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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
50/176

50. 早々の邂逅

「何だったの……」


ものすごく忙しい三十分だった。


ドングリのコマがなくなって、集まっていた子供たちがみんないなくなると、私は道端に座って少し休憩した。ようやく休める……。


気疲れっていうのかな?

ダリオンの訓練みたいに体を動かしたわけじゃないけど、とても疲れていた。


白の領域の人たちの行動って、ほんと理解できない。


「お疲れ様」


「うん……」


建物の壁に寄りかかって、ふわふわしたグリームの毛並みを撫でながら、目の前を通り過ぎていく人々をなんとなく観察する。


……ほんと意味わかんない。常識がちがうとは知っているけど、同じ人の形をしているのに、白の領域の人って本当に意味不明。


集まってきた子供たちは、ドングリの笛には興味がないようだった。


コマが売り切れたあと、残念がる子供たちに、笛ならまだあるよって教えたんだけど、コマがいい、コマじゃなきゃいらないと言って、笛をほしがる人は誰もいなかった。


面白いからきっと売れると思ったのに……、20WC(ホワイトコイン)だったからかな?


笛はコマより作るのが大変だったから、少し高い値段にしたんだけど、それがいけなかったのかもしれない。


ぜんぜん誰も買ってくれなくて、私は困った。


だけど、子供たちにコマはもうないよって教えながら、ドングリの笛を吹いていたら、通りかかった体の大きな男の人――腕も足も太くて、すごく力の強そうなこわもての人が立ち止まって、興味があるような反応をした。


驚いたし、少し怖かったけど、ドングリを下唇に当てて、穴に息を吹き込むと音がするんですよって教えると、


「全部くれ」


「えっ」


「いくらだ?」


「2000WC(ホワイトコイン)ですけど……」


「それだけでいいのか。安いな」


なぜか分からないけれど、その男の人はドングリの笛100個、全部買っていった。


不思議。ほんっとうに不思議。


大人でも子供のおもちゃで遊ぶの? それとも、家にいる子供のため? ……どっちにしたって、ひとりで100個も必要ないと思うけど。


まぁおかげで完売したから、買ってくれたことには感謝だ。


営業許可証を買うための、1000WC(ホワイトコイン)も使わずに済んだし。

ああやって商売することが、いいことかどうかは知らないけどね!


ともかく、これでお金は手に入った。あとはナユタのナイフを買い戻すだけ。


しばらくしてから、休憩をおしまいにして質屋に行くと、


「いらっしゃい。……あ、この前のお嬢さんじゃないか」


ドアを開けたときのチリンチリンという音で顔を上げた店主が、私を見て覚えているような顔と発言をした。ふさふさのグレイヘアの、亜麻色の作業服を着た中年の男の人。


覚えているなら話が早い。

さっそく、この前のナイフはまだありますかと聞こうとしたら、


「ちょっと聞きたかったんだが、この前のあのナイフ、どこで手に入れたんだ?」


聞く前にそう聞かれて、私は少し面食らった。


なんでそんなこと聞くの? 別に秘密にするようなことじゃないけど……。


「知り合いにもらったんです。それで、あの、この前はお金が必要で売ってしまったんですけど、お金が稼げたので、今日はあのナイフを買い戻しにきました。いくらですか?」


「悪いねぇ」


尋ねた瞬間、質屋の店主はすっと口角を下げた。


「あのナイフは買い手がついて、もうここにはないんだ」


「えっ」


「だが、粗末にされていることはないと思うよ。買っていったのは、教会のお偉いさんだったからね」


カウンターから身を乗り出し、質屋の店主は声をひそめて話を続けた。


「俺には分からなかったが、あのナイフにはすごい魔法が宿っていたらしい。魔法使いの界隈では、今その話題で持ちきりなんだとか。教会の人間がひっきりなしに来て、お嬢さんのことを知りたがっていたよ。あのナイフについて、知り合いから何か聞いていないのか?」


「聞いていないです……」


どういうこと?


衝撃的すぎて、質屋の店主の話がなかなか頭に入ってこない。


ナユタのナイフにすごい魔法が宿っていた? 教会の人間が、私のことを知りたがっていた? 何それ、意味わかんないよ。なんでそんなことになっているの?


はっきりしているのは、私は遅すぎたってことだけだ。


教会の人間っていうのは、神官のこと。

神官がナユタのナイフを持っているんじゃ、私はどうすることもできない。神官はとても危険で、近付いちゃいけないから。どうしよう……。


売らなきゃよかったな、と後悔しながら、私はグリームをぎゅっと抱きしめた。


帰ったら、ナユタにどう説明すればいいんだろう?


あげたものを私が売ったって知ったら、きっと悲しむよね。嫌な気持ちにさせちゃう。でも取り戻すのは不可能だろうし、正直に話すしかない。反応が怖いけど、もうそうするしかない……。


呆然としていると、そのうち質屋の店主が、今度はその髪留めを預けないかと話しかけてきた。私が今つけている、ウパーダーナで買ったチョウチョの髪留めのことだ。


作りが細かくてよく光っているから、いい金額を出せると言われたけど、売るつもりは毛頭ない。ナユタのナイフが買い戻せないんじゃ、いくらお金があっても意味がない。


この質屋に、もう用はなかった。


「お邪魔しました」


それ以上うるさいことを言われないうちに、私はがっかりしながら質屋を出た。


ごめんね、ナユタ……。


ずぅんと落ち込みながら、下を向いて適当に歩き出す。行きたいところがあるわけじゃないけど、今はともかく、ひたすら動いていたい気分だった。


黙々と足を動かしていると、商売をしなきゃよかったとか、もっと別の方法を考えればよかったとか、いろんな後悔が浮かんでくる。ナユタに嫌われちゃうかなとか、もう遊んでもらえないのかなとか、そんな不安も生まれてくる。


あげたものを大事にしてもらえなかったら、悲しいって知っているのに、私、なんで質屋に預けちゃったんだろう……。


「わっ」


めちゃくちゃに歩いていると、不意に、誰かと正面からぶつかった。


いけない、考え事に集中しすぎだ。

前方不注意だ。気を付けないと……。


「ごめんなさい!」


「いえ、お気になさらず」


……あれ?


謝って、すぐさま顔を上げて私は驚いた。


そこにいたのは、この前もぶつかった貴族の人だったのだ。長めの灰色の髪、青いアーモンドアイ、小さくてあまり目立たない鼻、しゅっとした顎……、間違いない。王都で二度もぶつかるなんて、すごい偶然だ。


……ん?

でもこの人、どこか別のところでも見たことがあるような?


改めて目の前の男の人を観察して、私は心の中で首をかしげた。


どうしてだろう? ほほ笑んでいるんだけど、なんとなく嘘くさいその笑顔に見覚えがある。最近、どこかで会ったような? うーん? あの笑顔、どこで見たんだっけ?


「わざと避けなかったのです」


「……え?」


思い出そうとしていると、貴族の人が急にそう言った。

びっくりして、私はそれまで考えていたことが一瞬で吹き飛んだ。


え、どういうこと? わざと避けなかった?


確かに正面衝突って、互いに前を見ていないと起こらないことだけど……。


「ルーナさん。少しお話、よろしいですか?」


「あ、はい……」


「ありがとうございます」


貴族の人がにこりとした。私の頭はもう疑問でいっぱいだった。


思わず返事をしちゃったけど、この人、どうして私の名前を知っているの? やっぱり、王都以外でも会ったことがある人?


ところが、考えても考えても、分かりそうで分からない。何か引っかかるんだけど、いったい何に引っかかっているのか、はっきりしない。


最終的に、私は助けを求めて腕の中のグリームを見下ろした。

グリームは、だから言ったのよ、って感じのうんざり顔をしていた。


どうも心当たりがあるらしい。グリームが何か分かっていて、それでいてあんまり警戒していないことに、私は少し安堵した。


そうだよね。びっくりしたけど、私の名前を知っているってことは、どこかで名乗った知り合いだってことだよね。……記憶にないけど。


「すでにお気付きかと思いますが、私はマシュー・ソレノドンと申します」


考え続けていると、やがて貴族の人がほほ笑んで、そう名乗った。


マシュー・ソレノドン。


……なるほど! それを聞いて、私はようやく違和感の正体に気付いた。


灰色の髪、青い目、嘘くさい笑い方。

この人は、ウパーダーナにいた子供のマシューと顔や雰囲気がそっくりなのだ!


体の大きさと服装がぜんぜんちがうから、今までピンときていなかったけど、そうだ、確かマシューは、白の領域の子供だったはず。


「ウパーダーナにいた、人探しのマシュー?」


「そうですよ。その節はお世話になりました」


「子供じゃないの?」


「はい。黒の領域へ行くときは、子供姿のほうが何かと都合がいいものですから」


尋ねると、すらすら答えが返ってくる。


そういうことね。

私の逆バージョン。あの時は、魔法で小さくなっていたんだ。


納得してうなずいていると、


「マーコール邸へお越しいただけますか」


不意に周囲を気にするように顔を動かし、マシューがそう言ってきた。


なんで? ていうか、マーコール邸って?


マシューの口から、意外な名前が出てくることに驚きながら、


「どうして?」


「あなたを見つけたら逃さないようにと、ボスに頼まれているからです」


「……ライオネルに?」


「そのとおりです」

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