51. 早々の邂逅
「マシューもライオネルの友達なの?」
意外なつながりだ。世間って広いようで狭いんだね。
驚きながらそう問いかけると、
「……そのようなものです」
なぜかマシューは、ごまかすような笑みを浮かべた。
肯定も否定もしたくないから、仕方なく笑いましたたって感じの、あいまいな表情。
……すごく怪しいんだけど?
思わず警戒して、私はそろりと後ろに下がった。
知っている名前が出てきて安心しかけたけど、簡単に信用しちゃダメかもしれない。そういえばウパーダーナで会ったときも、なんかちょっと怪しいなって思ったんだよね。
人を探しているって言っていたけど、探されていたアーヴィングは、マシューのことをすごく嫌がっていたし。
マシューって本当にライオネルの友達?
困ったような、嘘くさい笑みを眺めているうちに、疑念がふくらんでくる。
そもそもマーコールとはどういう関係性?
なんで私をマーコール邸に連れていきたいの?
考えながら、グリームを抱く腕に力を込めていると、
「そうあからさまに警戒されると、少々傷つくのですが」
悲しそうに言われて、あ、ごめん、ってなった。
傷つけるつもりはなかったんだけど……。
「ボスがマーコール邸にいるので、来ていただけますか」
申し訳なく思っていると、マシューが急ぐような顔つきで話を続けた。
「遺憾ではありますが、私の言葉が信用できないのであれば、どうぞ魔法でボスの居場所を確認してみてください。できるのでしょう?」
そりゃまぁできるけど……、ふぅん。
私が《在り処を示せ》できるって、知っているんだ。
それなら、ちょっとは信用してもいいのかもね。
ライオネルたちの知り合いだってことは間違いなさそう。
でもまだ不安だから、マシューの言うとおり、《在り処を示せ》してライオネルを探してみる。すると本当に、一キロ圏外ぎりぎりのところに反応があった。
驚きだ。ライオネル、今、王都にいるんだ。でも、
「私、ライオネルに会うために、王都に来たわけじゃないんだけど……」
よく分からない。
私を見つけたら逃がさないようにって、どういうこと?
不穏な感じがする。そのあたりのことを、もう少し詳しく知りたい。……のだけど、私がそれを質問する前に、マシューは突然、もう待ちきれないというような態度になって、
「まずは移動しましょう」
パチンと指を鳴らした。
すると次の瞬間、マシューの手元に、後ろの長い灰色の頭巾が現れる。
マシューはそれを、何の説明もなしに私の頭にすっぽり被せると、
「あなたは目立ちすぎる。近くに馬車を待たせてあるので、来てください」
「……」
強引だ。周りの目を気にして、マシューはなんだか焦っているようだった。
……でも、それってもしかして、私のせい?
目立つことも、悪いこともしていないつもりだけど、マシューは私が誰かに見つかったらまずいって感じで、早く移動したいようだった。
どうして? ……分からない。
ついて行って大丈夫なのかな、と心配ではあったけど、迷った挙句、私はマシューと馬車に向かった。怪しいけど、嘘をつかれたわけではないし。何よりグリームが、興味なさそうな雰囲気であくびをしているし。きっと、悪いようにはならないだろう。
歩き出したマシューは、裏道みたいなところを進んでいった。
何度か角を曲がって、やや大きな通りの花屋の横に出る。
そこに黒いホイールの、天井がまっすぐな半円の形をした馬車が止まっていて、ねずみ色の山高帽を被った、三十代くらいの男の人が御者台に座っていた。マシューが御者に声をかけて車に入り、私とグリームも入ると、間もなく馬車はゆっくりと動き出して、
「なんで急いでいたの?」
少ししてからそう尋ねると、マシューはやれやれというような顔をした。
「あなた、教会に目をつけられていますよ」
「……ナイフのせいで?」
「ああ。やはりそれもルーナさんでしたか。ドングリのコマの件ですよ」
「コマ? ドングリのコマがどうかしたの?」
「おや、無自覚でしたか。これは困りましたね」
ちっとも困っていないような口調でマシューはそう言い、おもむろに足を組んだ。
そして、
「ところで、ルーナさんはどちらが本当の姿なのです?」
急に話題を変えてくる。
予想していなかったその質問に、私は思わずぎくりとした。
そうなんだよね。普通にしゃべっちゃっているけど、ウパーダーナで会ったときの私は子供で、今は大人の姿だ。不思議に思われるのは仕方ない。
でもマシューが子供の姿になっていたように、私も魔法で小さくなっていたってことにすれば、問題はないはず。うん、そうだ。
一瞬、本当は子供だってことがバレたのかと思って焦ったけど、どっちが本当の私かなんてマシューは知らない。怖がることは何もないのだ。
「失礼。野暮なことを聞きました」
ところが、こっちが本当の姿だよって私が答える前に、マシューは自分のした質問をさっと取り消した。
どうして? 疑問だけど、なんで子供の姿になっていたのかとか、なんでウパーダーナにいたのかとか突っ込まれると困るから、黙っておく。
答えなくていいなら無言でいよう。それより、
「私が無自覚って、何の話?」
「コマのことですよ。あなたからコマを買った子供たちが突然、魔法に目覚めましてね」
「え? なんで?」
「その理由は私も知りたいところです。確認ですが、ルーナさんは魔法が発現するとは知らずに、あのコマを売っていたということですね?」
「うん。普通のドングリのコマのはずだけど……」
どういうこと?
ただただびっくりして、私はまじまじとマシューを見つめた。
嘘ついていないよね? 子供たちがコマを求めていたのは、魔法が使えるようになるからだったの? コマくれコマくれって、必死になって迫ってきた子供たちのことを思い出して、私はちょっぴり納得した。
でもあれは、ドングリに小枝を差し込んだだけの普通のコマだ。
遊んでいたら魔法が使えるようになったなんて、信じられない。
「黒の領域に行くか、悪魔に遭遇しないと、魔法使いにはなれないんでしょ?」
「そのとおりです。だから大きな問題になっているのですよ」
マシューは憂うつそうにため息をついた。
「魔法は貴族の特権です。私のような引率者が黒の領域へ連れていった貴族の子供か、悪魔の襲撃に遭って生き残った人間でなければ、魔法が発現することはありません。しかしあなたは、コマという安価な道具を通じて、平民の子供たちを魔法使いにしてしまった。王都の貴族と教会は今、この問題に適切に対処するため、コマ売りの少女を見つけ出そうと躍起になっています。あなたが王都にいるのは危険だ」
「……どうして?」
頭が混乱する。なんか、分かるようで分からない。
「何が危険なの?」
私の作ったコマに、知らないうちに特別な力が宿っていたとして。
それが原因で、王都の貴族や教会の人間に探されているとして。
なんでマシューは、その状況が私にとって危険だって言いきれるの?
おかしい。
また不安が大きくなって、私は膝の上にいるグリームの手をぎゅっと握った。
神官が危険だってことを私は知っているから、今の話を聞いて、ちょっと怖いなって思った。でも白の領域の人たちは、神官を危険だって思っていないはず。
それにマシューは、こんな立派な馬車を待たせておけるんだから、王都の貴族じゃないわけがない。そもそも、私が王都でコマを売っていた少女だって、どうして分かったの?
……疑問がどんどん増えていく。
マシューが何を考えているのか分からなくて、怖い。この人、やっぱり……。
「ボスは、あなたが教会の人間に捕まることを恐れていました」
逃げたほうがいいかも。
そう思ってグリームを起こそうとしたとき、マシューが急に、何か思い悩むようなしんみりとした声でそう言った。
え? 顔を上げると、マシューは困ったような表情を浮かべていて、
「あなたは珍しい魔法を使えるようですから。教会の人間に捕まれば、囲い込まれ、二度と神殿の外に出られなくなるかもしれないと、ボスはそのように危惧していました。私は王都の貴族ですが、ボスの頼みは断れませんし、アーヴィングの件の恩人を教会に突き出すような、不義理な真似はしませんよ」
「……」
「あなたがコマを売りに王都へ行っていたことは、ジャッカルが知っていました。黒髪の少女も、赤目の少女も、白の領域ではめったに見かけません。極めつけは、コマ売りの少女が現れた区域で、ルーナ・ブラックという人物が営業許可証を購入していたことですね。これだけ情報があれば、あなたが魔法のコマを売っていた人物だと容易く特定できます」
「……」
「ふむ。これは当然の帰結だと思うのですが? 怯えられるとは心外です」
心を読まれている⁉
急に話し出したと思ったら、疑問に思っていたことをすらすら説明された。
意味が分からなくて、私はマシューのことがますます怖くなった。
何なの、この人。
本物のお化けも、はだしで逃げ出しそうなくらい不気味なんだけど……。
ねえ、グリーム。
さっきからずっと寝たふりしているけど、この人、本当に警戒しなくて大丈夫なの? 怪しさプンプンだよ? 《在り処を示せ》すると、この馬車がちゃんとライオネルの反応に近付いているってことは分かるけどさぁ。
「つきましたよ」
グリームをつんつんして、ちょっと現実逃避していたら、ついにマーコール邸に着いてしまった。
ところが窓の外を見ると、邸宅と呼べるような大きな建物はどこにもない。白かったり茶色かったりする細長い家が、道に沿ってずらりと並んでいるだけだ。
どれのことだろう?
不思議に思いながら馬車を降りると、マシューは私を白い家に案内した。
白い壁に、茶色の木材が模様のように張りついている家だ。ブラック邸の五分の一くらいのスケールで、屋根窓が四つ、煙突が一つ飛び出した赤茶色の屋根は、角度のきつい、すべり台みたいな形をしている。
……こういうところも感覚がちがうんだ。
これは邸宅じゃないよ、と思いながらその家の中に入ると、
「ルーナ!」




