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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
55/176

55. 魔法の特訓

収納魔法が危険な理由……。


言われて、少し考えてみたけど、


「何をしまったか忘れちゃうと、危険だってこと? 掃除しようと思って、全部《放出せよ(アウト)》して、そこに刃物が混じっていたら怪我しちゃう?」


「確かにそれも危険ですね。刃物は《収納せよ(イン)》しないでください」


「はーい。それで正解は?」


「もう少し考えましょうよ」


答えを聞くと、もうギブアップするのかって、シャックスは呆れたような顔をした。


諦めが早すぎる? でも思いつかないんだから仕方ないじゃん。


ほっぺたをふくらませていたら、シャックスはやがて諦めたように息を吐き出して、


「危険な理由は三つあります。まず、《開け、亜空間(スペース)》で作った収納空間に、直接手を突っ込むと危険です」


「えっ」


いきなり、何それって感じのことを言ってきた。


「収納空間に、手を突っ込む? そんなことできるの?」


「はい。ですが《開け、亜空間(スペース)》が不安定になったとき、腕が空間をまたいでいると、空間が途切れるのと一緒に腕も分断されてしまいます。スパッときれいにね」


しゃべりながら、シャックスは自分の腕を切るような動作をした。

うっ、嫌な想像させないでよ……。


「なので収納空間にアクセスする時は、必ず、《収納せよ(イン)》と《放出せよ(アウト)》を使ってください。ま、安定した《開け、亜空間(スペース)》を展開する自信があるなら話は別ですけどね」


「絶対やんない」


やるわけないじゃん。

怖いよ、腕がなくなるなんて嫌だよ。


「続いて、二つ目」


指を二本立てて、シャックスが淡々と話を続ける。


「生き物を収納すると危険です。《開け、亜空間(スペース)》で生み出される基本の収納空間は、生き物が生存できる空間ではありませんから。《収納せよ(イン)》すると死にます」


「そうなんだ……」


危険な理由が、思っていたのとぜんぜんちがう。


やらないよ。そもそも、生き物を収納するって発想がなかったよ。


そう思いながら、私はシャックスの言いたいことが何となく読めてきて、つまらない気持ちになった。


多分シャックスは、収納魔法は『《開け、亜空間(スペース)》で作った収納空間に、《収納せよ(イン)》、《放出せよ(アウト)》で物――生きていない物を出し入れする魔法』だから、それ以外のことはやるなって言いたいのだ。


要するに、余計なことはするなって話。


「ま、これには回避方法があるんですけどね」


はい、はい、って投げやりに続きを聞いていたら、


「収納空間の条件を変えれば、生き物を《収納せよ(イン)》することも可能です。お嬢様にはまだ無理なんで、説明していなかったですが。《開け、亜空間(スペース)》で生み出せる空間は一つじゃないんですよ。暗い空間、寒い空間、空気の薄い空間、いろいろ作れます」


「それってすごいことなの?」


「はい。《開け、亜空間(スペース)》は非常に奥深い魔法なんですよ。たとえばザガンは、《開け、亜空間(スペース)》で自分用の冷凍庫を作っています。お嬢様の無茶振りに応えるためにね」


「えっ?」


何の話?


突然、身に覚えのないことを言われて、私は少しうろたえるのと同時にむっとした。


私、ザガンに無理なお願いをしたことなんて、一度もないはずだけど?

にらむようにシャックスを見ると、シャックスはにやっと笑って、


「お嬢様、『これからピクニックに行くから弁当を寄こせ』って、いつも出かける直前に頼むでしょう? あれ、普通は無理なんですよ。仕事が滞りますし、食材の在庫の問題もありますから。あたしなら頼まれた瞬間、無理だって突っぱねています。ところがザガンはあの性格ですから、お嬢様の要望をどうにか叶えられないかって悩みに悩んで、時短弁当を収納空間に保存しておけばいいと、そういう結論に達したらしいんですよ」


そうなの?


「……そんな話、聞いたことない」


「そりゃ普通は言いませんから。ザガンにはよく感謝しておくといいですよ」


「うん……」


本当の話?

ちょっと信じられなくて、私はダリオンを見た。


シャックスの隣に突っ立って、黙って話を聞いているダリオン。シャックスが言っていることは本当なの? 答えを求めて視線を向けたんだけど……。


ダリオンはうんともすんとも言わないで、私と視線が合ってもまばたきするだけで、何の役にも立たなかった。


勘が悪いなぁ。仕方ない。あとで直接、ザガンに聞こうっと。


「で、三つ目の理由ですが」


指を三本立てたシャックスが、今日一番のまじめな顔をする。


「これは、絶対にやってはいけないことです」


「何?」


どうせまた変な理由だろうなと思いながら、私は先を促した。絶対にやってはいけないことっていうのは、十中八九、私が絶対に思いつかないことだと思う。


まじめな顔をしたシャックスは、ちらっとダリオンに視線を向けてから、


「自分自身を収納すると、非常に危険です」


ほら、やっぱり。


言われなきゃ思いつかないことを、誰でも思いつくことのように言った。


シャックスの言う危険は、変なことするなって警告なんだよね。収納魔法をアレンジすると危険だから、普通に使いなさいって警告。収納空間に自分自身を収納するなんて、そんなこと普通は思いつかないのに。なんでそんな話をするんだろう?


「自分自身を収納すると、どうなるか分かります?」


「……死んじゃう?」


聞かれて、少し想像してみた。


収納空間に入ったら……、どんなところなんだろう?


引き出しみたいなイメージだけど、そこに壁はあるのかな? どんな色がついているのかな? においはするのかな? あったかいのかな?


気になる。

入っても死なない空間だったとしても、入りたいとは思わないけどね。


収納空間がどんなところなのかは、一度見てみたいかも。


「まぁ、最終的にはそうなりますね」


私が答えると、シャックスは小さくうなずき、ダリオンはふっと横を向いた。


「人間が生存できない空間ならすぐ死にますし、生存できる空間だったとしても、いずれ死にます。収納空間に自分自身を入れることはできても、外に出すことはできないからです。なぜか分かりますか?」


「……分かんない」


「収納空間の中で、魔法を使うことになるからです」


話すスピードをゆっくりにして、シャックスは言い聞かせるように続けた。


「《放出せよ(アウト)》は、収納空間にしまわれている物を取り出す魔法です。取り出した物は、自分の前に現れます。それはつまり、自分が収納空間にいるときは、取り出した物は常に自分の前、自分がいる収納空間の中に現れるということなんです。他人の収納空間に関与することはほぼ不可能なので、自分自身を収納してしまった場合、そこで死ぬことになります」


「……そうなんだ」


嫌な話。暗い気分にさせないでよ。


そう思いながら相槌を打って、私は疑問を投げかけた。


「ところでそれ、どうやって思いついたの?」


「さぁ」


ひょいと肩を軽く上げると、シャックスはダリオンのほうを見て聞いた。


「どうやって思いついたんです?」


「……他人の古傷をえぐって楽しいか?」


眉をぎゅっと寄せたダリオンが、苦々しくそうつぶやく。


え? 何、どういうこと?


戸惑っていると、シャックスはにやにやしながらダリオンの背中を何度か叩いて、


「いい教訓になる笑い話じゃないですか」


「え! これってダリオンが思いついたことなの⁉」


「そうですよ」


にやにや顔を私に向けて、シャックスは楽しそうに言った。


「自分自身を収納するというのは、この向こう見ずが以前、実際にやらかしたことです」


「ほんとに自分を収納しちゃったの⁉」


「はい」


「なんで⁉ どうやって外に出たの⁉」


「入った理由は知りませんが、女王様が気付いて、助けてくれたらしいです。普通は助かりませんから、お嬢様は絶対に真似しちゃいけませんよ? ま、しばらくは人間どころか、小石も子猫も収納できないでしょうけど」


「うん、真似しない!」


そんな危険なこと、お母様に頼まれたってやらないよ!


「ダリオンは、どうしてそんなことをしたの?」


「……興味があったからですよ」


聞くと、深いため息をついて、ダリオンは逃げたそうに足の向きを変えた。


「若い頃の話です。忘れてください」


「無理! 収納空間ってどんな場所だった?」


「何もない白い空間でしたよ。……入ってみますか?」


「えっ?」


興味本位で尋ねたら、ダリオンが急に、名案を思いついたような顔でそう聞いてきた。


何を言っているの?


本気で戸惑っていると、ダリオンは空中に赤、青、緑の丸い入り口を出現させて、


「お好きなところへどうぞ」


「え、でも今シャックスが、腕がなくなっちゃうかもしれないから、収納空間に手を入れるのはダメだって……」


「それはお嬢様のように、《開け、亜空間(スペース)》が不安定な場合の話です」


にっこにこしながら、シャックスが私の背中を軽く押した。


「ダリオンの《開け、亜空間(スペース)》なら大丈夫です。万が一、不測の事態が起こって手がちょん切れてしまっても、今ならあたしがすぐくっつけられますし」


「怖いこと言わないでよ!」


想像してしまって、ゾッとした。

ちょん切れてもくっつけられるって、私はぬいぐるみじゃないんだよ⁉


「やだ、入らない! 消して!」


「ええっ、いいんですか?」


拒否すると、シャックスはわざとらしく驚いた顔をして、


「収納空間に安全に手を突っ込める機会なんて、そうそうないですよ? どんな場所なのか知りたくないんですか? この機会を逃すのはもったいないと思いますけど?」


即座にもったいないセールスをかけてきた。


もう、やめてよね!

怖がっている私を見て、楽しんでいるだけでしょ!


「興味はあるけど、痛いのは嫌だもん!」


その後もシャックスは、あれこれ理由をつけて、収納空間に手を突っ込むよう私に勧めてきた。


何か裏がありそうで、すごく怖い。

絶対に嫌で、私は逃げまわったんだけど、でも結局は、言いくるめられてしまって……。


ダリオンが作った収納空間に、指の先だけちょっと入れてみることにした。


結果、指がちょん切れることはなかったけど、怖くてすぐ引っ込めたから、収納空間がどんな場所なのかはぜんぜん分からなかった。


でもそれでいい。怖い思いをするより、分からないままがいい。

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