29. 悪魔との戦い
「えっと……」
どうしよう!
会うなり、『すごく大きくなった?』なんて言われると思っていなくて、私はちょっとパニックになった。
子供の私と大人の私が同じって、バレちゃったの?
サレハさんに何も言われなかったから、リッチさんも気付かないと思っていたのに。一年で大人に成長するような、変な人間だって思われたらまずいよね。
どうやってごまかそう……。
「リッチ」
とりあえず初対面のふりだ!
そう思って、あなたが何言っているのか分からないです、という顔でリッチさんを見返していると、そのうちライオネルが、とがめるようにリッチさんを呼んだ。
するとリッチさんが、降参だというように軽く手を上げて、
「ごめん、ごめん。前に会った女の子とそっくりだったからさぁ」
「……はぁ」
「でも、君もルーナちゃんでしょ? ボスから聞いているよ」
……名前が同じだったから、鎌をかけただけ?
へらりと笑っているリッチさんは、難しいことは何も考えていなさそうだった。
少なくとも、私のことを怪しんでいるわけではないみたい。……うーん?
「えっと、はい。そうです。ルーナですけど……」
「だよねぇ。あ、それマツタケ? ルーナちゃんが見つけたんだ」
「……はい」
「いい大きさだねぇ。お金はいま渡したほうがいい?」
「えっと、いつでもいいです……」
なんだろう。違和感がある。
ジャッカルみたいに疑いの目を向けてくるわけじゃないけど、私を怪しんだり嫌ったりしているわけではないけど、警戒しておいたほうがよさそうな感じ。
おそるおそるマツタケを渡して、ぱっとすぐさまリッチさんから離れると、
「怖がられたかぁ」
「らしくないね。面倒ごとに自分から首を突っ込もうとするなんて」
「気になるからねぇ。面倒だけど、領民を守るのは領主の務めだし」
「そうか。毎日サボっている奴の口から出た言葉とは、まるで思えないね」
「耳が痛いな~」
顔をしかめて耳を押さえると、リッチさんは退散するように拠点へ向かっていった。
あぁよかった。追及されなくて、本当によかった。
ほっとひと安心しながら、その後ろ姿をじっと見送る。するとふと、庭の隅にダクトベアがいることに気付いた。ライオネルと一緒に帰ってきたのかな。
深刻そうな顔でジャッカルと何か話していて、ちょっと気になるんだけど、
「少し散歩しよう」
首を伸ばして様子をうかがっていると、そう言ってライオネルが私の手を引いた。
まぁいいや。私はうなずいて、ライオネルについていった。
「仕事でどこに行っていたの?」
「キラン町だよ。そこで門が開いて、悪魔が現れたんだ」
「また戦争があったってこと?」
「いや、今回はそこまで大規模な侵攻じゃない。だから早く戻ってこられたんだ」
「戦争じゃなくても、門が開くことがあるの?」
「あるよ。しょっちゅうだ」
「……ふぅん」
おかしいな、私の知っている話とちがう。
しゃべりながら、疑問が渦巻いた。
白の領域ではそれが常識なのかもしれないけど、門の跡地は厳しく管理されていて、戦争でもない限り門が開くことはめったにないって、私はそう聞いているんだよね。
それなのに、しょっちゅう開いている? つまり、私が知らないだけで、門を開ける人が実はたくさんいるってこと? あの鬼強いダリオンでさえ、門は開けないのに?
「門が開くたびに、悪魔を倒しにいっているの?」
「依頼されるからね。悪魔を退治できる魔法使いは少ないんだ」
「ふーん。でもライオネルって、昔は魔法使いじゃなかったよね?」
「ああ。君に会ったあとで、魔法の才能に目覚めたんだ」
「そうなの? 不思議だね」
魔法がどのくらい使えるかは、生まれ持った才能による。
才能があれば、鍛えることでより強い魔法が使えるようになるけど、才能がなければ、どれだけ頑張っても無駄にしかならない。
……って、昔シャックスに教わったんだけどなぁ。
なんでだろう。ライオネルの話は変だ。
黒の領域と白の領域で、そういうところもちがっているの?
「大きくなってから、魔法が使えるようになることもあるんだね」
「そうらしい。ルーナは生まれたときから魔法が使えたの?」
「うん、多分そう。あんまり得意ではないけど」
「それなら……」
「ホゥ」
と、ライオネルが何か言いかけたその時、不意にフクロウみたいな声が聞こえた。
まだ昼間で、フクロウが出てくるような時間じゃないんだけど……?
変だなと思ってあたりを見回すと、森の奥に怪しい人影があった。
背の高い、ぎょろっとした目の不気味な人。腕を覆うように茶色いフクロウの翼が生えていて、私たちと目が合うと、かくんっと首を九十度に傾ける。
うわっ、気持ち悪い!
普通の人間の動きじゃない。
黒の領域の、キメラ人間だ。
このあたりに悪魔がいるって、本当だったんだ……。
「下がっていて」
びっくりしていると、私の手を離したライオネルが、厳しい顔つきで前に進み出た。
ポケットからグローブを取り出して、装着しながらフクロウ人間に近付いていく。
倒すつもりなのかな?
ちょっと不安で、私はちらっと後ろに目を向けた。
そこには、つかず離れずの距離でこっそりついて来ているグリームがいるんだけど、落ち着いた様子でじっとライオネルを観察している。傍観するつもりのようだ。
うーん。大丈夫なのかな?
危険な気がする。ライオネルは悪魔を退治できるくらい強いらしいけど、白の領域の人間はそもそも弱いっていうから、すごく心配になる。倒されちゃったらどうしよう!
「ここで何をしている」
はらはらしながら見守っていると、ライオネルがフクロウ人間に問いかけた。
「この先は俺たちの村だ。略奪に来たのか?」
「おや? おやおや?」
すると、フクロウ人間は不思議そうな声を出して、ライオネルに目を向けた。それからギギギッと、壊れかけたネジ巻き人形のような動作で、傾けた首を元の位置に戻すと、
「私に話しかけてくるとは珍しいエサだ。叫び出す前に殺してしまおう」
言うなりバサッと翼を広げ、たくさんの羽根を矢のように飛ばしてきた。
危ない!
とっさに私は、身の危険を感じてしゃがみ込んだんだけど、
「《炎盾》!」
ライオネルはちっとも慌てていなくて、静かにそう言いながら、手を前に出しただけだった。
魔法で生まれたオレンジの炎が、丸い盾のように広がって、飛んでくる羽根を片っ端から焼き尽くしていく。
……すごい。うそでしょ。
にわかには信じられなくて、私は目の前の光景に唖然とした。
この感じ、多分、ライオネルは私より魔法が上手だ。……なんで?
「ホゥ。なかなかやるな」
「帰ってくれないか」
炎の盾を消すと、ライオネルはまた穏やかな口調でフクロウ人間に話しかけた。
「いま引き返すなら見逃してやる」
「ホホッ! エサの分際で生意気な!」
再び翼を広げ、フクロウ人間が宙に浮いた。
……うーん? 変なの。
聞いている話とちがう。
白の領域の人間は、黒の領域の人間を憎んでいるって習ったのに、ライオネルはなぜか、フクロウ人間を倒したくなさそうだった。敵意を持っているのはむしろフクロウ人間のほうだし、人のことをエサ呼ばわりするなんてとっても失礼だし……。
「肉片にしてやる! 《梟の羽撃》!」
「《炎盾》!」
フクロウ人間が羽ばたき、強い風に乗せてまた鋭い羽根を飛ばしてくる。
さっきと同じように、ライオネルは炎の盾でガードした。
だけど、魔法で生み出したその炎は風に吹かれてなびき、飛んできた羽根だけではなく、守るはずのライオネルまで燃やそうとしている。
風が向かってくる状況で、炎を盾にするのは危険らしい。
後ろに下がり、ライオネルは炎の盾を消した。
「《氷の追跡鳥》!」
そして炎の盾の代わりに、横へ向けて氷の鳥たちを放った。
スズメかセキレイか、よく分からないけど小さな鳥たち。
魔法の鳥はたち、向かい風に流されながら滑るように空を飛んでいき、やがて強風域を抜けると、大きく膨らみながら向きを変えて、フクロウ人間のところへ突っ込んでいった。
フクロウ人間が羽ばたくのをやめ、わずらわしそうに翼を振る。
「ホホッ! 食えぬ鳥とは悪趣味な!」
フクロウ人間の翼に打たれ、魔法の小鳥たちが壊れていく。あちこち無残に砕かれて、氷の欠片となって落ちていく。
……ねえ。その魔法、ちょっと弱すぎない?
あまりにも呆気なくて、私は困惑した。
さっきの炎の盾の魔法はすごかった。でもこの、叩かれただけで壊れちゃうよわよわ魔法は何? どういうこと? ライオネルがよく分からない。
風をなくすために仕掛けたのかな、とも思ったけど、黙ってフクロウ人間を見上げているだけで、追撃しようとはしていないし……。
本当に大丈夫? ライオネルって、悪魔を倒す仕事をしているんだよね?
「……分かんないなぁ」
とりあえず、油断しないで見守り続行だ。
負けてエサにされちゃったら悲しすぎる。危なくなったら、すぐグリームに助けてもらわないと。
そう思って、緊張しながらライオネルの様子を見ていると、
「くそっ」
不意に上空から、焦るような声が聞こえた。
見上げると、それまで得意げな顔をしていたフクロウ人間が、不器用に翼を動かして、どうにか宙に留まろうとしている。
何? どういうこと? 私ちょっと目を離した隙に、何かあったの?
「諦めなよ」
「ホッ! これしきのことで私は落ちぬ!」
翼を動かすのをやめて、フクロウ人間が強がるように言った。
「白の魔法使いごときに負けるものか!」
……うーん?
押されているのはライオネルのはずなのに、なんでそういう話になるんだろう?
さっぱり分からなくて、私は目を凝らしてフクロウ人間を観察した。何か変わったところはないかな、と探してみて、それから私は、ようやく自分の勘違いに気付いた。
フクロウ人間の翼の一部が、いつの間にか凍りついている。
さっきの小鳥、ただのよわよわ魔法じゃなかったんだ。
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