25. 大人の仕事
南西に向かって空を飛びながら、グリームはずっと不機嫌だった。
変身能力を知られるのはリスクが高いとか、目撃されて大ごとになったらまずいとか、できることは自分でしなさいとか、ぐちぐち文句を言っていた。
別にいいじゃん、このくらい。
……って私は思うけど、それを言うと、もっと機嫌が悪くなるのは分かりきっていることだから、黙っておく。魔法はあんまり使わないほうがいいんでしょって反論も、心の中にとどめておく。
あーあ。
グリームと初めて白の領域に来たときは、整備されていないところを歩くのは危ないからって、グリームが言い出して背中に乗せてくれたのになぁ。
なんでそんなに怒っているのか不思議でしょうがないけど、聞けるような雰囲気ではない。
「だって私、グリームに乗るの好きなんだもん」
「時と場所を選びなさい」
「はぁい」
問題ないと思うけどなぁ……。
吹きつけてくる秋風を感じながら、眼下に広がる木と土ばっかりの景色をぼーっと眺めていると、そのうち人間の町が見えてきた。
近い間隔で建物がいっぱい並んでいて、その範囲はサンガ村よりはるかに広い。
きっと王都だ!
「王都だよね?」
「そのようだわ」
聞くと、グリームは肯定して近くの空き地に下り立った。
私が背中から下りると、子猫サイズになって、小さな翼でふわって宙に浮く。
そうして私の頭の上に乗って、爪を出したり引っ込めたりしてくる。
まだ抗議するつもりみたいだ。反省するつもりはないけど、火に油を注ぐようなことはしたくないから、もうちょっと演技しておこうっと。
そういえば、追いかけてくると思っていたけど、ジャッカルはついて来なかった。
変身したグリームが大きくて、近付くのが怖かったのかな?
できれば王都を案内してほしかったけど、グリームが羽ばたく時の風圧で飛ばされたら大変だし、仕方ないかな。
どきどきしながら、私は王都の建物があるほうへ向かった。
すごく期待して、楽しみにしていたんだけど――。
そこは、よその黒の領域の城下町に似ていた。
歩いていて子供を見かけるところはちがうけど、たくさんの人がいて、たくさんのお店があって、ごちゃごちゃしていて、すごく賑わっている。
あちこち見て回って、正直、かなりがっかりした。
サンガ村に比べたら確かにすごいけど、ジャッカルが熱のこもった口調で話していたから、私が知っているどの場所よりも、王都はすごいところだと思っていたのに。
黒の領域の劣化版って感じだ。
いろいろな物が売っていて、それを眺めているのは面白いけど、驚きや目新しさはあんまりない。でも人がたくさんいて、お金を稼ぐにはよさそうだ。
村に戻ったら、何を作ろう?
「おっと。これは失礼」
と、考え事をして歩いていたら、男の人と軽くぶつかった。
体が少し当たっただけで、痛くもかゆくもなかったんだけど、すぐさま謝られてびっくりした。
さっきから何度か、誰かとぶつかりながら歩いているんだけど、向こうも私も謝ったりしていなかったから。
「いえ、すみません……」
顔を上げると、そこには高級そうな服を着た紳士がいた。
灰色の髪に、青いアーモンドアイ。お金持ちオーラをまとった、若くてきれいな人。
もしかして貴族?
珍しいなと思って見上げていると、その人はにこっとほほ笑んで背を向け、近くの本屋に入っていった。すごくスマートな振る舞いをしている。
……大人だ。完璧な大人だ。
そう思ってから、今の自分が大人の姿になっていることを思い出して、私は急に恥ずかしくなった。
口うるさい三柱がいないからって、最近の私は気をゆるめすぎかもしれない。ぶつかっても自分から謝らないし、身だしなみに無頓着だし、適当な敬語で話しているし……。
このままじゃダメだ!
ダメな人間になりかけている。改めなくちゃ!
しっかりしていない自分が嫌で、もう帰ろうと思ってきびすを返したら、
「もう帰るの?」
グリームが小声で、怪訝そうに聞いてきた。
「うん。もう充分だから、あとは村で売り物を作ろうかなって」
「……ルーナがそれでいいなら、そうするけれど」
ん? 何か言いたいことがあるような感じで、ちょっと引っかかる。
でも私はともかく一度、自分だけの空間にこもって、自分を立て直したくて、その一心でサンガ村に帰ることを決めた。
王都の外で、大きくなったグリームの背中に乗る。
するとグリームは、今度は特に文句を言うこともなく、私をサンガ村に運んでくれた。
村に着くと、私は拠点の借りている部屋へ、一目散に向かった。
そうして鏡に映る自分の姿をチェックして、髪の毛が爆発していることに気付いて、穴があったら入りたいような気分になった。
十中八九、グリームに乗って空を飛んでいたせいだけど、せっかく櫛と手鏡を持ってきているんだから、持ち歩いてこまめに確認しておけばよかったのにね。
絡まった髪をとかしてまっすぐにすると、ベッドに深く腰掛けて、私は深呼吸した。
口うるさい三柱がいないからって、自分のやりたいように、何でも好きにやっていいわけじゃない。自分の品格を落とすようなことは、しちゃいけない。そうすると、あとで自分が恥ずかしくなるだけだから。
もっと気を付けよう。特に今、私は大人のふりをしているのだから、しっかりしないとダメだ。謙虚に、礼儀正しく、おしとやかに。……よし!
「どこへ行くの?」
決意を新たにして、部屋を出ようとすると、グリームに声をかけられた。
「散歩。何を作るか考えたいから」
「そう」
じっとしていても、いいアイデアは浮かんでこない。
私はグリームと一緒に、近くの森の中を歩いて回った。あれだけたくさん人がいれば、何を作っても売れそうな気がするけど、私が作れる物はそんなに多くない。
「シロツメクサの冠を作るのなら得意だけど、すぐ枯れちゃうから、売り物には向かないよね。ドライフラワーにすればいいのかな? でも、吊るして乾燥させればできるけど、時間がかかるんだよなぁ。押し花のしおり? も、乾燥させるのに数日かかるし……」
花を使って、何かを作るのは難しそうだ。
押し花については、魔法で乾燥時間を短縮させる、という手があるにはあるけれど、しおりの材料をそろえるのに苦労しそう。
誰かが掃除しているのか、拠点に近いところの森には、枯れ葉も木の実もほとんど落ちていなかった。拠点から離れていくと、次第に地面が枯れ葉や木の枝におおわれて、松ぼっくりやいろんな形のドングリを見かけるようになる。
「枯れたツタと松ぼっくりがあれば、リースを作れるよね。ドングリはコマとかやじろべえとか、顔を描いてかわいくしたり、くっつけて動物にしたり、うん、いろいろ作れそう」
いい材料を見つけて、創作意欲がわいてきた。
わくわくしながら木の実やツタを拾い集め、両手いっぱいになると、私は拠点の庭に戻った。そうして、隅っこのほうでさっそく工作を始める。
ツタを曲げて丸くして……、ドングリに葉っぱの耳をつけて……。
「道具がない!」
「ようやく気付いたの」
はっとなって叫ぶと、傍観していたグリームが淡々と言った。
「ナイフだけで工作をするのは、難しいと思うわ」
「そういうことは早く言ってよ!」
また別の売り物を考えなくちゃいけないじゃん!
……それか、ジャッカルに言えば、接着剤とかキリとかを貸してくれるかも?
木の板に模様を彫るとか、ツタで籠を編むとか、他にできそうなことがないわけじゃないけど、せっかく集めた材料を無駄にしたくはない。
ということで、私はいったん工作を中断して、ジャッカルを探すことにした。
拠点の中にはいないみたいだから、村のどこかにいるのかな?
「よっ。おかえり」
そう思って村のほうに向かったら、途中ですぐジャッカルに出会った。
やっぱり村にいたみたい。
何をしていたんだろう? 孤児院の子供たちと遊んでいたのかな?
「王都はどうだった?」
「まぁまぁだったよ」
答えて、それから私はハッとした。
これじゃダメだ。王都で、言葉遣いをちゃんとしなきゃって思い直したばかりなのに、いつもどおりにしゃべっている。
でもジャッカルは同い年くらいだから、きちんとしてしゃべったらむしろ変?
子供のときは、知らない大人には敬語を使うようにって言われていたけど、大人になってからはどうなんだろう?
考えて、私は困惑した。
これってどうするのが正解なの!?
「えっと、あの、私、ジャッカルを探していたんだけど」
「そうなのか」
とりあえず、急に言葉遣いを変えるのは多分おかしい。
これまでと同じ話し方でそう言うと、ジャッカルは軽く目を見開いて首をかしげた。
「何の用だ?」
「えっと、接着剤とかキリとかって持っている?」
「持っているぜ。でも、何に使うんだ?」
「工作。ドングリで飾りを作りたいの」
「ドングリで飾り? 変わったことするもんだな」
ただただ不思議そうに、ジャッカルは言葉を続けた。
「普通は粉にして食べるんだけど」
「知っている。森で拾ってきたやつだから、好きにしてもいいかなって思ったんだけど、ダメだった? 粉にして食べたほうがいい?」
「いや、ちょっと驚いただけで、好きに使っていいぜ」
一緒に拠点に戻ると、ジャッカルは接着剤とキリを簡単に貸してくれた。
言ってみるものだ。これで工作の準備は万端!
道具を手に入れると、私はさっそく工作の続きに取りかかった。
ツタを丸めたリースの土台に松ぼっくりを飾ったり、ちぎった葉っぱをドングリにくっつけて動物に見立てたり、キリで掘った穴に細い木の枝を差し込んで、ドングリのコマの持ち手にしたり……。いろんなものを、どんどん作っていく。
一番大変なのは材料を拾ってくることで、材料さえ集まれば、あとの作業はすごく楽しかった。
「器用だな」
ジャッカルはしばらく、感心したように私の工作を眺めていたけど、そのうち見ていることに飽きたのか、ふっとどこかへ行ってしまった。シャックスのように、つきっきりで監視するつもりはないみたい。
その日の夜、私は明日のことを考えて、わくわくしながら眠りについた。
いよいよだ。いよいよ明日、お金を稼ぐんだ!




