64. 休日のダリオン
疑問がたくさん。不安もいっぱい。
だけどひとまず、ナユタのナイフは取り戻せた。
ピヨピヨと陽気な小鳥たちのさえずりが響いている。
空は晴天。風は穏やか。
トルシュナーから帰ってきた翌日、天気がいいことを確認すると、私はようやく取り戻せたナイフを持ってグリームと一緒に城を出た。黙々とキノコの家並みを通り抜けて、
「おはようございます、お嬢様。今日はお散歩ですか?」
「ううん。ナユタにこのナイフを返しに行くの」
「そうでしたか。お気を付けて」
門番とちょっと話をすると、森の切り株のところへ一直線に向かう。
ところがその日、ナユタはいつもの切り株にいなくて、
「どうしたんだろう?」
「仕事をしているのかもしれないわね」
ぽつりと疑問を口にすると、あまり興味なさそうな雰囲気で、グリームが意外な可能性を示してきてびっくりした。
「え、仕事?」
ちっちゃくてもナユタは大人だから、仕事をしていてもおかしくはない。
でもナユタがまじめに働いているところなんて、ちっとも想像できないんだよね。のんきに鼻提灯をふくらませて、ぐーすか寝ている姿しか思い浮かばない。
「どこで何の仕事をしているんだろう?」
「この森のどこかでしょうね。彼は木こりだもの」
「あ、そっか」
言われて思い出した。
そういえばナユタって木こりだったね。
木を切っているところなんて、私は一度も見たことがないけれど。
なんだろう。いっつも寝ているし、倉庫の鍵を持っていたり、工作が得意だったりするから、外の雑用係なのかなって気がしていた。シュピの仕事を外でやっているイメージ。働き者のシュピとちがって、ナユタは待ちぼうけしているばっかりだけど。
まぁそれはともかく。
木こりの仕事をしているなら、仕事場所はこの森の中だ。
そして木を切るときには大きな音が出るはずだから、それっぽい音が聞こえるほうに向かえば、ナユタは簡単に見つけられるはず。
よーし! レアなナユタ探しを始めよう!
かくれんぼの鬼の気分で、私はわくわくしながら歩き出した。
ちなみ《在り処を示せ》すれば、ナユタ探しは一瞬で終わるんだけどね。
この島で私が《在り処を示せ》すると、広がった魔力を感知して警報機が鳴ってしまうから、勝手にやるのはダメだと言われている。歩いて探すのはちょっと面倒だけど、みんなが緊急事態だと勘違いして慌てちゃうのはよくないことだから仕方ない。
てくてくてくてく、細い川を越え、大きな丘を登り、あちこちを歩き回る。
すぐ見つかると思ったのに、ナユタは思いのほか見つからなくて、
「グリーム、ナユタのにおいって追える?」
「私を犬扱いしないでちょうだい」
思いつきでそう頼んでみたら、すごく嫌な顔をされた。
どんな動物にもなれるグリームだけど、猟犬みたいな扱いをされるのは嫌らしい。前に似たようなことを頼んだら、私は低俗なペットじゃないのよって怒られた。でも猟犬って別に低俗ではないし、私はただ相棒としてお願いしているつもりなんだけど……。
嫌なことは、時間が経っても嫌らしいね。
たまに自分から、『こっちからにおいがするわ』って教えてくれることもあるけど、私に頼まれてやるのは嫌らしいね。今のところグリームは協力する気なしっと。
ううん……。
ナユタ、どこにいるんだろう……。
ぜんぜん見つからなくて、ちょっと離れた倉庫とか花畑にも行ってみたけど、それでも木を切るような音はまったく聞こえてこなかった。
歩いていて出会ったのは、おいしそうに新芽を食べるシカたち、草木の合間をすばやく駆け抜けていくネズミたち、お弁当を期待していたらしい食いしん坊のキツネ、私たちをちょろちょろ追いかけてくるリスの姉妹……。動物ばっかりで、ナユタの姿はどこにもない。
おかしいな、なんで見つからないんだろう?
不思議に思いながら、気の向くままに足を動かしていると、
「何をしている」
「わっ」
急に横から声をかけられて、心臓が飛び出るかと思った。
怖い感じの低い声。きっと男の人だろうけど、ナユタの声ではない。
誰⁉
ドキドキしながら、ぱっと声のしたほうを向くと、
「なんだ、ダリオンか」
そこにいたのはダリオンだった。
トレーニングウェアみたいなものを着たダリオンが、顔をしかめながら仁王立ちして私を見下ろしている。ちょっと怖い顔だけど、怒っているわけではないらしい。まぁそうだよね。私、今日はまだ何も悪いことしていないもん。あぁびっくりした。
この島で危険な人に会うことはないって分かっているけど、それでも急に声をかけられると警戒してしまう。ていうか、今は訓練しているわけじゃないんだから、気配消して近付いてこないでよね! 普通に話しかけてよ、いじわるダリオン!
すごーく文句を言いたい気分だ。でも非難を口にしたら最後、『常に気を抜くなと言っただろう。お嬢は……』ってくどくど時間外授業が始まりそうだからやめておく。
深呼吸して、いい知らせではないんだろうなと思いながら、
「何か用?」
声をかけてきた用件を尋ねると、
「いや、さっきから何度も同じ場所を徘徊しているだろう。何をしているんだ?」
「えっ」
逆に尋ね返されてびっくりした。
うそでしょ。私、さっきからずっと同じ場所をぐるぐる回っていたの?
どうりで探しても探しても、ナユタが見つからないわけだ……。
納得すると同時に、指摘されるまで気付かなかった自分がちょっと恥ずかしい。
……でも気付いていたなら、もっと早く声をかけてくれたってよかったのに! 時間を無駄にしちゃったじゃん! ぐるぐるする私を見て楽しんでいたわけ⁉
だんだんと怒りがわいてくるけど、ここで怒るのはよくないって知っている。
「ナユタを探しているの」
ちょっとぶんすかしながら、私はダリオンに情報を求めた。
「どこにいるか知っている?」
「いつもの切り株じゃないのか?」
「いなかったの。それで探し回っているんだけど、ぜんぜん見つからなくて……」
「なら森小屋か」
「森小屋?」
森に、ナユタの小屋があるのは知っている。
でも私はそれがどこにあるのか知らない。この島の危険な場所以外には、ほとんど行ったことがあると思うんだけど、ナユタの小屋は見つけたことがない。
危険な場所にあるのかな?
魔法で隠されているのかな?
いずれにせよ、ダリオンなら森小屋の場所を知っているはずだ。気付いてすぐ声をかけてくれなかったのはむかつくけど、ここでダリオンに会えたのは運がいい。
「そこに行きたい! 連れていって!」
ということで、案内してもらおうと思ってダリオンにそう頼んだら、
「却下だ。シャックスに頼め」
「どうして⁉」
なぜか即座に却下された。
珍しいことだ。お願いすれば、何でも叶えてくれるってわけじゃないけど、ダメな理由がはっきりしていること以外は、大体いいよって言ってくれるのに。
仕事が立て込んでいるのかな? でもそれなら、いつもとちがう格好で森の中にいるのはどうして? 今日のダリオンはちょっとおかしいような……。
なんでだろうって考えていると、
「今日は休みだ。お嬢の世話はしない」
「えーっ」
いじわる!
でも疑問は解消された。
訓練のとき以外は丁寧なしゃべり方なのに、今日は雑に答えていておかしいなって思っていたら、そういうことだったんだ。いつも服がちがうのも、私を見つけてすぐ声をかけなかったのも、仕事が休みだったからなんだ。なるほど、なるほど。
だけど、連れていってくれない理由は分かったけど……。
「今みんな忙しいじゃん。シャックスを探してつかまえるのも、ナユタを探すのと同じくらい難しいことだよ。それにお願いしても、仕事が忙しいからダメって言われそう」
「そうだな。よく分かっているじゃないか」
「ひどい!」
私をたらい回しにするつもりだったの⁉
シャックスが『忙しいから無理』って分かっていたのに、『シャックスに頼め』って私に言っていたなんて! ひどいよ! あんまりだよ! 鬼の所業だよ!
休みだからって、ダリオン意地悪すぎる!
まぁいつもどおりって気もしなくはないけど……。
「そもそもナユタに何の用だ?」
むっとしていると、ダリオンが怪訝そうに尋ねてきた。
「遊び相手にしているわけではないだろう?」
「うん。ナユタに借りていたナイフを返しに行きたいの」
善は急げって言うからね。
忘れないうちに、なくさないうちに、ちゃんと返しておきたいのだ。
「あと、ナイフに魔法が宿っていたらしいから、どういうことなのか聞きたい。それと、スパークが私専用のナイフを作ってくれるらしいから、そのことも詳しく聞きたい」
「今日行く必要はなさそうだな」
聞いて損したとばかりに、ダリオンは顔をしかめてそっぽを向いた。
「時間のあるときでいいだろう」
「それはそうだけど……」
知っている。
返す言葉が見つからなくて、私はしょんぼりしながら下を向いた。
急いでナイフを返す必要がないってことは、分かっている。今日ナユタのところに行きたいっていうのは、私のわがままだ。私が早くしたいだけだ。
でも、時間のあるときって、
「戦争はいつ終わるの?」
いつになったらやって来るんだろう?
私はいつまで待てばいいの?
……考えただけで、憂うつな気持ちになってくる。
魔法の特訓も、ピアノの練習も、相変わらずほとんどできていない。戦争がもうすぐ終わるよっていう知らせは、私の耳にはまだ届いていない。城のみんなはすごく忙しそうで、だけど私はすごく暇な、そんな日々がずっと続いている。
忙しい大人たちに迷惑をかけちゃいけない、寂しくて退屈で、仲間外れにされるのは悲しいことだけど、城の中でいい子で過ごすのが一番いいってことは分かっている。
だけど、いつまで我慢すればいいの?
いつか本当に戦争は終わるの?
……はぁ。
「ダリオンの手が空くのはいつ?」
暗い気持ちで、ぽつりとそう尋ねると、
「今回だけだ」
仕方ないようにため息をついて、ダリオンが動く気配がした。
えっ。
びっくりして顔を上げると、あきらめたような顔をしたダリオンが、ついてこいというふうにジェスチャーしてずんずん歩き出した。えっ。……いいの?
強要するつもりで言ったわけじゃないんだけど……。
「ありがとう!」
でも連れていってくれるっていうなら、すっごく感謝だ。
戸惑いながら、私は走ってダリオンのあとを追いかけた。
なんでだろう。今日のダリオンはちょっと優しいね。
休日だからかな?




