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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
62/176

62. 奇妙な悪魔

「そういえばルーナちゃん、あいつに膝をつかせていたよね」


黄銅色のツンツンヘアーの悪魔が、サレハさんに叱られている。

その様子をなんとなく眺めていると、リッチさんがふとそう聞いてきた。


「あいつがうずくまっているの見て、びっくりしたよ。戦えたんだ?」


「簡単な魔法なら使えます」


探られているのかな、とちょっと警戒しながら私は答えた。


「あの人が膝をついたのは、たまたまです」


「まぐれってこと?」


「そうです。あの人がたまたま、ビリビリの魔法にすごく弱かっただけです」


「ビリビリの魔法?」


「えっと、ちゃんとした呼び方だと、《麻痺せよ(パラライズ)》って魔法だったはずです」

 

ビリビリの魔法というのは、私が勝手につけた呼び方だ。本当は《麻痺せよ(パラライズ)》っていう魔法だけど、あんまり上手にできなくて、威力がすごく低いからそう呼んでいる。


「あぁ~」


私が答えると、リッチさんは知っているような反応をして、納得したようにうなずきかけたけど、



「んんー? あいつ、《麻痺せよ(パラライズ)》で膝をついたの?」


「そうなんです」


やっぱり疑問に思うよね。私とおんなじだ。

あの強そうな悪魔が、私でも使えるような簡単な魔法でうずくまるなんて変だ。


「どうしてなのか、私も不思議で……」


「その魔法、ちょっと俺にもかけてみてくれない?」


「えっ」


なんでなんだろう、と改めて考えていると、いきなりそう頼まれてぎょっとした。


え? なんで?


私のビリビリ魔法は、《麻痺せよ(パラライズ)》ほど危険なものじゃない。


それでも、ビリッとして痛いんだよ?

痛い魔法をかけてほしいなんて、リッチさん、すごく変わっているね。


「どうぞ」


でもまぁ、気になるならお好きにどうぞ。


そう思って木の棒を差し出したら、リッチさんは変な顔をした。


え? ……あ、そっか。


少し戸惑ったけど、すぐ気付いた。リッチさんは、この木の棒にビリビリ魔法がかかっているって知らないんだ。ちゃんと説明しないと分からないよね。


「これに触れると、ビリッとします」


「ふぅん。この木の棒に、《麻痺せよ(パラライズ)》を付与したってこと?」


「え?」


「付与魔法を使える人って、すごく珍しいんだけど……」


あれっ?


ところが説明すると、リッチさんは驚いたような、怪しむような視線を向けてきて、私はすごく不安になった。


まずい? 私、普通じゃないことしちゃった?

でもこれ、ぜんぜん難しくないやつだよ?


どうしよう、どうしようって内心でちょっと焦っていると、リッチさんは疑うようなまなざしで木の枝を見つめ、やがてゆっくりと手を伸ばして、


「いたっ」


すぐに手を引っ込めた。


痛そうに顔をしかめている。

でも、それだけだ。ごくごく普通の反応。


やっぱりね。この程度の痛みでうずくまった、あの悪魔がおかしいんだよ。


「その魔法の付与は、どのくらい持つの?」


感覚を確かめるように手をグーパーしながら、リッチさんが聞いてくる。


「えっと、私が覚えている間は持ちますけど……」


「何分くらい?」


「……三分くらい?」


そんなの、計ったことないから知らないよ。


変なことを聞かれて、私はちょっとむっとした。


私の魔法は、驚いて意識が逸れたらその瞬間に消えるし、今みたいに、近くに危ない人がいるからかけっぱなしにしておこうと思えば、覚えているうちは維持できる。


何も特別なことじゃない。

これは、付与魔法なんてものじゃない。


「リッチさんは、物に《麻痺せよ(パラライズ)》をかけられないんですか?」


「かけられるよ」


尋ねると、リッチさんは面倒くさそうな顔をして地面に目を落とした。

太めの木の枝を拾い、顔の横まで持ち上げる。そして私から二歩分くらい離れると、


「《麻痺せよ(パラライズ)》」


バキバキバキッ。


直後、すごい音がして、リッチさんの持っていた木の枝が、私の目の前でこっぱみじんに吹き飛んだ。閃光がほとばしり、黒ずんだ木片が弾けるように四散し、灰色の煙があたりに焦げたにおいを広める。それはほんの一瞬の、衝撃的な出来事だった。


……うそでしょ。


知らなかったわけじゃない。強い《麻痺せよ(パラライズ)》は、そういうこともできる危険な魔法だとシャックスに習っていたし、実演してもらったこともあった。


でも、ライオネルの仲間という時点で、リッチさんが魔法使いだってことは想像できていたけど、こんな強い《麻痺せよ(パラライズ)》を扱えるレベルの、私よりはるかに強い魔法使いだとはぜんぜん思っていなくて、すごく驚いたし、怖くなった。


人を簡単に殺せるレベルの魔法を使えるなんて……。


まずいよ! すごく危険だよ!

私が黒の領域の人間だってバレたら、殺されちゃうかも!

早く逃げないと!


「物に《麻痺せよ(パラライズ)》をかけると、普通はこうなるんだ。だからルーナちゃんのそれは付与魔法なんだと……えっ、何。なんで逃げようとしているの?」


こっそりその場から離れようとしたけど、すぐ見つかってしまった。


どうしよう! えっと、なんて言い訳すればいいの?

私はすごく焦った。でもそのとき、


「ハッハッハッ! やはり小僧は実力を隠していたか!」


ツンツン頭の悪魔が近付いてきて、リッチさんにそう話しかけた。

それでリッチさんの意識は、みんな悪魔のほうに向いて、


「なかなかの魔法だ! オレ様には遠く及ばないがな!」


「お前と張り合うつもりはないよ」


振り向くなり、リッチさんの顔が嫌そうにゆがむ。

それからシッシッと、犬を追い払うみたいにぞんざいに手を振って、


「こっち来るなよ。お前が来ると、ルーナちゃんが怖がるだろう」


「何だと? オレ様は小僧より安全だぞ?」


「はぁ~?」


「ヨッドだ。よろしくとは言わないぜ、嬢さん」


何か企むようにニヤッと笑うと、ヨッドはもの言いたげなリッチさんを無視して、私にそう言った。意味ありげな視線を向けてくるけど……、何?


「あ、うん」


怖いような、怖くないような。


ビリビリする木の棒を握りしめると、私は真正面からヨッドを見返して、


「私はルーナです。こっちはグリーム」


「ハッハッハッ!」


簡単に自己紹介したら、なぜか大笑いされた。


思ってもみなかった反応だ。え、なんで?

どこに笑う要素があったのか、理解できない。


「なんで笑うの?」


素直にそう聞いてみたら、ヨッドはまた高笑いして、


「望みを告げよ! オレ様が叶えてやるぞ!」


その瞬間、体が勝手にぶるっと震えた。


間違いない。この感じ、ヨッドはジャーティの人間だ!

これまでとはちがう恐怖の感情が、体の奥からゾクゾクッとこみ上げてくる。


最悪だ。こんなところで、ジャーティの人に遭遇してしまうなんて。追い回されたらどうしよう……、嫌だ。もう、早く城に帰ろう。ヨッドのいるところで暇つぶしするなんて、無理だ。ライオネルはいないし。リッチさんやサレハさんも、なんかちょっと怖いし。


「ルーナちゃん、こいつは相手にしなくていいから」


問題は、どうやって自然にこの場から抜け出すかだけど……。


考えていると、リッチさんが面倒くさそうにヨッドを追い払ってくれた。


ちょっとびっくりだけどありがたい。

リッチさんも、優しいところあるんだね。


感謝していると、リッチさんはサレハさんに話があるからと教会に向かい、私もその後を追った。

待っている間に、ヨッドに話しかけられたら嫌だからついていく。


教会には、白い神父の服を着たサレハさんと、長い灰色のワンピースを着た女の人が二人いた。私が教会に入ると、その瞬間にサレハさんが振り向いて、


「こんにちは。今日はどのような御用でしょうか?」


そう聞いてくる。とても優しそうにほほ笑んでいる。


けど、油断はしちゃいけない。


サレハさんはいきなり白魔法を使って、私が悪魔かどうか確かめてくるような怖い人なんだから。神官はすごく危険で、信用するのはよくないことだ。


「こんにちは。用があるのは私じゃなくて、リッチさんです」


「そうそう。さっきの避難訓練のことだけど……」


しゃべりながら、リッチさんがサレハさんのそばに向かう。


さっきの動きはお年寄りにはきつかったみたいだとか、避難場所が一つしかないのはまずいんじゃないかとか、避難訓練の振り返りを始める。


その間、私は教会の奥のステンドグラスを眺めて待っていた。


色つきガラスで描かれた真っ白な髪の、顔のない神様と、神様を囲んで見上げている六人の天使たち。差し込む光がガラスをきらめかせ、教会の床やオルガンの上に、透きとおった赤や黄色の模様を落としている。静かで、厳かな、独特の空間。


……ピアノ、早く習いたいなぁ。


そんなに待つことなく、リッチさんの話は終わった。

その後、私たちはすぐ教会を出て拠点に向かった。


歩き出すと、森でヨッドと何か話していたらしいグリームが、すっと私の後ろについてくる。……あれっ。もしかして知り合いだった?


なんとなくだけど、初対面ではなさそうな雰囲気で二人は一緒にいた。


まぁあり得ないことではないよね。グリームって意外と顔が広いから。この前のクラウド子爵のことも知っていたし。どこで知り合ったのかは、すごく謎だけど。


拠点に着くと、リッチさんは自分が借りている部屋に向かった。


私は食堂で待っていることにして、その間に、


「ヨッドのこと、知っているの?」


「ええ」


小声で聞いてみたら、グリームは当然のように肯定した。


「ルーナも会ったことがあるでしょう?」


「え? ないよ、知らないよ」


「もう忘れたの? この前、フラーニの付き人として城に来ていたじゃない」


「ええっ?」


ぜんぜん記憶にない。


この前っていうのは、黒の王たちがお母様の城に来ていた時のことだろうけど……、いたかな? あんな怖い人が来ていたら、覚えていないわけがないのに。


「あれはフラーニの孫よ」


「……えっ?」


必死で記憶をたどっていると、グリームが付け加えるようにそう言った。


「あのとき、フラーニが行方不明になる事件があったじゃない」


「うん」


それはよく覚えている。


フラーニがいないって騒ぎになって、みんなで探したんだよね。結局、フラーニは城の屋根の上で寝ていただけで、大した事件ではなかったんだけど。


「私も捜索を手伝っていたのだけど、その途中で、フラーニのことをババア呼ばわりする口の悪い付き人を見つけてね。それがヨッドだったのよ」


「へえ」


知らなかった。シャド・アーヤタナに来ていた人なんだ。

……って。


「そんなの私が知るわけないじゃん」


「あら、シャックスに説明されなかった?」


「覚えていない」


きっと説明はされていたと思う。シャックスはいつも、黒の王たちと一緒にやって来た付き人たちが、どういう人なのか詳しく教えてくれるから。


でも付き人たちと会うのはその時だけってことが多いし、毎回来るとは限らないから、リリアン以外は覚えられないんだよね。


「練習にちょうどよさそうな相手って、そういうことだったの?」


「そういうことよ。彼が反撃してくることはないもの」

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