55. 魔法の特訓
収納魔法が危険な理由……。
言われて、少し考えてみたけど、
「何をしまったか忘れちゃうと、危険だってこと? 掃除しようと思って、全部《放出せよ》して、そこに刃物が混じっていたら怪我しちゃう?」
「確かにそれも危険ですね。刃物は《収納せよ》しないでください」
「はーい。それで正解は?」
「もう少し考えましょうよ」
答えを聞くと、もうギブアップするのかって、シャックスは呆れたような顔をした。
諦めが早すぎる? でも思いつかないんだから仕方ないじゃん。
ほっぺたをふくらませていたら、シャックスはやがて諦めたように息を吐き出して、
「危険な理由は三つあります。まず、《開け、亜空間》で作った収納空間に、直接手を突っ込むと危険です」
「えっ」
いきなり、何それって感じのことを言ってきた。
「収納空間に、手を突っ込む? そんなことできるの?」
「はい。ですが《開け、亜空間》が不安定になったとき、腕が空間をまたいでいると、空間が途切れるのと一緒に腕も分断されてしまいます。スパッときれいにね」
しゃべりながら、シャックスは自分の腕を切るような動作をした。
うっ、嫌な想像させないでよ……。
「なので収納空間にアクセスする時は、必ず、《収納せよ》と《放出せよ》を使ってください。ま、安定した《開け、亜空間》を展開する自信があるなら話は別ですけどね」
「絶対やんない」
やるわけないじゃん。
怖いよ、腕がなくなるなんて嫌だよ。
「続いて、二つ目」
指を二本立てて、シャックスが淡々と話を続ける。
「生き物を収納すると危険です。《開け、亜空間》で生み出される基本の収納空間は、生き物が生存できる空間ではありませんから。《収納せよ》すると死にます」
「そうなんだ……」
危険な理由が、思っていたのとぜんぜんちがう。
やらないよ。そもそも、生き物を収納するって発想がなかったよ。
そう思いながら、私はシャックスの言いたいことが何となく読めてきて、つまらない気持ちになった。
多分シャックスは、収納魔法は『《開け、亜空間》で作った収納空間に、《収納せよ》、《放出せよ》で物――生きていない物を出し入れする魔法』だから、それ以外のことはやるなって言いたいのだ。
要するに、余計なことはするなって話。
「ま、これには回避方法があるんですけどね」
はい、はい、って投げやりに続きを聞いていたら、
「収納空間の条件を変えれば、生き物を《収納せよ》することも可能です。お嬢様にはまだ無理なんで、説明していなかったですが。《開け、亜空間》で生み出せる空間は一つじゃないんですよ。暗い空間、寒い空間、空気の薄い空間、いろいろ作れます」
「それってすごいことなの?」
「はい。《開け、亜空間》は非常に奥深い魔法なんですよ。たとえばザガンは、《開け、亜空間》で自分用の冷凍庫を作っています。お嬢様の無茶振りに応えるためにね」
「えっ?」
何の話?
突然、身に覚えのないことを言われて、私は少しうろたえるのと同時にむっとした。
私、ザガンに無理なお願いをしたことなんて、一度もないはずだけど?
にらむようにシャックスを見ると、シャックスはにやっと笑って、
「お嬢様、『これからピクニックに行くから弁当を寄こせ』って、いつも出かける直前に頼むでしょう? あれ、普通は無理なんですよ。仕事が滞りますし、食材の在庫の問題もありますから。あたしなら頼まれた瞬間、無理だって突っぱねています。ところがザガンはあの性格ですから、お嬢様の要望をどうにか叶えられないかって悩みに悩んで、時短弁当を収納空間に保存しておけばいいと、そういう結論に達したらしいんですよ」
そうなの?
「……そんな話、聞いたことない」
「そりゃ普通は言いませんから。ザガンにはよく感謝しておくといいですよ」
「うん……」
本当の話?
ちょっと信じられなくて、私はダリオンを見た。
シャックスの隣に突っ立って、黙って話を聞いているダリオン。シャックスが言っていることは本当なの? 答えを求めて視線を向けたんだけど……。
ダリオンはうんともすんとも言わないで、私と視線が合ってもまばたきするだけで、何の役にも立たなかった。
勘が悪いなぁ。仕方ない。あとで直接、ザガンに聞こうっと。
「で、三つ目の理由ですが」
指を三本立てたシャックスが、今日一番のまじめな顔をする。
「これは、絶対にやってはいけないことです」
「何?」
どうせまた変な理由だろうなと思いながら、私は先を促した。絶対にやってはいけないことっていうのは、十中八九、私が絶対に思いつかないことだと思う。
まじめな顔をしたシャックスは、ちらっとダリオンに視線を向けてから、
「自分自身を収納すると、非常に危険です」
ほら、やっぱり。
言われなきゃ思いつかないことを、誰でも思いつくことのように言った。
シャックスの言う危険は、変なことするなって警告なんだよね。収納魔法をアレンジすると危険だから、普通に使いなさいって警告。収納空間に自分自身を収納するなんて、そんなこと普通は思いつかないのに。なんでそんな話をするんだろう?
「自分自身を収納すると、どうなるか分かります?」
「……死んじゃう?」
聞かれて、少し想像してみた。
収納空間に入ったら……、どんなところなんだろう?
引き出しみたいなイメージだけど、そこに壁はあるのかな? どんな色がついているのかな? においはするのかな? あったかいのかな?
気になる。
入っても死なない空間だったとしても、入りたいとは思わないけどね。
収納空間がどんなところなのかは、一度見てみたいかも。
「まぁ、最終的にはそうなりますね」
私が答えると、シャックスは小さくうなずき、ダリオンはふっと横を向いた。
「人間が生存できない空間ならすぐ死にますし、生存できる空間だったとしても、いずれ死にます。収納空間に自分自身を入れることはできても、外に出すことはできないからです。なぜか分かりますか?」
「……分かんない」
「収納空間の中で、魔法を使うことになるからです」
話すスピードをゆっくりにして、シャックスは言い聞かせるように続けた。
「《放出せよ》は、収納空間にしまわれている物を取り出す魔法です。取り出した物は、自分の前に現れます。それはつまり、自分が収納空間にいるときは、取り出した物は常に自分の前、自分がいる収納空間の中に現れるということなんです。他人の収納空間に関与することはほぼ不可能なので、自分自身を収納してしまった場合、そこで死ぬことになります」
「……そうなんだ」
嫌な話。暗い気分にさせないでよ。
そう思いながら相槌を打って、私は疑問を投げかけた。
「ところでそれ、どうやって思いついたの?」
「さぁ」
ひょいと肩を軽く上げると、シャックスはダリオンのほうを見て聞いた。
「どうやって思いついたんです?」
「……他人の古傷をえぐって楽しいか?」
眉をぎゅっと寄せたダリオンが、苦々しくそうつぶやく。
え? 何、どういうこと?
戸惑っていると、シャックスはにやにやしながらダリオンの背中を何度か叩いて、
「いい教訓になる笑い話じゃないですか」
「え! これってダリオンが思いついたことなの⁉」
「そうですよ」
にやにや顔を私に向けて、シャックスは楽しそうに言った。
「自分自身を収納するというのは、この向こう見ずが以前、実際にやらかしたことです」
「ほんとに自分を収納しちゃったの⁉」
「はい」
「なんで⁉ どうやって外に出たの⁉」
「入った理由は知りませんが、女王様が気付いて、助けてくれたらしいです。普通は助かりませんから、お嬢様は絶対に真似しちゃいけませんよ? ま、しばらくは人間どころか、小石も子猫も収納できないでしょうけど」
「うん、真似しない!」
そんな危険なこと、お母様に頼まれたってやらないよ!
「ダリオンは、どうしてそんなことをしたの?」
「……興味があったからですよ」
聞くと、深いため息をついて、ダリオンは逃げたそうに足の向きを変えた。
「若い頃の話です。忘れてください」
「無理! 収納空間ってどんな場所だった?」
「何もない白い空間でしたよ。……入ってみますか?」
「えっ?」
興味本位で尋ねたら、ダリオンが急に、名案を思いついたような顔でそう聞いてきた。
何を言っているの?
本気で戸惑っていると、ダリオンは空中に赤、青、緑の丸い入り口を出現させて、
「お好きなところへどうぞ」
「え、でも今シャックスが、腕がなくなっちゃうかもしれないから、収納空間に手を入れるのはダメだって……」
「それはお嬢様のように、《開け、亜空間》が不安定な場合の話です」
にっこにこしながら、シャックスが私の背中を軽く押した。
「ダリオンの《開け、亜空間》なら大丈夫です。万が一、不測の事態が起こって手がちょん切れてしまっても、今ならあたしがすぐくっつけられますし」
「怖いこと言わないでよ!」
想像してしまって、ゾッとした。
ちょん切れてもくっつけられるって、私はぬいぐるみじゃないんだよ⁉
「やだ、入らない! 消して!」
「ええっ、いいんですか?」
拒否すると、シャックスはわざとらしく驚いた顔をして、
「収納空間に安全に手を突っ込める機会なんて、そうそうないですよ? どんな場所なのか知りたくないんですか? この機会を逃すのはもったいないと思いますけど?」
即座にもったいないセールスをかけてきた。
もう、やめてよね!
怖がっている私を見て、楽しんでいるだけでしょ!
「興味はあるけど、痛いのは嫌だもん!」
その後もシャックスは、あれこれ理由をつけて、収納空間に手を突っ込むよう私に勧めてきた。
何か裏がありそうで、すごく怖い。
絶対に嫌で、私は逃げまわったんだけど、でも結局は、言いくるめられてしまって……。
ダリオンが作った収納空間に、指の先だけちょっと入れてみることにした。
結果、指がちょん切れることはなかったけど、怖くてすぐ引っ込めたから、収納空間がどんな場所なのかはぜんぜん分からなかった。
でもそれでいい。怖い思いをするより、分からないままがいい。




