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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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20. サンガ村

手を引かれて、少し歩くと梯子があった。

天井には丸い穴が開いていて、赤みの強い外の光がうっすらと差し込んできている。


出口だ! グリームの言うとおり、川上を選んで大正解。


まずダクトベアが梯子を上って、その次に私が上るように促された。

けれど私は、梯子を上る前に、このままじゃグリームを地上に連れていけないことに気付いて、


「グリーム」


どうするのか問いかけてみると、グリームはとことこ駆け足で近寄ってきて、静かに梯子のてっぺんを見上げた。


そして、ぐっと足に力を込めて飛び上がると、飛ばし飛ばしで梯子を蹴り上げながら、器用に上っていく。


すごい! さすがはグリームだ。


グリームが地上に出ると、追いかけるような形で私も外に出た。


そこは森の中らしくて、木々がほんのり夕焼け色に染まっていた。黒の領域を出た時はまだ日が高かったのに、地下水路の捜索に、随分と長い時間を費やしてしまったらしい。


外にはライオネルたちとお揃いの、薄緑のマントを羽織った知らない男の人たちもいて、私を見ると戸惑うような反応をしたけど、特に何も言ってこない。


彼らはライオネルに用事があるらしくて、ライオネルが地下水路から出てくると、


「ボス」


と呼びかけて、こしょこしょと何か耳打ちした。

途端にライオネルの表情が険しくなる。


「分かった」


また緊急事態なのかな?


重々しくうなずくと、ライオネルは私のほうを向いて、


「ごめん。話したいことがいろいろあるんだけど、今は時間がないんだ。ルーナはしばらく、このあたりに滞在しているの?」


「そうだね」


答えながら、ここはどこなんだろうと私は考えた。


見えるものが木と空だけでは、ここがどこかなんて見当がつかない。けれど、さすがにそれを聞くのはまずいだろう。怪しまれることは避けたい。


「どこの宿? 送っていくよ」


心配そうな声で、ライオネルがそう言ってくる。

近くに村があるんだな、と思いながら私は首を横に振った。


「ううん。野宿するから大丈夫」


するとその途端、そこにいる人たちがみんな、揃ってぎょっとしたような顔をして、反射的に私まで驚いてしまった。


何? どうかしたの?

変なことは言っていないと思うんだけど……。


「正気か?」


信じられないように、ダクトベアがぽつりと呟いた。


「ルーナ、それはやめておいたほうがいい」


真剣な顔をしたライオネルが、被せるようにかたい声を出した。


「どうして?」


「今、このあたりには悪魔が多いんだ。悪魔のリーダーはさっき倒したけど、まだ安全な状態とは言えない。道が分からないなら、案内するから村に泊まりなよ。村には悪魔よけの結界が張られているから、野宿するよりは安全なはずだ」


「そうなの?」


うーん? よく分からない。


意見を聞きたくて、私はグリームを見た。


この前の野宿のときは何もなかったし、私は魔法が使えて、グリームもいるから、たとえ黒の領域の人間に襲撃されたとしても、問題ないと思うんだけど。


視線で問いかけると、グリームはゆっくり目を閉じた。


特に言いたいことはないから好きにしなさい、ということだ。


じゃあ予定どおり野宿にしよう。

だって私は知っている。村で宿に泊まろうと思ったら、お金が必要だということを。

白の領域のお金なんて、私は一つも持っていない。


「でも、グリームがいるから大丈夫だと思う」


「いやいや、さっき悪魔に捕まっていただろ」


地下水路の蓋を閉じていたジャッカルが、こっちを向いて呆れたように笑った。


「もし襲われたらひとたまりもないって」


「平気だよ。グリームが助けてくれるから」


「そうか? その……、オオカミ? は、アンタが悪魔に捕まっても、隠れているだけだっただろ。俺には吠えてきたけど。悪魔には弱いんじゃないのか?」


「そんなことないよ。ほかに誰もいなかったら、助けてくれていたと思う」


「どうだかな。ところで、俺たちが危険だって教えているのに、なんでそんなに野宿したがるんだ? 村に入りたくない理由でもあるのか?」


「入りたくないっていうか……」


怪しむような視線を感じる。

野宿するのは、白の領域では変なことらしい。


正直に言うしかないなと思って、私はすっと視線を逸らして答えた。


「……お金がないから」


「えっ」


意表を突かれたように、ジャッカルがぽかんと口を開けた。


「それはやべぇな」


目を見張って、シワシワ顔のダクトベアがライオネルを小突いた。


「これはお前じゃなくても心配になる」


「お金がなくても泊まれる場所があるんだけど、どう?」


心配するような顔つきで、ライオネルはまた手を差し出してきた。


「取り逃がした悪魔たちが近くにいるのに、野宿なんてさせられないよ」


「でも……」


困って、私はグリームを見た。


お金がなくても泊まれる場所があるなんて、アースの授業では聞いたことがない。本当にそんなところがあるの? あとで請求されても払えないよ?


グリームは無言で、またゆっくりと目を閉じた。


「お願いしていい?」


じっくり考えてから、私はそう言った。


こんなありがたい申し出を断るなんて変だし、グリームが何も言わないということは、どう転んでも対応できるということだから。なるようになるだろう。


手を握ると、ライオネルは嬉しそうに笑った。


「案内するよ」


そうして連れていかれたのは、見覚えのある細長い平屋の建物だった。


リッチさんやサレハさんが『拠点』と呼んでいた建物。

私が開いた門は、サンガ村の近くにつながっていたらしい。


「サレハさんに気を付けないと」


私を部屋に案内して、寝泊まりするのに必要なものの置き場所をあらかた説明すると、ライオネルたちは仕事があるらしく、忙しそうに立ち去っていった。


部屋でグリームと二人きりになると、私は今日あったことを思い出しながら、たくさんおしゃべりをした。ピクニックをして、白の領域に行って、なぜか人質にされて、ライオネルたちに会って、泊まる場所を提供してもらって……。


すごく長い一日だった。

不思議なことが多いし、考えなきゃいけないことがたくさんあるような気がする。


だけど、話しているとだんだん眠くなってきて、やがて私はベッドに横たわった。


難しいことは、明日考えよう。今日はもう疲れた……。




次の日。起きると、開かない窓の外で朝日がさんさんと輝いていた。


グリームはいつものように床で丸くなっていて、


「おはよう、グリーム」


「おはよう。ぐっすり眠れたみたいね」


声をかけると、頭を上げて優しく私を見た。


気持ちのいい朝だ。かたいベッドだったけど、地面に寝そべるよりはずっと快適。


ぐーっと背伸びをすると、私はいつもみたいに着替えようとした。


ところが、白の領域の大人用の服は一つしかない。

それなのに昨日、私は服を着たまま寝てしまっていた。


どうしよう!

気になって、脇のあたりを嗅いでみるとちょっとにおっている。


このままじゃ外に出られない……。


「黒の領域に戻るしかないのかな?」


「……ルーナ。少しは頭を使いなさい」


やっちゃったなぁと自分の失態を嘆いていると、グリームに冷たい目で見られた。


服がにおうって、大問題なのに。グリームは獣だから、自分のにおいなんて気にしないんだろうけどさっ。もうちょっと同情してくれたっていいじゃんよ!


そんなことを思いながら、黒の領域へ帰らずに済む方法を考えていると、


「あ!」


少しして、気付いた。


なんだ、《浄化せよ》できれいにすればいいだけじゃん!

だからグリームは呆れていたのか!


ひとりで納得して、私は魔法を使った。


すると嫌なにおいがたちまち消えて、何も気にせず外出できるようになる。


素晴らしい! 魔法って便利!


「それじゃ、探検を始めよう!」


「怪しまれないように、くれぐれも言動には気を付けるのよ」


「はーい!」


部屋を出ると、私はグリームと一緒にゆっくり廊下を歩いた。


昨日、この建物のどこに何があるのかは、大体教えてもらった。


だけど、完璧に覚えているわけではないから、思い出すためにも一度、探検しておきたいのだ。あんまり広い建物じゃないし、他の客室と鍵のかかっている部屋には入らないよう言われているから、探検のしごたえはあんまりないけどね。


慣れない場所って、すごくドキドキする!


壁の装飾や窓の外の景色を眺めながら、私はうきうき気分で廊下を歩いていった。


すると不意に、客室のドアの一つが目の前で開いた。

知っている人かな? と、思ったけどちがう。


その部屋から出てきたのは、切れ長の鋭い目の人だった。深い苔色の髪の、私と同じくらいの背丈の人。殺伐とした雰囲気の、小さめな男の人。初めて見る人だ。


驚いて立ち止まっていると、その人はふと気付いたように私たちのほうを見た。

そして怪訝そうに顔をしかめて、


「誰?」


「誰?」


尋ねると、ほとんど同じタイミングで尋ね返してきた。


なんとなく不機嫌そうな気配を感じる。ダクトベアもいつも不機嫌っぽいけど、この人のほうがちょっと怖い。本気で不機嫌っていうか、ぴりぴりしているような……。


「へえ。君、僕のことを知らないのか」


「知らないよ。ここに住んでいる人?」


「ここは住居じゃない。君、誰かの客人かと思ったけど侵入者?」


「ちがうよ。お金がないから野宿するつもりだって言ったら、お金がなくても泊まれる場所があるからおいでってライオネルに言われて……」


「ストーップ!」


聞かれたから、とりあえず私がここにいる理由を説明しようとしたら、急に遠くからジャッカルの声が聞こえた。


目を向けると、猛ダッシュでこっちにやって来るのが見えて、次の瞬間にはもう私の隣に立っている。


え、足速すぎない!?

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