63. 奇妙な悪魔
なるほど。
なんかおかしいな、と思っていた疑問がするする解けていく。
ヨッドが私のビリビリ魔法でうずくまったのは、ビリビリに弱いからじゃなくて、下手に反撃できなかったから。戦いを避けるために、きっとわざと痛くて動けないふりをしていたんだと思う。
自分がリッチさんより安全だっていうのは、真実。
『嬢さん』って呼んだり、意味ありげな視線を向けてきたりしたのは、私のことを知っているよっていうアピールかもね。脈絡もなくジャーティの人っぽいことを言い出したのも、多分アピールだ。
私はヨッドのことを知らなかったから、変な人だとしか思わなかったけど。
ふーん。
「知り合いなら最初にそう教えてよ。怖かったんだからね?」
いじわる。非難を込めてグリームをじっと見ると、
「怖かったのなら、少しは自分で覚える努力をしなさい」
「はーい」
正論を返された。
まぁ、ぜんぜん覚える気のなかった自分が悪いんだけど。でも王様の付き人と白の領域で会うなんて、普通は想像しないじゃん。いると思わないじゃん!
……あれ?
と、心の中でそう言い訳して、改めてよくよく考えてみたら、これってすごく変なことじゃんって気付いた。
フラーニの孫が、なんで白の領域にいるの? 戦争をしているわけでも、略奪をしに来たわけでもないのに。どうして? リッチさんが何か話していたような……。
「お待たせ。探していたのって、このナイフのことだよね?」
考えているうちに、リッチさんが食堂にやって来た。
ぱっと目を向けた瞬間、持ち手も刃も真っ黒な、探し求めていたナイフが目に飛び込んでくる。ナユタのナイフだ! 本当に取り戻してくれていたんだ!
「そうです! ありがとうございます!」
嬉しくって、すごく安心して、私は立ち上がってすぐリッチさんのところに行った。
手を差し出すと、リッチさんは少し気まずいような顔をしながら、
「うん。お礼はあとでボスに言って。俺は預かっていただけだから」
私にナイフとお金を手渡してくれる。
そして気まずそうな顔のまま、内緒話をするように声をひそめて、
「そのナイフ、サレハには見つからないようにね」
「え?」
安堵が疑問に変わった。
なんでそんなことを言うのか、すぐには理解できなくて、どういうことなんだろうとしばらくリッチさんを見つめていたら、
「まぁ気付いても、黙っていてくれるとは思うけど。サレハは立場上、教会の上層部に報告しないとまずいこともあるから。あんまり信用しちゃいけないよ」
「……はい」
それは知っている。
サレハさんを、神官を信用しちゃいけないっていうのは、自分でも分かっている。
でもそれをリッチさんに言われるのは……なんで?
なになに、どういうこと?
でもそういえば、このナイフ、教会の人間が質屋から買っていったんだっけ。
「これが魔法のナイフだからですか?」
「そうだよ」
問いかけると、リッチさんはだるそうにうなずいた。
「それと、サレハの前で魔法を使うのもあんまりよくないよ。いつも黙っていてくれるとは限らないから」
「? どういうことですか?」
「んんー」
分からなくて、私はただ普通にそう聞いた。
そしたら、ただ聞いただけのつもりだったのに、その途端リッチさんは、参ったように面倒くさそうに天井を仰ぎ、苦しそうにうなり出して、
「めんどくさいなぁ。俺、そんなに口数多いタイプじゃないのに」
「あの、別に答えなくても……」
「でも説明しないとまずいんだよねぇ。これサボったら、あとでボスにすごいキレられそう。うん、あのね、ルーナちゃん。魔法使い普通、教会に登録されているものなんだ」
食堂の椅子に座って、ものすごく面倒くさそうにしゃべり出した。
「ルーナちゃんみたいに教会に登録されていない魔法使いは『悪魔』、トルシュナーに敵対する存在だとみなされる」
「えっ」
え……えっ?
反応したらまずいんだろうけど、私は驚きを隠せなかった。
うそでしょ。『悪魔』って、そういう意味だったの?
黒の領域の人間のことを『悪魔』と呼ぶって、ライオネルはそう言っていたのに。だから私は、『悪魔』は黒の領域の人間のことなんだと、ずっと思っていたのに。
本当はちがったの? 私、だまされていたの? なんで、どうして?
……もしかして、鎌をかけられている?
すぐには信じられなくて、戸惑っていると、
「ちなみにこれが、教会認定の魔法使いの証ね」
リッチさんはそう言って、首にかかっているチェーンを引っ張り、服の裏から赤い石のペンダントを取り出した。きらきらした、ちょっと高価そうな目を引くアクセサリー。
……そんなもの、私は知らない。
「悪魔って、黒の領域の人間のことじゃないんですか?」
「ほとんどはそうだよ」
緊張しながら尋ねると、リッチさんは疲れたように机に突っ伏して、眠たそうにあくびをしながら答えた。
「黒の領域からやって来る奴らはみんな、教会に登録されていない魔法使いだからね。この証を持っていない魔法使いを見かけたら、領民は神父に報告しないといけないし、神父は教会本部に報告する義務がある。見つかった悪魔は、改心させられるか、討伐される。だからルーナちゃんは、サレハの前で魔法を使っちゃいけない。分かった?」
「はい……」
「まぁ杓子定規に警戒する必要はないんだけどね。サレハは話の分かる奴だから。ヨッドのことは報告していないし、ルーナちゃんが魔法使いだっていうのも、うすうす察しているけど黙っている。でも確信されると危険だから、気を付けて」
「どうしてですか?」
一応、話は分かった。
けどなんでリッチさんがそういうことを言ってくるのか、私が『悪魔』と分かっていながらどうして黙っているのか、肝心のその理由がさっぱり分からなくて、少し怖い。
ありがたいことではあるけど、どうして?
何か思惑がありそうで、よくない予感がする。
春の暖かい空気に包まれているのに、背筋がすーっと冷たくなる。
何なの? どうしてリッチさんは……。
「ん?」
と、怪訝そうに顔を上げ、リッチさんが私を見た。
「何が分からなかったの?」
純粋に、不思議そうな顔をしている。
どうも聞き方が悪かったらしい。そう悟って、私はもう一度聞いた。
「どうして私のこと、黙っているんですか?」
「……あぁ」
するとリッチさんは、納得したような声を出して、体を起こしながらまた眠たそうな大あくびをした。それからのんびりとした動きで、魔法使いの証を服の内側にしまって、
「めんどくさいからだよ」
本当に面倒くさそうに、どうでもよさそうにそう言った。
「俺の敵は、ラーテル領の平穏をおびやかす奴らだから。ルーナちゃんが何者だろうと、村の人たちを傷つけないならそれでいいよ。まったく気にならないわけではないけどね」
「……」
「それより、この後どうするの? ボスに連絡しようか?」
「……えっと」
聞かれて、私はすごく困った。
どうしよう。城にいるのがとても退屈で、楽しいことないかな、ライオネルたちいるかなと思ってこの村に来たんだけど……。
今、ライオネルたちに会いたいかっていうと、ちょっと微妙だ。
いてくれたら嬉しいけど、リッチさんの話が本当なら、ライオネルたちも私が悪魔だって、教会に報告しなきゃいけない存在だって、初めから知っていたってことだから。
知っていて、何も言ってこなかったってことだから。
……少し、考える時間がほしい。
「帰ります」
「帰るの?」
はっきりそう告げると、リッチさんはびっくりしたように目を丸くした。
「ナイフを取りに来ただけ?」
「そういうわけじゃないですけど……。ライオネル、次はいつここに来ますか?」
「さぁ。ルーナちゃんが来ているって知れば、一週間以内には戻ってくるだろうけど。知らなければ一か月後か、半年後か、仕事の都合次第だから分からない」
「そうですか……」
「ルーナちゃんは、次いつ来るの? 決まっているならボスに教えておくよ」
「……それじゃ、一週間後にまた来ます」
ちょっと迷ったあと、私はそう答えた。
もやもやして、会いたくないような気持ちもあるけれど、ナイフのお礼は早いうちに伝えておきたい。それとこれとは話が別。……うん、きっとそう。
私の答えを聞くと、リッチさんはだるそうな顔のまま、ほほ笑んだ。
「分かった、連絡しておくよ。気を付けて帰ってね」
そういうわけで、私はその後すぐ、シャド・アーヤタナに戻った。
部屋の時計を見ると、まだ一時間ちょっとしか経っていない。
白の領域に行って戻ってきた最短記録だ。それにしては、半日いたんじゃないかってくらい、密度の濃い時間だったけど。あぁ、緊張して疲れた……。
ナユタのナイフをテーブルに置いて、ソファーに座る。
「ねえ。どう思った?」
「何が?」
そして適当にそう問いかけると、テーブルの横で毛づくろいを始めていたグリームが、とぼけたように聞き返してきた。何がって、まぁいろいろあるけど……。
「リッチさんのこと」
「特殊な魔法使いだったわね。少し興味がわいたわ」
「そうなの?」
思っていたのとちがう回答。
リッチさんの話、本当なのかなってつもりで聞いたんだけど……。
特殊な魔法使いって、どういうこと?
あんまり強くなさそうな感じなのに、《麻痺せよ》で木の枝をバラバラにしていて驚いたっていうのはあるけど、もしかしてそれのこと?
「今度、彼を《在り処を示せ》してみましょう。きっと面白い結果が出るはずよ」
「ふぅん。リッチさんって、信じていい人だと思う?」
「どうでしょう。嘘はついていないと思うわ」
「やっぱり? 面倒くさいからって、すごくリッチさんっぽい答えだったよね」
あの人のこと、そんなに詳しく知っているわけじゃないけど。
「ヨッドが人探しで白の領域に来ているっていうのは、本当のことだと思う?」
「本当でしょうね。少なくともクラウド子爵のように、略奪を目的として白の領域に来ているわけじゃないわ。彼なら、あんなまどろっこしいことをする必要がないもの」
「ヨッドってかなり強いよね?」
「ええ。今度、彼のことも《在り処を示せ》してみたら?」
「そうする。ねえ。ライオネルが私のこと黙っていたのは、どうしてだと思う?」
「それは本人に聞きなさい」
不意に毛づくろいをやめて、グリームが冷たい口調になった。
どうも地雷を踏んでしまったらしい。ふさふさの尻尾を、バタンバタンと苛立たしそうに床へ打ちつけながら、グリームは不機嫌を隠そうともせずに言葉を続けた。
「憶測でしゃべりたくないことだわ」
「そうなんだ」
うーん。触らぬ神に祟りなし、なんだけど。
「グリームって、ライオネルのこと嫌い?」
「好きではないわね」
「どうして?」
「……」
追及すると、グリームは黙って、ソファーの後ろに移動して丸くなった。
回答拒否ね。ま、別にいいけど。




