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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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44. 赤鳥の領域

「えっと……?」


すごく怒っていることだけは、よく伝わってきた。


だけど、言っていることの意味がさっぱり分からない。


どういうこと? 親のスネかじって生きていくって、何? スネって脚の下の部分のことだよね? ……まぁ私が、厄介な問題に首を突っ込んじゃったってことは、なんとなく分かるんだけど。


振り向いてグリームを見ると、思ったとおり呆れた顔をしているし。


「まさか、知っていたとか言わないよね?」


「さすがに言わないわ」


やれやれという感じで、グリームは深くため息をついた。


「面倒ごとは早く済ませましょう」


「どうやって?」


「こうやって」


答えるなりグリームは歩き出して、動く小麦袋に近付きながら、白い大きなクマの姿に変化した。そうして片手で、器用に小麦袋の端っこを引っ張って、


「ギャー!」


その下から現れた、重たそうな体の子供……子供?


なんか違和感のある、オレンジの服を着た背の低い小さな人が、グリームを見てお手本のような悲鳴を上げている。


マシューが魔法で見せてくれた、迷子のアーヴィングにちがいない。


だけど、死んだ魚のようなにごった目をしていて、子供だとしても、私よりずっと年上だろうなって感じがした。十五歳とか、十六歳とか? 友達になるのは無理かな。


残念。


と、考えていると、小麦袋を引っ張ったグリームが隠れていたアーヴィングを確認し、すぐさま元のとおり、怯えているアーヴィングに小麦袋を被せた。そうして今度は、少し大きなオオカミの姿になって、アーヴィングが入った小麦袋の口を無造作にくわえ、


「行くわよ」


「あ、うん……」


かわいそうな運び方。だけど、他に方法は思いつかないしまぁいっか。


「乗ってもいい?」


「いいわよ」


聞くと、グリームが地面に伏せてくれたから、ありがたく背中に乗せてもらう。


そして小麦袋の中から響く、出せとか、クソネズミの手下がとか、そんな罵倒を聞きながら、手伝うってマシューに言ったのは失敗だったかなと、私はしみじみ振り返った。


アーヴィングをこのまま、マシューのところに連れていくことが、正しいかどうかは分からない。だけど約束したことだし、リリアンが私を探しているかもしれないし、まぁそのあたりのことは、マシューのところに連れていってから考えればいいだろう。


グリームに乗って、櫛屋の裏に向かっていると、


「あ、ルーちゃん! よかった、見つけた!」


元いた場所近くの、大きな通りに戻ったところで、リリアンに声をかけられた。


タイミング悪いなぁ。


できれば、アーヴィングをマシューに引き合わせてから会いたかったんだけど……。私を探していたようだし、仕方ない。人だかりに走っていった急用はもうとっくに終わっていたらしく、リリアンは私を見てほっと胸を撫で下ろしている。


心配かけてごめんねって、勝手にいなくなった事情を説明したいところだけど、でも、


「リリちゃん、ごめん! ちょっと待っていて!」


「え? えっ、ルーちゃん、その袋って……」


説明するの面倒くさいから、あとでね!


袋の中のアーヴィングは、聞いているだけで嫌な気分になる言葉をずーっと吐き続けているし、こんなのリリアンに聞かせたくないよ!


リリアンを置き去りにして、グリームはまた走り出した。


だけどぴゅーんと向かった櫛屋の裏に、マシューの姿はなかった。


まぁ見つかったら連れていくって話で、待っているって言われたわけじゃないから、いなくても不思議ではないんだけど。でもアーヴィングを引き渡して、早くリリアンのところに戻りたいんだよね。どうするかなぁ。


困ってマシューを《在り処を示せ(サーチ)》してみたけれど、反応がない。


会ったばかりの相手だからか、イメージが正確じゃなかったようだ。

近くにいてくれますように。


櫛屋の裏あたりで、うろうろしながらマシューを探していると、


「もう見つけてくださったのですか!」


突然ピンと何かが鳴って、うす暗い道の向こうから、いきなりマシューが現れた。


瞬間移動⁉


迷子のイメージを表示させたときから、ただ者じゃないとは思っていたけど、マシューは思っていた以上にすごい子供のようだ。


「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらいいのやら……」


「お礼はいいよ」


私は《在り処を示せ(サーチ)》しただけで、がんばったのはグリームだし。


「それより、アーヴィングは迷子じゃないって本当? 魔法使いになるのが嫌で、マシューから逃げたって言っていたんだけど、友達を探していたわけではないの?」


「ええ。私は彼の引率者です」


疑念をぶつけると、マシューは心当たりがあるような反応をして、にこりと笑った。


「彼、私のことを罵倒して、ここに来ることを嫌がっていたでしょう? ですが安心してください。半ば強引に連れてきたせいで嫌がられてしまいましたが、あとは彼を家に連れて帰るだけですから。彼も家には帰りたがっていたでしょう?」


……うん、そうかも。

でもマシューの笑み、なんか嘘くさいんだよね。


私は迷った。アーヴィングを引き渡すのは、悪いことのような気がする。でも、だからといって、他にできることがあるわけじゃない。これは私が口出しできる問題じゃない。


いったいどうするのが正解なんだろう。頭を悩ませていると、


「ルーちゃん!」


背後から、私を呼ぶ声がした。リリアンだ!


大きな通りに置いてきちゃったけど、ここまで追いかけてきたみたい。


知られてまずいことをしているわけじゃないけど、切羽詰まったような顔でこっちに向かっているリリアンを見ると、なんとなく気まずくなる。


どうしようってグリームを見たら、


「ぎゃっ!」


急にグリームが、くわえていた小麦袋をマシューに投げつけた。


ちょっ、そんなことしたら、どっちもかわいそうだよ⁉


心配になったけど、マシューは魔法で軽々と、アーヴィング入りの小麦袋を受け止めている。そして怪しい笑みを浮かべると、


「ありがとうございます。では、私はこれで」


リリアンがやって来る前に、暗がりの中へすっと消えていってしまった。


……すっきりしない。


人探しを手伝って、仲よくなってみんなで遊ぼうって展開を期待していたのに、ぜんぜんダメだった。


相手が子供だからって、その言葉に悪意のようなものがないとは限らないんだね。これからは、簡単に手伝うって言わないようにしよう。


「ルーちゃん、こんなところで何しているの⁉」


少しして私のところに来たリリアンは、焦っているのか怒っているのか、見たことないような険しい顔をしていた。


「ここは危険なんだよ! 早く表に出よう!」


「えっ?」


私の腕をつかみ、リリアンが問答無用で歩き出す。


ここが危険ってどういうこと?


困惑して、私はリリアンを見上げながら内心で首をひねった。


暗くて少し不気味な場所ではあるけれど、危険な感じはしないし、グリームもそんなに警戒していない。心配のしすぎじゃないかな?


と、そう思ったんだけど、腕を引かれるまま大きな通りに戻ると、


「はぁ、びっくりした。いきなり引っ張ってごめんね。あの場所って実は、白の領域の子供たちの遠足スポットになっているらしいんだ」


「何それ」


リリアンが驚きの発言をした。

衝撃的すぎて、私は戸惑った。


どこから突っ込めばいいんだろう?


白の領域の子供? 遠足スポット? 知っていて放置しているらしいこと? ていうかあの子たち、白の領域の子供だったの?


「まぁほとんど子供だから、そんなに害はないんだけどね」


安堵の息をついて、リリアンが言葉を続ける。


「たまに無差別殺人者も現れるから、気を付けなくちゃいけないんだ。お兄が捕まえようとしているんだけど、逃げ足が速いらしくて、まだ野放し状態なの。ともかく、ルーちゃんが危険な目に遭っていなくて、本当によかった。私、すごく不安だったんだからね?」


「心配かけてごめん」


心底ほっとしているようなリリアンを見て、私は本心で謝った。

それから、あまりにも不思議で不思議で仕方なくて、


「リリちゃん、前に白の領域の人はみんな野蛮者だって言って、すごく嫌っている感じだったよね。それなのに、白の領域の人間でも子供は見逃してあげているの?」


てっきり、白の領域の人間なら誰でも、見つけた瞬間、皆殺しにするんだろうなと思っていた。そのくらい、リリアンは白の領域の人間が嫌いなんだと思っていた。


私の勝手な想像だけど。

二つの領域の人間は、互いにひどく憎しみ合っているって聞いていたから。


うかがうように見上げると、リリアンは肩をすくめて、


「私、子供にピーピー泣かれるの嫌いなんだ。ルーちゃん、そろそろ帰ろう」


「うん」


言われて、私はうなずいた。

異論はない。城下町はもう充分楽しんだ。


待たせていた馬車に乗って、私たちはブラック邸に向かった。


それにしても……。変なの。腑に落ちない。


そういえばマーコールが、魔法を使えるようになる条件は、悪魔に会うか、黒の領域へ行くことで、貴族は門を使って子供を魔法使いにしているとか、そんな話をしていたよね。


きっとマシューは、アーヴィングを魔法使いにするために黒の領域に来ていたんだろうけど、リリアンたちがそれを見逃しているって、変な話。


だってマーコールの話が本当なら、黒の領域の人間が白の領域に行かなくて、黒の領域に来る白の領域の人間がみんな殺されていれば、白の領域には魔法を使える人が誰一人いないってことになる。


そうなったら戦争なんて起こそうとしないだろうし、それぞれの領域で平和に暮らせるんじゃない? 黒の領域の人間が白の領域に行ったり、黒の領域に来る白の領域の子供を見逃したりしているのは、白の領域の人間を強くしているってことだ。


どうして? おかしいよね。


なんだか黒の領域の人間が、白の領域の人間を程よく強くして、争いごとを引き起こそうとしているような、そんな感じがしなくもない。


それとも、白の領域の人間が魔法を使えるようになる条件を、黒の領域の人たちが知らないだけなのかな……。


考え事をしていると、馬車はすぐブラック邸に到着した。


そして馬車から降りると、屋敷の中庭で談笑する、お母様とユリウスの姿が見えた。

大人たちの会議はもう終わったらしい。


「ただいま!」


嬉しくて、私はすぐさまお母様のところに駆け寄った。


私、リリちゃんと恋バナしたんだよ! ピアノ弾いたんだよ! バイオリンもやってみたの! それから、城下町できれいな髪留めを見つけて、買ってきた!


話したいことがいっぱいある。

どれから話そうかなって、お母様に抱きつきながら考えていると、


「おかえり、ルーナ。私はもう帰るけれど、この後はどうする?」


「帰る! お母さんと一緒がいい!」

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