22. サンガ村
「俺たち? 俺たちは王都で学院に通っていたよ」
仕事の話を続けられるのが嫌で、話題を逸らしてみると、ジャッカルは思っていたより簡単にその話に乗ってくれた。よかった。だけど……。
「学院?」
「世間に疎いとは聞いていたからな、驚かないぜ」
聞き返すと、ジャッカルはにかっと笑って説明してくれた。
「学院っていうのは、世界中から優秀な子供を集めて教育するための施設だ。通っているのはほとんどが貴族で、あとは地方の有力者とか、魔法の才能を持つ平民が少しいるって感じだな。俺たちは平民枠で入学したんだけど、ダクトベアは首席の学業成績で卒業した超絶エリートなんだぜ」
「すごいね!」
正直、よく分からない。
でもジャッカルの話し方で、それがすごいことだっていうのはなんとなく分かった。
不愛想な人だけど、ダクトベアって実はすごかったんだ。
「面白そうだね。たくさんの子供が集まって、学院で一緒に勉強するなんて」
「ああ、いろんな奴がいて面白かったぜ。さっき拠点で会ったマーコールとか、ここの領主の息子も、学年はちがうけど同じ学院に通っていてさ。マーコールは貴族枠で入学していたんだけど、魔法もかなり得意で、そのうえ負けず嫌いだから、よくライオネルと殴り合いして教授に怒られていたっけなぁ」
「へぇ。その頃からの付き合いなんだ」
殴り合いって……、あの優しいライオネルが?
信じられない。どうして? マーコールと仲が悪いの?
ライオネルが喧嘩しているところなんて、想像がつかないんだけど……。
私の聞き間違いかな?
「いいなぁ、楽しそう」
「楽しかったぜ。勉強はめちゃくちゃ大変だったけどな。ルーナさんも子供のうちに王都へ行く機会があったら、学院に通えていたんじゃねーの?」
「そうなの?」
「もちろん。そのオオカミは、召喚魔法で呼び出した使い魔だろ?」
「え?」
使い魔? ……何それ。
そういう解釈をされるとは思っていなくて、驚いて困ってこっそりグリームを見ると、静かにまばたきを返された。
勘違いをわざわざ訂正する必要はない、ということだろう。うん、そうだよね。
「魔獣を使役するのは、教会のすげぇ神官でもなかなかできないことなんだぜ」
「そうなの?」
「知らねぇの? ルーナさんってほんと不思議だよな。中型の魔獣を呼び出せるのは、白の領域ぜんぶ合わせても、五人いるかどうかってくらいらしいのに」
「そうなんだ。それより学院のことについてもっと教えてよ」
あんまり突っ込まれたくなくて、私は疑われる前に質問した。
「学院に通う生活って、どんな感じなの?」
「んー、普段は勉強してばっかりだったよ。歴史と魔法と、あとは数学とか天文学とか地理とか。あ、ちなみに俺は勉強苦手だったから、どんな勉強をしたのかって質問には答えられないぜ。興味あるならダクトベアに聞いてくれ。俺が一番楽しかったのは、祭りだな」
「祭り?」
「そう、学院にはいろんな祭りがあるんだ。足の速さを競ったり、魔法の腕前を競ったり、知識量を競ったり。いろんな奴がいてほんと楽しかったぜ。俺は特に、机に向かって勉強するより体を動かすほうが好きだから、毎年祭りが楽しみで仕方なかったんだ」
「村で一番、足が速いんだっけ?」
「よく覚えているな! ま、上には上がいて、学院では一番になれなかったけど」
歩いても歩いても、草と木と土ばかりの、のどかな風景が延々と続いている。
サンガ村は、この前とあんまり変わっていないようだった。
貧しそうで、家や服は粗末で、見かけるのは子供と老人ばっかり。
新鮮みは皆無で、まったく面白くない。ぺちゃくちゃしゃべりながら村をぐるりと見て回ると、ジャッカルにお礼を言って、私たちは拠点に戻った。
グリームと二人になると、借りている部屋のベッドに腰掛けて、
「これからどうしよう」
「ルーナの好きにすればいいわ」
聞くと、平坦な口調でそんな返事をされた。
いつになくグリームが私任せだ。
「……昨日から、そればっかりだよね」
それも私の判断を信じているっていうより、放任している感じ。
まぁ好きにさせてもらえるなら文句はないんだけど、全肯定されちゃうと、私がやりたいようにやって、本当に大丈夫なのかなってちょっと心配になる。
「悩ましいなぁ」
このあと、どうするか……。
会えただけで満足、なんてジャッカルには言ったけど、ライオネルやダクトベアと、話せるならもっと話したいし、このまま帰るのはもったいない気がする。
ベッドに寝転がって、ぼーっと天井を見上げる。そうして、これからどうするか考えていたら、そのうちグリームがそわそわし始めて、
「何を悩んでいるの?」
と、仕方ないように聞いてきた。
別に聞いてほしくて黙っていたわけじゃないんだけど、話を聞いてくれるっていうなら歓迎しよう。体を起こして、私は悩みながら答えた。
「ライオネルを待つかどうか、だよ。待っていたいけど、ダリオンたちが来るかもしれないし、その間に何もすることがなくて暇だから、どうしようかなぁって」
「あら。することが何も思いつかないの?」
するとグリームは、ちょっと目を大きくして、意外そうに聞き返してきた。
確かに、することが何も思いつかないなんて、私にしては珍しいことだ。
「うん」
でも本当は、何も思いつかないわけじゃなくて、怪しまれたら困るから、変なことはしないでおこうって思っただけだ。ところがそうしたら、考えているうちに白の領域の『普通』がなんなのか分からなくなって、できそうなことが何も思いつかなくなって……。
怪しまれずにできることって、どんなことだろう?
何か知っているかな、と期待してグリームを見ていたら、
「それなら、お金を稼いでみたらどうかしら」
「えっ」
突然、思いもしなかった提案をされて、驚いた。
お金を稼いでみる?
……びっくりだけど、それはいい考えだ。
今後、お金が必要になるかもしれないし、稼げるなら稼ぎたい。でも、
「どうやって?」
それが問題だ。興味はあるけど、どうやってお金を稼げばいいのか分からない。
「まずは考えてみましょうか」
リラックスするように体を伸ばして、のんびりとグリームが問いかけてくる。
「お金を手に入れる手段で、思いつくものは?」
「働く。あとは、盗むとか」
「そうね。盗むというのはなしにして、働くことについて考えてみましょう。働くと、どうしてお金がもらえるの?」
「……えぇ?」
そんなこと聞かれたって、考えたことがないよ。
「知らないけど、お金がもらえるから大人たちは働いているんじゃないの?」
「聞き方を変えるわ。働いてもらえるお金は、どこから出てくると思う?」
「……お母様の財宝庫?」
「白の領域の話よ」
呆れられてしまった。でも、知らないんだから仕方ないじゃん。
白の領域の人たちが、WCと呼ばれる貨幣を使って、物の売り買いをしていることは知っている。WCは教会の組織が発行していて、でもその組織に言えば、タダでWCをもらえるわけじゃないということも分かる。お金の出どころは教会だけど……。
「お金は物を作ったり、売ったりして稼ぐものよ。アースに習わなかったかしら?」
「習ったかも!」
そういうことか!
お金の増やし方の話なら聞いている。
「たとえば、リンゴを一つ100WCで仕入れて、140WCで売れば、40WCの利益が出るって話でしょ? 何度も計算させられたことあるよ!」
「知っているじゃない。そうやってお金を稼げばいいのよ」
「そっか! ……あれっ。でもリンゴを仕入れるには、どうすればいいの?」
稼ぎ方は分かったけど、売り物はどこで買えばいいんだろう?
「それに、売るためのリンゴを買うには、まずお金が必要だよね?」
「ええ、そのとおり。無一文で物を仕入れるのは難しいわ」
「ダメじゃん、稼げないじゃん!」
「早合点しないの」
無理な話をしないでよ!
私のことからかって遊んでいる?
って、ちょっと疑心暗鬼になって怒ったら、余裕たっぷりな口ぶりで、グリームは私をたしなめた。からかっているわけじゃなくて、ちゃんと考えがあって話しているらしい。
「売る物を買えないなら、作ればいいのよ」
「作る?」
「そう。リンゴだって、リンゴの木を育てた誰かが収穫した売り物なのよ。何か売れそうな物を作ってもいいし、物を作っている人の手伝いをしてもいいじゃない」
「なるほど」
そういう稼ぎ方もあるんだ。
物が買えないなら、作ればいい。……でも、何を?
「今日、村を見て回ってどう思った?」
自分に作れそうな物を考えて、またしばらく静かにしていると、グリームがそう聞いてきた。
このタイミングでそれを聞いてくるってことは……。
「子供と老人ばっかりで、みんな同じような服を着ているなぁって」
「それはどうしてだと思う?」
「この前の戦争で、大人がたくさん死んじゃったからでしょ? 去年ここに来たとき、サレハさんがそう言っていたと思うよ。この村には戦争孤児がたくさんいるって」
「そうね。そんなこの村には、何が必要だと思う?」
「何が必要……」
ううん……。
物を作っても、売れなければ仕方ないから、村の人たちに必要な物を考えなさいってことかな。あったらいいなって思うものはいくつかあるけど、
「そんなの、村の人に聞いてみなきゃ分かんないよ」
「それもそうね。それじゃ、村の人たちに話を聞いてみましょうか」
「うん。そうする」
そういうわけで、私はもう一度、村を歩き回ることにした。
ビューッと強く吹く風が、枝にしがみつく木の葉を激しく揺さぶっている。
グリームと一緒に拠点を出て、民家のあるほうに向かって歩いていると、途中で外を走っていたジャッカルに呼び止められて、
「帰っちまうのか?」
困ったような、悲しそうな表情でそう聞かれた。
そういえば、ライオネルを待つかどうかの返事をまだしていない。
「ううん、出かけるだけ。ライオネルが戻ってくるまで待っているつもりだよ」
「よかった~。あれ、でもそれじゃ、どこに行くんだ?」
「村の人のところ」
「えーっと、何しに?」
「……聞き取り調査?」
「え、なんで疑問形?」
「ダメかな?」
「いや、ダメではないけど……。俺もついて行っていいか?」
「いいよ」




