタイムは、すでに終了してしまったらしい。


残念だけど、ここでごねるのはちがうって分かっているからやめておく。


通常に戻っただけだ。これまでの折れてくれるダリオンが変だっただけ。今日は休みの日らしいし、これ以上何かお願いしたら、次の授業できついのがドンときそうな気がする。


それは嫌。だから我慢だ。


黙って並んで歩いて、一緒に城の門の前まで行くと、


「ひとりで受け取りに行くなよ」


「分かっているって」


「ならいい」


そう釘をさすなり、ダリオンは私の頭を軽く叩いて、くるりとつま先の向きを変えた。


そして歩いてきた道を引き返すように、森の中へずんずん去っていってしまう。


えっ、城に戻るわけじゃなかったんだ……。


意外だ。目的地は同じだと思っていたのに。


「なんだかんだ甘いのね」


遠くなるダリオンの後ろ姿を見つめながら、グリームがぼそっとつぶやいた。


……うーん?


それを聞いて、私は微妙な気分になった。

言いたいことは分かるけど、その意見には異議あり、だ。


城まで送ってくれたのは優しい行動だけど、ダリオンは私に甘いわけではないよ。迷ったら面倒だとか、これ以上つきまとわれたくないとか、そういう理由もあったと思うし。


「そんなわけないじゃん」


「あら、休日返上でスパークのところまで付き合ってくれたのよ。これがシャックスだったら、取りつく島もなく拒否されていたと思うのだけど」


まぁそれは……。


「……うん。そうだね」


そのとおりだ。


森で会ったのがシャックスだったら、きっと『今日は休日なんで』の一点張りで、私が何を言っても頼みを拒否していたと思う。それどころか、私が何かお願いする前に、こつぜんと姿を消していた可能性だってある。ていうかそもそも、シャックスなら休みの日に私の前に現れないかも。本当に危険なこと以外は無視していそう。


普段はシャックスのほうが優しいけど、シャックスは嫌なことがすごくはっきりしているから、仕事じゃない嫌なことは頑なに拒否してくるんだよね。


休みの日はだらけて過ごすのがモットーだって、前に決め顔でそう話していた。


……あっ。


「そういえばダリオン、休みの日に森で何していたんだろう?」


聞くの忘れちゃったけど、実は結構気になっていたんだよね。


休むなら部屋で休めばいいのに、なんで森にいたんだろう? 私みたいにピクニックしたり、森の動物たちと遊んだりしていたわけではないと思うけど……。


日向ぼっこ? 単に散歩していただけ?

ダリオンが森ですることって何?


うーん。謎だ。


大人が森に行く理由を考えながら、自分の部屋に向かっていると、


「キノコでも探していたのかしら」


「え? キノコ?」


不思議そうにグリームがそう言ってきたけど、それはさすがにあり得ない。


「いま春だよ?」


「春にもキノコは採れるわ。おいしいキノコが秋に多いせいで、秋の味覚というイメージが強いけれど、キノコは春や夏にも生えているのよ」


「へぇ。そうなんだ」


知らなかった。キノコって秋だけじゃないんだ。

またひとつ賢くなったね。


ところでダリオンといえば、前に毒キノコを食べたことがあるって聞いたけど、今日も毒キノコを食べていたとか……。と、そこまで考えて、私は途中で思考を止めた。


なんか怖いことやってそう。


キノコとか、キノコ以外の動植物とかで、変な実験をしていそう。


ダリオンが森のことに詳しいのって、きっとその手の試行錯誤を繰り返しているからだよね。ジャッカルみたいに、森で走ったり筋トレしたりしている可能性もあるかなって気付いたけど、多分それだけじゃないよね。


トレーニングなら室内でもできるから、わざわざ外に出ているってことは……。


やめやめ! 知らなくていいや。


想像したら怖い夢に出てきそう。悪霊退散!

モットー(motto):行動方針

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