36. またいつか
「この話はいったんやめにしよう」
しばらくすると、ライオネルがため息をついて首を横に振った。
「事実確認できないことを話しても無駄だ。それより、お前は何者なんだ?」
「答える義理はないわ」
問い詰めるような、鋭い視線がグリームに向けられる。
けれどグリームはまったく動じていなくて、冷たく淡々と答えることを拒否した。
やめてよ……。
バチバチと、二人の間には火花が散っているようでちょっと怖い。
「お前はルーナの使い魔なのか? それとも……」
「あら。答える義理はないと言ったはずよ」
ライオネルが重ねて尋ねると、グリームは突き放すようにぴしゃりと言った。
「理解できなかったのかしら? 残念なダチョウ頭なのね」
「……」
ひどい言いようだ。
むっとして口を閉じたライオネルが、無言でグリームをにらみつけている。グリームも憎らしそうににらみ返していて、こうなるならしゃべらないでほしかったなって、つい思ってしまう。
ほんとに理解できない。なんでそんなにつっけんどんなの!?
「あのさぁ」
と、張り詰めた空気の中、リッチさんがおそるおそる手を挙げた。
「どうした?」
「んー、すごく言いにくいんだけどさぁ」
ためらいがちにしゃべり出したものの、手を首の後ろに回したり、テーブルの上に置いたりして、リッチさんはなかなか続きを話そうとしない。
どうしたんだろう?
言いにくいことって、何? ダチョウ頭はひどすぎる罵倒だとか?
想像しながらリッチさんを見つめていると、
「そのオオカミの言っていることは間違っていないよ」
仕方ないような雰囲気で、突然マーコールが口を開いた。
え? なんで? 驚いて、すごく不思議だったんだけど、
「うんうん、そういうこと」
リッチさんは助かったというような顔をして、何度もうなずいている。
以心伝心? よく分からないけど、マーコールはひとり言のように話を続けた。
「公になってはいないが、トルシュナーには黒の領域につながる門が四つある。レミング公爵、ビスカーチャ公爵、パカラナ辺境伯、中央教会がそれぞれ管理しているものだ」
「……そうなのか?」
門のことに話が戻ったようだ。
ライオネルとダクトベアは目を丸くして、ジャッカルはきょとんとして、サレハさんは穏やかにほほ笑んで、マーコールの話を静かに聞いている。
門の跡地について、知っている人と知らなかった人がいるらしい。
どうしてだろう? 城の大人たちが私に隠し事をしているように、ライオネルたちも誰かに隠し事をされていたってこと?
「貴族に魔法使いが多い理由を知っているかい?」
ライオネルのほうを向いて、マーコールが尋ねた。ライオネルは眉をひそめ、
「そういう家系なんだろう?」
「ちがうよ。魔法の才能は遺伝しない。魔法が発現する条件は、悪魔に接触するか、黒の領域へ行くかのどちらかだけだ」
「そうなのか? ……初耳だ」
「いま初めて言ったからね。庶民は知る必要のない知識だよ」
あ、そっか!
マーコールは貴族で、リッチさんは侯爵の息子なんだ!
庶民、という言葉でようやく二人の共通点が分かって、私は以心伝心の謎が解けた。
門の跡地のことは、貴族だけの秘密だったってことね。それでライオネルは知らなかったんだ。白の領域の人間が、みんな同じことを知っているわけじゃないんだ。
「なるほどな」
眉間にシワを寄せて、ダクトベアがつぶやく。
「魔法使いが貴族ばかりで、おかしいとは思っていたんだ。レミング公爵っつーのは、王都を牛耳っている有力貴族のことだろ? 王都の貴族は、そいつが管理する門で黒の領域に行って、魔法を発現させているのか」
「そのとおり。あなたは話が早くて助かるよ」
「そりゃどうも。ところで、貴族様の秘密を庶民に教えてよかったのか?」
「いいわけないだろう」
マーコールがため息をつき、リッチさんが少し青ざめる。
「だが時間の問題だ。情報を得た以上、あなたたちはいずれ答えにたどり着く」
「そうそう。黙っていてもあんまり意味ないんだよねぇ」
「お前たちは黒の領域に行ったことがあるのか?」
ふと話をさえぎるように、真剣な顔をしたライオネルがそう問いかけた。
するとその途端、マーコールはひくっと嫌そうに顔をしかめて、
「あるよ」
「行き方を知っているのか? なぜ今になってそれを言うんだ!」
「あなたがそういう反応をすると分かっていたからだよ」
……あれぇ?
どうしてなのか、今度はライオネルとマーコールの言い合いが始まってしまった。
いま集まっているこのメンバーって、悪魔退治の仲間らしいけど、仲がいいってわけではない感じ? ていうか私、ここにいる必要ある?
言い争いを聞いているばっかりで、なんの役にも立っていない気がする。話すのをグリームに任せたからっていうのもあるけど。つまんないなぁ。
「何か食うか?」
退屈で、足をぶらぶらさせていたら、ジャッカルが果物の籠を差し出してきた。
「わりぃな。魔法は貴族の特権みたいなもんで、俺ら庶民にはあんまり情報が回ってこないんだ。言ったらまずいみたいで、リッチやマーコールも知っていること全部は教えてくれない。そんで、今みたいに知っている情報がちがっていて、口論になることがたまにある。ライオネルも本気で怒っているわけじゃないんだけどな」
「ふぅん。そうなんだ」
仲間でもいろいろあるんだね。
相槌を打ちながら、私は果物の籠をのぞいた。まだ朝ご飯を食べていないから、ちょっとお腹が空いている。……あ、でも、どうしよう。知っている果物がない。
「そういやルーナさんって、リンゴしか食わねぇよな」
知らない果物を眺めて、食べるかどうか迷っていると、笑い顔のジャッカルがそんなことを言ってきた。……気付かれていたの? なんとなく恥ずかしい。
「うん。他は食べたことがないから……」
「そうなのか? イチジクとオレンジなんだけど」
「オレンジ? ……これが?」
実のところ、それっぽいなぁとは思っていた。
でも私が知っているオレンジは、もっと赤いんだよね。
味は同じなのかな?
ちょっと気になる。切って食べるのは面倒くさいけど。
「今はいいや。もうそろそろ帰らないといけないし」
……あれ?
私がそう言った瞬間、喧騒が途切れて急に食堂が静かになった。
びっくりしてライオネルを見ると、衝撃を受けたような顔で私を見つめている。
え、何? どうかしたの? おかしなことは言っていないはずだけど……。
「もう帰るの?」
「あ、うん。家の人が心配していると思うから」
「そっか」
変なの。
言い合いをしていたときの激しい雰囲気はなくなって、いつもの穏やかで優しい感じに戻っている。口を開けたり閉じたりして、ライオネルは何か言いたそうにしていた。けれど、
「そっか」
しばらくためらった後、またそう言って、困ったようにほほ笑んだ。
「時間を取れなくてごめん。次はいつ来るの?」
「……えーっと」
聞かれて、私はすごく困った。
ライオネルたちと、もう昔のようには遊べないって分かったから、ここにはもう二度と来ないつもりでいたんだけど。
次はいつ来るの? なんて次を期待するように聞かれたら、その期待に応えたくなってしまう。ぜんぜん遊べなくて残念だった気持ちが、私の中にないわけじゃないから。
「……そのうち?」
まぁまた来るとしても、次がいつになるのかなんて分からないけどね。
城で何か問題が起きているのかもしれないし、白の領域に行くのはもう絶対ダメって言われるかもしれないし、私が来たくても来られるとは限らない。
でも待っていてくれるなら、なるべく早く、また来ようって思う。
「分かった。次はなるべく、仕事を片付けておくよ」
「うん」
それが実現可能なのかどうかは分からないけど、そう言ってもらえることは素直に嬉しく感じる。私は笑ってうなずいて、もう教えてほしいこともなさそうだったから、
「またね」
と言って席を立った。するとジャッカルが、
「村の外まで送ろうか?」
「ううん、ひとりで大丈夫。グリームもいるし」
「そうか? 気を付けて帰れよ。じゃあな」
断ったら怪しまれるかもって思ったけど、笑顔で手を振ってきただけだった。
びっくりしたけど、私もちょっと手を振って背を向ける。
ドアを閉めるとき、振り返るとライオネルがあいまいな表情で私を見送っていた。相変わらず何か言いたそうな感じだけど、その口が開く気配はない。
気になったけど、じっと見ていたらグリームが急かすように体を押してきたから、私は目を逸らしてドアを閉め、借りていた部屋に戻った。
持ち帰るものをポシェットに詰めて、グリームと一緒に拠点を出る。
黒の領域に行くところを誰かに見られたらまずいから、クシャラ村の方角に歩いていって、人の気配がなくなってから門を開く。
大人の姿になる魔法を解いて、白の領域の服を脱ぐ。
「ねえ、グリーム。どうして急にみんなの前でしゃべったの?」
「ルーナが答えると、余計な詮索をされそうだったからよ。私が黒の領域のことを知っていて話す分には、それほど怪しまれないでしょう?」
「不機嫌だったのはどうして?」
「それは個人的な問題よ。気にしないでちょうだい」
「すごく気になるんだけど……」
話すつもりはないらしい。
先に門をくぐったグリームを追いかけて、私は五日ぶりに黒の領域へ戻った。
このあと、ジャッカル視点の話が入ります。
『アザー・サイド・ストーリーズ』に置いてありますので、お好きなタイミングでお読みください。
この物語の見方が、がらりと変わると思います。




