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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
52/176

52. 早々の邂逅

名前を呼ばれて、ふっと顔を上げるとそこにライオネルがいた。


サンガ村で会った時とはちがって、刺しゅうがたくさん入ったライトグレーのベストを着ている。少し貴族っぽい雰囲気。でも口を開くといつもどおりで、


「いま王都で騒ぎになっているの、知っている? 大丈夫だった?」


「うん。馬車の中でマシューに聞いたけど、なんともないよ」


「よかった。教会の人間には気を付けて」


短いらせん階段を下りながら、ライオネルが私のほうにやって来る。


「今、ナーマ・ルーパやブハバからも人が来て、競うようにルーナを探しているんだ。見つかったら連れていかれるかもしれない。できればしばらく、王都には来ないでほしい」


「……あ、うん」


「ルーナだよね? 王都でドングリのコマを売っていたのって」


「多分ね」


なんで確信しているんだろう?


嫌な感じはしないけど、私が魔法のコマを売っていたって確信しているようなライオネルの口ぶりが、不思議で仕方ない。


張本人の私でさえ、自分で作ったドングリのコマが王都で問題を引き起こしているって聞いて、まだ信じられていないのに。


「でも私は、普通にコマを作って売っただけだよ。遊んだ子供が魔法使いになるなんておかしいから、人違いじゃないのかなって思う。魔法のコマを売っていた人が、私の他にいるんじゃない? なんで私が魔法のコマを売った人だってことになっているの?」


「それは……」


尋ねると、ライオネルは言いにくそうに唇をゆがめた。代わりに、


「王都でドングリのコマを売る人間が、この世に二人もいるとは思えないからですよ」


呆れたような感じで、マシューがそう答えた。


「トルシュナーの魔法使いは、教会に登録されているか、自分が魔法使いであることを隠しているかのどちらかです。前者は仕事に困りませんし、後者は目立つことをしません。ですから、王都でドングリのコマを売ってお金を稼ごうとするアホな魔法使いが、あなた以外にいるとは考えにくいのですよ。当然の帰結です」


……あれ? なんか私、バカにされている?


「今、私のことアホって言った?」


聞き捨てならない。

じろっと見上げると、マシューは嘘くさい笑みを浮かべて、


「いえ、聞き間違いではないでしょうか」


「うそだ! 嘘つきの笑い方している! 私のことバカにしたでしょ!」


「たくましい被害妄想ですね。私はボスが言いにくいことを代弁しただけですよ」


むかつく!


にらみつけても、マシューはまったく気にしていない様子。ひょうひょうとそう言って笑みを深くすると、ライオネルに向かって軽く頭を下げて、


「では、このあと用事がありますので、私はこれにて失礼します」


「ああ。マシュー、ありがとう」


もっと問い詰めたかったけど、挨拶するなり、マシューはささっとマーコール邸から出ていってしまった。怪しいだけじゃなくて、嫌な人! 逃げるなんて卑怯だ!


「ごめんね、歯に衣着せない奴なんだ」


ぷんぷん怒っていると、マシューの姿が完全に見えなくなってから、ライオネルが申し訳なさそうに話しかけてくる。


「1個10WC(ホワイトコイン)で売られていたって聞いたから、知らないうちに魔法がかかっていて、予想外の事態になったんだろうって想像はしていたんだ。魔法のコマを売っていたって、ルーナは自覚していなかったんだよね?」


「うん、知らなかった」


「それならいいんだ。ちょっと来てくれる?」


すっと、ライオネルが右手を差し出してくる。


「話したいことがあるんだけど、立ち話はなんだし、俺よりダクトベアのほうが説明するのは上手いから」


「ダクトベアもいるんだ」


二人っていつも一緒だよね。


断る理由もなかったから、差し出された手を握り、私はライオネルと一緒にらせん階段を上った。


偉そうな人の肖像画が飾られていたり、大きなシャンデリアがあったり、マーコール邸は狭いけど、貴族らしい豪奢な飾りのある家だった。


でもかなり古い建物のようで、ところどころ壁紙が破れていたり、黄ばんでいたり、窓枠の木が裂けていたりする。


きれいに掃除されてはいるけど、とても静かで誰もいないみたいだ。


手を引かれて歩きながら、


「なんで王都にいるの?」


「仕事だよ。情報の多くは王都に集まるからね」


「マーコールもここにいるの?」


「いや、今はいない。この家は拠点の一つとして借りているんだ。エリアスの家族はいろいろあって隠居しているから、俺たちが自由に使わせてもらっている」


「そうなんだ。マシューとライオネルは友達?」


「仲間だよ」


即答して、ライオネルは苦笑しながら振り向いた。


「マシューとは黒の領域で会ったって聞いたけど、大丈夫だった?」


「……あ、うん」


「うさんくさい奴だから怖かったんじゃない? 王都の貴族はいつも腹の探り合いをしているから、ああいう感じの人が多いんだ。本人に悪気はないから大目に見てあげて」


「……うん」


急に黒の領域の話をされて、ドキッとした。

でも私を疑っているとか、怪しんでいるとか、そういうことではないらしい。


ただの雑談って感じで、ライオネルはそれ以上、その話には触れなかった。……バレていないよね?


なんで黒の領域にいたのかとか、子供の姿をしていたのかとか、疑問に思わないわけがないのに、何も聞かれなくて逆に不安になる。


そわそわしていると、やがてライオネルはダークブラウンのドアの前で立ち止まり、取っ手を握って、ゆっくり引き開けた。


ここにダクトベアがいるのかな?


少しずつ広がっていくドアと壁の隙間の先に、毛足の長い深緑の絨毯が見え、革張りの深紅のソファーが見え、


「おせぇよ」


不機嫌そうなダクトベアの声が聞こえた。


開かれたドアの向こうで、薄い赤のベストを着たダクトベアが、気に食わないような目つきでライオネルをにらんでいた。


「水飲みに行くのに、どんだけ時間かかってんだよ」


……想像していたのとちがう!

驚いて、私は左手に力を込めた。


ダクトベアのとげとげしい態度が、自分に向けられているようで少し怖かった。でもライオネルは、ダクトベアの不機嫌をまったく気にしていないようで、私としっかり手をつないだまま、平然と部屋の中に入っていき、


「悪い。ルーナが来ていたんだ」


「は?」


途端にダクトベアが怪訝な顔をして、いま見つけたように私を見る。


「なんでだよ」


「マシューが見つけて、連れてきてくれたんだ」


「王都にいたのか?」


「そうらしい」


「……ま、無事でよかったな」


不機嫌を引っ込めて、ダクトベアはソファーに座りなおした。


とげとげしい空気がなくなって、私はほっとしながら、促されるままダクトベアの向かいに座った。びっくりした……。


と、私が座るや否や、腕の中にいたグリームが飛び出し、オオカミの姿に戻ってソファーの横で丸くなった。子猫サイズでいるのに飽きたのかな?


変身した理由が分からないけど、特に言いたいことはないようだから放っておく。

私がグリームを見ている間、二人は例の件がコマがどうのという話をしていて、


「ルーナ。この前、王都で魔法の宿ったナイフが見つかったんだけど……」


でも途中で、思い出したように話を変えて私にそう聞いてくる。

うん。魔法使いなら、魔法のナイフのことも知っているよね。


「それ、私が質屋に預けた知り合いのナイフだよ」


聞かれるかもって思っていたから、そんなに驚きはしない。

ため息をつき、私は再び憂うつな気持ちになりながら答えた。


「もらったナイフなんだけど、お金が必要だったから質屋に預けたの。でも、すぐ取り戻すつもりだったのに、間に合わなくて……。さっき質屋に行ったら、あのナイフには魔法が宿っていて、教会の人間に買い取られたって言われた。でも意味わかんないんだよね。ナイフに魔法が宿っているって、どういうこと?」


「そこからなのか」


聞くと、ダクトベアが面倒くさそうにつぶやいて、ライオネルと顔を見合わせた。


「知っているの?」


「まぁな。これと似たようなもんだよ」


次の瞬間、ダクトベアの手元が光って、突然クロスボウが現れた。

赤い矢が装てんされている、見覚えのある真っ黒なクロスボウだ。


「これには白魔法が宿っていて……」


「今のどうやったの⁉」


何か説明が始まったけど、それよりクロスボウがいきなり現れたカラクリのほうが気になって、私はダクトベアの言葉をさえぎってそう聞いた。


同じような感じで、マシューも頭巾を出していたんだよね。


あのときは聞けなかったけど……って、そういえば頭巾、まだ被りっぱなしじゃん。どうりで頭が重たいわけだ。もう脱いじゃおう。……んっ? あれ、これどうやってマシューに返せばいいんだろう?


「普通の収納魔法だけど」


少し戸惑った声で、ダクトベアが答える。


「初級の魔法だろ。容量に差はあるが、誰でも使える魔法だ」


「そうなの? 初めて聞いた!」


「……お前、ほんとおかしいよな」


「知らないものは知らないから。それで、そのクロスボウが何なの?」


「これには白魔法が宿っている。魔法使いが引き金を引くと」


話しながら、ダクトベアが迷うようにクロスボウをあちこちへ向け、グリームに標準を定めた。丸まって目を閉じていたグリームが、即座に起きてうなりながら威嚇する。


「ダメか」


「当たり前じゃん!」


さりげなくグリームを狙わないでよ!

グリームのこと傷つけたら、ダクトベアでも許さないんだからね!


「冗談だって」


肩をすくめると、ダクトベアは壁に向けてクロスボウを撃った。ビュンと発射された赤い矢が、白い光をまといながら飛んでいき、壁に突き刺さる。……え?


それだけだった。


すごい魔法が出てくるのかなと期待していたのに、ただ普通に矢が放たれて、壁に突き刺さっただけだった。何も面白くない。がっかり。期待外れだ。


でも隣のグリームは、


「ウゥゥ……」


歯をむき出して、ダクトベアを警戒している。

すごい感じはしなかったけど、普通の矢ではなかったのかも?


「それってすごい道具なの?」


「ああ。矢を撃つだけで白魔法を付与できる、貴重な道具だ」


「ふぅん。でもそれ、矢を撃つときに自分で魔法をかければいいだけじゃない?」


「その手間を省けるのがすげぇんだよ。魔力量には限りがあるからな」

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