23. サンガ村
ジャッカルとグリームと一緒に、私はまず孤児院に向かった。
大人より、子供と話すほうが楽だからだ。
子供しかいない孤児院は、私が聞き取りをするのに最適な場所。
と、そう思ったんだけど、
「えっ」
孤児院にいたのは、子供だけではなかった。
少し前に、ジャッカルに村を案内してもらった時には子供しかいなかったのに、今は子供たちに混じって、サレハさんと二人の大人の女性の姿がある。
アースもレオも、神官には近付かないほうがいいと言っていたから、サレハさんにはもうかかわりたくなかったんだけど……。
そういえばサレハさんは、孤児院の子供たちと仲がいいんだっけ。
すっかり忘れていた。どうしよう、今すぐ引き返したいけど、
「行かないのか?」
孤児院の手前で立ち止まっていると、ジャッカルが不思議そうに尋ねてきて、
「おや、お客さんですか」
迷っているうちに、ふと顔を上げたサレハさんにも気付かれてしまった。
うー、まずいなぁ。優柔不断ってほんとよくない。
「こんにちは。この村の教会で神父をしている、サレハ・プロングホーンです」
後悔しているうちに、サレハさんが自己紹介しながらゆっくり近付いてきた。
「孤児院に何か御用でしょうか?」
「えっと……」
「あー! 兄ちゃんたち、また来ている!」
初対面のふり、初対面のふり……。
そう念じながら言葉を探していると、孤児院の男の子が元気よく駆け寄ってきた。
目的は私じゃなくて、もちろんジャッカル。
やって来た男の子は、ジャッカルの服の裾をぐいぐい引っ張って、
「今度は遊んでくれるの?」
目を輝かせ、ジャッカルを自分たちの遊びの輪に引き入れようとしている。
いいな、楽しそうな雰囲気だ。
遊ぶなら私も仲間に入れてって思ったけど、ジャッカルは困ったように笑って、
「ごめんな。俺はまだ仕事があるんだ」
「えー、けちー」
「暇ができた時にまた、遊びに来るからさ」
「約束だよ! ゆびきりげんまん!」
ハイテンポで会話が進んでいく。
……それはそうと、この孤児院もあんまり変わっていない感じだけど、リサがいなくなっているね。この前、私をサツマイモ掘りに誘ってくれた、サレハさんが大好きな女の子。
たくさんいたから、あのとき会った子供の全員を覚えているわけじゃないけど、なんとなく見覚えのあるなって他の子はちらほらいる。
リサは年上の子供だったから、もう孤児院から卒業したのかな?
今の私は大人だから、あの時のようにはもう遊べないけど、ちょっと残念。
「それで兄ちゃん、何の仕事で来たの?」
リサのことを考えていると、少し落ち着いた男の子がジャッカルにそう尋ねた。
「仕事でここに、一日に二回も来るなんて珍しいよね」
「そうだな。ルーナさんが村の人に聞きたいことがあるって言うから、俺はその付き添いで来たんだ」
「へー! 俺も村の人だよ! 姉ちゃん、何を聞きたいの?」
「えっと……」
突然きらきらした目を向けられて、反射的に緊張する。
子供と話すほうが楽だけど、早口でしゃべられるのはちょっと苦手だ。
「この村で暮らしていて、あったらいいなって思うものはある?」
「あったらいいもの?」
意識してゆっくり尋ねてみると、男の子は不思議そうに首をかしげた。
それから、ぱっと思いついたように、
「もっと肉が食いたい!」
と言った。……肉?
それは無理だ。動物を狩るのは、多分できると思うけど、このあたりで食べられそうな動物を見かけたことがない。いないものは狩りようがないし、動物を狩ったあと、どうやって売ればいいのかも分からない。
「えっと……。食べ物じゃなくて、道具とかおもちゃとかで何かない?」
「おもちゃ?」
もう一度尋ねると、男の子はまた首をかしげて、
「それなら、俺専用の剣がほしい!」
「剣? どうして?」
「ボスと一緒に戦いたいからだよ!」
……変な回答。
しかもそれ、おもちゃの剣じゃなくて、本物の剣がほしいってこと?
なんでそんなものがほしいんだろう?
ちっとも理解できなくて、私はものすごく困惑した。
「ボスっていうのは、ライオネルのことだよね?」
「うん! ボスはすごいんだ、この村のヒーローなんだ!」
憧れの宿った純粋なまなざしで、男の子は力説した。
「大きくなったら、俺もボスと一緒に悪魔をやっつけたい!」
「君は魔法が使えるの?」
「使えないよ。でも剣がうまければ、悪魔を倒せるだろ?」
「うーん。危ないと思うけど……」
「知っている。悪魔と戦うのは危ないけど、でも、それでもボスは、悪魔と戦って俺たちを助けてくれたんだ。俺も、大きくなったらボスみたいになりたいんだ!」
……変な子。
意気込みがすごいのは分かったけど、ぜんぜん共感できなくて、私はただただ戸惑っていた。
魔法が使えるライオネルならともかく、魔法を一切使えない子供が、黒の領域の人間に挑んで勝てるわけないのに。
なんでそんな簡単なことも分からないの? それとも、早く死にたいの?
「ルーナさん、なんでそんなことを聞くんだ?」
男の子の頭を心配していると、ジャッカルが驚いた顔で質問を投げかけてきた。
私の質問が意外だったみたいだ。
男の子の回答に、私もびっくりなんだけどね。
「何か売れそうなものがないかなぁと思って」
「このあたりで商売でも始めるつもりなのか?」
「うーん、考え中。ジャッカルは、何かあったらいいなって思うものある?」
「あるぜ。移動スクロール」
「何それ」
「魔力を込めると瞬間移動できる巻物のことだよ。高くてめったに出回らないんだ」
「へえ」
それはすごいかもしれない。
白の領域って、貧乏で技術が遅れているところだと思っていたけど、そんな便利なものがあるんだ。いいな、私も使ってみたい。
移動スクロールで領域の隅に移動して、他の領域にも行ってみたい。
「でもルーナさん。商売するなら王都に行ったほうがいいよ」
「どうして?」
「この村にいる人は、ほしい物があっても買えない人がほとんどだから」
……えっ。
驚いたけど、言われて確かにそうだと気付いた。
それは盲点だった。この村、貧しい人ばかりだもんね。
うっかり見落としていたけど、考えてみれば当たり前のこと。村の人に必要な物を売ろうと思っても、その人がお金を持っていなければ、何も買ってもらえない。
商売って、考えることがたくさんあって大変だ。
「この村の人たちは、どうやってお金を稼いでいるの?」
「野菜や穀物を栽培して、売っている人が多いよ。ま、このあたりは悪魔に襲撃されることが多くて、収穫物を外に運べる機会があんまりないんだけど」
「悪魔に襲撃されているの?」
「ああ。言っただろ? このあたりには悪魔がうろついているから、野宿するのは危険だって。二か月前にも襲撃があって、人は殺されるし食料は奪われるしで大変だったんだ」
苦々しくつぶやくと、ジャッカルは困り顔になって声をひそめ、
「そういう話、知りたいなら教えるから、いったん拠点に戻らないか? 人によっては、あんまり思い出したくない過去の話だからさ。こういうところで話すのはちょっと」
「……あ、うん」
そうだ。この孤児院の子供たちは、ほとんどが戦争孤児。悪魔との戦争で家族をなくしているから、悪魔に関する話なんて、聞きたくないかもしれないのだ。
うなずいて了解すると、私は聞き取り調査を中断して、拠点に戻ることにした。
ところで、サレハさんは黙って私たちの会話を聞いているだけだったんだけど、
「お気を付けて」
私たちが帰ろうとすると、それだけ言って子供たちの集団の中に戻っていった。
優しそうな大人だなって印象。
やっぱり、危険な人だとは思えないんだけど……。ダメ、ダメ。油断しちゃダメ。
レオが言っていたように、何かあってからじゃ遅いんだから、ちゃんと注意しておかないといけない。油断は禁物だ。
「知っていると思うけど、十一年前、このあたりで領域をつなぐ門が開いたんだ」
拠点に着くと、ジャッカルは食堂のほうへ向かっていった。
しゃべりながらキッチンの前に立って、棚を開いて何かを探している。
何をするつもりなんだろう?
見当がつかなくて、じっと様子を見ていると、ジャッカルはカップを二つ取り出してお茶を淹れはじめた。なぁんだ。ほっとすると同時に、拍子抜けする。
手前の椅子に座ると、私はジャッカルの話の続きに耳を傾けた。
「あの日、門から悪魔たちが現れて、戦争が始まった。王都から兵隊や魔法使いが送り込まれて、悪魔たちに対抗しようとしたけど、結果はあんまりよくなかった。途中で近隣の一般人も戦争に参加するよう要請されて、その場しのぎの訓練を受けて、槍を持って悪魔たちと戦うことになった。……徴兵された大人たちは、ほとんど帰ってこなかった」
カップを持って、ジャッカルが私の隣にやって来る。
中をのぞくと、よく分からない茶色のお茶が入っていて、草のにおいがした。
何だろう? 変なものではないと思いたいけど……。
「普通じゃない門が開いたせいで、俺たちのクシャラ村は放棄された。んで、戦争でめちゃくちゃになった他の村と合わさって、今のサンガ村になった。……ここまではいいか?」
「うん。だからこの村には、子供が多いんでしょ?」
「まぁそうだな。その後、どうにか門を閉じて戦争は終わったんだけど、少なくない数の悪魔が、こっちの領域に残っちまった。取り残された悪魔たちは、村を襲撃して略奪と殺人を繰り返した。俺たちも子供の頃、はぐれ悪魔に襲われたんだぜ。ライオネルが急に魔法を使えるようになって、なんとか助かったんだけどな。少ししてから、俺とダクトベアにも魔法の適性があると分かって、俺たちは三人で王都の学院に行くことになった」
温かいお茶をぐいっと飲んで、ジャッカルはため息を吐くように言葉を零した。
「俺たちは運がよかったんだ。魔法を使えるようになったおかげで、王都で安全に過ごせたし、悪魔に対抗できるようになったから。だけど他の奴らはちがう。新しく越してきた何もない村で、また一から始めようと全力で復興に取り組んでいたのに、ある日突然、悪魔たちにすべてを奪われて……」
「……死んじゃったの?」
「ああ。同郷の奴らはほとんど死んだよ。今はサレハが、村に悪魔よけの結界を張ってくれているから、昔と比べたらマシにはなっている。でも強い悪魔には効かないんだ。この前も、俺たちがいない時に悪魔が襲撃してきて、何人も死んで……」
ジャッカルの唇が悔しそうにゆがむ。
「悪魔がいなくならない限り、この村の発展はあり得ないんだ」
「だから悪魔を倒す仕事をしているの?」
「俺はそうだよ。……悪魔なんて、この世からいなくなればいいのにな」
ぽつりとつぶやかれたその言葉に、私は一瞬ぎくりとした。
憎しみのこもったほの暗いまなざしが、なんだか私に向けられているような気がしたから。
落ち着かない気持ちになって、少し怖くなる。
……ジャッカルは危険だ。




