30. 悪魔との戦い
変わった魔法だ。
何かを凍らせる魔法なら、私も知っているし使える。だけど氷を鳥の形にして、凍らせたい相手にぶつけるというやり方は初めて見た。
魔法で何かの形を作ろうと思ったら、しっかりとしたイメージが必要になるから、普通はそんな面倒な手順を加えて魔法を使わないんだよね。面白いけど、難しそうだから真似したくない。白の領域の人って、変わったことが好きなのかな?。
「ホゥ。私の翼を使えなくするとは卑怯な奴め」
火を出したり手で叩いたり、木の上に立って凍った翼の状態を確かめていたフクロウ人間が、やがて氷を解かすことを諦めて、憎々しげにそう言った。
「おとなしくエサになればいいものを」
「逃げなくていいのか?」
「ホッ! ピーチクパーチクうるさいエサだな」
フクロウ人間が、ギギギギッと首を上下に半回転させる。
「余裕でいられるのは今だけだ。本気を見せてやる!」
そして、くるんっと首を元の位置に戻すと、両手を広げて木の上から飛び下りた。
「歯向かったことを後悔しろ! 《夜告鳥の舞》!」
「《炎盾》!」
風が吹きすさび、木の葉が舞い上がる。
ライオネルは炎の盾を出し、飛んでくる攻撃を防ごうとした。
けれど、渦巻く風が木の葉や小枝や土を巻き上げているだけで、痛そうなものは何も飛んでこない。
あれこれ顔にぶつかってきて、うっとうしいけど、それだけだ。木の葉が剣の切っ先のように鋭くなっているわけでも、触れたら手足がしびれるわけでもない。
……これ、攻撃じゃなくて目くらましじゃん!
「ホホッ! 逃げるが勝ち!」
「待て!」
すさまじい風音の中で、フクロウ人間とライオネルのそんな声だけが聞こえた。
木の葉の嵐が去って目を開けると、そこにはもう誰もいない。
「どこに行ったの?」
「サンガ村のほうよ」
思わずつぶやくと、いつの間にかそばに来ていたグリームが返事をくれた。
「バカなフクロウね。別の方向へ逃げていれば助かったのに」
「え?」
「ここで待っていれば、そのうち戻ってくるわよ」
そうなの?
グリームはすごく落ち着いている。
危険はもう過ぎ去ったと、確信しているような口ぶりだ。だけどライオネルは、サンガ村のほうへ逃げたフクロウ人間を追いかけていったわけで……。
「エサにされちゃわない?」
「平気よ。彼なら問題ないわ」
「でも、白の領域の人間って弱いんでしょ?」
心配だ。ライオネルはすごい魔法を使っていて、普通の人よりは強そうだったけど、ダリオンに比べたらぜんぜん強くないし、もしもフクロウ人間が奥の手を隠していたら……。
「ねえ、追いかけようよ」
「力の差は歴然だったと思うけれど」
退屈そうにあくびをして、グリームは仕方ないように言った。
「まぁいいわ。追いかけたいならこっちよ」
え? なんでだろう。
《在り処を示せ》したわけでもないのに、グリームは二人の居場所が分かるらしい。枯れ葉とか砂とか、いろいろ飛んできていたのに、ずっと目を開けて見ていたってころ?
ちょっと不思議に思いながら、私はグリームについて来た道を引き返した。
どうかライオネルが無事でいますように。
「あれ?」
と、速足で歩いていると、前方で急に白い光がまたたいた。
……地下水路で見たのと、同じ光?
「あれって何の魔法なんだろう」
「聞いていないの?」
確かあの光を浴びて、ベリトが消滅したんだよね。
地下水路での出来事を思い返しながら、そういえばと思って尋ねると、足を止めて振り向いたグリームが、信じられないような顔をして答えた。
「あれは白魔法よ。白の領域の人間だけが使える、黒の領域の人間を消すための魔法」
「何それ。物騒だね」
「ええ。あれを浴びると、私でも動きにくくなるのよ」
「すごいじゃん。白の領域の人間って、実は弱くないの?」
「そういうことではないわ。彼が異様に強いだけよ」
不機嫌そうに尻尾を振ると、グリームはその場に座り込んだ。
「私はこれ以上、近付けない」
「えっ」
そんなことある?
グリームが珍しく弱気だ。そうは見えないけど、本当にあの白い光が嫌いらしい。
でもそういえば、地下水路にいたとき、私がバッタ人間に捕まっても、グリームは静観しているだけだったんだよね。よくある『自力でどうにかしてみなさい』ってことかと思っていたけど、あの白い光を浴びたらまずいから、動かなかっただけなのかもしれない。
……でもなぁ。私はぜんぜん、危険だと感じないんだよなぁ。
「ちょっと見てくる」
「行ってらっしゃい。呼ばれたら駆け付けるわ」
すごく嫌そうな雰囲気だったけど、私が白い光に近付くのを、グリームは止めようとしなかった。それに、呼ばれたら駆け付けるってことは、近付けないんじゃなくて、近付きたくないってことだ。
まぁ無理について来てって頼むようなことじゃないし、別にいいけど。
私はひとりで、光が見えたほうに向かった。
ちょっと進むと、すぐライオネルの後ろ姿が見えてきて、
「すまない。俺は手加減ができないんだ」
そんな言葉が聞こえてくる。
次いで、まぶしく光る拳が繰り出され、フクロウ人間の体が吹っ飛んだ。
「うぐっ」
……わぁ。
予想外。グリームの言うとおり、心配する必要はなかったみたいだ。
吹っ飛んだフクロウ人間が、派手な音を立てて木の幹にぶつかった。
ぱっと見た感じでは、ライオネルの圧勝。ライオネルの様子に変わりはないけど、フクロウ人間は見ないうちに随分とぼろぼろになっている。
とても苦しそうだ。
でもまだ諦めていないようで、うめき声を上げながら、必死に立ち上がって挑もうとしている。
だけどフクロウ人間が立ち上がる前に、ライオネルが何か小さくつぶやいて、白い光がフクロウ人間に向かっていった。
……容赦のない攻撃。
白い光の追撃を受けて、フクロウ人間が真っ白に染まって消えていく。まるで最初から存在していなかったかのように、一枚の羽根すら残さず、あっという間に消滅してしまう。
心配する必要なんて、まったくなかったらしい。
白魔法もライオネルも、かなりすごいし強い。
「強いんだね」
感心して声をかけると、無言でたたずんでいたライオネルの肩がビクッとはねた。
私が来ていることに、気付いていなかったみたい。
ゆっくり振り向いたライオネルは、戸惑ったような顔をして、
「悪魔が消えても、なんとも思わない?」
「えっ?」
突然、おかしなことを聞いてきた。
「どういう意味?」
悲しいかどうかってこと? でも私、あの人のことぜんぜん知らないし、
「戦って強いほうが勝つのは当然だし、さっきの人はライオネルのことをエサ扱いしていたから、殺られる前に殺るのは普通のことなんじゃない?」
「……そっか」
何を気にしているんだろう?
心底不思議だ。重たい沈黙が流れる。
すっきりしない気持ちで、じーっと観察していると、やがてライオネルは複雑そうな表情を浮かべ、何か納得したように小さくうなずいた。
「ルーナは魔法が使えるんだよね?」
「うん」
「魔法で、悪魔を探すことはできる?」
「できるよ」
いきなりの話題転換にびっくりした。
でもまじめな感じで聞いてくるから、私もまじめに答えておく。
フクロウ人間の仲間が近くにいるのかもって、警戒しているのかな?
「やってみようか?」
「お願い」
聞くと、即座に頼まれた。
実は白の領域の人間の前で、魔法はなるべく使わないようにって、三柱に言われているんだけど……。
これくらいなら、まぁ大丈夫だよね?
本当はグリームに聞いてからやったほうがいいんだろうけど、できるって言っちゃったし、見られる相手はライオネルだし。うん、仕方ない。これは不可抗力だ。
あとでグリームに怒られるかもと思いつつ、私は《在り処を示せ》を展開した。
すると近くに、悪魔の反応が三つあった。
一つは私たちのすぐ近くで、魔力計測不能の黒い表示になっているから、多分グリームの反応。あとの二つは一キロ圏内にあって、黄色とオレンジの点がぴったりくっついて表示されている。二人の悪魔が一緒に行動しているってことだろう。
「いたよ。このあたり、本当に向こうの人間がうろついているんだね」
「ああ。何人いる?」
「二人。片方は普通よりちょっと強いみたい」
「そんなことまで分かるんだ。方向は?」
「あっち。……あ、でも動き出した」
「どっちに?」
「こっち。こっちに向かってきている」
うわっ……、まずいなぁ。
「ごめん、気付かれたかも」
失敗した。《在り処を示せ》は薄く広く魔力を伸ばして、対象を感知する魔法だから、対象が近くにいたり、魔力に敏感だったりすると気付かれることがあるのだ。
どうしよう。黄色はともかく、オレンジは厄介だ……。
「ひゃっ!」
と、おろおろしながら《在り処を示せ》の結果を見つめていると、突然、足に冷たいものが当たった。
何!?
びっくりして下を向くと、そこにはグリームがいた。しめった鼻を押しつけて、すごく何か言いたそうな目で、私のことをじっと見上げてくるグリームがいた。
……うん、そうだよね。ごめん。
やっぱり、ライオネルの前で《在り処を示せ》するのはまずかったみたい。
「大丈夫か!?」
グリームを見つめ返して、心の中で謝っていると、不意にジャッカルの声がした。
「すげぇ音がしたけど、何があったんだ?」




