26. 大人の仕事
次の日、ドングリと松ぼっくりの工作を持って、私は再び王都に向かった。
もちろんグリームに乗ってだ。地上の小さな景色を楽しみながら、どのくらい売れるんだろうと、私は始終うきうきしていた。大人の仕事もそんなに悪くないね。
「……あっ」
ところが王都に到着して、にぎわっているところに向かって歩いていると、途中で突然あることに気付いて、私は頭が真っ白になった。
まずい。これまで考えていなかったことがある。
この品物、どこで、どうやって売ればいいんだろう?
売り物があれば商売できると思っていたけど、それだけじゃ不十分なのだ。王都で商売している人たちは、見た限りみんな、お店を構えている。だけど私は、お店を構えるなんて、そんなことできそうにない。どうしよう……。
やっぱり商売って、お金がないとできないものなの?
「どうしたの?」
立ち止まって、どうしようかと解決策を考えていると、腕の中にいる子猫サイズのグリームが、心配そうに私を見上げてくる。
グリームなら、どうすればいいのか知っているかな?
つぶらな瞳と目が合って、私はぼそっとつぶやいた。
「作ったはいいけど、どこで売るのか考えていなかったなって」
「ああ、そのことね。まずは営業許可証をもらえばいいわ」
「何それ」
営業許可証? ……なんでそんなこと知っているの?
不思議だ。顔の前までグリームを持ち上げて、目で問いかけてみると、
「よく観察してみなさい。すべての店に、営業許可証が掲げられているでしょう?」
呆れた口調でそう言われた。本当かな?
試しに私は、近くの果物屋さんをよく見てみることにした。
すると確かに、『営業許可証』と書かれた紙が店の壁に貼られている。念のために確認した、隣の食器屋さんにも、アクセサリー屋さんにも、同じものが置いてある。
「本当だ。お店屋さんをするには、営業許可証が必要ってこと?」
「おそらくね」
「どこで、どうやってもらえばいいんだろう?」
「それは知らないわ。聞いてみたら?」
まぁそうなるよね。
知らない人に話しかけるのは勇気がいるけど、黙っていたら何も始まらない。
グリームを抱えなおすと、私はいくつかの店の店主さんを見比べた。そうして、アクセサリー屋のお姉さんが優しそうだなと思って、お客さんがいなくなったタイミングで声をかけると、
「あの、すみません」
「はい?」
「営業許可証って、どこでもらえるんですか?」
アクセサリー屋のお姉さんは、突然の質問に驚いたようだった。
それでも、目をぱちくりさせたあと、
「神殿の受付よ」
と教えてくれた。
見た目の印象どおり、親切な人でよかった!
「ありがとうございます! ……あの、神殿はどこにありますか?」
「え? この道をまっすぐ行って、突き当りで右に曲がったところにありますけど……。あなた、よそから来た人?」
「そうです」
「……がんばってね」
聞かれたことに答えただけなのに、なぜか応援された。
「? はい、がんばります。ありがとうございました!」
どういうことなのか、よく分からない。
アクセサリー屋のお姉さんに感謝を伝えると、私は神殿に向かった。
言われたとおりまっすぐ進んで、突き当りを右に曲がると、やがて白い大きな建物と、サレハさんみたいな服の人がちらほら目に入ってくる。
王都の神官だ! 危険だ!
気付くなり、私はさっと物陰に隠れた。
「どうすればいい?」
神官には近付きたくないけど、近付かないと神殿に行けない……。
「どうって、神殿に行くなら進むしかないわ」
「大丈夫かな?」
「変なことを言ったり、魔法を使ったりしなければ大丈夫よ」
「……分かった」
神官は怖い。アースから怖い話をいっぱい聞いているから、なるべく近付きたくない。だけど、まだ何もされていないのに怖がって、せっかくの機会をなくしちゃうのは嫌。
覚悟を決めると、私は速足で神殿に向かった。
大きなカバが口を開けているような感じの入り口から、いろんな格好の人がたくさん出入りしている。
アクセサリー屋のお姉さんは、神殿の受付で営業許可証をもらえるって言っていたけど、受付ってどこにあるんだろう? 神殿の中? 勝手に入っていいの?
きょろきょろしながら神殿の前を歩いていると、
「何かお困りですか?」
通りかかった無表情の神官に、声をかけられた。
思わずビクッとしちゃったけど、怪しまれていないよね?
変なことを言ったり、魔法を使ったりしなければ大丈夫、きっと大丈夫……。
「あの、営業許可証がほしくて来たんですけど……」
「営業許可証の受付はこちらです」
よかった。怪しまれているわけではないみたいだ。
声をかけてきた神官は、さっと歩き出して受付まで案内してくれた。
神殿は神殿だけど、端っこのほうにある小さな入り口から入ればいいらしい。
ところが、入り口の前に立って、おそるおそる中をのぞいてみたら、そこはカウンターの向こうにおじさんが二人いるだけの狭い空間だった。
本当にここで合っている?
怪しんで振り向くと、案内してくれた神官はもういなくなっていて、キツネにつままれたような気分になる。……え、どういうこと? 大丈夫だよね?
ちょっと不安を感じるけど、行かなきゃ商売を始められない。
覚悟するしかないのだ。よーし!
「営業許可証をください」
どきどきしながらカウンターに向かって、スキンヘッドのおじさんにそう言うと、
「何を売るんだ?」
「こういうのです」
場所は間違っていないみたいだ。
不愛想にそう聞かれて、私はほっとしながら袋に入れていたドングリの飾りを見せた。するとスキンヘッドのおじさんは、渋るような顔でじろじろと私の工作を眺めて、
「そのくらいなら、店を出している人に頼んで売り棚に置かせてもらいな」
「え?」
「それを売ったところで、大した売り上げにはならないだろう。場所を借りたら間違いなく赤字だ。お嬢さん、分かっていないのか?」
「えっと……?」
分からない。何を言われているのか、分からない。
どういうこと?
助けを求めてグリームを見たても、なぜか目を合わせてくれない。
困惑していると、スキンヘッドのおじさんはため息をついて、
「一番安い営業許可証でも、一日1000WCだ。その売り物でどれだけ稼げる?」
「……営業許可証をもらうのにも、お金が必要なの?」
「当たり前だろう。ここは子供の遊び場じゃない」
「……」
なんだかすごくバカにされた気分。すごく不愉快だ。
でもお金が必要だって言うなら、私はどうすることもできないから、帰るしかない。
「ちょっと考えます」
そう言って、私はいったん神殿の外に出た。
さっきみたいにまた、神官に話しかけられると嫌だから、ささっと近くの広場の隅っこに移動して、そこでグリームに話しかける。
「やっぱりお金がないと、商売ってできないんだね……」
「そうとは限らないわ」
大人の仕事なんて、子供の私にはまだ無理だったんだ。
そう思って悲しくなっていると、グリームが力強いまなざしで私を見上げて、
「お金がないなら、今あるものを売って、お金を作ればいい」
「ええ?」
わけの分からないことを言ってきた。
「営業許可証がないと物を売れないのに、どうやって?」
通行人に片っ端から声をかけていくとか?
それなら場所が必要ない。
でも私、商売をするってこれが初めてだから、どうやって物を売ればいいのか分からないんだよね。『いりませんか?』って聞いて、『いりません』って答えられたら、それで会話が終わっちゃう。他のお店屋さんみたいに商品を並べておいて、いろんな人が自由に見られるようにしておけたら、それが一番なんだけど。
見ず知らずの人に、片っ端から話しかけに行くのはちょっと嫌だなぁ。
「人じゃなくて、店に売ればいいのよ」
ところがグリームは、私の予想とはぜんぜん違うことを言ってきた。
なになに? 物を売っているお店に、物を売る?
「どういうこと?」
「雑貨屋さんに行って、ルーナの作った品物を買い取ってもらうのよ。そうすれば雑貨屋さんが、ルーナの代わりにお店で品物を売ってくれる。リンゴを作った人が果物屋さんにリンゴを売って、果物屋さんが町の人にリンゴを売るのと同じことよ」
「……あ、そっか」
物を作ったその人が、自分でお店を出しているとは限らないのだ。
お店がないなら、お店がある人に売ればいい。
確かにそのとおりだ。それが賢いやり方なんだと思う。だけど……。
「自分で売りたい」
それじゃ商売している感じがしないよ。できれば、自分でお店を出したい。
はっきり意思表示すると、
「それなら、手持ちの物を古道具屋に売るか、質屋に預けるかね」
グリームは私がそう言うことを見越していたかのように、すぐ別の案を提示してきた。
「手持ちの物……」
手鏡、櫛、歯ブラシ、ナイフ。
私が持っているのはそのくらいで、どれも生活に必要なものだ。手放したくない。
でも商売を始めるために、どうしても一つ手放さなければならないというのなら、
「……このナイフ、売ったらナユタが悲しむかな?」
「さぁ、どうでしょう。もらった時点で、それはルーナのものよ。好きにしたらいいわ。どうしても手放したくないなら、質屋に預けて、お金を稼いでから買い戻せばいい」
「そっか。……うん、そうしよう」
ちょっと申し訳ない気持ちはあるけど、ナイフならジャッカルに借りられそうだし、商売を始めるためには仕方ないかな。
決心すると、私はグリームと質屋を探して、そこでナユタのナイフをお金に換えた。
3000WCと言われて、それが高いのか安いのかさっぱりだったけど、1000WCあれば一番安い営業許可証をもらえるから、それでいいやと思った。
いっぱい稼いで、早く買い戻そう。
自分の鼓動がすごく速くなっていることを感じながら、私は神殿の受付に戻った。




