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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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56. 魔法の特訓

冬の寒さがピークを過ぎた。


少しずつ気温が上がっていって、殺風景だった地面に、ふきのとうのフレッシュグリーンが目立つようになる。


もうすぐ春だ!


嬉しくなって、うきうきして、ある日、ダリオンの授業が終わったあと、芽吹き始めた植物を探して森の中を歩き回っていたら、


「女王様がお呼びです」


二十分くらい経った頃、アースがやって来てそう言った。

お昼ですよって言われるのかと思っていたから、私はびっくりした。


お母様には毎日会っているけど、呼ばれることはめったにない。


きっと何か大事な話があるのだと思う。何の話だろう? この前みたいに、リリちゃんの家に遊びにいくような、嬉しい話だといいんだけど……。


そわそわしながら、私はお母様のところに向かった。


部屋に入ると、白いもこもこのセーターを着たお母様は、落ち着いた仕草で紅茶を飲んでいた。私を見ると、ティーカップを静かに机に置いて、


「明日、ジャーティに行くわよ」


ほほ笑みながら、いきなりそう言ってきた。

……え? ジャーティ?


「やだ!」


まったく嬉しくなくて、私は即座に拒絶の意思を示した。


やだよ、やだ! 行きたくない!

他の黒の領域なら嬉しいんだけど、ジャーティは別。


フラーニの領域の人たちは、ガネットとはちがう意味で変な人が多くて嫌なのだ。訪れたら、きっとまた変な人に絡まれて、逃げることになって、怖い思いをするだろう。


やだやだやだって思っていると、


「誰を連れていく?」


変わらない表情で、お母様がそう聞いてきた。

あれ? 私がやだって言ったの、聞こえなかったのかな?


「ダリオン! あとシャックスも! でも行きたくない!」


「どうして?」


「だってフラーニの領域の人たち、みんなおかしいんだもん!」


理由を尋ねてくれたことにほっとしながら、私はそう答えた。


ガネットは見た目が変だけど、フラーニの領域の人たちは中身がおかしい。


同じ言語をしゃべっているはずなのに、話が通じていない感じがする。それなのにやたらとフレンドリーで、いろんな人が次から次へと話しかけてくるし、どこかへ連れていこうとする人もいるし……。どうすればいいのか分からなくて、すごく困ってしまう。


二度と行きたくない領域、ナンバーワンだ。

フラーニの領域の人たちとは、あんまりかかわりたくない。


「あら、行きたくないのね」


意外そうに私の言葉を繰り返して、お母様は少し困ったような顔をした。


「だけど、もう決まったことなのよ」


「え! キャンセルできないの?」


「できないわ。すぐ終わる用事なのだけど、それでも嫌?」


「嫌!」


即座に、私ははっきりそう答えた。


お母様を困らせたくはない。でも私は、本当にジャーティへは行きたくないのだ。


「変な人ばっかりで怖いし、遠いし……」


「大丈夫。ちゃんと三柱が守ってくれるわ」


腕を伸ばし、お母様が私を抱きしめた。大丈夫よって、言い聞かせるように、安心させるように繰り返して、ぎゅっとしながら優しく背中を叩いてくる。


「それに今回は、門をつなげるからすぐよ」


「……えっ。門をつなげるの?」


ちょっと驚いて、私は思わず聞き返した。


フラーニの領域は、黒の領域の中で唯一、シャド・アーヤタナとつながっていない。


だから別の領域を経由して向かわなきゃいけなくて、行くのにすごく時間がかかるんだけど、今回は門で行くの? ていうか行けるの? どうして?


「門って、黒の領域をつなげることもできるの?」


「ええ」


「どうやって?」


「明日、出発するときに見せてあげる」


ささやくようにそう言って、お母様は私の髪を優しく撫でた。


「それから、ルーナの好きなことを一つやらせてあげる。そうしたら、嫌なことでも我慢できるかしら?」


「うーん……」


好きなことをやらせてくれる……。


交換条件を出されて、それなら行ってもいいかなって私はちょっと思った。


ダリオンとシャックスがいてくれて、すぐ終わるなら……悪くない。


でも好きなことをやらせてくれるって、何をお願いすればいいんだろう?

三食チョコレート? ずっと授業なし? ……。


「やりたいことが思いつかない?」


しばらく悩んでいると、お母様が笑いながらそう聞いてきた。


私は首を横に振って、


「ちがうの。いっぱい思いついて、どれにするか決められないの」


「あとでゆっくり考えればいいわ」


そうだね。急いで決める必要はないかも。


その日はそのあと、アースの授業があって、


「今日はジャーティについておさらいしましょう」


陸地が一番多い領域だとか、農業が盛んだとか、ジャーティのことをいろいろ話してくれたけど、ぜんぜん頭に入ってこなかった。


私の頭は、何をお願いしようかなっていう思考でいっぱいだった。


これまでダメって言われていて、やりたくてもできなかったことはたくさんある。


よその黒の領域へ行くこと、門の跡地を使うこと、城の屋根に上ること、森に秘密基地を作ること、レオをシャンプーで洗うこと、厨房でザガンの手伝いをすること……。


「うーん」


やりたいこと……。


アースの授業が終わっても、夕ご飯を食べ終わっても、これだ! ってことは思いつかなかった。やりたいことはたくさんあるんだけど、今じゃなくていいかなとか、そのうちやらせてくれそうだなって思って、なかなか決められない。


いま一番有力な候補は、門をよその黒の領域につなげる方法を教えてっていうお願いだけど……。収納魔法みたいに、私にできない魔法だったら無駄になっちゃう。


あれからずっと、収納魔法の特訓を続けているんだけど、結局いまだに習得できていないんだよね。


私には早かったみたい。《開け、亜空間(スペース)》を安定させれば、少しやりやすくなるって言われたから、今はそっちの練習ばっかりしている。


昔は魔法を使えなかった、ダクトベアに負けているなんてショックだけど、できないものはどうしようもないんだ。


やりたいこと……。


ソファーで寝転がったり、グリームをもみくちゃにしたりして、何かないかなって考えていたら、ふと、ウパーダーナで買ったチョウチョの髪留めが目に入った。


この髪留め、お気に入りなんだけど、お出かけのときとか、お客さんが来るときにはつけちゃダメなんだよね。チョウチョはブラック家を連想させるから。


何もない日につければいいんだけど、リリアンに会うときにはつけちゃダメってことだから、そうと分かったとき、すごく残念だった。


これつけてリリアンと遊びたかったのに。


「……あ!」


と、そのとき私は思いついた。

お母様にお願いするのにぴったりな、やりたいこと!


「どこへ行くの?」


「お母様のところ!」


部屋を出ようとしたら、グリームがいぶかしげに尋ねてきた。


こんな時間に、お母様のところ以外に行くわけないじゃん!

早口でそう答えて、お母様の部屋に飛び込んで、


「あら、どうしたの?」


「やりたいこと見つけたの!」


開口一番、私はそう報告した。


ネグリジェに着替えて、ソファーでまったりしていたお母様は、部屋に飛び込んできた私を見ると驚いたように目をぱちぱちさせて、


「何をやりたいの?」


「リリちゃんにピアノ習いたい!」


「あら、いい思いつきね」


ふっとほほ笑んで、私のお願いをすぐ聞き入れてくれた。


「今度聞いてみるわ」


「うん、お願い!」


お母様に褒められた!


胸のあたりがじんわり熱くなって、喜びと自信がわきあがってくるのを感じながら、私はお母様におやすみなさいの挨拶をした。そして、我ながらいい思いつきだと改めて感じながら、小さくスキップして自分の部屋に戻った。


リリアンに会えるし、ピアノの練習もできるし、お客さんじゃなくて先生としてこの城に来るなら、チョウチョの髪留めをつけていたって大丈夫だし。


これぞ一石三鳥!


ま、お兄さん大好きなリリアンが、私のために定期的にシャド・アーヤタナに来てくれるかどうかは、まだ分からないけど。実現したら最高だ!




次の日。


黒いきれいなドレスを着せられて、アースと一緒に謁見のときの部屋に向かうと、ピシッとした格好のシャックスとダリオンが待っていた。


完全にお出かけモードって感じだ。シャックスは濃い青の広がらない袖つきワンピースを着ているし、ダリオンはシルバーグレイのタイを締めて、黒いスーツを着ている。


顔つきも立ち姿も引き締まっていて、見ているだけで、私もそうしなきゃいけないって気持ちになった。自然と背筋が伸びていく。緊張するなぁ……。


「準備はいいかしら?」


少しすると、使用人たちを引き連れてお母様がやって来た。


黒い静かなドレスを着て、満面にうっすら笑みをたたえている。胸元には小さな黄色いペンダント。何か持ってきていた使用人たちを下がらせ、ダリオンに指示を出し、アースと少し話をすると、お母様は私のことを呼んで、


「黒の領域をつなぐ門は、こうやって開くのよ」


約束どおり、門を開いてみせてくれた。


なかなか出発する気配がなくて、本当に行くのかな、行かないならそのほうがいいんだけどなって考えていた私は、目の前にいきなり門が現れてすごく驚いた。


不意打ちって感じで、ちゃんと見ていなくて何も分からなかった。


まぁちゃんと見ていたとしても、見ただけでその魔法の仕組みが分かるってことはめったにないんだけど。


「ぜんぜん分かんないよ!」


そう言うと、お母様はフフッと笑って、


「収納魔法ができるようになったら、シャックスに教わるといいわ」


「シャックスも開けるの⁉」


初耳だ。びっくりして尋ねると、シャックスは当然のような顔をして、


「あ、はい。もちろん」


「なんで? 今まで私に嘘ついていたの?」


「いえ、聞かれたことがないだけで……」


「私かお母様じゃないと、自力で門を開くのは無理だって前に言っていたじゃん!」


「そうですね、確かにそれは言ったと思います」


じゃあ嘘ついていたんじゃん!


私はすごく嫌な気持ちになった。


門の跡地を使わないと、門を開けないって言っていたのに。そうなんだって、ずっとそう信じていたのに。私をだまして、どうするつもりだったの?


むぅぅって怒っていると、シャックスは平然とした様子で腰をかがめて、


「けどそれは、嘘をついていたわけじゃなくて、門というのは普通、黒と白の領域をつなぐ門のことを指すからですよ。あたしらは、黒と白の領域をつなぐ門は開けません。ですが、黒の領域をつなぐ門なら開けるんです」

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