43. 赤鳥の領域
最終的に、私はもらったお小遣いでチョウチョの髪留めを買うことにした。紫の石がついていてなんだかリリアンっぽいし、遊びにきた記念にぴったりだと思ったからだ。
「これつけていたら、リリちゃんみたいになれるかな」
「え? ルーちゃん、私になりたいの?」
「うん。リリちゃんみたいに、ピアノが上手になりたい!」
「そういうことかぁ。うちに来たら、いつでも教えてあげるよ」
「やった!」
嬉しい。でもあんまり、よその領域には連れていってもらえないんだよね。
いっそリリアンが、シャド・アーヤタナで暮らしてくれたらいいのに。
まぁお母様とか三柱にお願いして許可されても、ユリウスと離れるのは嫌だからって理由でリリアンに拒否されそうだけど。
「あ! ルーちゃん、ちょっとここで待っていて!」
と、歩いていたら不意に、リリアンが立ち止まって声を上げた。
何?
顔を上げて前を向いたら、道の先に人だかりができていて、そこに向かって走っていくリリアンの後ろ姿が見えた。
揉め事かな?
立ち止まって、リリアンの後ろ姿が群衆の中に消えていくのを見つめる。そしたら急に、人だかりのほうから誰かの怒鳴り声が聞こえてきて驚いた。
わっ! ……嫌な感じ。
ちょっと怖くなって、私はグリームと一緒に道の端へ移動した。
「何があったんだろう」
「分からないわ。けれど、まぁ大丈夫でしょう」
聞くと、グリームは楽観的にそう答えた。
「彼女は強いもの」
「そうなの? リリアンひとりで危険じゃない?」
「心配しなくとも、ルーナが追いかけない限りは無事に戻ってくるわ。ルーナがいれば危険になる可能性はあるけれど、彼女ひとりなら、自分の身くらいは充分に守れるはずよ。ブラック公爵にあれだけかわいがられている妹が、弱いわけないないじゃない」
「ふーん」
……嫌な言い方だ。バカにされたみたいで、ちょっとむかつく。
あーはい、はい! 分かりましたよ!
「つまり私は、ここでおとなしくしていろってことね」
「そのとおり」
鷹揚にうなずいて、グリームは地べたで丸くなった。
言い返してやりたいんだけど……、いい言葉が何も浮かばない。
意地悪! バカ! って、それしか思いつかない。
まぁ実際、おとなしくしていたほうがいいんだろうけどさっ。
グリームを軽くにらみつけて、言われたとおり、私はその場で待っていることにした。
心配だけど、リリアンを危険にさらしたいわけじゃないからね。もちろん、リリアンに『助けて』って言われたら、グリームと一緒にすぐすぐ助けにいく。
耳を澄ませて、周囲を警戒して、私はリリアンが戻ってくるのを待っていた。
するとしばらくして、近くのうす暗い細い道の奥にふと、頭に黒い布を巻きつけた、私より少し大きい灰色の髪の男の子がいることに気付いた。
え? 子供がいるなんて珍しい。
そう思ったけど、ウパーダーナの城下町はまだ二回目だし、前回はたまたま見かけなかっただけかもしれない。
男の子はきょろきょろと、何かを探すように視線をさまよわせていた。じっと観察していると、やがてその男の子の青い目と、私の目がぱちっと合って、
「すみません。このあたりで、太った子供を見かけませんでしたか?」
近付いてくるなり、男の子はそう聞いてきた。
なんだか困っているみたいだ。友達とはぐれちゃったのかな?
「見ていないと思う」
「そうですか……」
「人探し? 手伝おうか?」
「……いいのですか?」
困っているなら助けてあげよう。
そう思って申し出ると、男の子はびっくりした顔で聞き返してきた。
そんなに驚くこと? 困っている人がいたら普通は助けるものなのに。
ちょっと不思議に思いつつ、私は大きくうなずいて肯定を示した。
手伝って、ちゃんと力になれるかどうかは正直微妙だけど、貴重な年の近い子供だし、これは友達を作るチャンスでもあるからね!
「その探している子は、太っている以外に何か特徴はある?」
「……こんな子供です」
ためらうような素振りを見せたと思ったら、灰色の髪の男の子は空中に、ぱっと太った男の子のイメージを表示させた。見たことのない魔法だ!
少し襟足が長い薄茶色の髪に、ふっくらした顔つきとふくよかな体型、明るい派手なオレンジ色の服。空中に表示されているのは、一度見たら忘れなさそうな男の子だった。
だけどあいにく、見覚えはない。
「この子供を探せばいいのね」
「はい。ですが、手伝っていただけるのはありがたいのですが……」
空中に表示させたイメージをさっと消して、男の子は申し訳なさそうに言った。
「彼はその、今まであまり外に出たことがなかったところを、親御さんに頼まれる形で、私が無理に連れ出しておりまして……。外の世界に怯えるあまり、あなたに、非常に失礼な言葉を投げかけるかもしれません」
「大丈夫、気にしないよ」
急に知らない人から声をかけられて、怖いって思う気持ちは私もよく分かるから。
声をかけてきたのが自分と同じ子供だったら、少しは安心できるんだけどね。きっとこの灰色の髪の男の子も、友達がいなくなって困っていたけど、大人に声をかけるのはちょっと怖くて、私に聞いてきたのだろう。
子供のよしみで、ここは協力してあげないと!
「その子、名前はなんて言うの?」
「アーヴィングです。申し遅れましたが、私はマシューと言います。初めて会った方に、このようなことをお願いするのは、大変心苦しいのですが……」
胃痛がしていそうな表情で、灰色の髪の男の子は深々と頭を下げた。
「どうかご協力のほど、よろしくお願いいたします」
「任せて!」
子供にしては、随分と堅苦しい言葉遣いをするんだなと思いながら、私はどんと胸を張った。自信はないけど、こういうときは相手を少しでも安心させてあげることが大事だって、シャックスが前に言っていたからね。
「私はルーナ。こっちはグリーム。その子を見つけたら、どうすればいい?」
「そうですね……。お手数でなければ、櫛屋の裏に連れてきていただけますか」
「櫛屋? 分かった」
さっき髪留めを買った店の隣が、櫛屋だった。きっとその店のことだろう。
「見つけたら連れていくね」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、男の子はまたきょろきょろしながら、細くてうす暗い道に戻っていった。
さて、これから私も、迷子の子供を探すわけだけど……。
ここで待っていてって、リリアンに言われたんだよね。この場所を離れたら、心配をかけてしまいそうだ。でも自分で手伝いを申し出た以上、人探しはちゃんとやりたい。
迷子の子が近くにいてくれるといいんだけどなぁ。
そう思いながら、さっき灰色の髪の男の子が見せてくれた子供の姿をイメージして、私は《在り処を示せ》を展開した。
するとちゃんと反応が一つあって、しかもそれは一キロ圏内……それよりもっと近いようだった。西の方角、百メートルも離れていないところ。
「少しくらいなら、大丈夫かな?」
「好きにしなさい」
聞くと、グリームは素っ気なく答えた。
興味ないみたい。まぁいいけど。
「この反応のところまで、連れていってくれない?」
「まだ距離感がつかめないの? 少しは練習したら?」
「練習は帰ってからシャックスとする。でも今は、ほら、近くでなんか危ないことが起きているみたいだし、リリアンの邪魔になったら怖いじゃん。私だとやらかす可能性があるけど、グリームなら安全に確実に連れていってくれるでしょ? お願い!」
「……仕方ないわね」
理由を説明して頼むと、納得してくれたようだった。
のっそりと億劫そうに起き上がると、グリームは私の《在り処を示せ》結果を確認して、
「面倒ごとに首を突っ込むのが好きね」
「そうかな?」
「こっちよ。彼女が戻ってくる前に終わらせましょう」
かなりの速足で歩き出した。
待ってよ! 急がなきゃってことには同意だけど!
裏道みたいなところを、グリームはするする通り抜けていった。
なんで? ウパーダーナの城下町に来るのって、グリームも二回目じゃないの?
不思議だったけど、考えている余裕はない。必死でグリームを追いかけていると、やがて私の呼吸がつらくなる前に、グリームが立ち止まって小さく吠えた。もう見つけたの?
「ひぃっ!」
立ち止まってあたりを見回していると、どこからか怯えた声が聞こえてきた。
でも、肝心の子供の姿は見当たらない。どこにいるの?
目の前にあるのはドアのない物置小屋で、大きな車輪の荷車、たたまれたパラソル、カラフルな敷物、大小さまざまな籠、高く積み上げられた小麦袋とかが確認できる。
物陰に隠れているのかな?
そう思って、おそるおそる物置小屋に近付いてみると、
「来るなぁぁぁぁっ!」
ふくらんだ小麦袋が、急に暴れ出した。
何! お化け⁉ 凶暴化したフラワーベイビー⁉
びっくりして、私は一目散にグリームのところへ戻った。
いきなり聞こえる悲鳴って、すごく怖い。逃げろ逃げろって、心臓が激しく主張している。でもグリームがちっとも警戒していないから、きっと危険な相手ではないのだろう。
「誰?」
グリームに抱きつきながら、小さな声で問いかける。
すると、叫びながらぐねぐね動いていた小麦袋が、少しだけおとなしくなった。
よかった、人間の言葉は通じるみたい。
ていうか、お化けなんているわけないから……。
「あなたがアーヴィング?」
「! お前、誰だよ!」
反応からして当たりみたい。
でも姿が見えないと確信できないから、そうっと近付いてみて、
「私はルーナ。一緒にいるのはグリーム。マシューがあなたのこと探していたよ」
「けっ、イカれネズミの手先か! 俺は魔法使いになんてならないからな!」
「? よく分かんないけど、心配かけているんだから戻ろうよ。迷子なんでしょ?」
「ちがう! 俺はあいつから逃げたんだ!」
「……え?」
何それ、どういうこと?
「あいつは、あいつは……!」
困惑していると、怒りのにじんだ声でアーヴィングらしき小麦袋は言った。
「あいつは、部屋で休んでいた俺をいきなり担ぎ上げて、こんなわけ分かんない場所に無理やり連れてきやがったんだ! しかも、魔法使いになるまで家には帰さないとか言ってな! ふざけんじゃねぇ! 俺は……、俺は! このまま一生働かず、親のスネかじって生きていくってもう決めてんだよ! 魔法使いには絶対ならねぇ!」




