32. 悪魔との戦い
このままだと、ライオネルたちが負ける。
要するに死んじゃうってことだ。それは絶対にダメ!
「助けに行かないと!」
私は急いで、ライオネルたちのところへ戻ろうとした。
ようやく会えたのに、もう二度と話せなくなってしまうなんて悲しすぎる。
しかも、ウインド子爵がこっちに来たのは、私の《在り処を示せ》がバレてしまったせいだ。じっとなんてしていられない。これで本当に死んじゃったら、寝覚めが悪すぎる。
「待ちなさい」
けれど、走り出してすぐ、グリームに行く手を阻まれた。
避けようとしても前に立たれたから、仕方なく立ち止まる。
「行ってどうするつもり?」
「助けてくれないの?」
聞くと、グリームの尻尾が不機嫌そうにブンブン揺れた。
「言ったでしょう。私は白魔法に弱いの。浴びたら動けなくなって、何もできないわ」
「じゃあ白魔法を使うのやめてって、ライオネルたちにお願いしてくる」
「無駄よ。彼らがその頼みを聞き入れたところで、私はウインド子爵を倒せない。女王様とそういう取り決めをしているの。戦いの邪魔をして、彼らを逃がすことはできるけれど」
「じゃあそうしよう」
「ルーナ、冷静に考えなさい」
自分で提案したくせに、グリームはまた苛立たしそうに尻尾を揺らした。
「彼らの後ろには村がある。自分たちが逃げたら村がどうなるのか、彼らはよく分かっているはずよ。ルーナが逃げるように言っても、うなずかないと思うのだけれど」
「そんなの、言ってみなきゃ分かんないじゃん」
勝てない相手なら、さっさと逃げたほうがいいに決まっている。
村を守るために戦っても、自分たちが死んじゃったら意味がない。
それなのに、どうして逃げないの? もしかして、がんばれば勝てるかもって思っているから? 敵わない相手だって分かっていないの?
「勝ち目のない相手だよって、教えてくる」
「やめなさい。どうやって説明するつもり?」
「……」
そっか。
どうやって説明するか考えてみて、それでようやく、私はちょっと冷静になれた。
グリームに教えてもらったから、私はウインド子爵が強いって分かっている。だけど、それをそのまま、ライオネルたちに伝えるわけにはいかないのだ。人間の言葉を話せるということを、グリームは白の領域の人たちに知られたくないみたいだから。
非常事態なんだから、そのポリシー曲げてよって思わなくもないけど、お母様にダメって言われていることだったら何度頼んでもダメなものはダメだ。だけど、このまま指をくわえて、ライオネルたちが敗北する様子を眺めているわけには……。
「あ!」
どうしよう、どうしようと一生懸命考えていると、そのうち私は気付いた。
なんだ、グリームを頼らなくても、私にできることがあったじゃん!
「分かった。ライオネルたちを祝福すればいいんだ!」
「ルーナ、それは……」
思いつきをすぐ口にすると、グリームは何か言いかけて、困ったようにうなった。
え、ダメなの?
思いつく限りでは、それが一番いい方法だと思うんだけど……。
「……好きにすればいいわ」
「ありがとう。そうする!」
だよね!
グリームの変な反応がちょっと気になったけど、もうそれしかないと思って、許可が下りるなり私はライオネルのところに向かった。まだ無事でいてくれますように!
元いた場所に戻ると、そこはいつの間にか、広場のような開けた場所になっていた。
飛び交う木の葉の刃が、あたりの木々をきれいさっぱり切り倒してしまったらしい。
強い風が相変わらずビュウビュウと吹いていて、その真ん中には余裕綽々なウインド子爵がいる。どちらが有利なのかは、一目瞭然だった。
「《風よ、荒れ狂え》! 《炎よ、燃やし尽くせ》!」
「《守りたまえ》!」
優雅にステッキを振り、灼熱の風や凍てつく風を生み出して、ライオネルたちを攻撃しているウインド子爵。対するライオネルたちは、身を守るのに精いっぱいって感じだ。
ハエ人間を片付けたジャッカルが戻ってきて、一対三という状況だけど、数の有利をぜんぜん活かせていない。でも、思っていたよりは一方的な展開じゃない。
ライオネルの《守りたまえ》がしっかり機能しているからだ。
あれって実は、かなり難しい魔法なんだよね。
銃弾とか投石を跳ね返す《守りたまえ》――物理シールドを出す魔法なら、私も使えるけど、魔法を防ぐ《守りたまえ》は成功することが少ない。平行作業が苦手だからだ。
魔法を防ぐための防御膜は、『物質』と『現象』を防ぐ二層になっていて、しかもそれを全方位に形成する必要があるから、すごい集中力がないと攻撃をうまく防げない。
ちゃんとできているライオネルは、本当にすごい。
まぁ《守りたまえ》が上手でも、ウインド子爵に反撃できていないみたいだから、このままだと負けるのは確実だけどね。
ライオネルが防御と援護に専念して、ダクトベアがクロスボウで、ジャッカルが棍棒でウインド子爵を攻撃しようとしているんだけど、今のところいい結果は出ていない。
だから、私の出番だ!
「ねえ」
意気込んで、後ろからそっと声をかけると、その瞬間ライオネルがビクッとなった。
あ、ごめん。
驚かせるつもりはなかったんだけど、驚いてしまったようだ。
びっくりした拍子に《守りたまえ》が弱くなったみたいで、慌てて修復している。
ごめん、本当にごめんなさい。
申し訳なく思っていると、《守りたまえ》を万全の状態に戻したライオネルが、ほっとしたように息をついて、迷惑そうに私を見た。
「ルーナ、なんで戻ってきて……」
「手伝おうか?」
単刀直入にそう言うと、ライオネルの険しいまなざしが、わずかに揺らいだ。
さっと首を回してウインド子爵を確認すると、ライオネルは私の目を見て、戸惑ったような、少し期待するような表情を浮かべながら、
「何か秘策があるの?」
「えーっと、秘策っていうか、そんなに秘密なことではないんだけど」
あ、これも説明しなくちゃいけないのか。
その時になって、私は説明の言葉に悩んだ。
でも、どう説明すればいいのかなんて、すぐには分からない。
うーん、面倒くさいな。
不親切だけど、話すよりやってみたほうが早いし、のんびり説明しているような暇はない気がするから……、よし。まぁいいや。百聞は一見に如かず、習うより慣れろだ。
「ちょっとかがんでくれない?」
説明を後回しにして、唐突なお願いすると、ライオネルはちょっと怪訝な顔をしながらも横を向いてかがんでくれた。内緒話をすると思ったみたい。でも、ちがうんだよね。
ライオネルの肩に手をかけて、つま先立ちをする。
うん、これなら届きそう。
確認して、思いっきり背伸びをすると、私はライオネルのほっぺたにキスをした。
「ピエッ!?」
するとその瞬間、変な声がして、その場の空気が固まったような感じがした。
声を上げたのはウインド子爵。それまで余裕の表情でステッキを振っていたのに、驚愕したように目を見開き、ぽかんと間抜けに口を開けている。
……そういえばグリーム、ウインド子爵が私のことを知っているって話していたけど、それって祝福のことも知っているってことだったのかな?
と、考えていると不意に風がやんだ。
ウインド子爵の動きが止まり、それを不思議に思ったのか、ダクトベアとジャッカルが驚いたようにこちらを向く。そうして、何やってんだって呆れた感じのまなざしでライオネルを見る。なぜか固まってしまって、ライオネルはぴくりとも動かない。
うーん? こっちの反応も謎だ。
動きを止める魔法は、かけていないはずなんだけど……。
「ねえ、どうしたの?」
声をかけたり、肩をつついたりしてみても、無反応。
おかしいな。祝福は成功しているはずなんだけど、なんでだろう?
原因が思い当たらなくて、さらにライオネルのあちこちつついていると、
「なぜ……、なぜ! なぜ!」
そのうち、ウインド子爵がわなわなと震え出し、鬼の形相でこっちに飛んできた。
え、え、え……。
怖いよ!? 何、急にどうしちゃったの!?
突然のピンチに、私はちょっとパニックになった。
グリームはそばにいないし、ライオネルは石像になっているし、自分でなんとかしなきゃいけない。でも、防ぐ魔法、守る魔法、倒す魔法……どうすればいいの!?
慌てて、迷って、何もできないまま飛んでくるウインド子爵をただ見ていると、
「《守りたまえ》!」
ウインド子爵がやって来る前に、我に返ったライオネルが魔法を使ってくれた。
白いきらきらした防御膜が数メートル先に現れて、ウインド子爵の動きが止まる。
助かった……。
でもまだ安心できるような状況ではなくて、
「ピエエエエッ!」
怒ったような声を上げながら、ウインド子爵がステッキから黒い光を放ってきた。
きっと黒魔法だ!
白の領域の人間、つまりライオネルたちが、あれは浴びたらまずいんだよね。
でも私は、黒の領域の人間だから大丈夫!
そう思ってかばうように前に出ようとしたら、なぜか私を押しのけるようにライオネルが前に出て、《守りたまえ》を解除した。そうして、拳を握りしめてウインド子爵のもとへまっすぐ向かっていく。
……なんで!? それ、自殺行為じゃない!?
「はぁっ!」
ちょっと、ちょっと! それじゃ祝福の意味ないじゃん!
私はすごく焦った。だけど、結果としてライオネルは大丈夫だった。
右手のグローブが光って、ライオネルの拳から白い光が放たれる。
白い光と黒い光がぶつかり合い、せめぎ合い、拮抗して、だけど次第に、白い光のほうがどんどん大きくなっていって――。
「ピーエーッ!」
やがて白い光に飲み込まれ、ウインド子爵は跡形もなく消えてしまった。
……あっけない幕引きだ。
本当に勝ったの?
ウインド子爵が消えても、ライオネルたちの勝利がなんとなく信じられなくて、私はしばらくぼんやりしていた。
一瞬、ライオネルが黒魔法に突っ込むつもりなのかと思って焦っちゃったけど、冷静に考えたらそんなことないし、黒魔法に白魔法で対抗したら、祝福されているほうが勝つのは当然だよね。無事に終わって何よりだけど、なんだかすごく不思議な感じ。
「どういうこと?」
危機が去ったことを実感し、胸を撫で下ろしていると、やがて振り向いたライオネルが呆然とした表情で聞いてきた。
何が不思議なの? と、反射的に疑問に思ったけど、
「あっ」
そうだ。私、まだ祝福の説明をしていないんだった。




