50. 早々の邂逅
「何だったの……」
ものすごく忙しい三十分だった。
ドングリのコマがなくなって、集まっていた子供たちがみんないなくなると、私は道端に座って少し休憩した。ようやく休める……。
気疲れっていうのかな?
ダリオンの訓練みたいに体を動かしたわけじゃないけど、とても疲れていた。
白の領域の人たちの行動って、ほんと理解できない。
「お疲れ様」
「うん……」
建物の壁に寄りかかって、ふわふわしたグリームの毛並みを撫でながら、目の前を通り過ぎていく人々をなんとなく観察する。
……ほんと意味わかんない。常識がちがうとは知っているけど、同じ人の形をしているのに、白の領域の人って本当に意味不明。
集まってきた子供たちは、ドングリの笛には興味がないようだった。
コマが売り切れたあと、残念がる子供たちに、笛ならまだあるよって教えたんだけど、コマがいい、コマじゃなきゃいらないと言って、笛をほしがる人は誰もいなかった。
面白いからきっと売れると思ったのに……、20WCだったからかな?
笛はコマより作るのが大変だったから、少し高い値段にしたんだけど、それがいけなかったのかもしれない。
ぜんぜん誰も買ってくれなくて、私は困った。
だけど、子供たちにコマはもうないよって教えながら、ドングリの笛を吹いていたら、通りかかった体の大きな男の人――腕も足も太くて、すごく力の強そうなこわもての人が立ち止まって、興味があるような反応をした。
驚いたし、少し怖かったけど、ドングリを下唇に当てて、穴に息を吹き込むと音がするんですよって教えると、
「全部くれ」
「えっ」
「いくらだ?」
「2000WCですけど……」
「それだけでいいのか。安いな」
なぜか分からないけれど、その男の人はドングリの笛100個、全部買っていった。
不思議。ほんっとうに不思議。
大人でも子供のおもちゃで遊ぶの? それとも、家にいる子供のため? ……どっちにしたって、ひとりで100個も必要ないと思うけど。
まぁおかげで完売したから、買ってくれたことには感謝だ。
営業許可証を買うための、1000WCも使わずに済んだし。
ああやって商売することが、いいことかどうかは知らないけどね!
ともかく、これでお金は手に入った。あとはナユタのナイフを買い戻すだけ。
しばらくしてから、休憩をおしまいにして質屋に行くと、
「いらっしゃい。……あ、この前のお嬢さんじゃないか」
ドアを開けたときのチリンチリンという音で顔を上げた店主が、私を見て覚えているような顔と発言をした。ふさふさのグレイヘアの、亜麻色の作業服を着た中年の男の人。
覚えているなら話が早い。
さっそく、この前のナイフはまだありますかと聞こうとしたら、
「ちょっと聞きたかったんだが、この前のあのナイフ、どこで手に入れたんだ?」
聞く前にそう聞かれて、私は少し面食らった。
なんでそんなこと聞くの? 別に秘密にするようなことじゃないけど……。
「知り合いにもらったんです。それで、あの、この前はお金が必要で売ってしまったんですけど、お金が稼げたので、今日はあのナイフを買い戻しにきました。いくらですか?」
「悪いねぇ」
尋ねた瞬間、質屋の店主はすっと口角を下げた。
「あのナイフは買い手がついて、もうここにはないんだ」
「えっ」
「だが、粗末にされていることはないと思うよ。買っていったのは、教会のお偉いさんだったからね」
カウンターから身を乗り出し、質屋の店主は声をひそめて話を続けた。
「俺には分からなかったが、あのナイフにはすごい魔法が宿っていたらしい。魔法使いの界隈では、今その話題で持ちきりなんだとか。教会の人間がひっきりなしに来て、お嬢さんのことを知りたがっていたよ。あのナイフについて、知り合いから何か聞いていないのか?」
「聞いていないです……」
どういうこと?
衝撃的すぎて、質屋の店主の話がなかなか頭に入ってこない。
ナユタのナイフにすごい魔法が宿っていた? 教会の人間が、私のことを知りたがっていた? 何それ、意味わかんないよ。なんでそんなことになっているの?
はっきりしているのは、私は遅すぎたってことだけだ。
教会の人間っていうのは、神官のこと。
神官がナユタのナイフを持っているんじゃ、私はどうすることもできない。神官はとても危険で、近付いちゃいけないから。どうしよう……。
売らなきゃよかったな、と後悔しながら、私はグリームをぎゅっと抱きしめた。
帰ったら、ナユタにどう説明すればいいんだろう?
あげたものを私が売ったって知ったら、きっと悲しむよね。嫌な気持ちにさせちゃう。でも取り戻すのは不可能だろうし、正直に話すしかない。反応が怖いけど、もうそうするしかない……。
呆然としていると、そのうち質屋の店主が、今度はその髪留めを預けないかと話しかけてきた。私が今つけている、ウパーダーナで買ったチョウチョの髪留めのことだ。
作りが細かくてよく光っているから、いい金額を出せると言われたけど、売るつもりは毛頭ない。ナユタのナイフが買い戻せないんじゃ、いくらお金があっても意味がない。
この質屋に、もう用はなかった。
「お邪魔しました」
それ以上うるさいことを言われないうちに、私はがっかりしながら質屋を出た。
ごめんね、ナユタ……。
ずぅんと落ち込みながら、下を向いて適当に歩き出す。行きたいところがあるわけじゃないけど、今はともかく、ひたすら動いていたい気分だった。
黙々と足を動かしていると、商売をしなきゃよかったとか、もっと別の方法を考えればよかったとか、いろんな後悔が浮かんでくる。ナユタに嫌われちゃうかなとか、もう遊んでもらえないのかなとか、そんな不安も生まれてくる。
あげたものを大事にしてもらえなかったら、悲しいって知っているのに、私、なんで質屋に預けちゃったんだろう……。
「わっ」
めちゃくちゃに歩いていると、不意に、誰かと正面からぶつかった。
いけない、考え事に集中しすぎだ。
前方不注意だ。気を付けないと……。
「ごめんなさい!」
「いえ、お気になさらず」
……あれ?
謝って、すぐさま顔を上げて私は驚いた。
そこにいたのは、この前もぶつかった貴族の人だったのだ。長めの灰色の髪、青いアーモンドアイ、小さくてあまり目立たない鼻、しゅっとした顎……、間違いない。王都で二度もぶつかるなんて、すごい偶然だ。
……ん?
でもこの人、どこか別のところでも見たことがあるような?
改めて目の前の男の人を観察して、私は心の中で首をかしげた。
どうしてだろう? ほほ笑んでいるんだけど、なんとなく嘘くさいその笑顔に見覚えがある。最近、どこかで会ったような? うーん? あの笑顔、どこで見たんだっけ?
「わざと避けなかったのです」
「……え?」
思い出そうとしていると、貴族の人が急にそう言った。
びっくりして、私はそれまで考えていたことが一瞬で吹き飛んだ。
え、どういうこと? わざと避けなかった?
確かに正面衝突って、互いに前を見ていないと起こらないことだけど……。
「ルーナさん。少しお話、よろしいですか?」
「あ、はい……」
「ありがとうございます」
貴族の人がにこりとした。私の頭はもう疑問でいっぱいだった。
思わず返事をしちゃったけど、この人、どうして私の名前を知っているの? やっぱり、王都以外でも会ったことがある人?
ところが、考えても考えても、分かりそうで分からない。何か引っかかるんだけど、いったい何に引っかかっているのか、はっきりしない。
最終的に、私は助けを求めて腕の中のグリームを見下ろした。
グリームは、だから言ったのよ、って感じのうんざり顔をしていた。
どうも心当たりがあるらしい。グリームが何か分かっていて、それでいてあんまり警戒していないことに、私は少し安堵した。
そうだよね。びっくりしたけど、私の名前を知っているってことは、どこかで名乗った知り合いだってことだよね。……記憶にないけど。
「すでにお気付きかと思いますが、私はマシュー・ソレノドンと申します」
考え続けていると、やがて貴族の人がほほ笑んで、そう名乗った。
マシュー・ソレノドン。
……なるほど! それを聞いて、私はようやく違和感の正体に気付いた。
灰色の髪、青い目、嘘くさい笑い方。
この人は、ウパーダーナにいた子供のマシューと顔や雰囲気がそっくりなのだ!
体の大きさと服装がぜんぜんちがうから、今までピンときていなかったけど、そうだ、確かマシューは、白の領域の子供だったはず。
「ウパーダーナにいた、人探しのマシュー?」
「そうですよ。その節はお世話になりました」
「子供じゃないの?」
「はい。黒の領域へ行くときは、子供姿のほうが何かと都合がいいものですから」
尋ねると、すらすら答えが返ってくる。
そういうことね。
私の逆バージョン。あの時は、魔法で小さくなっていたんだ。
納得してうなずいていると、
「マーコール邸へお越しいただけますか」
不意に周囲を気にするように顔を動かし、マシューがそう言ってきた。
なんで? ていうか、マーコール邸って?
マシューの口から、意外な名前が出てくることに驚きながら、
「どうして?」
「あなたを見つけたら逃さないようにと、ボスに頼まれているからです」
「……ライオネルに?」
「そのとおりです」




