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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
24/176

24. 大人の仕事

「なかなかの難題ね」


部屋に入ってドアを閉める。

するとすぐに、グリームがそう言った。


「初めてお金を稼ぐには、ここはかなりハードルの高い場所だったわね」


「うん。そうだね」


その意見には全面的に同意する。


村の人たちのほしい物を聞いて、それを作って売ればお金を稼げると思っていたけど、商売はそう簡単じゃないらしい。肉も、剣も、移動スクロールも私は作れないし、がんばってどうにか作ってみたところで、この村の人たちが買えないのでは意味がない。


「お金を稼ごうと思ったら、王都に行かなきゃ難しいってことだよね」


「そのようね。どうする? 他にできることを考えてみる?」


「うーん」


ベッドの脇でしゃがみ込み、グリームを撫でながら私は考えた。


サンガ村の現状について、ジャッカルは聞けばなんでも教えてくれた。


この村の仕事は農業が中心であること。でも継続的に、村の外に農産物を出荷できるような余裕はないこと。余裕ができたとしても、運搬の護衛をできる人が限られているから、外に売りに行くのは難しいということ。などなど。


「王都はどんなところなの?」


「異世界みたいなすごいところだよ。見たほうが早いだろうけど、この村より桁違いに大きくて、すげぇ数の人がいるし、建物はみんな立派で、売っている物の種類も豊富だ。たとえばこういうカップの一つを取っても、ずんぐりした黒っぽい重たいやつから、真っ白で軽いやつ、細かい絵がついた芸術品みたいなやつまで、いろいろ置いてある。しかもそれを、誰かしらがちゃんと買っていくんだよ」


「へえ。それなら、この村でいろんなカップを作って、王都で売ればいい商売になるんじゃないの?」


「そうかもな。けど売り物になるような陶磁器を作るのは大変だぜ。石を探すのも、窯を作るのも、形を整えたり、色をきれいに出したりするのも、ひと筋縄にはいかない。それに、割れ物を王都まで運べるかどうか怪しいだろ」


「……詳しいね?」


「ははっ。学院に通っていた頃、ライオネルたちと考えたことがあるからな。結局、まず悪魔たちを駆逐しないと、何をするにも安心できないって結論になったけど」


「そうなんだ。他にも何か、この村で作れそうな物はあった?」


「あったよ。やっぱり運搬がネックになるけど、このあたりは森ばっかりだから、木を切って木材とか木炭を出荷するとか、土地はあるから麦の作付けを増やすとか」


ジャッカルは、私よりたくさんのアイデアを持っていて物知りだった。


この近くにひそんでいるらしい、黒の領域の人間という障害物を排除したら、きっとこの村は大きく変わっていくんだろうなって、なんとなくだけどそう思った。


昔は私と同じくらいの子供だったのに。

この十年で、ジャッカルは本当にちゃんと大人になっていたらしい。


「そういえば、ライオネルたちはどうやってお金を稼いでいるんだろう?」


思っていたよりたくさん大人の話をされて、私はとても疲れた。

サンガ村のことについて、私の出る幕はないという感じだ。つまらない。それに、私の知らない間にジャッカルが、すごく遠くへ行ってしまったような感覚がして、ちょっと悲しい。


ジャッカルは本物の大人だ。

お金を稼ぐことに、いま初めて挑戦しようとしている私とはぜんぜんちがう。


「キノコを採っているのかな?」


「まさか。悪魔に懸賞金がかかっているのだと思うわ」


「懸賞金? 指名手配ってこと?」


「少しちがうけれど、まぁそのようなものね。領地の悪魔を倒してほしいと依頼を出す人がいて、彼らはおそらく、その依頼を引き受けてお金を稼いでいるのよ」


「ふーん」


それでお金を稼げるなら、グリームに倒してもらえば簡単……。

ううん、それじゃダメだ。自分の力でやらなきゃ意味がない。


だけど私、魔法はいろいろ使えるけど、大人に勝てるほど強くないんだよね。人を倒すって好きじゃないし。ライオネルたちの真似をするのは無理そうだ。


「ねぇグリーム。明日、王都に行ってみようよ」


「いいけれど……、王都でお金を稼いでみるの?」


「ううん。それはまだ決めてない。どんなところか気になるから、まずは行ってみて、それから考えようかなって思ったの。どうせ暇だし」


「そうね。ところで、王都までどうやって行くつもり?」


顔を上げて、グリームがじっと私を見つめた。

どうやってって……。


「え? 歩いてだけど……、あ! 王都がどこにあるのか知らないや!」


「そこからなのね」


「何、どういうこと? グリームは何か知っているの?」


「知らないけれど、彼の話でおおよその見当がついているわ」


「ええ? 王都はすごく遠いってこと?」


グリームが呆れているから、多分そういうことなのだろう。


でも同じ話を聞いていたはずなのに、私は王都が遠いなんて気付かなかった……。

あれ、ちょっと待って。物を作っても運搬が大変って、もしかしてそういうこと?


てっきり、村を出るとたくさんの悪魔が襲ってくるから、物を安全に運べないってことだと思っていた。


だけど移動距離が長くて険しいから難しいって、そういう意味もあったの?




次の日、食堂に行くとジャッカルに会って、


「おはよう。王都ってここから遠いの?」


「おはよう。ああ、馬車で五日かかるぜ」


聞いてみると、当然のことのようにあっさり肯定された。


「移動スクロールがあれば一瞬、魔法使いなら一時間くらいで行けるけどな」


「え、五日を一時間にする魔法があるの?」


「ちがうちがう。飛んでいくんだよ。空なら障害物がほとんどないだろ? 時速百八十キロで飛べば、一時間くらいで王都に着くんだ」


「時速百八十キロ? それってどのくらい?」


「どのくらい……、難しい質問だな。鳥よりずっと速いスピードだってことは確かだ」


「ジャッカルもそれくらい速く飛べるの?」


「もちろん。そうじゃなきゃ、村に帰ってくるのもひと苦労だからな」


苦笑いして、ジャッカルは意外そうに聞いてきた。


「王都に興味があるのか?」


「うん。ちょっと行ってみようかなって思ったの。どっちの方向にある?」


「西のほうだよ。地図があるから取ってくる」


「え……」


言うなり、ジャッカルはぱっと食堂から出ていった。


大体の方角が分かれば、あとはグリームが探してくれるはずだから、そんなに詳しく教えてもらわなくても大丈夫なんだけど……。


まぁいっか。探す手間が省けるのはいいことだ。


果物を食べながら待っていると、ジャッカルは五分くらいで戻ってきて、


「ほら、ここが王都だ」


テーブルの上に地図を広げ、サンガ村と王都がどれだけ離れているのか、位置関係を教えてくれた。あんまり地図を見ることがないせいか、見てもちっともピンとこないけど。


「山があるの?」


「そうだぜ。歩くと山道ばっかりだ。ルーナさんは魔法で飛べるよな?」


「うん、まぁ一応」


「自力で飛べるなら、王都まで案内するぜ」


「……いいの?」


親切な提案をされて、びっくりした。

昨日から思っていたことだけど、ジャッカルってよく分からない。


多分、私のことが嫌いなんだと思うけど、話すときは笑顔だし、何かと親切だし……。お客様をもてなすように言われたって話していたから、それでちぐはぐなのかな? もてなすというか、三柱みたいに、私の行動を見張っているんだろうなって気もするけど。


……そういえばダリオンたち、昨日は来なかったな。


「でも私、空を飛ぶ魔法ってあんまり得意じゃないんだよね」


「そうなのか? 使い魔の召喚ができるのに?」


「うん。できることは多いけど、普通の魔法はあんまりなの」


なんでも得意なわけじゃないから、城を離れるときは、グリームか三柱と一緒にって言われるんだよね。……魔法で空を飛ぶのが得意じゃないっていうのは、嘘だけど。


だって、王都まで魔法で飛んでいくことになったら、楽ができなくなる。


「王都が遠かったら、グリームに乗っていこうと思っていたんだ」


「グリーム? そのオオカミに?」


私がそう言うと、ジャッカルは戸惑った顔をして、私とグリームを交互に見比べた。


まぁ意味わかんないよね。普通の動物は変身しないから。


グリームは、それまでは普通の機嫌だったんだけど、私がグリームに乗って王都に行くという話をしたら、途端にちょっと機嫌が悪くなったっぽい。

『何言っているのよ』って感じの、面倒くさそうなオーラを発している。


いいじゃん。協力してよ。

聞いたら『私に任せる』って答えたのは、グリームなんだから。


「そいつの足がどれだけ速いのか知らないけど、山を越えていくのは危険だぜ」


「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと空を飛んでいくから」


「……飛ぶ?」


「うん。グリームは普通のオオカミじゃないんだ」


使い魔ってことになっているから、変身しても怪しまれないはずだよね。うん。

ひとりで納得して、今にもうなり出しそうなグリームの頭をひと撫ですると、


「地図、ありがとう。王都に行ってくるね」


私はわくわくしながら拠点を出た。

するともちろん、グリームとジャッカルもあとからついて来る。


拠点の脇の、広いところにまっすぐ向かい、


「よろしく」


振り返ってしゃがむと、私は目を合わせてグリームにそうお願いした。


「……」


グリームは最初、嫌ですだるいです面倒ですって感じの顔をしていた。でも私が諦めないで、ずっとにこにこしていると、最終的には深いため息をついて了承してくれた。


やったね!

嫌な顔をしていても、最後には折れてくれるグリーム、大好き!


やれやれと頭を振って立ち上がったグリームが、白い光に包まれて本来の姿に戻る。


「は?」


急に大きくなったグリームを見上げて、ジャッカルは呆然としていた。信じられないようにぽかんとして、口を開けた状態でただ突っ立っている。


そりゃ驚くよね。夏と冬で毛の色や量が変わる動物はいても、ここまで大きさが変わる生き物は普通いないから。私にとってはもう当たり前のことだけど。


伏せてもらって、ふさふさの長い毛におおわれたグリームの背中に乗る。

落ちないようにしっかりつかまると、私は意気揚々と号令をかけた。


「行こう!」


いざ、王都へ!

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