27. 大人の仕事
「また来たのか」
再び神殿の受付に行くと、スキンヘッドのおじさんは私を見て嫌そうな顔をした。
どうやら私に、営業許可証を渡したくないみたいだ。
だけど今度の私は、ちゃんとお金を持っている。簡単に引き下がったりしないんだからね!
質屋で受け取ったお金をカウンターに置くと、私は堂々と言った。
「お金を持ってきました。営業許可証をください」
「諦めたんじゃなかったのか? まぁいい。忠告はしたからな」
お金を見ると、スキンヘッドのおじさんは渋々といった感じで対応してくれた。
「どこで営業するんだ? 金額に応じて、FからSSまでランクがあるぞ」
「一番安いところでお願いします」
「本当にそれでいいのか?」
「? はい」
なんで確認してくるんだろう?
不思議に思ったけど、高いところを選ぶ余裕なんて私にはない。
できれば明日も売りに来たいし、ここは一番安いところを選ぶのが最善だ。
「……」
それなのに、スキンヘッドのおじさんは何か言いたそうに私を見ると、うなりながら難しい顔でうつむいた。
何なの? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってほしいんだけど。
しばらくすると、スキンヘッドのおじさんは何か諦めたようにため息をついて、
「登録する。売り物は雑貨だな。お前の名前は?」
「ルーナです」
「苗字は?」
「ないです」
「ない? ないわけないだろ。名乗りたくないのか?」
すごく怪訝な顔をされた。
本当に苗字がないからそう答えたんだけど、苗字ってみんなに必ずあるものなの?
私が知らないだけ? それとも、黒と白の領域で常識がちがう?
よく分からないけど、怪しまれているような雰囲気を感じたから、とりあえず私はごまかすことにした。
「あ、すみません、思い出しました。ブラックです」
「ルーナ・ブラックね」
突っ込まれるかと思ったけど、あっさり流された。
怪しまれるよりずっといいけど、軽く扱われているみたいで気分はよくない。
私、この人のこと嫌いかも!
「はい、これが営業許可証」
それから数分して、私はようやく営業許可証を手に入れることができた。
渡されたのは、『営業許可証』の文字と、何かの紋章と、私の名前と今日の日付が書いてあるひらひらの紙。これでやっと商売を始められる!
「割り当て場所は、北十二番地のF7だ」
「……それってどこですか?」
「聞かれると思ったよ。ほら、ここだ」
聞き返すと、スキンヘッドのおじさんは呆れた顔をして紙切れをくれた。
手書きの簡単な地図に、目的地までの行き方が書いてある。
……え? このおじさん、実はいい人?
「ありがとうございます……」
「まぁがんばれよ」
何か裏があるんじゃないの? と、ちょっと思ったけど、そんなこともなさそう。
応援されて複雑な気持ちになりながら、私は神殿を後にした。
ところが、もらった地図を見て、私のお店がある場所に向かうと、
「あれ?」
着いたのは、にぎやかなところから離れた、何も建っていない場所だった。
どういうこと? 私のお店はどこ?
探したけれど、それらしきものは見つからない。
きょろきょろしていると、そのうち、地面にF7という文字を見つけた。よく見ると、道路の端っこに四角い線がいくつも引かれていて、F8とかF9とか、それぞれ番号が振られている。……信じたくないんだけど、どうも地図を読み間違えたわけではないらしい。
「私、だまされたの?」
「金額相応の場所だと思うけれど」
呆然としていると、グリームがすごく冷静にそう言った。……えっ。
「分かっていたの?」
「想像できていただけよ。さ、売り物を並べましょう」
「うん……」
何それ。
想像できていたなら教えてほしかったとか、でも、一番安い場所がこれだと分かっていても、お金がないからここを借りるしかなかったとか、いろいろ考えてしまう。
もやもやしながら、私は持ってきた品物を地面に並べた。
受付のおじさんが難しい顔をしていたのは、このせいなのかな。だとしたら優しい人なのかも……、ううん、知っていて教えてくれなかったんだから、やっぱり意地悪なのかも。
松ぼっくりのリースに、ドングリのコマ、ドングリのやじろべえ。
品物を並べると、私は地面に座ってお客さんが来るのを待った。
だけどそこは、あんまり人が通らない場所で、しかも地面にドングリや松ぼっくりを置いているだけじゃ目立たないみたいで、誰も足を止めて見ていってくれない。
カゴか敷物がほしいなぁ。でもお金がもったいない……。
何も起こらないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
退屈すぎる。大人の仕事って、つまらない。
「かわいい!」
グリームを見て、撫でたそうにしている子供は何人か通りかかったけど、私の工作に興味を示す人はゼロ。買ってくれる人も、もちろんゼロ。
商売って難しいなぁ。
五分間グリーム撫で放題、とかやったほうが稼げそうだ。それじゃ自力でお金を稼いだって言えないけどね。あーあ。ぜんぜん楽しくない。
朝のわくわくした気持ちは、もうすっかりしぼんでしまっていた。
ふてくされて、ひとりでコマを回して遊んでいると、
「……」
ふと、遠くからじっとこちらを見つめている男の子がいることに気付いた。
くりくりとした大きな目で、コマがくるくる回るのを真剣に見つめている。
興味津々って感じのまなざしだ。一緒に遊びたいのかな?
「やってみる?」
声をかけると、男の子は神妙な顔でこくりとうなずいて、私の近くにやって来た。
あまりにも売れなさすぎてつまらないから、商売のことはいったん忘れて、私はその男の子とコマで遊ぶことにした。
ドングリのコマはよく回った。どちらが長くコマを回していられるか競ったり、回し方を研究したり、一緒にコマで遊ぶ時間ははとても楽しかった。
夢中になって遊んでいると、やがて、
「これちょうだい」
男の子がそう言った。
うーん。一応、お店屋さんだし、タダであげるのはちょっと……。
その時になって、私はようやく売値を考えて、
「一個10WCだよ」
「聞いてくる!」
そう伝えると、男の子はどこかへ走り去ってしまった。
けれどすぐに戻ってきて、お金を渡してくれたのでコマを売る。
その日は、そんな子供のお客さんばっかりだった。
近付いてきた子供たちと一緒に遊んでいたら、最終的にコマ三つとやじろべえ一つが売れた。売り上げの合計は、40WC。
「売れてよかったわね」
夕方になると、店じまいをしてグリームに乗る。
明日はどうしようと考えながらサンガ村に向かっていると、ゆったり空を飛びながら、グリームが喜ぶようにそう言ってきた。いい結果ではないんだけど……。
「うん! でもこのままじゃ、ナイフを買い戻すのはずっと先のことになりそう」
思っていたよりずっと、大人の仕事は難しいものだった。
それでもまだ、諦めたりはしないけどね!
次の日、私はまた王都の受付に行って、昨日と同じスキンヘッドのおじさんに呆れられながら、一番安い営業許可証をもらった。
指定された場所に着くと、途中で拾った古い敷物を敷き、その上に品物を並べて、新しい売り物を作りながら人が来るのを待つ。
そこは相変わらず、人通りの少ない道だった。
商品を目立たせようと思って、今日は敷物を拾ってきたんだけど、それでも私の売り物に興味を示す通行人はほとんどいない。
ところがこの日は、昨日とは明らかにちがっていて、私がお店を開くと、
「コマはありますか?」
「ドングリのコマください!」
10WCを握りしめた子供たちが、何故か次々にやって来た。
お目当てはみんなコマ。
ドングリのコマだけ、あっという間に売り切れてしまって、
「どうして買いに来たの?」
なんでなのか理由がすごく気になる。
最後のコマを買った子供に、商品を渡すついでに尋ねてみると、
「トビーに自慢されて、俺もほしくなったんだ」
どうも昨日コマを買っていった誰かが、王都の子供たちに自慢したらしい。
それで、値段が安いこともあって、うらやましく思った子供たちが、親にねだって買いに来てくれたっぽい。すごくラッキーだ。
でもコマ以外の売り物は、昨日と同じようにあんまり売れていない。
子供と一緒にコマを買いに来たお母さんが、ついでにリースと置物を買っていってくれただけで、それ以外のお客さんはゼロ。売り上げもゼロ。
敷物だけじゃ、歩いている人の注意を引くのは無理なようだ。
この日は、ドングリのコマ二十三個と、松ぼっくりのリース一つ、ドングリ家族の置物五つが売れた。全部で780WCの売り上げ。
営業許可証の値段には届かないけど、昨日に比べたらすごくいい結果。
満足して、私はサンガ村に戻った。
グリームから下りて、さぁ明日もがんばろうと拠点に向かっていると、
「よっ。商売は順調か?」
拠点の庭で、土まみれのジャッカルに会った。
なんでそんなに汚れているんだろう?
「うん、まぁまぁいい感じだよ。ジャッカルは何をしていたの?」
「教会の手伝いで畑仕事。こき使われてきたぜ」
「サレハさんに?」
「ああ。あいつ、優しそうに見えて意外と人使い荒いから」
「そうなんだ。……お疲れ様」
「ははっ。ルーナさんもお疲れ様。あ、そういえばライオネル、明日の午後に帰ってくる予定だってさ」
「えっ」
雑談の流れで急にそう教えられて、私は面食らった。
いけない、うっかり忘れかけていた。
私は、ライオネルを待つためにサンガ村にとどまっているんだった。
待っている間の暇つぶしに丁度いいと思って、お金を稼いでみることにしたのであって、ライオネルが帰ってくるなら、商売をする必要はもうない。
楽しくなってきたところだったけど……。まぁ、仕方ないかな。
赤字からは脱却できそうにないし、商売はひとまず明日で終わりかも。




