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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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5. 最初の過ち

「おーい!」


ふと、知らない誰かの声が聞こえた。


首をひねると、大きく手を振りながらこちらに向かって走ってくる、茶髪の男の子が見える。背の高い、少し年上かなって感じの、活発そうな男の子。


また子供だ!


目にした瞬間、あの子も森に遊びにきたのかなと反射的に期待したけど、


「きん、きゅう、じたい!」


どうもそうではないらしい。


「ジャッカル。どうしたの?」


知り合いのようで、振り向いたライオネルが茶髪の男の子にそう聞いた。


ジャッカルというその茶髪の男の子は、ライオネルの前で立ち止まると、


「この近くに悪魔が現れたから、今すぐ避難するんだってさ!」


まずはそう言って、軽く息を整えてから、


「二人が森に出かけたって聞いたから、村で一番足の速い俺が、こうしてお前らを呼びにきたってわけ。そっちの子は初めて見るけど、二人の友達?」


不審そうに私を見た。


怪しまれているみたいで、ちょっと緊張したけど、


「そうだよ。呼びにきてくれてありがとう」


迷わずライオネルが肯定したのを聞いて、途端にわぁってすごく嬉しくなった。


私たち、友達なんだ! 初めての人間の友達!

ぴょんぴょん飛び跳ねて回りたいくらい気持ちが高ぶった。


だけど、幸せでいられたのはほんの少しだけで、ライオネルは険しい顔でダクトベアとうなずき合うと、


「すぐに戻らないといけないね。ルーナはどうする?」


私にそう聞いてきた。えっと……。


嬉しい気持ちがしゅんとしぼんでいく。

もう終わりなんだ。私はもっと遊んでいたいけど、緊急事態になったから、二人はもう私と遊んでいられないんだ。……悲しいな。


このまま残って、ひとりでキノコ採りを続けてもいいけど、それじゃきっとつまらないよね。こういうのは、みんなでやるから楽しいのだ。ひとりじゃキノコの区別もつかないし。


「一緒に行く」


名残惜しく残念に思いながら、私はそう返事をした。


するとライオネルは、少し不安そうな顔をしたけど、何を不安に思っているのかは口にしないで、了解するように小さくうなずき、


「分かった。一緒に行こう」


そういうわけで、先を行く三人の背中を追いかけ、私は来た道を引き返した。

駆け足で森を出て、畑があるほうに走っていく。


そしたら途中で、空高くのぼるえんじ色の旗と、たくさんの大きな荷馬車が目に入ってきて、あれっと不思議に思った。

何だろう? どちらも、森に入る前にはなかったものだ。


「あれは何?」


走りながら尋ねると、ジャッカルがちょっと振り向いて教えてくれた。


「兵隊の荷馬車だよ。悪魔の軍勢が迫っているって、教えに来てくれたんだ。おかげで村のみんなは、もう逃げる準備ができている。……お前も来るの?」


「うーん。どうしよう」


悩みどころだ。

村に戻れば、他に遊んでくれる人がいるかもしれないって期待していたんだけど、あたりは不気味なほど静かで、もぬけの殻になっているような感じがする。


避難するって、村人全員が村から避難するって意味だったの?

もうちょっと冒険したいけど、そろそろ帰るべきだろうか。

でも帰ると、三柱に怒られるんだよなぁ……。


うだうだ考えながら、ライオネルたちと一緒に兵隊の荷馬車に近付いていくと、


「何をのろのろしている!」


突然、そんな野太い声が聞こえてきて、反射的に体がこわばった。


びっくりして、怖くなって、走るのをやめる。急いでいる様子だった三人も、思わずというふうに足を止め、声が聞こえてきたほうにこわごわ目を向けている。


そこには、怯えた顔をしている人たちと、くすんだ黄緑色の制服を着た人たちと、えんじ色の帽子をかぶった偉そうな人がいた。台の上に立った偉そうな人が、わめくように制服を着ていない人たちを怒鳴りつけ、萎縮させている。


なんで怒っているんだろう?

分からないけど、とても嫌な雰囲気だった。


逃げたいな。近付きたくないな。もうバイバイしようかな。

怒る大人は怖い。声が大きい人も、体が大きい人もちょっと怖い。


かかわりたくないなと思いながら、私は三人の後ろに立って、荷馬車近くの様子をじっとうかがっていた。


そしたらしばらくして、怒るのをやめた偉そうな人が、不意にこちらを向いた。まっすぐ私を見て、驚いたように目を丸くしたあと、にやりと笑い、


「見つけたぞ」


そう言ったような気がした。


え? 何? 私、見つかったの?

わけが分からない。


戸惑っていると、偉そうな人が腕を動かして、合図みたいなことをした。

刹那、制服を着た大人たちが長い銃を構え、こちらに向けて発砲してくる。


……なんで?

理解できない。


不思議に思いながら、私は飛んできた銃弾を魔法ではじき返した。ダリオンの授業でいつもやっているように、魔法で『物理シールド』を展開して、パンッ。


ところがそうした途端、制服を着た大人たちがばたばたと倒れだした。


何、どういうこと?

意味が分からない。


いきなり飛んできた銃弾を、魔法で跳ね返しただけなのに。

自分が放った攻撃を食らって倒れるなんて、おかしいと思うんだけど大丈夫?


少し心配して見ていると、やがて制服の大人の一人が叫んだ。


「おのれ悪魔め! 子供を人質にとるか!」


……? 何のことだろう?


「ねえ」


さっぱり意味が分からなくて、どういう意味か尋ねるつもりで声をかけたら、振り向いたライオネルとダクトベアはきょとんとしていた。そうだよね、意味わかんないよね。


でもジャッカルだけは、大人の言葉の意味を理解しているようで、動揺しながら、


「え、マジ?」


そうつぶやいて、私のことをちらちら見てくる。


「私の顔に何かついている?」


気になって尋ねると、ジャッカルは首を横に振って、


「いや。……お前って悪魔なの?」


怖がるようにそう聞いてきた。


おかしな質問だ。

私が悪魔なわけないじゃん。悪魔っていうのは人間を堕落させる架空の存在で、実在しているわけないんだから。

……うーん?


でもそういえば、ライオネルも悪魔との戦争がどうとかって話していたような?

なんか変だなと思って、これまでの会話を思い出しながら、私は少し考えてみた。


悪魔が現れたとか、悪魔の軍勢が迫っているとか、あり得ないことだから、何言っているんだろうなって適当に聞き流していた。

けど、もしかして『悪魔』って言葉には、白の領域の人だけが知っている別の意味がある? たとえば私は、三柱に理不尽なことをされた時、非難して『悪魔!』って言うことがあるんだけど、そういう感じで使っている?


「悪魔?」


試しに聞き返してみると、


「そんなことも知らないなんて、どんなクソ田舎から出てきたんだよ」


と、ダクトベアがぼそっと言ったのが聞こえた。


田舎から来たわけじゃないのに! バカにしないでよ!

思わずむっとして、私は心の中で反論した。


私は黒の領域の人間なんだから、白の領域のことに詳しくないのは当たり前じゃん。知っているのが当然みたいに言わないでよ。もっと優しく話してよ。いじわる!


「この世界に、白の領域と黒の領域があることは知っている?」


嫌な気持ちになってダクトベアをにらんでいたら、ライオネルが注意するようにダクトベアを小突いて、取り持つように話しかけてきた。


……やっぱりライオネルは優しいね。


いらいらが少しおさまって、私は静かにうなずいた。


「うん。それは知っている」


「よかった」


ライオネルは安心したように息をついて、


「悪魔っていうのは、黒の領域にいる生き物のことだよ」


そう教えてくれた。

生き物……、つまり人間ってこと?


「へえ!」


やっぱり『悪魔』って、普通の『悪魔』のことじゃないんだ!


「それなら私、悪魔だね。だって黒の領域から家出してきたんだもん」


お前の魂を寄こせー! がおーっ!

……なーんてね。ふふっ。


意外な、面白い呼び方だ。白の領域の人たちは、そういう意味で『悪魔』って言葉を使うんだ。私、こっちだと悪魔になるんだ。

それなら少し、悪魔っぽいことをしてみようかなと、私はわくわくしながら考えた。


ところが、ライオネルたちは凍り付いたような表情で私を凝視している。

え……?


ただ事ではないような感じで、ライオネルたちを見たら、ふざけてみようという気はなくなってしまった。

どうして? なんで怯えるような顔をしているの? ……あっ。


考えて、少ししたら気付いた。

ライオネル、『悪魔と戦争』って言っていたもんね。


白の領域の人間にとって、悪魔――黒の領域の人間はみんな敵なんだ。だから固まっているんだ。でも私、戦争する気なんてないのに……むしろ戦争のせいで、退屈になった被害者なのに……。


何もしていないのに、怖がるような反応をされてちょっと悲しくなる。

今なら、冗談だったってことにできるかな?


考えている間にも、銃弾は途切れることなく飛んでくる。

防御しなきゃ死んじゃうのに、ライオネルたちは表情をこわばらせるだけで、何もしようとしていない。白の領域の人って魔法が使えないの? だとしたら、白の領域の大人たちが私たちに向けて銃を撃ってきているのって……、死んでも構わないってこと?


まさかね。


ひたすら銃弾を跳ね返し続けながら、


「ねえ、これっていつになったら終わるの?」


冗談めかして聞いてみたけど、三人とも呆然としていて答えてくれない。


なんで攻撃してくるんだろう? 私が黒の領域の人間だから? でもそれって、見た目だけじゃ分からないよね? ちゃんとかわいくない服を着て、白の領域の子供たちと一緒にいるのに……。


とりとめもなく、頭の中で同じようなことをぐるぐる考えていると、


「お嬢!」


不意に、あんまり聞こえてほしくなかった声が耳に飛び込んできた。


げっ。ダリオンの声だ。かなり怒っている感じのダリオンの声。

ついに見つかったか……。


いやいや振り向くと、戦闘用の黒い服とマントをまとったダリオンが、目を吊り上げて私を見下ろしていた。怒っている。ひと目見てはっきり分かるほど、激怒している。


その証拠に、ダリオンは私と目が合うと、


「何をやっている!」


人目も気にせず雷を落としてきた。

うぅ、開口一番お説教だなんて……。


「勝手に出歩くなと言っただろう! 何を考えている!」


すっごく嫌な気分だ。

こっちに来ないでほしいな、どっか行ってほしいなって思ったけど、無視してくれるわけがなくて、やがて宙に浮いていたダリオンが、私の目の前に下りてくる。


怒り顔のダリオンをちょっと見上げて、でも怖いからすぐに靴のつま先に目を移して、


「だって、誰も構ってくれないんだもん」


私は小声で反論した。


「そんなくだらない理由で白の領域まで行く奴があるか!」


途端にまた、容赦なく雷が落ちる。

そんなに怒らなくたっていいじゃん……。


よくないことをしたのは分かっている。

けど、遊び相手がいないっていうのは、私にとっては重大事件なんだよ。ちっともくだらないことじゃないんだよ。


怒られているうちに、怖いなって気持ちが怒りと不満に変わっていった。

元はと言えば、『大人の事情』で私をのけ者にした大人たちが悪いのに、なんでそんなに怒るの?


すごく不満で、下を向いて唇を尖らせていると、


「……いや、説教は後だな」


呆れたようなため息が聞こえた。


少しだけ顔を上げると、首を左右に振っているダリオンが見えて、


「まずは目撃者を消すか」


「え?」


不穏なひとり言が聞こえたような……、気のせいだよね?


思わず自分の耳を疑った。でも気のせいではないようで、ダリオンが魔力を溜め、強力な魔法を使おうとしているのが気配で分かった。


うそでしょ? 目撃者を消すって、ここにいるみんな殺すつもりなの?


信じられない思いでダリオンを見つめていると、


「お嬢、少々お待ちを」


淡々とそう言われて、本気で魔法を使うつもりらしくて、


「何言ってんの⁉ 消しちゃダメ! 私の友達がいるんだから!」


慌てて私は、ダリオンの服をぎゅっとつかんで必死に抗議した。

初めての人間の友達が、その日のうちにいなくなっちゃうなんて嫌だよ!


「友達?」


するとダリオンは、魔法の気配を少しだけ小さくして、眉間にシワを寄せながらライオネルたちへと目を向けた。そして数秒後、ハッとあざ笑うように息を吐き出す。


すごく嫌な感じ。だけど、出そうとしていた魔法は引っ込めてくれて、腕を伸ばして私のことを抱き上げると、


「まぁ、いいでしょう」


言うなり宙に移動した。


いきなり飛ばないでよ! びっくりするじゃん!


しがみついて、動きが落ち着いてからダリオンをにらんだけど、無視された。

むかつく。


でもその時、ダリオンの顔の向こうに争っている人たち――槍や剣を振り回して攻撃したり、光の魔法や地面を揺らす魔法をぶつけ合ったりしている人たちの姿が見えて、本当に近くで戦争しているんだっていう、驚きのほうが強くなった。


草のない広大な大地で、人や動物や兵器がごちゃごちゃ入り乱れて戦っている。

倒れて動かない人や、怪我をした人がたくさんいる。戦うって痛いことなのに、みんな武器を持って、魔法を使って、必死で誰かを倒そうと力を振りしぼっている。


なんで争っているんだろう?

……怖いな。大人の考えることってよく分からない。


戦場の様子をぼんやり眺めていたら、


「あれっ。……レオがいる?」


争っている集団の中に、ふと金茶のライオンが見えた。


レオかな? 反射的にそう思ったけど、そのライオンは人間を食いちぎったり、投げ飛ばしたり、普段の穏やかなレオからは想像できないことをやっている。獰猛だし、おじいちゃんライオンの動きじゃないし、レオではないようだった。そういえば……、


「ここってトルシュナーなの?」


「そうですよ」


聞くと、ダリオンはすぐ肯定の返事をくれた。そして私の目を見て、


「ここは危険です。城に戻りましょう」


平坦な口調でそう言った。


危険……、そうだね。

ダリオンの言うことに従うのは癪だけど、あの戦争に巻き込まれるのは嫌だ。ライオネルたちみたいに、私も避難したほうがいいかも。


思い出して足元の地上に目を向けると、ライオネルたちはもうそこにはいなかった。

私が戦争に気を取られているうちに、どこかへ行ってしまったらしい。急いでいる様子だったから無理もないけど、残念だ。さよならの挨拶をしたかったのに。


一方で、制服の大人たちはまだ同じところにいて、こっちに向けてしつこく銃を撃ってきている。今はダリオンが上手にはじいているから、自分の撃った銃弾のせいで倒れる人はいないけど……、銃じゃ意味がないって分からないのかな?


あちこちから飛んでくる銃弾を、ダリオンはさも簡単そうに処理している。

さすがだね。怖いけど、こういう時は頼りになる。


「祝福をお願いできますか」


「いいよ」


頼まれて、私はすぐ承諾した。


もう遊べないし、捕まった時点でダリオンからは逃げられない。帰ったら間違いなくお説教されるだろうから、本当は帰りたくないけど、もうどうしようもないのだ。


あーあ、憂うつだなぁ。

今回の冒険はこれでおしまいか。


あっという間だったなと思い返しながら、私はダリオンのほっぺたにキスをした。

それが『祝福』。


そうすると魔力が増えて、ダリオンでも門を開けられるようになるらしい。ダリオンはすごく強いけど、私とちがって、自力では門を開けないのだ。というか、門を開く魔法を使えるのって、私が知っている限りでは私とお母様だけなんだよね。


こっちに来る時は、お母様に門を開いてもらったんだと思う。帰る時は、今みたいに私を頼るか、門の跡地に行くつもりだったんだと思う。『嫌だ』ってお願いを拒否してもよかったけど、怒っているダリオンと一緒に行動するのは、絶対に楽しくない。


「ありがとうございます」


私が顔を離すと、ダリオンは空中にすぐさま暗緑色の扉を作り出した。


……あれ? 私が門を開く時とちがうんだけど?

疑問が生まれる。でも尋ねる前に、抱きかかえられたまま扉をくぐることになって、その先にあったのは見慣れた私の部屋だった。


低い机の脇に、三柱の二人――偽の笑顔をはりつけたアースと、無表情のシャックスが並んで立っている。……だいぶ怒っているなぁ。


怒り心頭って感じで、見た瞬間、勝手に冷や汗が吹き出した。なんでダリオンが開いた門には黒い通路がなかったんだろう、なんて考えている余裕はなくなった。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「た、ただいま……」

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