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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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28. 悪魔との戦い

やっぱりコマだけよく売れる。


ライオネルが帰ってくる予定だというその日、私は午前中だけと思って、またまた王都でお店を出し、夜なべして作ったドングリのコマをたくさん並べた。

すると間もなく、子供たちがわらわらと集まってきて、コマばかりを次々に買っていく。


本当に不思議だ。


作って売っているのは自分だけど、形のいいドングリを探して、持ち手をつけただけのコマをこんなにほしがるなんて。リースや置物のほうが、コマよりずっと手間がかかっているのに、そっちはぜんぜん売れないなんて。


持ってきたコマは、昼前には全部なくなった。


コマが売り切れると、私はお店をたたんで、グリームに乗ってサンガ村に戻った。


この日の売り上げは200WC(ホワイトコイン)


ナユタのナイフを売って得た3000WCを元手に、三日間、お店を出して商売してみたわけだけど、売り上げの合計は1020WCで、1980WCの赤字。


これじゃナユタのナイフは買い戻せない。


でもまぁ、グリームが言っていたように、あれは私がもらったものだから。いつか取り戻すとして、しばらくなくたって大丈夫だよね?


……うん。

収支はマイナスだけど、初めての経験ができたってことで、よしとしよう。


サンガ村が近付くと、ライオネルに会って何を話そうかということで、私の頭はいっぱいになっていった。


話したくて待っていたんだけど、私が話せることってあんまりないし、変なこと話してぼろが出たら嫌だし……、あ! なんで魔法を使えるようになったのかは、聞いておきたいな。なんでボスって呼ばれているのかも。


「ライオネルは?」


村に着くと、素振りをしているジャッカルを見かけたから聞いてみた。


ジャッカルはじっとしているのが苦手なようで、食事のとき以外は、村のあちこちで誰かの仕事を手伝ったり、体を鍛えたりしているらしい。


「まだだぜ。こっち着くのは昼過ぎらしい」


「そっか」


「拠点で待つなら、ライオネルたちが来たら呼びにいくけど?」


どうする? と、素振りをやめて、ジャッカルが額の汗をぬぐいながら聞いてくる。


ありがたい申し出だけど……。

暇で、どきどきして、今の私はじっと待つなんてできそうになかった。


「ううん。散歩しているから」


もうちょっとお店を続けていればよかったかな。でも、コマがあるか聞かれるだけで、結局は何も売れなかった気がするな。


そんなことを考えながら、手持ち無沙汰な私は森に入った。

もうしばらく商売はしないと思うけど、コマにできるような左右対称のドングリを探す。


「なんでコマばっかり売れたんだろう」


ドングリを探し回りながら、なんともなしに疑問をつぶやくと、


「どうしてでしょうね。コマが売れた理由、それ以外の物があまり売れなかった理由、それぞれ分析しておけば、次に商売をするとき役立つかもしれないわよ」


「珍しかったからじゃない?」


グリームが先生モードになっている……。

でも今は、あんまり考える気が起こらないんだよね。


適当にそう答えると、グリームは無言になった。


私の気持ちを察してくれたみたい。

そう、今の私はすごく緊張していて、初めての商売の結果を分析するなんて、まじめなことを考える余裕がないのだ。


それからしばらく、私は黙々と手を動かして、ドングリを拾い集めていた。

すると、


「あれ、これ何だっけ?」


その途中でふと、マツの木の根元に、見たことがあるようなキノコを見つけた。


カサの裏があみあみになっている、アミタケではない。

太くて長い柄に、柄とほとんど同じ大きさの茶色いカサ。近付くと変わったにおいがただよってきて……、やっぱり、どこかで見たキノコのような気がする。


城の厨房で見たのかな? それとも、城の前に似たようなキノコの家があった?

食べられそうな感じがするけど……。


「ねえ、グリーム」


「……」


「ねぇってば。これ、食べられるキノコ?」


「……」


呼びかけたけど、ダメだ、反応してくれない。

ちょっと離れた木陰で丸くなって、グリームは寝たふりをしている。


もうっ。さっき適当な返事をしたから、いじけちゃったの?

グリームってたまに、こうなることがあるんだよね。面倒だけど、謝って機嫌を直してもらうかなぁ。


「王都で商売を始めたんだって?」


と、そのとき、後ろから急に話しかけられて、私は心臓が飛び出るかと思った。


ぱっと振り向くと、そこにライオネルがいる。

いつからそこにいたの?


足音はしなかったし、気配も感じなかった。まるでダリオンだ。あんまり笑わないダリオンとちがって、ライオネルはにこにこしているけれど。


今日のライオネルは、いつもと同じ薄緑のマントをはおって、中にはちょっと高そうな張りのある服を着ている。


どっくんどっくん脈打つ自分の心臓の音を聞きながら、私は慎重に口を開いた。


「うん。初めてだけど、やってみた」


「売れ行きはどう?」


「うーん、まぁまぁって感じ。お客さんが子供ばっかりだったから、大きな売り上げにはならなかったの。商売って思っていたより難しかった。ライオネルは、悪魔を倒してお金を稼いでいるんだっけ?」


「そうだよ。ラーテル侯爵が、このあたりの悪魔に懸賞金をかけているんだ。他のところに行って、悪魔退治の依頼を引き受けることもあるけどね」


「ふぅん。ライオネルって強いの?」


「さぁ、どうだろう。それより何か探していたの? 手伝おうか?」


「ううん、暇つぶしだから。ライオネルが来たならもういいの」


そう答えながら、私はゆっくり立ち上がって、


「あ! そういえばライオネル、知っていた? この前、カサの裏があみあみのキノコには毒がないって言っていたけど、毒のあるあみあみキノコも存在しているんだって。気を付けたほうがいいよ」


「あ、うん」


私がそう言った途端、ふっと笑顔を消して、ライオネルは気まずそうな顔をした。


「学院に行ってから知ったよ。あのときは間違ったことを教えてごめん」


「大丈夫! 自分で判断しちゃダメって言われているから!」


申し訳なさそうなライオネルのその答えに、私は心底ほっとした。


やっぱりそうだよね。だまそうとか、嘘をつこうとか思って、事実とちがうことを教えたわけじゃないよね。だってライオネルだもん。よかった!


「ねえ、これは何キノコか知っている?」


ついでに、知っているかなと思ってさっきまで見ていたキノコを示すと、


「それはマツタケだよ」


ひと目見ただけで、ライオネルは少し驚いたように即答した。


「食べられるキノコ?」


「ああ。香りが好まれていて、高く売れるキノコだ。3000WCは下らない」


「えっ、そうなの!?」


これ一本で3000WC!?


驚いて、驚きすぎて、私は開いた口がふさがらなかった。


驚愕だ。キノコにそんな高値がつくなんて。私が作ったドングリのコマ三百個よりも、価値のあるキノコが森に生えているなんて。


がんばって工作して、お金を稼ごうとしていた自分が、なんだか間抜けに思えてくる。


コマじゃなくてキノコを売っていたら、ナユタのナイフを取り戻せていたのかな?

まぁ私、キノコに詳しいわけじゃないから、キノコの商売をするなんて、土台無理な話なんだけど。でもこれを売れば、ナユタのナイフを買い戻すためのお金が手に入る……。


「あ、商売は王都に行かないと難しいんだっけ」


「そうだね。だけど相手を選べば、マツタケはここでも売れるよ」


ひとり言だったのに、返答があった。

横を向くと、ライオネルがほほ笑んでいる。


「たとえば、リッチとかね」


「リッチ?」


聞き覚えのある名前だ。

それって去年ここに来たときに会った、眠たそうなリッチさんのこと?


「ラーテル侯爵子息のことだよ。よくこのあたりで昼寝をしているんだ」


うん、私の知っているリッチさんのことっぽい。


でも侯爵子息って、侯爵の跡継ぎのことだよね? リッチさん、実はお金持ちの偉い人だったってこと? そういう感じにはぜんぜん見えなかったんだけど……。


「ちょうど今、拠点にリッチがいるはずだよ。持ち帰って聞いてみる?」


「うん、そうしたい。……でもこれ、私がもらっていいの?」


嬉しい反面、なんだかちょっと申し訳ない気持ちになる。


だって私は多分、ライオネルに教えてもらわなかったら、この高級なキノコをスルーしていた。それなのに、本当に私のものでいいのかな?


「見つけた人のものだよ。さぁ、行こう」


心配だったけど、そう言って手を差し出してくるライオネルには、少しも残念そうな気配がなかった。……すごく優しくて、あったかい人。


丁寧にマツタケを採取すると、私はその手を取った。


妙にドキドキする。

手をつないで、私たちは無言で森の中を歩いた。


ライオネルに会ったら、聞こうと思っていたことがあるはずなんだけど、何だっけ?


思い出そうとしているのに、手のひらからじんわり伝わってくる温度のせいか、考え事に集中できなくて困る。どうしてだろう? もしかして私、おかしくなっている?


緊張しているせいか、変な思考が止まらない。

だけど、やがて木々の向こうに拠点が見え始めると、ライオネルが急に足を止めて、


「リッチ」


「見つかったかぁ」


不意にだるそうな声が降ってきた。

見上げると、木の上にぼさぼさ頭のリッチさんがいる。


あの時のように、今日も昼寝をしていたのかな?


くたびれた、サンガ村でよく見かけるような服を着ている。でも赤い宝石のペンダントをつけていて、それはちょっと高級そうだ。本当に偉い人なのかもしれない。


すごく眠たいのか、まぶたが半分落ちかけていて、威厳みたいなものはまったくないけれど。

うーん、やっぱり変わった大人の人だ。


「デートはもう終わり?」


「からかわないでくれ。マツタケを見つけたんだ」


「へえ、もうそんな季節になったのか。秋だねぇ」


「いるか?」


「んんー? ……いいよ、買ってあげる」


答えると、リッチさんはもぞもぞ動き出して、軽やかに木の上から飛び下りた。


そして、大きなあくびをしながらこちらを向いて、必然的に私を見つけて、いま気付いたように目を見開く。おもむろに首をかしげると、リッチさんは心底不思議そうに言葉を発した。


「あれ。ルーナちゃん、見ないうちにすごく大きくなった?」

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