24. 大人の仕事
「なかなかの難題ね」
部屋に入ってドアを閉める。
するとすぐに、グリームがそう言った。
「初めてお金を稼ぐには、ここはかなりハードルの高い場所だったわね」
「うん。そうだね」
その意見には全面的に同意する。
村の人たちのほしい物を聞いて、それを作って売ればお金を稼げると思っていたけど、商売はそう簡単じゃないらしい。肉も、剣も、移動スクロールも私は作れないし、がんばってどうにか作ってみたところで、この村の人たちが買えないのでは意味がない。
「お金を稼ごうと思ったら、王都に行かなきゃ難しいってことだよね」
「そのようね。どうする? 他にできることを考えてみる?」
「うーん」
ベッドの脇でしゃがみ込み、グリームを撫でながら私は考えた。
サンガ村の現状について、ジャッカルは聞けばなんでも教えてくれた。
この村の仕事は農業が中心であること。でも継続的に、村の外に農産物を出荷できるような余裕はないこと。余裕ができたとしても、運搬の護衛をできる人が限られているから、外に売りに行くのは難しいということ。などなど。
「王都はどんなところなの?」
「異世界みたいなすごいところだよ。見たほうが早いだろうけど、この村より桁違いに大きくて、すげぇ数の人がいるし、建物はみんな立派で、売っている物の種類も豊富だ。たとえばこういうカップの一つを取っても、ずんぐりした黒っぽい重たいやつから、真っ白で軽いやつ、細かい絵がついた芸術品みたいなやつまで、いろいろ置いてある。しかもそれを、誰かしらがちゃんと買っていくんだよ」
「へえ。それなら、この村でいろんなカップを作って、王都で売ればいい商売になるんじゃないの?」
「そうかもな。けど売り物になるような陶磁器を作るのは大変だぜ。石を探すのも、窯を作るのも、形を整えたり、色をきれいに出したりするのも、ひと筋縄にはいかない。それに、割れ物を王都まで運べるかどうか怪しいだろ」
「……詳しいね?」
「ははっ。学院に通っていた頃、ライオネルたちと考えたことがあるからな。結局、まず悪魔たちを駆逐しないと、何をするにも安心できないって結論になったけど」
「そうなんだ。他にも何か、この村で作れそうな物はあった?」
「あったよ。やっぱり運搬がネックになるけど、このあたりは森ばっかりだから、木を切って木材とか木炭を出荷するとか、土地はあるから麦の作付けを増やすとか」
ジャッカルは、私よりたくさんのアイデアを持っていて物知りだった。
この近くにひそんでいるらしい、黒の領域の人間という障害物を排除したら、きっとこの村は大きく変わっていくんだろうなって、なんとなくだけどそう思った。
昔は私と同じくらいの子供だったのに。
この十年で、ジャッカルは本当にちゃんと大人になっていたらしい。
「そういえば、ライオネルたちはどうやってお金を稼いでいるんだろう?」
思っていたよりたくさん大人の話をされて、私はとても疲れた。
サンガ村のことについて、私の出る幕はないという感じだ。つまらない。それに、私の知らない間にジャッカルが、すごく遠くへ行ってしまったような感覚がして、ちょっと悲しい。
ジャッカルは本物の大人だ。
お金を稼ぐことに、いま初めて挑戦しようとしている私とはぜんぜんちがう。
「キノコを採っているのかな?」
「まさか。悪魔に懸賞金がかかっているのだと思うわ」
「懸賞金? 指名手配ってこと?」
「少しちがうけれど、まぁそのようなものね。領地の悪魔を倒してほしいと依頼を出す人がいて、彼らはおそらく、その依頼を引き受けてお金を稼いでいるのよ」
「ふーん」
それでお金を稼げるなら、グリームに倒してもらえば簡単……。
ううん、それじゃダメだ。自分の力でやらなきゃ意味がない。
だけど私、魔法はいろいろ使えるけど、大人に勝てるほど強くないんだよね。人を倒すって好きじゃないし。ライオネルたちの真似をするのは無理そうだ。
「ねぇグリーム。明日、王都に行ってみようよ」
「いいけれど……、王都でお金を稼いでみるの?」
「ううん。それはまだ決めてない。どんなところか気になるから、まずは行ってみて、それから考えようかなって思ったの。どうせ暇だし」
「そうね。ところで、王都までどうやって行くつもり?」
顔を上げて、グリームがじっと私を見つめた。
どうやってって……。
「え? 歩いてだけど……、あ! 王都がどこにあるのか知らないや!」
「そこからなのね」
「何、どういうこと? グリームは何か知っているの?」
「知らないけれど、彼の話でおおよその見当がついているわ」
「ええ? 王都はすごく遠いってこと?」
グリームが呆れているから、多分そういうことなのだろう。
でも同じ話を聞いていたはずなのに、私は王都が遠いなんて気付かなかった……。
あれ、ちょっと待って。物を作っても運搬が大変って、もしかしてそういうこと?
てっきり、村を出るとたくさんの悪魔が襲ってくるから、物を安全に運べないってことだと思っていた。
だけど移動距離が長くて険しいから難しいって、そういう意味もあったの?
次の日、食堂に行くとジャッカルに会って、
「おはよう。王都ってここから遠いの?」
「おはよう。ああ、馬車で五日かかるぜ」
聞いてみると、当然のことのようにあっさり肯定された。
「移動スクロールがあれば一瞬、魔法使いなら一時間くらいで行けるけどな」
「え、五日を一時間にする魔法があるの?」
「ちがうちがう。飛んでいくんだよ。空なら障害物がほとんどないだろ? 時速百八十キロで飛べば、一時間くらいで王都に着くんだ」
「時速百八十キロ? それってどのくらい?」
「どのくらい……、難しい質問だな。鳥よりずっと速いスピードだってことは確かだ」
「ジャッカルもそれくらい速く飛べるの?」
「もちろん。そうじゃなきゃ、村に帰ってくるのもひと苦労だからな」
苦笑いして、ジャッカルは意外そうに聞いてきた。
「王都に興味があるのか?」
「うん。ちょっと行ってみようかなって思ったの。どっちの方向にある?」
「西のほうだよ。地図があるから取ってくる」
「え……」
言うなり、ジャッカルはぱっと食堂から出ていった。
大体の方角が分かれば、あとはグリームが探してくれるはずだから、そんなに詳しく教えてもらわなくても大丈夫なんだけど……。
まぁいっか。探す手間が省けるのはいいことだ。
果物を食べながら待っていると、ジャッカルは五分くらいで戻ってきて、
「ほら、ここが王都だ」
テーブルの上に地図を広げ、サンガ村と王都がどれだけ離れているのか、位置関係を教えてくれた。あんまり地図を見ることがないせいか、見てもちっともピンとこないけど。
「山があるの?」
「そうだぜ。歩くと山道ばっかりだ。ルーナさんは魔法で飛べるよな?」
「うん、まぁ一応」
「自力で飛べるなら、王都まで案内するぜ」
「……いいの?」
親切な提案をされて、びっくりした。
昨日から思っていたことだけど、ジャッカルってよく分からない。
多分、私のことが嫌いなんだと思うけど、話すときは笑顔だし、何かと親切だし……。お客様をもてなすように言われたって話していたから、それでちぐはぐなのかな? もてなすというか、三柱みたいに、私の行動を見張っているんだろうなって気もするけど。
……そういえばダリオンたち、昨日は来なかったな。
「でも私、空を飛ぶ魔法ってあんまり得意じゃないんだよね」
「そうなのか? 使い魔の召喚ができるのに?」
「うん。できることは多いけど、普通の魔法はあんまりなの」
なんでも得意なわけじゃないから、城を離れるときは、グリームか三柱と一緒にって言われるんだよね。……魔法で空を飛ぶのが得意じゃないっていうのは、嘘だけど。
だって、王都まで魔法で飛んでいくことになったら、楽ができなくなる。
「王都が遠かったら、グリームに乗っていこうと思っていたんだ」
「グリーム? そのオオカミに?」
私がそう言うと、ジャッカルは戸惑った顔をして、私とグリームを交互に見比べた。
まぁ意味わかんないよね。普通の動物は変身しないから。
グリームは、それまでは普通の機嫌だったんだけど、私がグリームに乗って王都に行くという話をしたら、途端にちょっと機嫌が悪くなったっぽい。
『何言っているのよ』って感じの、面倒くさそうなオーラを発している。
いいじゃん。協力してよ。
聞いたら『私に任せる』って答えたのは、グリームなんだから。
「そいつの足がどれだけ速いのか知らないけど、山を越えていくのは危険だぜ」
「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと空を飛んでいくから」
「……飛ぶ?」
「うん。グリームは普通のオオカミじゃないんだ」
使い魔ってことになっているから、変身しても怪しまれないはずだよね。うん。
ひとりで納得して、今にもうなり出しそうなグリームの頭をひと撫ですると、
「地図、ありがとう。王都に行ってくるね」
私はわくわくしながら拠点を出た。
するともちろん、グリームとジャッカルもあとからついて来る。
拠点の脇の、広いところにまっすぐ向かい、
「よろしく」
振り返ってしゃがむと、私は目を合わせてグリームにそうお願いした。
「……」
グリームは最初、嫌ですだるいです面倒ですって感じの顔をしていた。でも私が諦めないで、ずっとにこにこしていると、最終的には深いため息をついて了承してくれた。
やったね!
嫌な顔をしていても、最後には折れてくれるグリーム、大好き!
やれやれと頭を振って立ち上がったグリームが、白い光に包まれて本来の姿に戻る。
「は?」
急に大きくなったグリームを見上げて、ジャッカルは呆然としていた。信じられないようにぽかんとして、口を開けた状態でただ突っ立っている。
そりゃ驚くよね。夏と冬で毛の色や量が変わる動物はいても、ここまで大きさが変わる生き物は普通いないから。私にとってはもう当たり前のことだけど。
伏せてもらって、ふさふさの長い毛におおわれたグリームの背中に乗る。
落ちないようにしっかりつかまると、私は意気揚々と号令をかけた。
「行こう!」
いざ、王都へ!




