6. 時間の間隔
それから十年が経った。
勝手に白の領域へ行ったことをこっぴどく怒られたあと、それでも私は、また白の領域へ行きたいと思っていた。けれど、三柱による監視が目に見えて厳しくなり、この十年の間に再び門を開くことは出来なかった。
今ではもう、門番は私がひとりで城の外に出るのを許してくれない。
そもそも、常に三柱の誰かが私の部屋の前にスタンバイしていて、どこへ行く時でもついてくるから、ひとりになれない。
おかげで退屈はしなくなったけど、秘密の悪いことはぜんぜん出来なくなって、ひとりの時間がたまに恋しくなる。
この島には、相変わらず私以外の子供がいなくて、ふとした瞬間に、ライオネルたちと遊んだ時のことがすごく懐かしくなる。もう一度会いに行きたいなって、定期的に思う。
だけど、そのためには、三柱による監視の目をくぐり抜ける必要があって……。
この十年の間に、いろいろ挑戦してみたけど、計画はすべて失敗した。
最終的に私は、自分ひとりの力じゃ無理だと悟って、グリームを頼ろうとしたんだけど、
「白の領域に行きたいから、協力して」
直球でそう頼むと、グリームは渋い顔をした。
協力したくないらしい。
でも何度もしつこくお願いしていると、そのうち根負けして、
「一度だけよ」
と渋々ながらも承諾してくれた。
やったね!
グリームは白いオオカミの姿をしていることが多いけど、本当はライオンとワシが合体したような姿の、グリフォンという大きな不思議な生き物だ。どんな動物にでも自由に姿を変えられる能力を持っていて、時と場合に応じて、いろんな姿を使い分けている。
だからグリームの協力を得られると、背中に乗せてもらって、部屋の窓から城の外に出られるのだ。お目付け役のグリームと一緒なら、三柱も血眼になって追いかけてくることはないだろうし。
よし、今度の計画は完璧だ!
「行くわよ」
「うん!」
ライオネルにもらった白の領域の服を持つと、わくわく期待しながら、私はオオカミ姿のグリームの背にまたがった。
首元にしっかりつかまり、確認の声に返事をする。
そしたら、グリームは助走をつけて、勢いよく部屋の窓から飛び出した。
ひゃあ!
空中に飛び出した瞬間、落ちるんじゃないかとちょっと心配した。
けどすぐに、グリームは白い大きな半獣半鳥の姿に変身して、鳥の翼をゆっくり上下させながら、東の森に向かってゆうゆうと飛んでいった。
脱出成功だ!
しかも、誰かが追いかけてくるような気配はない。
こんなにも簡単に三柱たちから離れられるなんて、やっぱりグリームはすごいね!
「ありがとう」
第一関門クリアだ。でものんびりしている暇はない。
城から離れ、森の中の小さな草地に着陸すると、私はさっそく門を開いた。
白の領域の服をかぶって、オオカミの姿に戻ったグリームを引き連れて、黒い縦長の穴の中へ入っていく。
その通路は相変わらず暗くて細くて、二度目でも少し怖かった。
でもグリームがいるし、ちゃんと行き止まりがあるって分かっているから、前ほどの不安や恐怖はない。
手探りで十分ほど歩くと、行き止まりに到着した。
第二関門クリアだ。この前と同じように、天井の蓋をそっと持ち上げる。差し込んでくる眩しい光に目を細めながら、私はよく注意して、白の領域の様子をうかがった。
今回もライオネルが近くにいてくれるといいんだけど……。
ところが、誰もいない。
ツタに絡まれた家、土ぼこりが積もった屋根、雑草が生え放題になった畑。
そこは前よりもっと寂れた村になっていて、あたりには誰もいないようだった。
人が生活している感じがまったくしない。おっかなびっくり外に出て、グリームとあちこち歩き回ってみても誰とも遭遇しない。
おかしいな。この前と同じ場所のはずなのに。
「どうしたんだろう」
思わずつぶやくと、
「村を放棄したような感じね」
がらんどうになった家のにおいを嗅ぎながら、グリームが言った。
「避難して、そのまま別の場所で暮らすことにしたのかもしれない」
「えっ、それは困るよ。見つけられるかな……」
「ただ歩き回っているだけじゃ難しいでしょうね」
しゃべりながら顔を上げ、グリームが私の足元に戻ってくる。
そして私を見上げ、ほほ笑むようにちょっと目を細めて、
「いい機会だわ。魔法の実践をしてみましょう」
「えっ。実践?」
急にそんなことを言い出した。
実践って、私、難しい魔法は使えないんだけど……。
「シャックスに《在り処を示せ》を習ったでしょう?」
「うん」
「それでこの近くに人間がいるかどうか、確認してみましょう」
「いいけど……」
確かに《在り処を示せ》なら使えるし、人を探すのにぴったりだ。でも、
「人間って、その条件だけで探すの?」
私が見つけたいのはライオネルたちだ。会えるのが別の子供でも、遊んでくれるならまぁいいけど、白の領域の人間なら誰でもいいというわけではない。
「あいまいな条件で探すと、《在り処を示せ》は効率が悪くなるってシャックスが言っていたよ」
「そうね。でも条件を絞りすぎると、逆に見つけられなくなる。まずは誰でもいいから人間を見つけて、その人から情報をもらいましょう。この近くにいる人なら、この村が放棄された理由を知っているかもしれない。村人がどこへ避難したのかも」
「……」
うーん。
言っていることは分かるけど、ちょっと納得できなかった。
だって、まずはライオネルかダクトベアを探してみて、それで見つからなければ、誰でもいいから近くの人間を探すってことにすればいい。なのになんで、最初から見つからない前提で、近くの人間を探すように言ってくるの? おかしいよ。
「三回《在り処を示せ》しちゃダメなの?」
「構わないけれど、最初の二回は失敗するわよ」
「なんで?」
「成長して見た目が変わっているはずだから。ルーナが思い描く『ライオネル』や『ダクトベア』は、おそらく《在り処を示せ》に引っかからないわ」
「そうなの? ……でも、やってみなきゃ分かんないじゃん」
勝手に決めつけないでよね。
十年前にちょっと会っただけでも、私は二人のことをよく覚えている。初めての貴重な友達なんだから、当然だ。たった十年で、見た目がそんなに大きく変わるわけないし。
目でじっと不満を訴えていると、やがてグリームは呆れたような顔をして、
「好きにしていいわ」
と言った。うん、そうさせてもらう。
許可が下りたので、私はすぐにライオネルとダクトベアを《在り処を示せ》した。
けれど、グリームの言ったとおり、二人の反応は見つからなかった。仕方なく周囲の人間を探してみると、南西に固まった反応が表示される。……ちぇっ。
面白くない。私の《在り処を示せ》が失敗して、ライオネルとダクトベアを見つけられなかったわけではないらしい。もちろん、二人がずっと遠くにいて、私の《在り処を示せ》に引っかからなかったっていう可能性もあるけど。
結果的にグリームが正しくて、なんかちょっともやもやしていたら、
「やったじゃない。きっとここに人間の集落があるということよ」
南西の固まった反応を見て、グリームが褒めるようにそう言った。
「まずはここに向かってみましょうか」
「……うん」
異論はない。複雑な気分だったけど、ライオネルたちを見つけられるならそれでいいやと思い直して、私はグリームと一緒に南西を目指して歩き出した。
広い森を抜け、流れの速い川を渡り、平坦な大地を横切って、人間の反応があったところへひたすらまっすぐに進んでいく。
グリームに乗って空を飛べばすぐだけど、こっちで目立つとまずいから、高い山や深い谷にぶつかった時だけ、グリームに乗って飛び越えてもらう。
そうして黙々と歩き続けていると、だんだんと日が暮れてきて、
「もう少し行くと湖があるわ。今夜はそこで野宿しましょう」
グリームのその提案に、私は無言でうなずいた。
とても静かで、平穏な旅路だった。
白の領域は本当に不思議なところだ。
これが黒の領域だったら、リスやシカ、イタチ、ツグミなんかの動物を、一度も見かけずに森を抜けるなんて、あり得ないことなのに。白の領域の森は、どこもかしこも不気味なほどしんと静まり返っていて、生き物の気配がほとんど感じられなかった。
変なの。イノシシとかクマとか、人間に襲いかかってくるような動物に遭遇しなかったのは嬉しいことだけど、これが白の領域の普通なの?
やがて湖のほとりに到着すると、乾いた場所を探して、私たちはそこを今日の寝床にすると決めた。くんくんとにおいを嗅いでから、グリームが湖の水に口をつけ、
「飲んでも問題ないわ」
と言うので、私も両手ですくって水を飲んだ。
とっても冷たくて、透きとおったきれいな水。のどを潤して振り返ると、
「さぁ、ルーナ。野宿をする時にまず探すものは何かしら?」
課外授業の先生になりきったグリームがそう聞いてくる。
……ふふっ。
おかしくて、思わず笑ってしまった。
なんとなく感じていた不安が、ちょっぴり薄れていく。グリームに頼んでよかったなって思いながら、私も生徒になりきって、ぴんと手を上げて答えた。
「はい、まずは火をおこします!」
「そのとおり」
答えを聞いたグリームが、満足そうにうなずく。
ふふん!
勉強はあんまり好きじゃないけど、冒険に必要な知識はバッチリだよ!
得意になりながら、そういうわけで私は、まず焚き木集めをした。
濡れていない木の枝を拾ってくるだけだから、そんなに大変なことではない。グリームと一緒に近くの森の中を歩き回って、大きい枝はすぐに集まった。
次に必要なのは、火を大きくするために使う小枝と葉っぱ。
緑の葉っぱを使うと煙たくなってしまうから、枯れてぱきぱきになった葉っぱを集めていく。下を向いて、せっせと葉っぱを拾って運んでいると、
「ルーナ、いい倒木があったわよ」
途中でグリームに呼ばれた。
倒木? 不思議に思いながら呼ばれたほうに向かうと、そこにはたくさんの苔におおわれた、大きなマツの倒木があった。幹が腐って倒れてしまったらしい。
ラッキー。確かにいい倒木だ。マツの木には樹脂がたくさんたまっているから、火をつけると勢いよく燃えてくれるのだと、木こりのナユタに聞いたことがある。
でも倒木を削るためのナイフがない……樹皮なら素手ではがせるかな?
「ナイフは持ってきている?」
「ううん。ないよ」
試そうとしたら、その前にそう聞かれて、私は首を横に振った。
「泊りがけになるとは思っていなかったから、何も持っていない」
「仕方ないわね、それなら魔法で切りましょう。やり方は分かる?」
「うん」
ちょっと考えてから、私は自信を持ってうなずいた。
「物を切るには切断魔法。《切断せよ》でしょ?」
「ええ、合っているわ」
よーし!
魔法でマツの木の根元を切ると、つんとした独特のにおいがして、濃い琥珀色の断面が見えた。樹脂がたっぷりたまっているってことだ。《切断せよ》でさらに細かくして寝床に運び、枯れ葉の上に適当に散らして、さらにその上に小枝と大きな枝を組み立てる。
そして《炎よ》で枯れ葉に火をつけると――。
成功! 魔法で生まれたオレンジ色の小さな火が、たちまち木の葉や小枝に燃え広がって、大きな炎に変わる。順調、順調。さぁ、これで火の準備は完了だ。
次は食事の支度をしよう!