33. またいつか
「いきなりキスしてごめん」
「……あ、うん」
とりあえず謝っておくと、ライオネルはうろたえたような反応をした。
気まずそうに視線を逸らして、じっと黙り込んでしまう。
なんだかそわそわしているようで、落ち着きがない。
ウインド子爵と戦っていたときは頼もしい感じだったのに、まるで別人のようだ。
どうしたんだろう?
心配しつつ、祝福のことを説明しようとしたら、
「すげぇ威力だったな」
私が口を開く前にジャッカルがそばに来て、ライオネルに声をかけた。
「パワーアップしてんじゃん。俺がいない間に何かあったのか?」
「いや、変わりないよ」
ほっとした表情のライオネルが、ゆっくりと首を振る。そして、
「急になんでもできそうな感覚になって、やってみたら本当にできたんだ。多分……」
しゃべりながら、うかがうような視線を私のほうへ向けてくる。
キスとの因果関係をすでに察しているみたいだ。まぁ普通は分かるよね。
肯定するために、私はうなずいた。
「うん、祝福のせいだよ」
「祝福?」
「そう呼ばれているの。私がキスすると、一時的に魔力が跳ね上がるんだって」
「そういう魔法なのか?」
腕を組んだダクトベアが口を挟み、怪訝そうに聞いてくる。
「魔力を分け与える魔法が存在しているのは知っているが……」
「ううん、祝福と魔法はちがうよ。だって私がキスするんじゃなくて、キスされても同じことが起きるもん。祝福のときに魔法を使っている感覚はないし」
「そういう特異体質なのか?」
「知らない。でも、私以外の人が祝福できるって話は聞いたことないかも」
「祝福のデメリットは?」
「さぁ。知らない」
矢継ぎ早に質問が飛んできたけど、私の知らないことばかり。
ちょっと申し訳なってくる。
ごめんね。祝福についてすごく興味があるみたいだけど、キスした相手が強くなるってことしか、私は知らないんだ。
そもそもこれまで、三柱に頼まれたときにしか祝福したことなかったし。祝福にデメリットがあるとしたら、キスするのがちょっと恥ずかしいってことだと思う。
「祝福のあとに疲労感はないのか?」
「ないよ」
「一度に複数人を祝福しても?」
「それは知らない。やったことないから」
そう答えて、ちょっと考えてから私は聞いた。
「ダクトベアも祝福してみようか?」
「……いや、しなくていい」
すごく迷っている様子だったけど、ダクトベアはやがて首を横に振った。
まぁいま強くなっても、敵がいないんじゃ力を持て余すだけだからね。
「祝福するには、キスしか方法がないのか? たとえば手を握るとか、祝福の魔法をかけるとか、他に方法はないのか?」
「どうだろう。試したことはないけど、無理だと思う」
手を握って祝福できるんだったら、それは握手をするたびに相手を強くしちゃうってことだから、さすがにないと思う。
祝福の魔法っていうのは、もしかしたら存在しているかもしれないけど、キスで済むものをわざわざ魔法にするっておかしな話だ。魔法を練習するの面倒くさいし。
「そうか」
何か考えるようにつぶやくと、ダクトベアはちょっとだけ顔のシワをなくして、
「質問攻めにしてわりぃな」
「ううん、気にしていないよ。分かんないことばっかりでごめんね」
もうちょっと勉強しておけばよかったかな……。
それから私たちは、離れたところで待っていたグリームと合流して、みんなで一緒に拠点へ戻った。
歩きながらライオネルたちは、なんであんな強い悪魔がいたんだろうとか、祝福されて体は大丈夫なのかとか、まじめな大人の話をしていた。
私は仲間外れだけど、難しい話に参加したいとは思わないから構わない。でも、やっぱり大人と子供はちがうんだなってひしひしと感じて、ちょっとだけ悲しくなる。
あーあ。
同じ姿になれば、ライオネルたちとまた遊べると思っていたのになぁ。
大人になったライオネルたちは、悪魔退治の仕事に忙しくて、もう子供のときのような余裕を持っていない。今の私とはぜんぜんちがう。
見た目だけを寄せても、同じようにはなれないのだと、ようやく分かった。
残念だけど、大人のライオネルたちとは、もう遊べないのだ。
十一年前には戻れない。……はぁ。
失意に沈みながら、私は黙々とライオネルたちについて歩いた。
そして拠点に戻って、食堂に足を踏み入れると、
「おかえりなさい」
「随分ゆっくりだったねぇ」
「遅いよ」
そこにサレハさん、リッチさん、マーコールがいて、すごく驚いた。
なんでいるの?
特にマーコールは、初日に会って以来、見かけることも気配を感じることもまったくなかったから、まだ拠点にいたということにびっくりだ。
「すまない。森で上級悪魔に遭遇したんだ」
そう謝りながら、ライオネルが当然のようにテーブルに着く。ダクトベアも無言でその隣に座る。この屋敷に三人がいることを、ライオネルたちは知っていたらしい。
サレハさんたちが、ライオネルの言葉に反応して空気がちょっとひりつき、
「上級悪魔ですか? この近くに?」
「ああ。他にも悪魔がいて……」
まじめな話をする雰囲気になっていたから、私はそぅっと静かに後退って、借りている部屋に引っ込むことにした。
邪魔しちゃいけないよね。聞いていても多分つまんないし。
「もう帰ろうかな」
部屋で二人きりになると、私はグリームを撫でながら話しかけた。
ライオネルに会えたし、話せたし、ついでにもう遊べる相手じゃないって分かったし、今回の冒険はこれで充分だ。それに……。
「こんなに日が経っても三柱が連れ戻しにこないって、さすがにおかしいよね。どうしたんだろう? 城で何か、事件でも起きているのかな」
「どうでしょうね」
ぜんぜん現れない、アースたちのことが気になる。
別にアースたちが来るのを待っていたわけではないんだけど、普通は一日か二日で連れ戻しにくるから、こうも長いこと音沙汰がないと、どうしたんだろうって心配になる。
「ルーナの好きにするといいわ」
ゆらゆら尻尾を振りながら、グリームは穏やかにしゃべった。
「三柱が心配で城に戻ったと言えば、シャックスあたりは泣いて喜びそうね」
「そうなの?」
まっさかぁ。
あり得ない。いっつも無表情で、嫌だなぁって感情以外はあんまり表に出さないシャックスが、それくらいのことで泣いて喜ぶわけないじゃん。
涙もろいザガンだったら、うっかり泣いちゃうかもしれないけど。
「ていうかグリーム、もしかして、なんで三柱が追いかけてこないのか知っている?」
「知らないわ」
つんと顔を背け、グリームはぼそっとつぶやいた。
「想像はつくけれど」
「出た! またそれだ!」
根拠がないから話さないってやつだ! いじわるだ!
グリームの想像は、毎回ほぼ当たっているのに!
「想像でいいから教えてよ!」
「そうねぇ。少しは自分で考えてみたら?」
「考えてみたよ! 何か忙しいことがあって、私のことを追いかけるどころじゃないのかなって。だけどグリームは、それ以外にも思い当たることがあるんでしょ?」
「そうね」
「教えてよ。次に考えるときの参考にするから!」
「そうねぇ」
ふわぁと大きなあくびをして、グリームは眠たそうにまばたきした。
まさかもう寝るとか言わないよね? 続きは明日、とか言わないよね?
どきどきしながらじっとグリームの挙動を見守っていると、やがてグリームはうとうとするような顔つきで、ゆっくりと口を開いた。
「女王様が三柱を引き留めているか、シャド・アーヤタナにいないか、そのどちらかでしょうね。城で何か問題が起こっている可能性は低いと思うわ」
「えっ?」
なんでそういう思考になるのか、理解できない。
お母様が三柱を引き留めているっていうのは、なくはないことだと思う。
でも、お母様がシャド・アーヤタナにいないっていうのは……、どういうこと?
それはハテナだ。ビック・クエスチョンだ。
まぁ可能性はゼロじゃないと思うけど、お母様がシャド・アーヤタナを離れるのはすごく珍しいことで、私に何も言わずいなくなったことなんて、今まで一度もない。
「お母様が城にいないって、それはさすがにあり得なくない?」
「どうかしらね」
またあくびをすると、グリームはもう耐えきれないというふうに丸くなった。
「おやすみなさい。私はもう疲れたわ」
「え、ちょっと……」
逃げないでよ! 話すなら私の疑問にちゃんと答えてよ!
消化不良で、すごく不満だったけど、グリームは本当に疲れているようで、丸くなるとすぐさま目を閉じてしまった。でも思い返してみると、今日は王都に行って、商売して、サンガ村に戻って、ライオネルに会って、悪魔に遭遇して……。
本当にいろいろあったから、疲れちゃうのは仕方のないことかもしれない。
実のところ、私もちょっと疲れている。
話の続きをするのは、お昼寝が終わってからでもいっか。




