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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
63/176

63. 奇妙な悪魔

なるほど。

なんかおかしいな、と思っていた疑問がするする解けていく。


ヨッドが私のビリビリ魔法でうずくまったのは、ビリビリに弱いからじゃなくて、下手に反撃できなかったから。戦いを避けるために、きっとわざと痛くて動けないふりをしていたんだと思う。


自分がリッチさんより安全だっていうのは、真実。


『嬢さん』って呼んだり、意味ありげな視線を向けてきたりしたのは、私のことを知っているよっていうアピールかもね。脈絡もなくジャーティの人っぽいことを言い出したのも、多分アピールだ。


私はヨッドのことを知らなかったから、変な人だとしか思わなかったけど。

ふーん。


「知り合いなら最初にそう教えてよ。怖かったんだからね?」


いじわる。非難を込めてグリームをじっと見ると、


「怖かったのなら、少しは自分で覚える努力をしなさい」


「はーい」


正論を返された。


まぁ、ぜんぜん覚える気のなかった自分が悪いんだけど。でも王様の付き人と白の領域で会うなんて、普通は想像しないじゃん。いると思わないじゃん!


……あれ?


と、心の中でそう言い訳して、改めてよくよく考えてみたら、これってすごく変なことじゃんって気付いた。


フラーニの孫が、なんで白の領域にいるの? 戦争をしているわけでも、略奪をしに来たわけでもないのに。どうして? リッチさんが何か話していたような……。


「お待たせ。探していたのって、このナイフのことだよね?」


考えているうちに、リッチさんが食堂にやって来た。


ぱっと目を向けた瞬間、持ち手も刃も真っ黒な、探し求めていたナイフが目に飛び込んでくる。ナユタのナイフだ! 本当に取り戻してくれていたんだ!


「そうです! ありがとうございます!」


嬉しくって、すごく安心して、私は立ち上がってすぐリッチさんのところに行った。


手を差し出すと、リッチさんは少し気まずいような顔をしながら、


「うん。お礼はあとでボスに言って。俺は預かっていただけだから」


私にナイフとお金を手渡してくれる。

そして気まずそうな顔のまま、内緒話をするように声をひそめて、


「そのナイフ、サレハには見つからないようにね」


「え?」


安堵が疑問に変わった。


なんでそんなことを言うのか、すぐには理解できなくて、どういうことなんだろうとしばらくリッチさんを見つめていたら、


「まぁ気付いても、黙っていてくれるとは思うけど。サレハは立場上、教会の上層部に報告しないとまずいこともあるから。あんまり信用しちゃいけないよ」


「……はい」


それは知っている。

サレハさんを、神官を信用しちゃいけないっていうのは、自分でも分かっている。


でもそれをリッチさんに言われるのは……なんで?

なになに、どういうこと?


でもそういえば、このナイフ、教会の人間が質屋から買っていったんだっけ。


「これが魔法のナイフだからですか?」


「そうだよ」


問いかけると、リッチさんはだるそうにうなずいた。


「それと、サレハの前で魔法を使うのもあんまりよくないよ。いつも黙っていてくれるとは限らないから」


「? どういうことですか?」


「んんー」


分からなくて、私はただ普通にそう聞いた。


そしたら、ただ聞いただけのつもりだったのに、その途端リッチさんは、参ったように面倒くさそうに天井を仰ぎ、苦しそうにうなり出して、


「めんどくさいなぁ。俺、そんなに口数多いタイプじゃないのに」


「あの、別に答えなくても……」


「でも説明しないとまずいんだよねぇ。これサボったら、あとでボスにすごいキレられそう。うん、あのね、ルーナちゃん。魔法使い普通、教会に登録されているものなんだ」


食堂の椅子に座って、ものすごく面倒くさそうにしゃべり出した。


「ルーナちゃんみたいに教会に登録されていない魔法使いは『悪魔』、トルシュナーに敵対する存在だとみなされる」


「えっ」


え……えっ?


反応したらまずいんだろうけど、私は驚きを隠せなかった。


うそでしょ。『悪魔』って、そういう意味だったの?


黒の領域の人間のことを『悪魔』と呼ぶって、ライオネルはそう言っていたのに。だから私は、『悪魔』は黒の領域の人間のことなんだと、ずっと思っていたのに。


本当はちがったの? 私、だまされていたの? なんで、どうして?

……もしかして、鎌をかけられている?


すぐには信じられなくて、戸惑っていると、


「ちなみにこれが、教会認定の魔法使いの証ね」


リッチさんはそう言って、首にかかっているチェーンを引っ張り、服の裏から赤い石のペンダントを取り出した。きらきらした、ちょっと高価そうな目を引くアクセサリー。


……そんなもの、私は知らない。


「悪魔って、黒の領域の人間のことじゃないんですか?」


「ほとんどはそうだよ」


緊張しながら尋ねると、リッチさんは疲れたように机に突っ伏して、眠たそうにあくびをしながら答えた。


「黒の領域からやって来る奴らはみんな、教会に登録されていない魔法使いだからね。この証を持っていない魔法使いを見かけたら、領民は神父に報告しないといけないし、神父は教会本部に報告する義務がある。見つかった悪魔は、改心させられるか、討伐される。だからルーナちゃんは、サレハの前で魔法を使っちゃいけない。分かった?」


「はい……」


「まぁ杓子定規(しゃくしじょうぎ)に警戒する必要はないんだけどね。サレハは話の分かる奴だから。ヨッドのことは報告していないし、ルーナちゃんが魔法使いだっていうのも、うすうす察しているけど黙っている。でも確信されると危険だから、気を付けて」


「どうしてですか?」


一応、話は分かった。


けどなんでリッチさんがそういうことを言ってくるのか、私が『悪魔』と分かっていながらどうして黙っているのか、肝心のその理由がさっぱり分からなくて、少し怖い。


ありがたいことではあるけど、どうして?


何か思惑がありそうで、よくない予感がする。

春の暖かい空気に包まれているのに、背筋がすーっと冷たくなる。


何なの? どうしてリッチさんは……。


「ん?」


と、怪訝そうに顔を上げ、リッチさんが私を見た。


「何が分からなかったの?」


純粋に、不思議そうな顔をしている。

どうも聞き方が悪かったらしい。そう悟って、私はもう一度聞いた。


「どうして私のこと、黙っているんですか?」


「……あぁ」


するとリッチさんは、納得したような声を出して、体を起こしながらまた眠たそうな大あくびをした。それからのんびりとした動きで、魔法使いの証を服の内側にしまって、


「めんどくさいからだよ」


本当に面倒くさそうに、どうでもよさそうにそう言った。


「俺の敵は、ラーテル領の平穏をおびやかす奴らだから。ルーナちゃんが何者だろうと、村の人たちを傷つけないならそれでいいよ。まったく気にならないわけではないけどね」


「……」


「それより、この後どうするの? ボスに連絡しようか?」


「……えっと」


聞かれて、私はすごく困った。


どうしよう。城にいるのがとても退屈で、楽しいことないかな、ライオネルたちいるかなと思ってこの村に来たんだけど……。


今、ライオネルたちに会いたいかっていうと、ちょっと微妙だ。


いてくれたら嬉しいけど、リッチさんの話が本当なら、ライオネルたちも私が悪魔だって、教会に報告しなきゃいけない存在だって、初めから知っていたってことだから。


知っていて、何も言ってこなかったってことだから。


……少し、考える時間がほしい。


「帰ります」


「帰るの?」


はっきりそう告げると、リッチさんはびっくりしたように目を丸くした。


「ナイフを取りに来ただけ?」


「そういうわけじゃないですけど……。ライオネル、次はいつここに来ますか?」


「さぁ。ルーナちゃんが来ているって知れば、一週間以内には戻ってくるだろうけど。知らなければ一か月後か、半年後か、仕事の都合次第だから分からない」


「そうですか……」


「ルーナちゃんは、次いつ来るの? 決まっているならボスに教えておくよ」


「……それじゃ、一週間後にまた来ます」


ちょっと迷ったあと、私はそう答えた。


もやもやして、会いたくないような気持ちもあるけれど、ナイフのお礼は早いうちに伝えておきたい。それとこれとは話が別。……うん、きっとそう。


私の答えを聞くと、リッチさんはだるそうな顔のまま、ほほ笑んだ。


「分かった、連絡しておくよ。気を付けて帰ってね」




そういうわけで、私はその後すぐ、シャド・アーヤタナに戻った。


部屋の時計を見ると、まだ一時間ちょっとしか経っていない。


白の領域に行って戻ってきた最短記録だ。それにしては、半日いたんじゃないかってくらい、密度の濃い時間だったけど。あぁ、緊張して疲れた……。


ナユタのナイフをテーブルに置いて、ソファーに座る。


「ねえ。どう思った?」


「何が?」


そして適当にそう問いかけると、テーブルの横で毛づくろいを始めていたグリームが、とぼけたように聞き返してきた。何がって、まぁいろいろあるけど……。


「リッチさんのこと」


「特殊な魔法使いだったわね。少し興味がわいたわ」


「そうなの?」


思っていたのとちがう回答。

リッチさんの話、本当なのかなってつもりで聞いたんだけど……。


特殊な魔法使いって、どういうこと?


あんまり強くなさそうな感じなのに、《麻痺せよ(パラライズ)》で木の枝をバラバラにしていて驚いたっていうのはあるけど、もしかしてそれのこと?


「今度、彼を《在り処を示せ(サーチ)》してみましょう。きっと面白い結果が出るはずよ」


「ふぅん。リッチさんって、信じていい人だと思う?」


「どうでしょう。嘘はついていないと思うわ」


「やっぱり? 面倒くさいからって、すごくリッチさんっぽい答えだったよね」


あの人のこと、そんなに詳しく知っているわけじゃないけど。


「ヨッドが人探しで白の領域に来ているっていうのは、本当のことだと思う?」


「本当でしょうね。少なくともクラウド子爵のように、略奪を目的として白の領域に来ているわけじゃないわ。彼なら、あんなまどろっこしいことをする必要がないもの」


「ヨッドってかなり強いよね?」


「ええ。今度、彼のことも《在り処を示せ(サーチ)》してみたら?」


「そうする。ねえ。ライオネルが私のこと黙っていたのは、どうしてだと思う?」


「それは本人に聞きなさい」


不意に毛づくろいをやめて、グリームが冷たい口調になった。


どうも地雷を踏んでしまったらしい。ふさふさの尻尾を、バタンバタンと苛立たしそうに床へ打ちつけながら、グリームは不機嫌を隠そうともせずに言葉を続けた。


「憶測でしゃべりたくないことだわ」


「そうなんだ」


うーん。触らぬ神に祟りなし、なんだけど。


「グリームって、ライオネルのこと嫌い?」


「好きではないわね」


「どうして?」


「……」


追及すると、グリームは黙って、ソファーの後ろに移動して丸くなった。

回答拒否ね。ま、別にいいけど。

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