48. 本気の挑戦
その二日後、またシャックスの授業という休み時間があって、私は森に出かけた。
今回の目的は、森のみんなとピクニックをすることじゃない。ナユタのナイフを取り戻すために、ドングリを集めて売り物を作ることだ。
この前の商売は赤字になっちゃったけど、それは売り物の数が少なったせいで、ドングリのコマをたくさん作って持っていけば、今度はちゃんと利益を出せるはず!
ということで、ドングリを拾ってきてってシャックスにお願いすると、
「手作りの薄利多売って、効率悪すぎると思うんですが……」
何かぶつぶつ言っていたけど、協力してくれた。
工作のために、キリとナイフを借りにナユタのところへ行くと、
「この前のナイフはよくなかったですかい?」
そう聞かれてギクッとしたけど、
「そういうわけじゃないの。置いてきちゃったから……」
「さいですか。刃物がほしいんでしたら、スパークが打ってくれるそうですよ」
「え? 誰それ」
「鍛冶師のスパークです。普段は鍛冶場に引きこもっている奴なんですが、この前、久しぶりにあっしの小屋に来ましてね。お嬢様がナイフをほしがっていたって話をしたら、頼まれたら俺が打ってやったのにって残念がっていましたよ」
「ふぅん」
知らない人に知られているって、なんか変な感じ。シャド・アーヤタナに、まだ私の知らないところがあるっていうのもびっくりだし。鍛冶場ってどこにあるんだろう?
「三柱はスパークのこと知っている?」
「もちろんですよ。城の包丁や工具は、全部スパークが作っているんですから」
「頼んだら私のナイフ、作ってくれるの?」
「そう言っていましたよ」
いいな、作ってもらいたいな。
私のナイフ、私だけのナイフっていい響き。
「今度作ってもらいに行く! でも今は、これからドングリのコマを作るから、キリとナイフがすぐ必要なの。貸してくれる?」
「いいですよ。ちょいとお待ちを」
城門の近くで待っているねって話をして、私は南の森に向かった。
そこにドングリがたくさん落ちているから、少し拾ってから城門のところ――今日の工作場所に戻る。でも、まだ誰も来ていなくて、まだかな、まだかなって暇しながらしばらく待っていると、シャックスより先に、ナユタが現れた。
「ありがとう!」
もしかしてシャックス、ドングリ拾いが苦手?
シャックス遅いな、と思いながらキリとナイフを受け取って、私はさっそく、拾った丸っこいドングリでコマ作りを始めた。拾ったドングリがなくなって、それでもまだシャックスが来なかったら、探しにいってあげようっと。
集中して工作していると、
「ドングリの笛って知っています?」
「知らない」
「こうすると……、ほい!」
工作の道具を届けてくれたナユタが、なぜかまだ私の隣にいて、しゃがみ込むなり釘を取り出して工作を始めた。手慣れている……。
手を休めて様子を見ていると、ナユタはドングリの頭を石にこすりつけ、釘を差し込んで中身をほじくり出し、開いた穴に息を吹き込んで、ピユーイッ!
「すごい! 音が鳴った!」
面白いね! 王都に持っていったら、コマより売れそう!
「ちょいと手間ですがね。ドングリの種類によって、音も変わるんですよ」
「へえ! 何で?」
「さぁね。あっしは学がないもんで、そういうことは三柱さんに聞いてくださいよ」
「ええ……。シャックスに聞いたら授業が始まっちゃうよ……」
「あたしが何ですって?」
そのとき、ドングリを拾いにいったシャックスが戻ってきた。
腕にたくさんドングリを抱えて……、あれ? そんなに多くない。やっと大量生産できると思ったのに、ちょっと期待外れで意外だった。もしかして見つけるの下手なの?
「おかえり。意外と少ないね」
「すみませんね。お嬢様とちがって、あたしはかがむのが大変なもんで」
「背が高いから?」
おばあちゃんみたいなことを言って、シャックスは少しつらそうに腰を叩いている。
そんなに大変だったの?
私より大きいけど、シャックスって大人のなかじゃ小さいほうなのに。
「シャックスって身長いくつだっけ?」
「154センチです。35センチの差は大きいんですよ」
「ふーん」
そうなんだ。
よく分かんないけど、それなら私がドングリを探したほうがいいのかも。シャックスに工作してもらって、今度は私がドングリを集めてこよう。……って思ったんだけど、
「いや、一人で歩き回らないでほしいんですが」
シャックスに止められた。
ええっ、ドングリを拾いに行くだけなのに。
「そんなに遠くまで行かないよ?」
「どうですかね。お嬢様、夢中になると周りが見えなくなるでしょう?」
「ならないよ。私、もうそんな子供じゃないんだから!」
「へえ? そうやってすぐむくれるところが、まだ非常に子供っぽいんですが」
「あっしがついていきましょうか?」
言い合いをしていたら、突然ナユタがそう申し出てくれた。
ちょっとびっくりだ。ナユタは工作にハマったのか、さっきからずっとドングリをほじほじすることに集中していて、手伝ってくれるんだろうなという感じはしていた。けど、私とシャックスのやり取りに口を挟んでくるとは思っていなくて、これは嬉しい予想外。
やった!
ナユタなら私より小さいし、きっとドングリを見つけるのも得意だよね。
いってきます!
これなら文句ないでしょ、と、ナユタと二人で森に向かおうとすると、
「はぁ。授業をなしにしただけで、遊びの手伝いをするとは言っていないんですが」
ため息と共に、シャックスのそんな呟きが聞こえてきた。
……言われてみれば、確かにそうだね。
一週間授業なしにして、ピクニックして、森の動物たちを探すの手伝ってね、とは言ったけど、工作を手伝ってとは言っていない。今日のこの工作を、シャックスに手伝ってもらえるとは限らないのだ。うーん……。
でもまぁ、シャックスなら手伝ってくれるでしょ?
なんだかんだ優しいから。
楽観的に考えて、私はナユタと一緒にたくさんドングリを拾った。
そうして工作場所に戻ると、なぜかイライラしながらドングリに穴を開けるシャックスがいて、最初はどうしたんだろう、何があったんだろうってすごく不安になったけど、
「あっ、クソッ。また割れたか」
ドングリの笛を作るのに苦戦しているだけだった。
ひび割れたドングリの残骸が、二、四、……十個くらい転がっている。
シャックスったら、工作するのも苦手なの?
思わず呆れちゃって、私はこうやるんだよってシャックスに教えてあげた。
ところが釘でドングリの中身をほじり出していたら、ちょっと力を入れた瞬間、私のドングリもピシッと割れちゃって……。
シャックスが不器用なんじゃなくて、ナユタがすごかったみたい。ドングリは割れやすくて、きれいな音が鳴る笛を作るのは、思っていたより難しかった。
「つーかーれーたー」
でも、がんばった。
日が暮れるまで工作して、別の日にもまた工作して、私はドングリの笛を100個、ドングリのコマを200個作り上げた。
笛は20WCで売るつもりだから、全部売れたら4000WC。
ナユタのナイフは3000WC。
営業許可証をもらうのに1000WCかかるけど、前回の売り上げも残っているし、これでようやく、ナユタのナイフを買い戻せるはず!
「ってことで、明日、白の領域に行くからついて来て!」
売り物の準備が整った日の夕方、私はグリームにこれまでのことを話し、白の領域でまた商売するからついて来て、と頼んだ。やることがなかったのか、昼間から寝ていたグリームは大きなあくびをしながら私の話を聞き、
「手伝ってもらうなら、ドングリの工作にこだわる必要はなかったじゃない」
「え?」
「いいわ。ついて行ってあげる」
とりあえず、すんなりと協力は得られた。
でも、ドングリの工作にこだわる必要はなかったって?
どういうことだろう。
ご飯を食べながら、お風呂に入りながら、ベッドの上でごろごろしながら、私はグリームのその言葉の意味が気になって考え続けた。
ドングリ以外の物を売ってもいいっていうのは、分かる。でも私が作れるものってそんなにないし、どうしてか分からないけどコマがよく売れたから、同じものならまた確実に売れるだろうって思った。だからドングリの売り物を用意したんだけど……。
「あっ」
やがて明かりを消しにシャックスがやって来て、おやすみの挨拶をする。
布団を被って、もう寝なきゃって目を閉じかけたそのとき、私はようやく気付いた。
商売の目的が変わっている!
そうだ。私は最初、自分の力でお金を稼いでみたくて商売を始めた。
お金がなくても、自分だけで作れるものを探して、それがドングリのコマとかやじろべえだったから、それで商売をすることにした。グリーム撫で放題でお金を稼ぐんじゃ、意味がなかった。
でも、今はちがう。
今はその商売をするために質屋に預けた、ナユタのナイフを買い戻すために商売をしようと思っている。
だから自分だけで売り物を作るってことにこだわっていなくて、シャックスやナユタに手伝ってもらった。けど手伝ってもらうなら、ドングリよりもっと高く売れるものを、二人と一緒に作ることもできた。グリームが言ったのはそういうことだ。
まぁ今更だけど。
目を閉じて、私は布団にもぐった。
大変だったけど、ナユタのナイフを買い戻せるくらいの売り物は作れたから、もういいのだ。余計なことは考えなくていい。あとは明日、王都でコマを売るだけだ……。




